ぎこちない二人
35
街ゆく人々の多い大通りの中。
陽がさんさんと照らす下。石畳のタイルの上で、慣れない衣装を着た人物が一人、魔導街灯の傍で人を待つように立っていた。
辺りをきょろきょろと見回しながら、その人物が来ることをよそよそしく待っている。
どくどく跳ねる心臓は、いまかいまかと期待と不安を綯い交ぜにした現れか。
その人物は着慣れない黒のサマーコートを纏い、白のシャツと黒いスラックスでまとめていた。
朱に染まった頬は体温のものか、気恥ずかしさから来るものか。
そんな男性の元へ駆け寄る、一人の女性がいた。
フリルが多めのピンク色をしたドレス。
いわゆるゴシックロリータ風の衣装であるのだが、その胸元は少し広めに開き、巨大な胸の谷間を惜しげなく晒している。
その頭と背中にはサキュバスの証である角と羽。
スカートの裾からはぴょいと尻尾が飛び出ている。
彼女自身の美貌も相まって、街ゆく人々が振り返るほどだ。
女性はサマーコートの男性に声をかける。
「ごめん、レクスくん待った?」
「い…いや会長、俺もさっき着いたとこだけどよ…。」
サマーコートの男性…レクスは気恥ずかしげに頬を染める。
一方の女性…マリエナも同様だった。
眼を合わせづらそうにもじもじとしている二人だが、思い切ったようにレクスが口を開く。
「か…会長。その服…可愛いな。」
「あ…その…ありがと…。れ…レクスくんもかっこいいよ。」
「あ、ああ。ありがとよ…。じゃあ、デート…するか。会長。」
レクスが手を差し出すと、マリエナはおずおずとその手を取った。
マリエナの白魚のような手は、すべすべとして握り締めたら壊れてしまいそうなくらいだ。
するとマリエナはレクスに向かって上目遣いで見つめる。
その破壊力は、並の男性ならば確定で落ちてしまうだろう。
「あ、あのね、レクスくん。」
「な…何だよ…?」
「…名前で、呼んで欲しいなって。…ほら、おかあさんに会うときも「会長」じゃ、おかしいよね?」
「…それもそうだな。…コホン。マリエナ、行くぞ。」
レクスが名前を呼んだ途端に、マリエナの顔は火を噴いたように真っ赤になる。
ぷしゅうと湯気を頭から出し、俯きながらも手はしっかりと握ったままだ。
「こ…これ、いけないやつだよぉ。レクスくんの声…良いよぉ。」
「マリエナ?大丈夫か?」
「ふ…ふぇっ!?だ…大丈夫だよ!うん…。」
「なら良いけどよ…。もし辛かったら言えよ?」
「ふぁ…ふぁい…。」
すでにマリエナの脳は蕩けかけていた。
何時もと違う雰囲気のレクスが、とても格好良く見えてしまっていたのだ。
それでも横を歩くレクスとはぐれないように、歩く速度は緩めない。
というよりも、レクスが歩幅をマリエナに合わせてくれているようだった。
「あ、あのね。…どこ行こっか?」
「そ…そうだな。とりあえず、店を回ってみっか。」
「う…うん。よろしくね、レクスくん。」
マリエナが照れたようにレクスを見てはにかむ。
その表情も魅力的であり、レクスは恥ずかしさから眼をそらした。
レクスはカルティアやアオイと一緒には行動しているのだが、マリエナとはデートなどしたことが無い。
それ故に、この空気感に慣れていないのだ。
そんなぎこちなさがありながらも、二人は頬を染め大通りをゆっくりと歩いて行く。
そしてそんな二人を、遠くから見つめる影があった。
◆
「アッヒャッヒャッヒャ!これは傑作ッスね!」
初々しい二人を見ながら、ヴァレッタは笑い転げていた。
そう、これは生徒会役員の発案したデートなのだ。
あの後二人には着替えてもらい、デートをして仲を深める事で、マリエナの母親を欺くというものだ。
実際は二人の様子を生徒会の役員が確認しておきたいだけという魂胆なのだが。
「ヴァレッタ先輩、これはマリエナちゃんの特訓と、レクスさんの人となりを観察するいい機会なんです。そこまで笑っているとバレてしまいます。」
「ヴァレッタ先輩、クリスの言う通りです。マリエナ会長の母君がレクスを認めてくれるかはまだ俺にもわかってないんで。」
「悪かったッスって。でもあんなに初々しいなんて思わないじゃないッスか。」
二人に注意されたヴァレッタだが、まだその表情は笑ったままだ。
そんなヴァレッタとは別に、レインはレクスとマリエナをぽーっと頬を染めて注視している。
「レクスさん、すてきです……。かいちょー、いいなぁ。」
焦がれるように呟かれたレインの言葉。
三人は一斉にビクリと肩を震わせる。
すぐさまレイン以外の三人は顔を見合わせた。
「えっ……レインも……ッスか!?」
「確かに生徒会室にいた時から少し様子はおかしかったですが……?」
「え!?俺の知らないうちにどうなっているんだ!?」
顔を合わせた三人はちらりとレインを見る。
そこには頬を染め、恋する乙女の眼をしたレインがじぃっとレクスとマリエナの様子を見ていた。
三人はとりあえず顔を離すと、レクスたちの方に視線を戻した。
今はレインに構っている暇はないからだ。
そのせいか、生徒会の役員の後ろからやってくる二人には、彼女らは気付く事が出来なかった。
「あら、ずいぶんと楽しそうな事をなさっていますわね。わたくしたちも混ぜていただけませんこと?」
「…尾行なら得意。…うちらがいれば百人力だよ。」
「誰ッスか?今いいとこなんスか…ら…?」
ヴァレッタがその声に振り返ると、美少女が二人、立っていた。
美しいプラチナブロンドにアイスブルーの瞳、カーディガンとロングスカートが似合う高貴な美少女。
ライトブラウンのロングヘアをローツインテールに纏め、アンバーの瞳がミニスカートと白いフリルシャツによく映える美少女。
カルティアとアオイがそこに立っていた。
カルティアはうふふと玉を転がすように微笑んでいる。ただそこには逃れられない重圧感がヒシヒシと伝わってきていた。
アオイは「…むぅ」と不機嫌な様子で口元をへの字に曲げている。
ヴァレッタは口元を引き攣らせ、目元を痙攣させながら二人を見ていた。
残る三人の役員もその声に振り返り、突如現れた美少女二人の姿に眼を見開く。
「お話、聞かせてもらえますわよね?」
「…嘘は駄目だよ。…とぼけないでね?」
「は…はいッス…。」
二人の重圧は、生徒会の役員をコクコクと頷かせた。
お読みいただき、ありがとうございます。




