第5−2話
やわらかい朝の陽射しが降り注ぎ、窓の外からは小鳥の楽しそうに囀る声が聞こえていた。
レクスは自室の机上にある一昨日から出しっぱなしにしていた木彫りの作りかけを机にしまい、服を着替えると自室を後にするのだった。
少し高くなった陽射しが、小高い丘に射し込んでいた。
村からわずかに離れた小高い丘の上、規則的に並んだ石が上半分だけを出すように埋められている。
アルス村の墓地だ。
その墓地の中で最も端の方に埋められた石。
その墓石の前にレクスは立っていた。
朝食の後、レクスは家で作っている畑を耕す前にここに立ち寄ろうと思ったのだ。
レクスが墓石に近づき、砂ぼこりを手で払う。
周囲に生えた雑草が風になびいていた。
墓石には名前は書かれていない。
しかしここには、あの老婆が静かに眠っている。
夢に出てきたということは何か意味があるような気がレクスにはしたのだった。
レクスは墓石から手を離すと語りかけるように口を開く。
「来たよ。ばあちゃん。最近は忙しくて参ることが出来なくてごめんな。」
レクスはそう言うと、昨日マオが貰ってきていた柑橘類の果物を墓の前に供えた。
「昨日はスキルの鑑定があってさ。スキルなんて無いって言われちまった。みんなには嫌われるし、最悪な1日だったよ。」
そう言うとレクスはしゃがみ込んで両手を合わせる。
「でも、親父たちに励まされて、なんとか生きていけそうだ。見守っててくれよ。ばあちゃん。」
レクスの髪を心地よい風がゆっくりと撫でる。
まるで老婆と約束したあの時のように老婆がレクスの髪を撫でているかのようだった。
「ありがとうな。ばあちゃん。また来るよ。」
そしてレクスは立ち上がると踵を返し、墓地からゆっくりと離れていく。
道の途中で白い花が風でそよいでいる。
(もうすぐ4の月か。…早いなぁ)
そんな風に道の花を見ながら家の方へ戻ろうとするレクス。
すると、レクスの見知った子供が寂しそうにとぼとぼと歩いているのが見えた。
身長はクオンよりも更に低いだろう。
青い髪に青い瞳をした男の子は、レクスに気がついていないようだった。
レクスはその男の子に声をかける。
「おーい、カークじゃないか。どうしたんだそんな所で?」
レクスが男の子に声をかけると、男の子はレクスに気が付き、こちらを向いた。
彼はカークといい、村長の息子。つまりカレンの弟だ。
カークはレクスの方を向くと、勢いよくレクスに走り近づく。
「レクスにいちゃん!」
「どうしたんだカーク?こんな時間に一人で。」
レクスはカークの目線に合わせ、腰を落とした。
カークの目は少し赤く腫れているようだった。
「レクスにいちゃん!おれ…おれ…姉ちゃんに嫌われちゃったかも…。」
そう言ったカークは、抑えきれなかったのかポロポロと涙をこぼしてしまう。
カレンの顔を思い出すと、暴言が蘇り少し気まずいレクスだが、カークのそんな顔を見てそうは言っていられなかった。
「カレンが?カークを嫌う訳がないだろ?どうしてそんなことを思ったんだ?」
レクスが記憶している中では、カレンはカークに甘かった。カークに対してカレンが怒ったような場面も見たことが無い。
「おれ…昨日、姉ちゃんが王都に行くっていったときに「行かないで」って言ったんだ。そしたら「ゆうしゃさまのため」って言って怖い顔してた。おれ、こわくなって逃げちゃったんだ。そしたら…姉ちゃん、いなく、なっちゃって…。」
話しているうちに、カークが泣いてしまう。
そんなカークの顔を見て、レクスの中にはふつふつと怒りのような感情が高まっていった。
レクスはそんなカークの肩を笑顔でポンポンと叩く。
「大丈夫さ。カレンは王都に勉強しに行ったんだ。カークが嫌いになったわけじゃないよ。また帰って来るよ。」
レクスはそう言うが、カークはまだ涙を流していた。
「でも…あの時の姉ちゃん。本当に怖かったんだ。姉ちゃんじゃなかった。」
「カレンがカレンじゃなかった?どうしてだ?」
「わかんない…でもなんかおかしかったんだ。ほんとなんだよ!おかあさんにもおとうさんにもいったけど信じてくれなかったんだ!」
そう言ったカークにレクスは自身を重ねてしまった。
おそらく昨日の自分も、こうして泣きじゃくっていたに違いないと。
そして、今、目の前のカークは泣いている。
(ああ、そういうことかよ…ばあちゃん。)
レクスは心の中でそう呟くとある決意を固めた。
そしてカークと目線を合わせ、声をかける。
「そうか。俺は信じるよ、カーク。」
「ほんと!?」
その言葉に、カークは泣き止み、レクスの目をみる。
「ああ。王都へ行って俺がカレンに聞いて来るよ。カークのことが嫌いになったのかって。なんであんな怖い顔したのかって。」
「聞いて来てくれるの!?…でもそれじゃにいちゃんも王都へ行っちゃうの…?」
不安そうな顔をするカークに、笑顔でレクスは右手の小指を差し出す。
「ああ。俺も行くよ。でも絶対に帰ってくる。そんでまた帰ってきたらいっぱい遊んで、いっぱい王都の話をしてやる。約束だ。」
「ほんと?」
「ああ。ほんとだとも。でも帰って来るまでしっかりお手伝いとかして待ってるんだぞ。カークは強いからな。できるだろ?」
そう言って、レクスはカークに屈託のない笑顔を見せる。
カークもそれにつられてにこやかに笑う。
「約束だ。」
「うん。約束だよ。レクスにいちゃん。」
言葉と共に、レクスの小指とカークの小指が交わった。
ふわりと風が通り抜ける。
そして互いに指を離した。
「にいちゃん。またね。約束だよ!」
そう言ってカークはレクスに手を振りながら駆け出した。
レクスもカークに手を振りながら、カークが離れていくのを見送った。
「…さぁて。俺も行かなきゃな。善は急げだ。」
レクスはそう呟くと、診療所へ向けて駆け出した。
”バン”という勢いよくドアの開く音が診療所に響く。
椅子に座っていたレッドは驚き、ドアの方に振り返る。
診療所の掃除をしていたマオとシルフィも音に驚き、ドアの方を見た。
ドアの開いた入り口には、ゼェゼェと肩で息をしているレクスがドアに手をかけて立っていた。
その様子に戸惑ったレッドは声をかける。
「ど、どうしたんだいレクス?」
「ハァ…、ハァ…、親父…話がある…。」
荒い息のまま、レクスはレッドにのしのしと近づいていく。
その様子に診療所内の3人は何事かとレクスを注視していた。
そしてレクスはレッドの前に立つと、そのまま座り込んで手を地面につき、頭を下げた。
いわゆる土下座という姿勢だ。
そして間髪入れずにレクスは腹から声を出す。
「親父!俺も…王都へ行って学園に行きたい!力を貸してくれ!お願いします!」
レッドもマオもシルフィも、レクスが土下座するという光景に戸惑って、声が出せなかった。
それに気づいてか気づいていないのか、レクスは続ける。
「俺は、さっきカークと約束したんだ!カレンと話して来るって!カークとの約束だけじゃない!もう一度面と向かってリナやクオンと話がしたいんだ。だから親父!力を貸してくれ!俺が学園にはいるにはどうしたら良いんだ!?」
その言葉に気迫を感じたレッドは、マオとシルフィに目配せをする。
マオとシルフィも頷き、レッドの考えがわかったようだった。
「コホン…頭を上げなさい。レクス。とりあえず話をしよう。僕の前に座りなさい。マオ!シルフィ!こっちへ来てくれ。家族会議だ。」
レクスは顔を上げると、いつになく真剣な表情のレッドがいた。
レクスは立ち上がるとすぐにレッドの前の席に座る。
マオとシルフィも駆けつけ、マオが診療所の扉に「休診中」という札をかけ、扉に鍵をかけると、レッドの傍に座った。
そしてレッドが口をゆっくりと開く。
「それじゃあレクス。教えてくれ。君がなぜ学園に行きたいかを。」
レッドの問いに、レクスはさっき会ったカークとの会話を話す。
カークが怖がっていた事、レクスと約束したことも含めて全てレッドに話した。
レッドとマオ、シルフィの三人はときおり頷きながら、黙ってレクスの話を聞いていた。
更にレクスは付け加える。
「俺はもう一回、みんなと話しておきたいんだ!嫌われてるなら仕方がねぇ!でも、やっぱりあの言葉でさよならなんて出来ねぇ!まだ何もみんなに返せて無いんだ!リナにも、カレンにも、クオンにも!…だから俺は、学園に行きたい。」
その言葉は、レクスの本心だった。
そしてその心は、レッドたちにも十分に届いていた。
レクスの言葉が終わると同時に、レッドはレクスに声をかける。
「君の言いたいことはわかったよ。レクス。…いくつか質問するけどいいかい?」
その言葉に、レクスはこくりと頷く。
レッドはコホンと咳払いをした。
「入学できなかったらどうするつもりだい?」
「仕方ない。その時はその時だ。」
「退学とかは考えてないよね?」
「当たり前だろ。親父。」
「生活費はどう工面するんだい?」
「…考えて無かった。」
そしてレッドの顔つきが少し変わる。
「学園に行って、後悔しないと誓えるかい?」
その質問は、レッドがクオンにした質問と全く同じものだった。
レクスは数秒考え、口を開く。
「…わからねぇ。でも後悔してでも、俺は行きたい。」
そのレクスの言葉に、レッドは目を閉じて頷いた。
「なるほど。…クオンとは違うわけだ。…シルフィ。悪いけど、地図を持ってきてもらえるかい?」
「ん?ああ。わかった。」
シルフィが席を立つと、スタスタと奥の倉庫へ歩いていく。
その間に、レッドは口を開いた。
「実はね、クオンにも同じ質問をしたんだ。クオンは後悔しないって答えたんだけどね。…レクス。君はおそらくクオンのようにはならないと僕は思ったよ。クオンのように後悔するどころか、レクスは跳ね除けてしまうかもしれないけどね。…まあ苦難は多いかもしれないけど。」
そう言ってレッドは苦笑していた。
レクスはレッドにまっすぐ目を向けている。
すると奥からシルフィが丸く長い筒を持って帰ってきた。
レッドはシルフィから「ありがとう」と言い筒を受け取ると、筒から紙をだし、テーブルの上に広げる。
紙はグランドキングダム内が大雑把に書かれた地図だった。
地図の中央には「王都」の文字が書かれている。
その地図の上で、レッドは王都の右下から少々いった村を指し示した。
地図上にはこの村の地名(アルス村)と書かれている。
「僕たちがいるアルス村から王都へは少し距離がある。ここ1週間はこの村に行商の馬車も来ないだろう。学園の入学試験には少し時間があるだろうけど、馬車を待っている時間はない。となると徒歩で今すぐにでも出るのが賢明だろう。レクス、行けるかい?」
そう言ってレッドはレクスの目を見る。
レクスはレッドの言葉に息を呑んだ。
レッドの言葉は、何を表しているかは明白にレクスにはわかった。
「…親父、俺は、行って良いのか?」
レクスの言葉に、レッドは首をゆっくりと縦に振った。
「ああ。少なくとも僕はレクスが学園に行きたいと言うなら止めない。マオとシルフィはどうだい?」
レッドの言葉にマオとシルフィは首を縦に振り、頷いた。
「レクスが行きたいって言うなら良いんじゃないかしらー?レクスも大きくなったのねー。おかあさん、嬉しく思うわー。」
マオはにこにことレクスに微笑みかける。
「うむ。私もレクスであれば辛いことがあっても乗り越えられると信じられる。レクスのことだ。割と真面目だから遊び呆けたりということもないだろう。…まあ、授業をすっぽかして寝てるかもしれないがな。」
シルフィは「ははは」と笑っていた。
そんな3人に、レクスは胸が熱くなった。
レクス自身を3人とも認めてくれたように、レクスは思ったのだから。
そんなレクスを見てか、レッドは優しく口を開く。
「おそらく入学試験はあるだろうけど、学識試験は簡易的なものだ。レクスなら問題はない。実力試験はシルフィから戦い方は教えてもらっているだろう?大丈夫さ。それよりまごまごしてる時間が惜しい。すぐに出ないと間に合わないだろう。レクス。すぐに荷造りを始めるんだ。良いね?」
「…ああ。ありがとう。親父、母さん、シルフィ母さん。準備、してくるよ!」
そしてレクスは椅子から飛び降りるように立ち上がるとすぐさま二階に向かって駆け出した。
ドスドスという音に、レッドたちは笑みを浮かべていた。
「さぁて、レクスが行くんだ。僕も用意しなくちゃね。」
「そうねー。長旅だものー。」
「魔獣もいるだろう。準備がいるな。」
レッドたち三人も立ち上がり、各人それぞれが動き始めた。
レッドは薬棚の方へ。
マオはキッチンに。
シルフィは物置へ。
三人とも、レクスのために準備を始めていた。
レクスは自室で着替えなどをカバンに詰め込む。
もちろん移動するために手持ちものは最低限にしておかねばならなかった。
レクスは一点一点確認しながら背嚢に入れていく。
「下着よし、着替えも最小限。あとは野宿のための火起こしだろ…ロープも入れて…これでいくか。」
レクスは背嚢の口をしっかりと締めると、自室のドアに手をかけ、部屋から出ようとする。
「…まあ、あれも持ってくか。軽いし。」
レクスは一旦自室のドアから引き返すと、部屋の机の引き出しを開く。
そこには一昨日まで作っていた木彫りの制作物がしまってあった。
レクスはその中からいくつか小さなものを取り出すと、ズボンのポケットに突っ込む。
そして机の引き出しを勢いよく閉めると、扉を開け、自室から出ていく。
ドアが閉まったその部屋で、カーテンがひらりと揺れた。
荷物を纏めたレクスが一階に降りると、レッドたちがテーブルの周りに集まって待っていた。
レクスはレッドの前で立ち止まる。
「準備は出来たかい?レクス。」
レッドがにこやかにレクスに声をかける。
レクスもコクリと頷いた。
レッドは手に持っていた紙とコンパスをレクスに差し出した。
「王都への簡易的な地図とコンパスだ。これを頼りに進むといい。」
レクスは地図とコンパスを受け取ると、ポケットに仕舞った。
すると、シルフィが肩に背負っていたものを下ろし、レクスに渡す。
「道中、間違いなく魔獣が出るはずだ。全部から逃げられれば良いがそうもいかないだろう。私が昔使っていた剣だ。レクスは私から見ても筋がいい。襲われることがあっても対処できるだろう。持っていけ。」
レクスはシルフィから剣を受け取る。
剣は茶色い鞘に収まっており、鞘は肩から掛けられるように革のベルトが付いていた。剣の長さは70cm弱程度の長さだ。
レクスはその剣を肩から掛ける。
「うむ。様になっている。」
シルフィがその姿を見てうんうんと唸る。
レクスにとってシルフィは義母である他に、剣を使った戦い方を教えてもらった先生でもあった。
「かっこいいわよー。レクスー。私からはこれねー。じゃーん。」
マオがそう言って取り出したのは小さめのバスケットだ。
レクスはそのバスケットをマオから受け取る。
「サンドイッチを作ってみたのー。お腹が空いたら食べなさいねー。」
マオはにこにことレクスにバスケットを手渡した。
そしてレッドは、机の上に置いてあった2つの袋のうち、一つをレクスに差し出す。
レッドが袋を持ち上げた際、袋からはガラスがカチャカチャと当たる音がしていた。
「レクス。こっちの袋は薬品が入っている。エルフ謹製のポーションだ。これを使えば傷をたちどころに塞ぐ事が出来る。…さすがに腕ごと切られたりとかの再生は出来ないけどね。怪我したら使いなさい。」
レクスは背嚢を下ろし、レッドから袋を受け取ると、それを背嚢に入れ込んだ。
レッドはその間に、もう一つの袋を机から持ち上げる。
袋からはジャラジャラと重たく小さなものが入っている音がした。
「こっちは入学金が入ってる。無くしたり、変なことに使わないようにね?」
レクスが袋を受け取り、中を覗くと金貨が大量に入っていた。
その量にレクスは驚く。
「お、親父!?こんな大量の金貨何処から…!?」
「もしも何かあった時の為にね。少しづつ貯めておいたんだ。その中には金貨100枚って所かな。」
アハハと笑いながらレッドは能天気な様子で話す。
「…良いのかよ。親父。俺にこんな大金持たせて。」
「今がその何かあった時だからね。それにレクスはそんな変な使い方はしないだろう?」
「そりゃそうだけど…」
レクスは渡された金貨の袋に戸惑っていた。
そんなレクスにレッドは優しく、しかし強めな口調で語りかける。
「入学金もある程度払わないといけないからね。でも、それだけあっても生活していく中では足りないだろう。残りはアルバイトをするかしないといけない。大切に使うんだ。」
「わかったよ。親父。」
レッドの真剣な言葉に、レクスは腹を決めて金貨袋を背嚢に仕舞った。
「ああそれと」とレッドは続ける。
「王都へ着いたら冒険者ギルドに行くんだよ。」
「冒険者ギルド?なんだそれ?」
「冒険者ギルドっていうのは冒険者っていう職業の組合だね。困ってる人の依頼を受けて、それを代理で解決するのが冒険者だね。例えば魔獣の討伐だったり、薬草の採取だったりするけど、それを達成することで報酬を貰って生活するのが冒険者って職業だ。」
「へぇ、そんな職業あるんだ。」
「まあ、アルス村にはシルフィがいるからね。レクスも襲ってきた魔獣に対処してただろう?他の村は基本的に冒険者に依頼を出すんだ。」
実はこのアルス村では、魔獣の対処はシルフィやレクス、他の村人たちが対処していた。中でもシルフィが飛び抜けて強く、その狩り残しをレクスや他の村人が相手取っていたのだ。
それほど魔獣が襲撃してくる回数も多くなかったのも要因だろう。
アルス村では冒険者に頼む事は無かったのだった。
「冒険者ギルドではステータスカードというものが発行されるんだ。それが学園に入るための身分証明になる。間違いなくリナちゃんやカレンちゃん、クオンも取るはずだよ。まあ、貴族の家なら必要がないんだけどね。」
「なるほど…。」
レクスが関心しているとレッドはシルフィの方をちらりと見た。
「シルフィも元々冒険者さ。あとマオは冒険者じゃないけどステータスカードを持ってるはずだよ。僕はもう駆け落ちしちゃったからだけど貴族だったから無いんだ。」
「そうだったのか…。じゃあステータスカードがあれば学園に入学出来るってことか。」
「そういうことだね。王都の学園近くに大きな3階建ての建物があるはずだ。そこに行けばいい。」
「わかった…。ありがとう。親父、母さん、シルフィ母さん。俺、行ってくるよ。」
レクスが感謝を述べると、レッドたち3人はにこりと笑った。
「村の入り口まで送るよ、レクス。せめて見送りはさせてくれ。」
そう言ってレッドは玄関に向かう。レクスも背嚢を背負うと、マオとシルフィと共に玄関から外に出た。
村の入り口までは誰も無言だった。
ちょうど村のみんなも外出しておらず、レクスたちは誰とも会わずに村の入り口までやってきた。
レクスは村の入り口に立つ。
レクスの後ろにはレッド、マオ、シルフィの三人だけだ。
レクスは軽く深呼吸をして、三人に振り返る。
「じゃあ、行ってくるよ。親父、母さん、シルフィ母さん。」
「ああ。行ってきなさい。レクス。…クオンのことを頼んだよ。もし何かあった時はクオンを守ってやってくれ。…できればリナちゃんやカレンちゃんもね。」
「ああ。当たり前だろ。嫌われてても、みんなの不幸なんて見たくないしな。俺はみんなが笑顔ならそれでいいよ。でも、話だけはしなくちゃな」
レッドの言葉にレクスは強く頷いた。
するとシルフィも頷く。
「それなら安心だ。クオンを任せられるのはお前だけだ。…頼んだぞ。レクス。」
「ああ。シルフィ母さんも元気で。夏には帰って来るつもりだ。」
シルフィが右手を差し出す。
レクスはがっちりと右手を重ね、握手した。
レクスが手を離すと、マオがレクスの前に立つ。
そしてレクスの背中に手を回すと、ぎゅっとハグをした。
「…大きくなったのねー。レクスー。お母さんうれしいわー。でもー、私の子供なのはいつまでも変わらないのよー。いつでも、帰ってきていいのよー。」
「母さん…。」
レクスもマオの背中に手を回すと、抱擁を返した。
レクスは母の暖かい体温を感じた。
それから自然とハグが離れる。
ちらりとレクスがマオの顔を見ると、眼の端からポロリと一粒、涙が垂れていた。
そしてレクスはレッドたち3人に背を向け、村の入り口から一歩を踏み出した。
その姿にレッドは手を振り、シルフィはじぃっとレクスの背中を見ていた。
マオが手を口に当て、大声で声をかける。
「レクスー!」
そのマオの言葉にレクスはちらりと顔を振り向かせた。
「お嫁さんいっぱい連れて帰るのよー!」
その言葉にレクスは一瞬ずっこけそうになるが、母なりの気遣いだと思いにやりと笑う。
「ああ!そうする!」
マオの声にそう返したレクスは、再び前を向いて歩き始めた。
そんなレクスを、レッドたちは姿が見えなくなるまで見つめていた。
レクスの姿が見えなくなると、マオがポツリと声を出す。
「…行っちゃったわねー。寂しくなるわー。」
「ああ。だが間違いなく成長して帰って来るだろうさ。エルフの言葉でもあったぞ。「我が子には未知の風を知らせよ」とな。心配は要らんさ。」
「そうだね。僕たちの自慢の息子だからね。大丈夫さ。……みんなを頼んだよ。レクス。」
そして3人はレッドの「さ、帰ろっか」の一言で踵を返し、診療所への道を歩む。
レッドはふと、空を見上げる。
そこには雲一つない青空が広がっていた。
皇暦1405年3の月20分目のことだ。
皇暦1405年度の入学試験まであと10日ほど。
村から旅立ったレクスがどんな人に出会い、どんな事を成すのか。
それはまだ、誰も知らない。
お読みいただきありがとうございます。