おかしな気持ち
「…大丈夫?」
「ああ。何とかな。……なんでアオイやカティが居るんだ?」
「…それはうちの台詞。…なんで会長とレクスが一緒に居るの?」
「それは……デートしててよ。」
「…むぅぅ!…うちやカルティアがいるのに!…うわきもの。」
「俺が悪かった。」
即答だった。
いじけて不満そうに頬を膨らませるアオイに、レクスはただ、頭を下げるしか出来なかった。
そこへカルティアがすたすたと歩み寄る。
「レクスさん、大丈夫ですわ。生徒会の方からお話は伺いましたもの。」
「それでも裏切ったように見えるのも事実だ。煮るのも焼くのも好きにしてくれ。」
「そうですわね……では、わたくしとアオイさんで一回づつのデートで許して差し上げますわ。」
「ああ。本当に悪かった。」
ころころと微笑むカルティアに、レクスはただ、頭を下げるしかなかった。
レクスはこの二人に非常に弱くなっているのだ。
すると、ドタドタと誰かが駆ける音がレクスに届く。
「マリエナちゃん!大丈夫?」
「マリエナ会長!」
クリスを筆頭にした生徒会の役員たちだ。
四人ともマリエナの傍まで駆けて来ると、四人とも息を切らしていた。
駆けて来た四人に、マリエナは驚きを隠せない。
「み、みんな!?どうして…?」
「さっきそこのアオイさんが急に駆け出してったッスよ。」
「…嫌な予感がしたから。」
「アオイさんが駆け出すもんだから、カルティア様もいの一番に飛び出したんだ。何の躊躇いもなく魔法使って跳んでったぞ……。」
「ええ、当然ですわ。アオイさんが飛び出していったら何かあると思うのが当然ですもの。」
本当は少し経緯が異なる。
実はアオイが飛び出る前、カルティアにわざと自身の手を触れさせてから駆けつけたのだ。
「読心」をさせたことで、アオイは自身の心を即座にカルティアに伝えた。
お陰でカルティアも事態の把握が出来、すぐに駆けつけることが出来ていた。
「ありがとうな。カティ。」
「夫を支える者として当然のことですわ。……デート、よろしくお願いしますわね?」
「…うちもだよ。…忘れないでね。」
「ああ。アオイもな。助かった。」
にこにこと微笑む二人は機嫌よさそうにレクスを見つめている。
よほどデートの約束を楽しみにしているような雰囲気だった。
レクスが二人と話していると、カレンがビッくんを抱えて、マリエナの前に出る。
「…クライツベルン生徒会長。この子はあなたのですか?」
「あ!ビッくん!?…生徒会室に置いてきたと思ったのに…。」
「この子…ビッくんと言うんですね。ビッくんが私の買い物中に寄ってきたので、迷子だと思い保護しました。これからは気を付けてください。」
「う、うん。ごめんね、カレンちゃん。……ビッくん、カレンちゃんにも懐くんだ?」
マリエナが首を傾げていると、ビッくんはピョンとカレンから飛び降りた。
てちてちと歩きながらマリエナの元へ向かう。
カレンはふぅと溜め息を漏らすと、やれやれといわんばかりに呆れたような目をレクスに向けた。
「……役立たずさん。クライツベルン生徒会長に言い寄るのも結構ですが、私には迷惑をかけないでください。村の評判が下がったら大変ですから。……それでは、失礼します。」
カレンはつかつかと早歩きでレクスたちを追い越し、学園へ向かう。
その後ろ姿に、ビッくんがバイバイというようにちっこい手を振るっていた。
「カレン!」
レクスの呼びかける声に、カレンはビクリと立ち止まった。
「ありがとな。助けてくれてよ。」
「勘違いしないでください。私はビッくんをクライツベルン生徒会長に届けたかっただけです。……それでは。」
振り返ることもなく、カレンはそのまま学園へと歩いていった。
素っ気ないカレンに、レクスはふぅと溜め息をつく。
しかしその口元は、少しだけ上がっていた。
「…マリエナさんより、明らかに強敵ですわね。」
「…うん。…でも絶対に認めさせる。…うち、頑張る。」
二人の少女がこそこそと話す中、レクスはマリエナに向き直る。
「ごめんな、マリエナ。怖がらせちまってよ。」
「う…ううん。レクスくんのせいじゃないよ。でも…あれは一体、何だったの?」
「さあな。俺にもわかんねぇけどよ…帰るまでがデートだろ?さ、帰ろうぜ。」
にっと歯を出すレクスを見て、マリエナはその桜色の瞳で顔を映す。
見惚れてしまっていた。
レクスがスッと手を差し出す。
「あ…、うん…。」
マリエナはレクスの手をゆっくりと取る。
暖かかった。
頬が熱くなり、心拍が跳ねる。
「今日はマリエナさんにお譲りしますわね。」
「…ずるいけど。…がまん。」
カルティアとアオイ、生徒会役員の面々に見守られ、マリエナは学園へと入った。
学園に入ると、レクスはスッと手を離す。
「あ…。」
「ん?どうした、マリエナ。」
「う、ううん。なんでもないから。」
マリエナはレクスにそう言ったが、頬の熱が冷めやらない。
先程レクスと握った手が、何処か恋しく感じてしまう。
やはり身体が、何処かおかしいように感じていたのだった。
◆
先に学園に入ったカレンは、そのまま女子寮へと足を踏み入れた。
(……やっぱり、あの役立たずは無関係ですか。どうしてあんなに切ないような気がしたのかは結局わからずじまいでしたね。)
カレンは肩を落としながら、ふぅと溜め息をつく。
すると、何やら立ち話をしている幼馴染二人が見えた。
カレンの幼馴染であるリナとクオンは、カレンを見かけるとすぐに歩み寄って来る。
「おかえりなさい、カレン……あら?」
「おかえりなさいなのです、カレンお姉ちゃん。……あれ、どうしたのです?」
「ただいま帰りました…何がですか?」
リナとクオンがカレンを見つめて、首を傾げていたのだ。
「カレン、あんた……なんか嬉しいことでもあったの?」
「いえ?別にそんな事は…?」
「だってカレンお姉ちゃん、すっごく嬉しそうな顔なのです。」
「…え?」
カレンの顔は何処か優しげに微笑みを浮かべており、その目元は緩く下がっていたのだ。
口元も少し緩みほころんでいる。
何か嬉しい事があったように、幼馴染二人には見えていたのだ。
「そんな事はないですけど……?」
「ま、どうせいい本があったとか、帰りにリュウジとあったとかでしょ?わかるわよ、そのくらい。」
「そ、そうなのですか!?ずるいです!カレンお姉ちゃんばっかりなのです!」
「いえ…ですから本当に心当たりが…。」
カレンは少し考える。
自身が嬉しくなるような事が、今日果たしてあったのだろうかと。
すると、ふと先程、役立たずの幼馴染に言われた言葉を思い出した。
『ありがとな、カレン』
その言葉で、何故かずっとある心の穴が、少し小さくなったような気がしていたのだ。
(まさか…私が役立たずのあんな言葉で…?そんなはずは…ない…はず…。)
役立たずの幼馴染の顔を思い出し、カレンはぶんぶんと首を横に振るう。
まるで違うと言わんばかりに。
「か…カレン?」
「ど、どうしたのです!?カレンお姉ちゃん?」
「…シャワーを浴びてきます。少し、汗をかいてしまいましたから。」
カレンは幼馴染二人から逃げるように自室へ向かう。
リナとクオンは、その背中をただ見つめるのみだ。
カレンには絶対にありえないと思っていた。
(あの役立たずが、心の支え……?そんなこと、絶対にありえません!!)
カレンの心の中で、言い訳するように、自身の言葉が響くのみだった。
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