始まったばかり
「はぁ!?誰があんたのものだっての?よくわかんねぇこと抜かしやがってよ。」
「…え?」
レクスの言葉に女性は顔を離し、眼を見開き凍りつく。
それは、レクスの後ろにいたマリエナも同じだった。
「れ…レクス…くん?」
「…行くわよ。何よ、魔眼をしっかりかけてるじゃないの。あんたの駄犬なんて、わたしから願い下げよ。ふん!…覚えてなさいよ。」
女性は忌々しく「ちっ」ともう一度舌打ちをすると、踵を返して店から出ていく。
レクスはそれを見届けると、ふぅと安堵の溜め息をついた。
「大丈夫か、マ「レクスくん!大丈夫!?」お…おう。」
レクスが振り返ると、マリエナは顔を寄せ、何処にも異常がないことを確認するようにレクスの顔を見回した。
「大丈夫だっての。あいつにゃなんもされてねぇよ。」
レクスはおどけたように言ってみせると、すぐに店員に向き直り、頭を下げた。
その様子をマリエナは眼を丸くして見ていた。
マリエナには、魔眼を使われたということがわかっていたからだ。
「悪ぃ、大声出しちまってよ。」
「いえいえ、とんでもございません。お客様に不快な思いをさせてしまった、こちらにも非があります。」
「つってもさっきのはどうしようもねぇだろ。とりあえずさっきのやつ、もう一回見せてもらえねぇか?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ。」
木箱を持つ店員に笑顔を向けるレクス。
マリエナにはその光景が信じられなかった。
自身どころか叔母の魔眼すら、レクスには効いていないということなのだから。
「マリエナ?どうした?」
「う…ううん。何でもない。…レクスくん、守ってくれたんでしょ?ありがとう。」
「あんくらい当然だっての。今日は一応デートだってことだろ。なら悪い思い出なんてねぇ方が良いだろ。…さ、デートの続きしようぜ。」
「…うん!」
レクスが歯を出して笑うと、マリエナも嬉しそうに微笑む。
まだ、デートは始まったばかりなのだから。
◆
一方、レクスたちを追っていた生徒会の面々たちもレクスの行動をしっかりと目の当たりにしていた。
生徒会の面々は、彼の行動に眼を見開き、驚きを隠せない。
間違いなく、レクスは魔眼を受けた筈なのだ。
「サキュバスの女性に啖呵切って追い返せるッスか…あれどう見ても魔眼使われたッスよ…?」
「まさか本当に魔眼が効かないなんてね。俺も初めて見たぞ…?」
「かいちょーの盾になって庇うレクスさん…はぁ…かっこいいです…。」
「…さすがですね。マリエナちゃんが避けない訳です。」
一方で、カルティアとアオイは追い返されたサキュバスの女性を薄目で睨み続けていた。
女性はギリギリと歯を食いしばりながら、目元を釣り上げ、不機嫌な様子で歩いて行く。
「いけ好かないお方ですわね。確か…メギドナ・クライツベルン。マリエナさんの伯母様ですわね。レクスさんへの態度といい、貴族としてあるまじき行為ですわ。」
「…お店が迷惑。…それにレクスに魔眼使った。…うちも嫌い。…あんなに騒ぎ立てる人が良いのかな?…後ろの人たち。」
「あれが「魔眼」ですわね。本当に付き従うだけの男性なのでしょう。…ある意味では、可哀想な方々かもしれませんわね。」
店の中からすごすごと退散していくサキュバスの女性に付き従い、男性たちもついて出ていく。
その姿はまさに奴隷とその主人と言っても過言ではないように見えた。
生徒会の面々はふぅと安堵の溜め息をつくと、再びレクスとマリエナの観察を再開する。
するとアオイがちょいちょいと、カルティアの服を引いた。
「アオイさん?どうされましたの?」
「…あれ。」
アオイの視線の先をカルティアが見やる。
そこには一人のローブを着た少女が、レクスを食い入るように見つめているようにも見えた。
遠いので表情はわからないが、カルティアには見覚えのある顔だ。
「カレンさん?」
勇者の仲間の一人でレクスを嫌っている筈の人物。
カレンが、レクスを心配するように見つめていた。
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