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かえりうち

 レクスは昼食でのマナーレッスンが終わったのち、1人で遊歩道脇のベンチで休んでいた。


 カルティアとアオイは既に女子寮に送り届け、他の面々は実習へと脚を運んでいる。


 その日は傭兵ギルドへは行かず、頭の整理も兼ねて休息を取ろうとレクスは思ったのだ。


 事実、カルティアたちのマナー講座は丁寧で分かり易いものだったが、レクスには初めてのことが多く、戸惑っていた。


 温かな陽差しが、木漏れ陽となって柔らかくレクスをまばらに照らす。


 人通りどころか、穴場だからかそもそも人の通りが見えない。


 そんな遊歩道のベンチに、レクスは背中を預けていた。


 ふぅと溜め息をつきながら先ほど教えてもらったマナーを復唱する。


「左手側から順番に使う…皿は動かさない…八の字…覚えることが多すぎんだろ…。カティやコーラルは幼い頃から習ってんだろ?すげぇな…。」


 陽の輝く空を仰ぎ見て、レクスはぼやく。


 温かい陽差しの中で、目を閉じて陽の温かみを感じていた時だった。


 うとうととしていたレクスに、トントンと、誰かが石畳を歩く音が聞こえた。


「…ん?」


 レクスは目を開き、歩いてくる人物に目を向ける。


 制服を着た女子学園生だ。


 そのスカートからは黒いスパッツが覗く。


 深紅の髪をショートカットにした女子が、レクスの方に向いて歩いてきている。


 何処か勝ち気そうな橙色の瞳は、真っ直ぐレクスを向いているようにも見えた。


 背丈は僅かにカルティアよりも低く、あまり起伏のない身体付きの少女は、レクスを目にして口元を上げる。


 「何だ?」とレクスが思ったのも束の間。

 少女はレクスの前で立ち止まった。


 口元は上がり、にやけているようだが、その眼は挑戦的につり上がっている。


「やぁあっち、ヴァレッタ・レイリーっていうんス。学園の3年部ッスよ。あんたがレクスで合ってるッスか?」


「あ…ああ。間違いねぇけど…?」


「なるほど、良かったッス。なら…ちょっとついて来てもらえるッスか?」


「いいけど…何処にだよ?」


「ああ、すぐそこッス。」


 笑いながら話す女子生徒の先輩に、レクスは何故自分が呼ばれているのか心当たりがない。


 故に、訝しむ視線を送るのも当然だった。


 するとヴァレッタが親指で校舎の方を指す。


「とりあえず、そこまで来てほしいッス。ちょっと確認したいことがあるッスよ。」


「わかったけどよ。…何だ?」


 レクスはゆっくりと立ち上がり、先を進むヴァレッタに着いて行く。


 ヴァレッタは遊歩道から外れ、脇の倉庫の影に脚を踏み入れた。


 レクスも周囲を見回しながら、影へと脚を踏み入れる。


 するとヴァレッタがくるりとレクスに振り向いた。


 その表情は、やはり口元を上げたままだ。


「…とりあえず、聞きたいことがあるッス。だから大人しくしてて欲しいッス。…レイン!」


「はいです!」


 倉庫の影からレインが飛び出る。


 その手には大きな麻袋が握られていた。


 このとき、ヴァレッタはレインと共謀し、レクスに麻袋を被せ生徒会室まで連行しようと思っていたのだ。


 麻袋を生徒会室で開けて、マリエナを驚かせてやろうという魂胆だ。


 いきなりの事に、レクスは対応出来ない…とヴァレッタとレインは思っていた。


 しかし、彼女たちには誤算があった。


 レクスは、「傭兵」ということがすっぱり頭から抜けていたのである。


「…えっ?」


 レインは目を見開く。


 既にレクスはそこにいなかった。


 レクスは殺気を感じ取ると、瞬時に目の前の人物と位置を入れ替えるように動いたのだ。


 代わりにそこにいたのは。


「や、やめるッス!」


 何故かヴァレッタの位置が、レクスと入れ替わっていた。


 止まらぬ手のまま、レインはヴァレッタを大きな麻袋に入れてしまう。


「ご、ごめんなさいです。あれ…レクスは…?」


「俺はここだっての。女の子を殴る趣味はねぇんだ。手短に言うが、俺を狙った目的は何だ?誰に言われた?抵抗するようなら……。」


 レクスは既に、レインの背後に回っていた。


 背後からの声にレインは目を見開き、背筋を凍らせる。


 すぐさまレインが振り向くと、そこにはレインを射抜くような鋭い視線で睨みつけるレクスの姿があった。


 その一睨みで竦んでしまったレインは、目に涙を浮かべて、その場にヘナヘナと座り込んでしまう。


「ご…ごめんなさいぃ。ごめんなさいぃ…。ひっ…怒らないでぇ…。ひっ…殺さないでぇ…。うぇぇ…っ。」


 完全に戦意を喪失したレインは目からポロポロと涙を流し、泣きじゃくるばかりだった。


 そんなレインの奥では、麻袋に包まれたヴァレッタがもぞもぞと動いている。


「何だったんだ一体……?」


 そんな二人を見て、レクスはふぅと溜め息をつく。


 レクスの目の前に広がるのは、麻袋に包まれたヴァレッタと泣きじゃくるレインという混沌とした構図だった。


「だ…出して!出して欲しいッスよー!」


「ごめんなさいぃ…。ひっく、ごめんなさいぃ…。ふぇぇん…。」


 女の子を泣かせていることに、心が痛かった。


 思い出の中の老婆に泥を塗ったような気がしていたのだ。


 レクスはばつが悪そうに、レインの方を向いて腰を落とす。


 そして目元を下げて、少し微笑んだ。


「…ごめんな、怖い顔してよ。もう怒ってねぇって。」


「…ひっく…ほんと?怒ってない?…殺さない?」


「ああ。本当だっての。殺したりなんかしねぇって。…俺のほうこそごめんな。」


 レクスはそう口にして、レインの頭にポンと優しく手を乗せた。


 その手にレインはビクリと一瞬身体を震わせる。


 しかし、レクスの表情に安堵したのか、鼻をずずっと啜ると、涙を浮かべつつレクスを見た。


「…ひくっ。うん…あちしのほうこそ…ごめんなさい。」


「ああ。これでお互い様だ。…あー、名前はなんてんだ?」


「レイン…。ただのレインです…。」


「レインな。可愛い名前じゃねぇか。もう怒ってねぇからよ。…でももう吃驚させないでくれよ?…怪我とかねぇよな?」


「は…はいです…。怪我もないです…。」


「そっか、なら良かった。泣いてるより、笑っててくれた方が可愛いからよ。」


 レクスは自身が義妹にしていたようにレインを宥め、口元を上げて微笑んだ。


 そうしてレクスが頭を撫でていると、だんだんとレインの頬が紅く染まる。


 泣きはらした目は、何処となく熱を帯びているようにも見えた。


 そうしていると、麻袋からヴァレッタの声が響く。


「だ、出してッスー!」


 レクスはその声に溜め息をつくと、レインから手を離し、立ち上がった。


 レクスの手が離れた瞬間、レインは少し残念そうに「あっ…」と呟く。


 麻袋に包まれたヴァレッタをどうしようかとレクスが見下ろした時だった。


 遊歩道のほうから、たったっと走る音が聞こえてくる。


 駆けてきたのは背の高い女子生徒と、レクスと同じくらいの男子生徒だ。


 急いで来たのか呼吸は荒く、息は上がっていた。


 二人はレクスの傍まで近寄ると、ふぅと息を整えつつ、ヴァレッタとレインに歩み寄る。


「…はぁ…言わんこっちゃないですね…。あれだけ余計なことをしないでくださいって言ったのに…。」


「いや…それよりもどういう状況だこれ…?」


 レクスの元へ駆け寄った二人のうち、女子生徒の方は呆れたように溜め息をつく。


 男子生徒の方はぽかんと困惑したように、レクスたちを眺めていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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