目を合わせて
レクスはマリエナと共に、人通りの多い石畳の道を早足で歩いていく。
もちろん、二人は総勢七名の尾行には全く気がついていない。
行き交う人は二人の姿に奇異と羨望の眼を向ける。
ただでさえ美男美女のペアだというのに、女性の方はサキュバスなのだ。
二人は顔を朱に染めつつ、ある一軒の店の前で立ち止まった。
「こ…こことかどうかな…?」
マリエナが上目遣いでレクスに尋ねる。
そこはジュエリーを専門に扱う店で、店頭のショーケースには様々な貴金属や宝石が展示されていた。
「あ、ああ。マリエナがいいならよ…。行くか。」
レクスはにっと歯を出して微笑むと、マリエナと共に店に立ち入った。
店内の装飾は意外と煌びやかなものではなく、宝石や貴金属の輝きを立たせるために質素な作りだ。
その分、指輪やピアスにネックレス、イヤリングなどの貴金属や宝石が、店内をきらびやかに照らし出す。
中には魔獣の核を細工した品まであるようだ。
初めて立ち入った宝石店に、レクスは圧倒されていた。
一方のマリエナは「わぁぁ…!」と子供のように眼を輝かせ、店内のアクセサリーを食い入るように見つめている。
「ね、ねぇねぇレクスくん!これ見て!可愛いよ!」
「ん?どんなもんだ…いぃ!?」
マリエナが指さしたアクセサリーは、小さな魔石が加工され、埋め込まれた銀の指輪だ。
魔石も丁寧に加工されているのがわかり、確かに可愛らしい。
魔石の加工品のなかでは最もオーソドックスな品であるが、レクスが眼を丸くしたのはその値段だ。
(じゅ…18万G…?け…桁が1個多くねぇか…?)
レクスの想像していた値段より、桁が一つ多かったのだ。
あまりの衝撃にレクスの顔は僅かに引き攣る。
マリエナはそんなレクスに気づかず、相変わらず眼を輝かせていた。
そんな2人を見てか、ジュエリーショップの女性店員がにこやかに微笑みつつレクスに声をかける。
「いらっしゃいませ。可憐な彼女さんですね。贈り物ですか?」
「あー、ちょっと見に来ただけなんだけどよ。こういうとこ来るの初めてで。」
「なるほど…王立学園の学生さんですか?」
「あ、ああ。」
「これはこれは。なるほど初々しいですねぇ。お客様は幸運ですよ。うちはお手頃な宝石やアクセサリーも取りそろえておりますから、学生の方でもお求めやすいものを揃えております。…宜しければご覧になりますか?」
「良いんですか!ありがとうございます!」
店員の声に応えたのは、キラキラとした目のマリエナだ。
その声に店員女性はにこやか笑うと、店の奥に入っていく。
するとすぐにジュエリーの入った木箱を持って、レクスたちの前に戻った。
「こちらになります。金製品だと値が張りますので、銀や白金が主流になっているんですよ。どうぞ、お手にとってご覧ください。」
箱が開かれた瞬間、マリエナの眼はさらにキラキラと輝いた。
店員が木箱を開けると、中には色とりどりの宝石があしらわれたイヤリングやピアス、ペンダントトップやプチリングなどがならべられている。
レクスもじぃっとその中の宝石を眺めていった。
(…それでも3万Gから上かよ。なかなか高ぇよなぁ…。それでも依頼料があるから買えねぇ事はねぇけどよ。)
確かに先程とは価格が落ち着き、リーズナブルな値段にはなっているが、レクスからすればなかなか高い事に変わりはない。
しかし子供のようにはしゃいで眺めるマリエナに、レクスは顔が少しほころんでいた。
レクスもマリエナのように、商品を手にとって眺めようとした。
その時。
「何よこの店!安物しか置いていないじゃない!全く、ぼったくりもいいとこよ!」
店内に女性のヒステリックな声が響く。
レクスはその声にビクッと肩を震わせ、声のする方に顔を上げた。
そこには赤紫色のカールヘアをしてかなり着飾った女性が、数人の男性と共に店員に文句を言っている。
さらにレクスは女性の容姿に眼を惹いた。
確か美しく、女性らしいラインをした、マリエナよりも大きな胸の女性だ。
だが、レクスが眼を惹いたのはそこではない。
「なんだありゃ…サキュバスか…?」
レクスの口から、つい言葉が零れ出る。
その女性にはマリエナと形は違えど、角と羽、尻尾があったのだ。
レクスは隣のマリエナの顔を伺おうと、横目でマリエナに眼を向ける。
その表情に、レクスは眼を見開いた。
「…!?マリエナ!?」
マリエナは眼を見開き、唇を震わせていた。
無意識なのか自身を両手で抱き締めている。
身体もガタガタと震えていた。
明らかに怯えている。
(…会長が怯えてる…?ただ事じゃねぇ…!)
レクスはそっとマリエナを背に庇うように立つ。
その間もずっと、女性は騒ぎ続けていた。
店員もペコペコと何度も頭を下げ、平謝りしているが、女性は一向に構う気配もない。
「…やめて…伯母さん…。」
縋るように細い、マリエナの声がレクスに届く。
すると女性はマリエナに気がついたのか、口元を上げてニヤついた笑みを浮かべた。
そのまま女性はレクスたちの方に歩いてくる。
レクスはマリエナを背に、その女性を睨んだ。
しかしその視線をものともせず、女性はレクスの前に立ち、マリエナを見下ろす。
「あら、そこにいるのは出来損ないのマリエナじゃない。どうしてこんなところにいるのかしらぁ?」
「…やめて…。」
縋り付くようなマリエナの声に、レクスの反応は早かった。
女性を射抜くような鋭い視線で、レクスは睨みを利かせる。
「おいあんた、何の用だ?」
レクスの視線に反応したのか、その言葉がおかしかったのか。
女性は口元を釣り上げると、高らかに嗤った。
「アッハハハハハハ。もしかしてそこのガキがマリエナの眷属ぅ?ようやくあなたもサキュバスとしての自覚が生まれたのかしらぁ?わたしたちが教えてあげようとした時はあんなに怖がってたのに?アハハハハ!」
「…やめて…やめてよぉ…。」
幼子のように怯え竦むマリエナに、ついにレクスは口を切った。
「あんたいい加減にしろよ!マリエナが怖がってんだろうが!はっきり言って不愉快だ!」
ドスの効いた言葉と同時に、レクスは少し腰を落とした。
すると女性はレクスの態度が気に食わない様子で「ちっ」と舌打ちをする。
「マリエナ…あんた眷属の教育がなってないわねぇ。…もしかして、魔眼かけてないのぉ?…それなら納得だわぁ。なら、わたしにも考えがあるわよぉ?」
ニヤリと口元を上げた女性の言葉に、マリエナはビクッと身体を震わせる。
女性はそのまま、レクスと眼を合わせるように、顔を近づけた。
訝しむように睨みつけるレクスを、サキュバスの女性は全く気にしていない。
「あなた…わたしのものになりなさいな」
女性のワインレッドの瞳が揺らめき、妖しい薄紫色の光が灯る。
女性の魔眼が発動したのだ。
その魔眼は間違いなく、レクスを捕らえた…はずだった。
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