作法の特訓
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レクスがマリエナの恋人代わりになると決めた翌日。
昼の食堂にレクスの姿はあった。
レクスは慣れないテーブルマナーに右往左往しており、その周りにはカルティア、アラン、コーラルが熱心に声をかけていた。
「レクスさん。テーブルマナーでは、外側から食器を使っていくようになりますわ。この場合だと、ナイフが外側ですわね。」
「レクス君!皿は移動させたらいけないよ!溢れてしまうかもしれないからね!」
「レクス君。食事中はナイフとフォークは八の字で置いておくんだ。そうしておくとお皿を下げられないからね。食事が終わったら、合わせて並べて置くんだよ。」
「お……おう。じゃあ、こうか。……意外と難しいな。」
「出来ましたわね。それでは次は、ナイフとフォークの持ち方に行きますわよ。大丈夫です。レクスさんなら出来ますわ。」
カルティアたちは熱心かつ丁寧に、レクスにマナーを教えていく。
熱心な指導に応えていくレクスを、アオイやカリーナ、エミリーはしげしげと見つめていた。
「フハハ、レクスもまだまだよのう!我は幼き頃から仕込まれてきたのだ!そう簡単には崩すまいよ!」
「…うち、この国の作法は全く知らないから、何も言えない。…うちも学んだほうがいいのかな?」
「マナーかぁ。堅っ苦しくて苦手なのだー。」
エミリーの器には相変わらずどっさりと肉の山が築かれていた。
エミリーはレクスたちを見つめながら、一人肉の山と格闘し続けている。
そんな一行を同じ食堂から隠れて見つめる存在がいた。
それは、現生徒会の役員たちだ。
マリエナを含めた五人は、ひたすらマナーの特訓をして居るレクスたちを、少し遠くのテーブルから眺めていたのだ。
五人はじぃっとレクスたちの集まっているテーブルを注視している。
サイコロ状に切ったステーキを食んでいるヴァレッタが不思議そうに呟く。
「レクスとかいう奴、平民ッスよね?周囲に貴族の友人わりといるじゃないッスか?」
「ヴァンパイアの貴族にドワーフ、異国の留学生に王女様とよく集まったね。俺でも一瞬見ただけだと何の集まりかわからないよ。」
「あちしも思ったです。普通の貴族の方は平民の方とあんなに馴れ合うことはないはずです。不思議な人です。」
「マリエナちゃん、あの男性の方、マリエナちゃんのために頑張っているんですよね?…マリエナちゃんはああいう男性がタイプだったんですね。マリエナちゃんはああ見えて実はMですから、引っ張ってくれるほうが良いかもしれませんが。」
レクスたちに興味津々な視線を送る生徒会の役員たちに対し、マリエナは少し居心地が悪そうに、居た堪れない様子で眉を下げていた。
「みんな、レクスくんを気にしすぎじゃないかな?言うほど特別な男の子じゃないよ?普通の男の子だよ?……あとわたし、Mじゃないもん。」
マリエナの言葉に、生徒会の役員は一斉に首を横に振った。
「いや…王女様や貴族まで交友関係があるのは、俺はすごい事だと思うけどなぁ…?」
「そもそも傭兵ギルドに所属して居るお方ですから、一般的な平民の生徒とは異なっているのは明白でしょう。傭兵ギルドは入る方法がヴィオナ様の直接スカウトか傭兵自身の勧誘しかありません。そこにいるだけで一般的とは違う気がしますよ。マリエナちゃん。」
「あちしもあんな男の子知りませんです。貴族に物怖じしなくて、テーブルマナーを教えてもらう平民って何です?」
「そうッスよ。しかも貴族の中でも特異な面子じゃないッスか。ヴァンパイアに外交担当に王女様ッスよ?同じクラスなのはともかく、どうやって知り合うッスかあんなん。それに、あれを見るッス。」
ヴァレッタの視線の先には、食堂の奥でキャバクラやホステスのように女性を侍らせるリュウジの姿があった。
侍らせているだけならまだしも、食堂で酒池肉林の状態を作っている彼にも、生徒会は頭を抱えていたのだ。
席を使えないだけならまだ苦情としては可愛いものだが、まるで見せつけるような行為に、生徒や学園側からの苦情も多い。
しかし、王家の客人であることや、王が容認していることで、生徒会からは何も出来ないことが現状だった。
ヴァレッタはふぅと呆れたような溜め息をつく。
「あれに比べりゃ、だいぶ健全ッスよ。なんッスか女性ばっかりって。ここはそういう店じゃないッスよ。」
「まあ、あれと比べたらいけないと思うです。でも、レクスという人物が、事実どういう人かわかってないです。でもマリエナ会長のお眼鏡にかなう人物です。本当に大丈夫か見極めます?」
「そうですね。マリエナちゃんの魔眼が効かない人物ですから、マリエナちゃんに気に入られているだけかもしれません。」
「俺も賛成するよ。会長とも長い付き合いだしね。」
「……ちょっと?わたしの意見は無視なのかな!?みんなひどいこと言ってるよね。わたしに。」
マリエナが少し不満げに頬を膨らませ、顔を顰める。
しかし、他の役員はレクスの様子をじっくりと観察するのみで、マリエナの言うことは一切聞こえていないようだった。
マリエナははぁとうなだれ、ぽつりと呟く。
「……レクスくん、わたしの恋人役を引き受けてくれたけど。ちゃんと婚約相手がいるんだよ?しかも二人も。あくまでわたしの相手じゃないんだからね?」
すると、生徒会の役員は一斉にマリエナの方に顔を向ける。
全員、目を丸くして唖然と口を拡げていた。
「え……?受けてくれたッスか!?それで婚約者いるって!?しかも、二人?……修羅場では?」
「昨日二人にも会って、納得してもらったよ。」
「マリエナちゃん……婚約者持ちを寝取ろうなんてだいぶ歪んだ性癖になったんですか?ちょっと引きますよ?」
「違うからね!?」
「ん……二人の婚約者……昨日会った……まさか……?」
ルーガはあることに気付き、冷や汗を浮かべる。
昨日連れていた二人が婚約者ではないかと、その考えに至ったのだ。
つまりそれが正しければ、王女様のお気に入りどころの話ではない。
王女様の婚約相手なのだ。
冷や汗をかくルーガと同様に、昨日の尾行をしていた面々は、青ざめた表情を浮かべる。
唯一、マリエナだけがその要因に気がついていなかった。
「ど、どうしたのかな?みんな、顔色悪いよ……?」
「……これは、どのみち会っておく必要があるッスね。」
「だ、誰と?」
「マリエナちゃんは大丈夫です。……個人的にも、興味深いですからね。」
「え?……え?クリスちゃん?」
「とりあえず、今日にでもお伺いするです。その時にどんな人か、確認するです。」
レインの言葉に、マリエナ以外の役員がコクリと頷く。
マリエナはなんのことか分からず、あたふたと状況が飲み込めていない様子だった。
マリエナ以外の生徒会役員の思惑はただ一つしかない。
「レクス」という人物の人となりを知りたい、ただそれだけなのだ。
マリエナが《《初めて》》話題に出した、ルーガ以外の男子学園生。
それはマリエナの興味を引いているということの現れなのだから。
《《”あの”男を苦手とするマリエナが》》。
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