ちっこいお友達
「…なるほど。おっしゃっている意味がわかりましたわ。レクスさんに恋人のフリをしていただくということですわね。わたくし、吃驚してしまいましたわ。」
「…事情はわかった。…会長もせっかち。…ちゃんと”フリ”ってつければ良いのに。」
「あ…あはは…ごめんね?」
話を聞いたカルティアとアオイは納得したように頷いた。
マリエナから言われた「恋人になって欲しい」という意味。
それは、レクスがマリエナの恋人役として、自身の母親に会って欲しいということだった。
マリエナは頬を引き攣らせつつ、苦笑いを浮かべている。
同時に命の危機が去った安堵感も抱えていた。
ふぅと溜め息をついたマリエナは、スイーツと一緒に頼んでいた紅茶で口を潤す。
レクスも惨劇に発展しなかったことで、胸をなでおろしていた。
「会長もびっくりさせないでくれっての。一時はどうなることかと思ったぞ。」
「ご…ごめんね。わたしも説明不足で…。そもそもレクスくんはこの二人とどんな関係なのかな?…どちらかの恋人…とか?」
「あー…そりゃ…」
「レクスさんはわたくしの隣に立っていただく殿方ですわ。わたくしの未来の伴侶となるべきお方ですの。…アオイさんもですけれど。」
「…うちの近い将来の恋人。…後の旦那様。…カルティアも一緒。」
言い辛そうなレクスに代わり、カルティアとアオイの二人が声を上げる。
二人共に、何処となく頬が紅かった。
レクスも頬を染めて、気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いている。
しかし、一番顔を赤くしていたのはマリエナだった。
「え?え?レクスくん……ハーレム作ってるの!?や、やっぱり今どきはみんな進んでるんだ……。しかも王女様と留学生の子なんて……レクスくん、手が早すぎるよぉ。も、もしかして二人同時に頂いちゃったり……?」
「い、いやまだ恋人とかじゃねぇけど……。ちょっと、いろいろあってよ……。」
「え……?どういうこと!?もしかして……爛れた関係だったり……するのかな?わ、わたしには理解できないよ……?」
マリエナは頬に手を当て、一人で悶える。
ぽっぽと頬を赤くして悶えているその様だけをみれば、男を食い物にするような淫魔には見えないだろう。
レクスがコホンと咳払いをすると、悶えていたマリエナは正気に戻ったのか、正面を向く。
ただしその顔は真っ赤だ。
「ちょっと聞きたいんだけどよ……、恋人のフリをするったって、マリエナの母さんから魔眼受けるんだろ?どうするんだよ。」
「そ、それはね……。絶対にわたしが使わせないようにするから、安心して欲しいな。さすがにカルティア様とアオイちゃんの大切な人を奪う訳にはいかないからね。」
「……ま、そんなもん使われたら俺が終わっちまうしな。それだったら大丈夫か。」
目を伏せてふぅと溜め息をつくレクスに、マリエナは言い出すことが出来なかった。
マリエナ自身がレクスに魔眼を使い、魔眼が効かなかったという真実は、三人には伏せたままだったのだ。
納得したようなレクスに、マリエナはほっと一息つく。
しかし、その仕草にレクス以外の二人は何処か違和感を感じていた。
何処か言い訳をするようなマリエナに対し、カルティアとアオイは顔を見合わせて頷く。
カルティアは微笑みながらマリエナに顔を向けた。
「わかりましたわ。レクスさんに危険がないのでしたら、わたくしも目を瞑ることに致しますわ。……あと、申し訳ありませんけれど、わたくし、少々お席を外しますわね。」
カルティアは立ち上がると、ペコリとお辞儀をしてトイレに向かう。
トイレはハニベアの右奥にあった。
カルティアはマリエナの後ろを通ってお手洗いに向かう。
その時、カルティアは僅かにマリエナに触れた。
瞬間、マリエナの心境がカルティアに伝わる。
カルティアは口元を僅かに上げると、そのままお手洗いへ入っていった。
カルティアがお手洗いに入ったと同時に、マリエナはふぅと溜め息を漏らす。
「……ごめんね、巻き込んじゃって。この埋め合わせは必ず何処かでするから。」
「いらねぇよ。会長が困ってるんだろ?なら、個人的に協力するだけだ。対価なんてもらってちゃ、傭兵の名前が泣いちまう。」
申し訳なさそうに苦笑するマリエナに、レクスは歯を出し、軽く笑って返す。
するとアオイが、レクスの服の裾をちょいちょいと引っ張った。
「ん?どうしたアオイ?」
「…あれ何?」
レクスがアオイの顔が向く方を見ると、ぬいぐるみのような黒い球体がぴょこぴょこと歩いて来ていた。
小さな突起みたいな手足を振って、レクスのすぐ傍までやってくる。
マリエナの友達、ビッくんがそこにいた。
白いつぶらな目で、レクスの顔をじぃっと無邪気そうに見ている。
「会長のとこのビッくんじゃねぇか。なんでこんなとこにいるんだ?」
不思議に思いながらも、レクスはひょいとビッくんを持ち上げた。
思ったよりも体重は軽く、まるでぬいぐるみのようにもちもちした感触だった。
レクスが持ち上げたビッくんを見て、マリエナは目を丸くする。
「び…ビッくん!?なんでこんなところに…?」
「…可愛い。…会長のペットか何か?」
驚いているマリエナに対し、アオイは興味津々な様子でレクスが抱えたビッくんを見つめていた。
人差し指でつんつんと突付き、その感触に「…おお」と眼を輝かせ感嘆の声を上げる。
ビッくんはきょろきょろとテーブルの上にある食べ物を興味津々に眺めていた。
「う、うん。わたしのお友達だけど…なんでいるのかな?生徒会のみんなに任せてきたんだけど…?」
マリエナも不思議そうに首を傾げた。
するとカルティアが手を拭きながら戻り、レクスの抱えたビッくんを少し驚いた様子で見つめる。
「珍しいですわね。「ダークネスサーヴァント」の使役魔獣。わたくし、初めて見ましたわ。」
カルティアも興味津々な様子で、ビッくんを見つめながら、レクスの隣に戻ってきた。
ビッくんもカルティアを「ビ?」と不思議そうに見つめ返す。
「ビッくんって珍しいのか?」
「闇属性の魔術の権化みたいなものですわね。ダークネスサーヴァントの呪文は使った時の使用者の願望によって現れる型が変わりますの。願った事柄によって性格も変わると聞いていますわ。そもそも「ダークネスサーヴァント」の呪文を使われる方があまりおられませんわね。消費する魔力がえげつない程高いんですもの。」
「このちっこいのがねぇ…?」
ビッくんはレクスの腕の中で、テーブルの上に置かれたお菓子を興味深く見つめていた。
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