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賢者の知らない愚者

 その日、カレンは王都の本屋にいた。


 カレンの趣味は、本の字を目で追い、想像する読書だ。


 その知識は読んだ本の読書量で補完されている、と言えるぐらいには様々な本を乱読していた。


 特に王都へ来てからはその本のジャンルも増え、歴史書や小説、評論文や詩集、果ては官能小説まで様々だ。


 その日も通りの古本屋で気に入った本を探していた。


 古本屋の店内は乱雑ながらも多くの本がひしめき合っている空間だ。


 少し薄暗い店内や埃っぽい空気も、新たな本との出会いを予感させてくれるようで、カレンは居心地が良かった。


「あの作者の方はこんな本まで出しているのですね。…あっちにもありますね。これは…買うべきでしょうか?」


 様々な本と出会い、目移りしながら買う本を探す。


 その時間もカレンの楽しみの一つだった。


「この本と……あの本、あとはこの本ですか。……ちょっと買いすぎている気もしますけれど、大丈夫ですね。」


 カレンは本を手にとって、うんと頷く。


 ある程度買う本を纏めると、店員に渡す。


 もうすでに何度も来ており、店員の女性には顔を覚えられているほどだ。


 カレンが何時もの女性店員に声をかけると、店員も嬉しそうに声を返す。


「やーカレンちゃん。今日もこんな買ってくれて悪いね。」


「いえいえ。この本屋は在庫と品揃えが良くて私のお気に入りなんです。」


「いやーありがたいねぇ!こんな子が勇者のお嫁さんってのも頷けるよ。本好きに悪いやつはいないよ。」


「そんな…私はまだリュウジ様に遠く及びません。でも、そう言っていただけると嬉しいです。」


 店員の言葉に、カレンは少し嬉しそうにはにかむ。


 しかし、店員の次の言葉に、カレンは少し表情を沈める事になった。


「それにしても、勇者様はどんな本を読むんだろうねぇ。この前うちに来たんだけど、「この店には読む本がない」ってすぐ出ていっちゃったよ。…あ、ごめんね、勇者様を貶す気はないんだよ。」


「いいえ。大丈夫です。わかっていますから。」


 申し訳なさそうに苦笑いする店員に、カレンは愛想笑いで返す。


 その心情は、顔には出せなかったのだ。


 カレン自身、リュウジに本を勧めた事もあった。

 しかしリュウジは興味がなさそうで、すぐに別の女性のところへ遊びに行ってしまったのだ。


 それに、本を読む際に隣に誰もいない事が何故か寂しかった。


(以前はあの役立たずが傍にいただけですけど…いないといないで癪に障ります。全く、私の身体だけしか見ていなかった下衆のはずですが、心がモヤモヤします。忌々しいですね。)


 カレンがアルス村で本を読んでいた時は、時折傍に役立たずの幼馴染がいたのだ。


 その役立たずは何も言わず、傍にただ寄り添うだけだった。


 だが、その存在に何故かは分からないが安心していたカレンがいるのだ。


「カレンちゃん?やっぱり怒ってるのかい?」


 店員の声にカレンははっと現実に戻る。


 どうやら少しだけ、無意識に表情が曇っていたようだ。


「いいえ。…ちょっと嫌な事を思い出したんです。怒ってはいませんから。」


「そうかい。なら良いけどねぇ…お代は全部で5000Gだよ。何時もありがとうね。」


 代金を払い終えたカレンは、一礼して店を出る。

 後ろからは「ありがとうねぇ!」という女性店員の声が聞こえ、早速帰って読もうと思っていた。



 まだ陽も高く、大通りのため人手はかなりの賑わいを見せていた。


 カレンが歩きだそうとしたとき、不意に道の端に立っている男性が見えた。


 その男性を目にした途端、カレンは眉を潜め、顔を顰める。


「…何でこんなところにいるんですか。あの役立たずは。」


 自身の幼馴染である愚か者が、誰かを待つように着慣れない高級そうな服を着て立っていた。


 何処か気恥ずかしいような雰囲気を纏っているのは、少し紅い顔をしているので気のせいではないだろう。


「意外とかっこいいですね。…私は何を言っているんですか。あんな愚か者相手に。」


 カレンは素直に、似合っていると思ってしまった。


 巫山戯た言葉を漏らしてしまった自身を振り払うように、カレンは首を横に振るう。


 すると、そんな幼馴染の傍に目を惹く女性が駆け寄った。


 その女性はカルティアではない。


「あれは…クライツベルン生徒会長?なんでですか?」


 駆け寄ったのは入学式で挨拶をしていた生徒会長だ。


 胸元を少し大きめに開けた、フリルの少し多い、可愛らしいピンク色の服を着ている。


 二人が向き合うと、双方共に頬を染めていた。


「…!?」


 その光景を目の当たりにした瞬間、カレンは建物の影に咄嗟に隠れてしまった。


 何故カレンがそうしたのかは自身ですらわからない。


 ただ、あの光景を見た瞬間にキュウっと胸が苦しくなり、何処か切ない気持ちが掻き立てられたのだ。


 胸を押さえ、ふぅふぅと呼吸を整えようとするカレンだが、全く胸の苦しさは無くならない。


 それどころか切ない気持ちがどこからともなくこみ上げて来るのだ。


「…なんなんですかあの人は…。カルティア様だけでは飽き足らず生徒会長までですか?…ふざけないでください。」


 カレンは再び二人を見る。

 口元を少し曲げ、歯をギリリと食いしばった。


「…追いましょう。これはアルス村の出身者が、なにかしでかしてしまうことのないようにするためです。」


 言い訳じみた言葉を口にすると、カレンは二人の後をつけることに決めた。


 何故こんな感情が表れているのかは、気にも留めないままに。

お読みいただき、ありがとうございます。

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