仮面
レクスは顔を近づけるマリエナを、鋭い目で見据えた。
そんなレクスに対して、マリエナは眼を丸くすると慌てたように離れる。
「な……何を、言っているのかな?レクスくん。そんなわけ……。」
「あんたは会長じゃねぇよ。なんたって……いつもの会長と全く違ぇ反応してるじゃねぇか。」
「え……?」
「会長なら、キスしようなんて言えねぇよ。」
レクスはふぅと溜め息をつくと立ち上がる。
鋭く射抜くような目はそのままだ。
そんなレクスに対し、マリエナは口元を上げて面白そうに微笑んだ。
「……いつから、お気づきでしたか?」
「確信持ったのは、”キスしないといけない”って言ったところだ。……会長なら、恥ずかしがって口にすら出せねぇだろ。」
レクスが思ったのは、ハニベアでサキュバスの生態を話していた時のマリエナの姿だ。
”キス”の単語すら恥ずかしがるほどのマリエナが、直接言葉にするとは、レクスには考え難かった。
レクスはそのまま言葉を重ねる。
「ビッくんが居ねぇってのもよく考えりゃおかしい。どっか出てるって事も有るだろうけどな。あと、会長は”おかあさん”って呼んでた。”お母様”なんて言葉を俺の前では使ってねぇよ。」
「……へぇ。そんなところまで見ておられたんですか。……敵いませんね。さすが傭兵と言ったところでしょうか?レクスさん。」
「見てりゃわかるこった。あんた、もしかして副会長か?」
「ご明察です。……ふぅ、マリエナちゃんになりきったつもりだったんですけど。焦って最後に大きなヒントを与えてしまいましたか。」
マリエナの姿が一瞬にして変わる。
薄紫の髪が一瞬にしてクリーム色のストレートヘアに様変わりした。胸元も少ししぼみ、背がぐっと高く伸びる。
姿を変えた直後に、マリエナだった人物は頭を下げる。その声も、姿を変える前とは全く別だ。
マリエナの幼馴染、クリスがそこにいた。
「また試すような事をして、申し訳ありません。」
「……姿を変えたのは、「スキル」か。」
「はい。私のスキル、「仮面」です。思った人に成り変わる事の出来るスキルですね。……あくまで外面だけになりますが。」
「会長の姿で、なんで俺にキスなんて迫ったんだよ。本当にしたら、どうするつもりだっての。」
ジトっとした目を向けるレクス。
対してクリスは口元を上げて微笑むだけだったが、何処か恐ろしいような威圧感があった。
目が、笑っていなかったのだ。
「その時は私が至近距離で魔法を放つだけです。先程の質問で巫山戯たような答えを出しても同じでしたよ。マリエナちゃんにもう近寄らないように警告するだけですから。それで私があなたに成り代わり、マリエナちゃんと一緒に御母様とお会いするつもりでした。」
「……おっかねぇな。どうしてそこまでして、会長の肩を持つんだ?」
「マリエナちゃんのためです。私の幼馴染でとても可愛い女の子ですから。……レクスさん、あなたは本当に、マリエナちゃんを助けたいと思っていますか?今ならまだ、あなたは戻れますよ。」
クリスは真剣な眼をレクスに向けた。
冗談などではないと思わせる雰囲気を醸し出すクリス。
レクスはそんなクリスを訝しむように視線を合わせた。
「当たり前だ。一度引き受けちまったもんをやめるなんて性に合わねぇっての。それに……あんな顔見ちまったら、後に引くなんざ出来ねぇよ。」
「もし、あなたが本当にマリエナちゃんの力になりたいということなら、私はあなたに伝えなくてはなりません。生半可な気持ちでは、マリエナちゃんに寄り添う事など到底不可能ですから。」
「……どういうこった?話が見えて来ねぇぞ?」
「とりあえず、そこの席に座って下さい。あくまで私の知る限りですが、お話いたしましょう。マリエナちゃんの……真実を。」
「あ、ああ……?」
レクスは生徒会室の椅子に座り直す。
クリスも自身の席に座り直すと、おもむろにレクスを見据えた。
腕を組み、レクスから眼をそらさないようにしているのも見える。
クリスは眼を伏せ、すぅと息を吸った。
「マリエナちゃんは……元々、男性の方と接触することを、極端に避けるんです。ルーガ君ですら避けるような時期すらありました。レクスさん、あなたは例外中の例外に入るんですよ。」
「は?そんな訳ねぇだろ。会長は出会ったときからあんな感じだったぞ?今は男を避ける様子なんて微塵もねぇけどな。」
呆気にとられて訝しむレクスに、クリスはコクリと頷く。
しかし、その真剣な眼差しは全く変わらない。
「ええ。それはある程度慣れたから、ということもあるでしょう。ですが……根本はもっと深い場所にあるんです。それこそ、原因はこの前のデートで会った、あの女性にあります。」
「あの女性っていうと……あのサキュバスの女性か。確か、会長は「伯母さん」って言ってたっけな。」
レクスは宝石店で会ったサキュバスの女性を思い出す。
あの女性をマリエナが見た瞬間に震え出したのは、確かに妙だとレクスも感じていた。
「マリエナちゃんの伯母様、メギドナ・クライツベルン様は、マリエナちゃんの御母様であるアーミア様の姉に当たる人物になります。クライツベルン家の家督はサキュバスである関係上、女性が継ぎます。本来ならば、メギドナ様が継ぐはずのものでした。ですが…。」
「…会長の母さんが継いじまった訳か。」
「ええ。その理由は定かではありません。もう、マリエナちゃんのお祖母様は亡くなられていますから。ですが…最も有力な理由としては、男性を”使い捨ての道具”としか見ていなかった、からと言えるでしょうか。マリエナちゃんの家…クライツベルン家は、色街、もしくは娼館の元締めを任されている貴族です。男性を相手にする職業の元締めが、男性をそんなふうにしか見ていないというのは大問題でした。」
「娼館…ねぇ。俺にはあまり関係がねぇな。」
「レクスさんは興味がおありですか?」
「いいや、全くねぇ。そういうことは愛する人とするもんだって親父や母さんたちから聞いたしよ。それに…」
「それに?なんですか?」
「興味があるなんて言おうもんなら、あいつらに申し訳が立たねぇだろ。特にカティやアオイに俺が殺されちまうっての。それに、そんな金もねぇしな。」
ふぅと溜め息をつきながら苦笑するレクスに、クリスはふふっと可笑しいように微笑む。
このときのレクスの「あいつら」をクリスはカルティアとアオイだけかと思っているようだったが、実際は異なっていた。
レクスの「あいつら」とはリナやカレン、クオンまで含れているからだ。
特にクオンの前でなんて、義兄として絶対に行ってはならないとレクスは思っていたのだ。
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