甘味の露呈
6の月になったばかりだからだろうか。
焼き付ける程ではない、僅かにじりじりとした陽が二人を照りつけていた。
王都の門番に挨拶をしながら、レクスとアオイは白亜の巨壁をくぐり抜ける。
歩く最中、レクスは隣のアオイに顔を向ける。
「……なぁ、勇者の監視は良いのかよ?」
アオイはフルフルと首を横に振った。
勇者の監視がノアという少女に暴かれてからというもの、アオイは勇者への監視を放棄し、レクスと共に依頼を受けていた。
アオイは傭兵ではないものの、ヴィオナからは「レクスと一緒であれば構わない。」と許可が出ていた。
もちろん依頼料金が折半になるのだが、その分レクス一人では対処できない、少し高めの依頼を受けることが出来るようになっていたのだ。
「…無理。…勇者の傍にいる女の子にはバレてる。…それに、もうこわいのはいや。」
少し暗い顔で俯くアオイは、不安そうにレクスのローブの裾を摘んだ。
ノアに植え付けられた恐怖は無くなったが、再び植え付けられる恐怖が、アオイにはこびりついていた。
そんなアオイを見てか、レクスはうら悲しむように、ふぅと溜め息をつく。
(……あれだけ怖がってりゃ、そうもなるか……。本当、勇者に関わると碌なことねぇな。)
レクスは裾を摘んだアオイの手を取ると、そのまま優しくを握った。
アオイは驚いたのか、レクスの顔を見るように顔を上げる。
少し目を丸くしているアオイに、レクスは優しく口元を上げた。
「心配すんな。アオイにもう、そんな思いはさせやしねぇよ。……まあ、勇者の監視はひとまず置いとくしかねぇだろ。」
「…うん。…レクス、ありがとう。…優しい。」
アオイの表情が和らぎ、目元が下がる。
普段は無表情気味のアオイからは想像できない位、魅力的な表情をしていた。
その表情にレクスは一瞬見惚れる。
しかしすぐはっとして、正面を向いた。
(カティに続きアオイって…惚れっぽいのか俺…?)
レクスの中では、幼馴染と義妹の大切さは変わっていない。
しかし、カルティアとアオイの存在が日に日に大きくなっていくのを自覚していたのだ。
失いたくないものがどんどん増えつつあることが、レクスの密かな悩みだった。
「夏に帰ったら、親父と母さんたちになんて言やいいんだ……?」
レクスはボソっと呟いたつもりだったが、ばっちりとアオイには聞こえていたらしい。
アオイは嬉しそうに目を細めた。
「…夏にレクスが帰るなら、うちもついてく。…お義母さんにご挨拶する。」
「聞こえてたのかよ……。」
苦笑するレクスと嬉しそうに歩くアオイ。
二人は手を繋ぎながら、王都の門を潜った。
傭兵ギルドに帰ると、何時も通りにカルティアが出迎えた。やはり時間が早いせいか、他の傭兵は帰って来ていないようだ。
「お帰りなさい、レクスさん、アオイさん。」
「ただいま、カティ。」「…カルティア、ただいま。」
「お疲れ様ですわ。依頼の方はいかがでしたの?」
「ああ。ばっちりだ。ケガもしてねぇよ。」
「…うちも手伝った。…頑張った。」
「ふふふ、アオイさんもお疲れ様ですわ。」
カルティアはアイスブルーの瞳を細め、微笑む。
これも何時も通り、魅力的な微笑みだった。
レクスとアオイはそのままカウンターに歩き出すと、カルティアもスッと何も言わずにレクスの隣に寄りそう。
これも最近、傭兵ギルドでは当たり前の光景だった。
レクスたちはカウンターに座っていた受付嬢のチェリンの元へ向かう。
薄桜色の瞳を細め、レクスたちを誂うように口元を上げていた。
「おかえり、レクス。…いつか刺されるわよ?」
「ただいま、チェリンさん。…真面目に覚悟はしてる。」
「そんなとこまでうちの旦那と似なくても良いのよ。ま、カルティア様を焚き付けたアタシも悪いかもね。」
「チェリンさんのせいかよ!?」
大声と共に目を丸くするレクスに対して、チェリンは悪戯っぽく微笑んだ。
レクスはばつが悪そうにはぁと溜め息をつく。
ローブから鮮血を固めたような擬飛竜の真核をカウンターの上に置いた。
「…とりあえず依頼の分だ。擬飛竜一匹、確かに討伐してきたぞ。」
「お疲れ様。ちょっと報酬を用意するから待ってなさい。…それにしても、思い出すわね。」
「…何かあったの?」
硬貨を数えながら、少し懐かしむような表情をするチェリン。
そんなチェリンに、アオイはコテンと首を傾げた。
「うちの旦那は十人の妻がいるわ。そのうち最初の一人との出会いが、擬飛竜の討伐だったのよね。アタシも聞いた時は驚いたわよ。」
「そうなのかよ。…クロウ師匠が助けたのか?」
「違うわよ?その時に商隊の護衛をしてた旦那と通りすがりの愛花が擬飛竜を討伐したのよ。…その時の護衛をしてた商隊の人がクルジャさん。レクスも知ってるわよね?あの人、ちょくちょくうちに来るもの。」
「そうだったのか…。」
意外な繋がりに、レクスは目を丸くしていた。
あの親切な老人は、レクスとクロウを重ねていたのだ。
間接的にクロウがレクスを助けている。そう思うと、レクスは何処か傭兵ギルドという場所に運命的な繋がりを僅かに感じていた。
チェリンは硬貨を数え終わると、2つ袋を取り出してカウンターにゆっくりと置く。
「はい。依頼料金の15万G。2つの袋に分けておいたわ。どうせ折半するんでしょ?」
「ああ、ありがとな。チェリンさん。」
「…助かる。…チェリン、ありがと。」
チェリンは蠱惑的なウィンクを”パチン”と決める。
レクスたちは袋を手に取ると、カウンターから立ち上がった。
「次もよろしくお願いね、レクス。アオイとカルティア様もいつでも来なさい。」
手を振るチェリンに対し、レクスは「ああ。」とだけ返して後ろ手にひらひらと手を振る。
カルティアとアオイはチェリンに向かってお辞儀をすると、レクスと共に傭兵ギルドから出た。
再び少し熱い陽が三人を照らし出す。
レクスはちらりと後ろ二人に顔を向けた。
「寄ってくか?ハニベア?」
「そうしますわ。暑いですもの。」
「…冷たいものが欲しい。」
少し笑んだカルティアとアオイにレクスは頷く。
ハニベアの方へ脚を向け、レクスはハニベアの入り口に手をかけ、ドアを開いた。
「いらっしゃいませぇー!」
ドアのベルが鳴り、シャミィの元気な声が響く。
レクスは店内をぐるっと見渡した。
すると。
「あ」
レクスはつい、声が出てしまった。
よく見知った人物が、巨大な輝く宝石の山を今にも食べようとスプーンを持っていたのだ。
「どうかしましたの?」
「…早く入ろ?」
立ち止まるレクスに後ろの二人が脇から覗き込む。
その二人を見た瞬間、件の人物はスプーンをカランと落とした。
「な…なんでぇ!?レクスくんだけじゃないの!?」
そこにいたのは。
ピンク色の目を見開き、愕然とした表情のマリエナが。
スイーツを攻略せんと座っていた。
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