生徒会
翌日、6の月の少し汗ばむ陽気が感じられる午後。
マリエナは少し傾いた陽が射し込む窓際で頭を机に突っ伏し、俯いていた。
はぁと時折聞こえる溜め息は、何処かしょんぼりとした雰囲気を感じさせる。
そんなマリエナの横で、黒いお友達のビッくんが無邪気に知恵の輪で遊んでおり、カチャカチャと音を立てていた。
現在、生徒会室の中にはマリエナを含め5人の学園生がいる。
王立学園の生徒会メンバーだ。
そのうち一人の眼鏡をかけ、濃紺の髪をした男性が、マリエナをみて呆れたように溜め息をついた。
「マリエナ会長、そんなに落ち込んでないで、仕事してくださいよ……。」
「ルーガくんは良いよね。可愛い婚約者がいて。わたしなんてお見合いさせられそうなのに。」
いじけたような声のマリエナに、眼鏡の男性はまたふぅと面倒くさそうに溜め息をつく。
彼の名は「ルーガ・ディアニア」。
生徒会の会計を担当している2年の男子生徒だ。
ルーガは手元の紙で計算をしながら、生徒会で購入すべき備品の紙とにらめっこしていた。
「ルーガくん、マリエナちゃんが役に立たないので、こちらに資料を下さいな。……お見合いとは、今度こそお断りできなさそうですね。ご愁傷さまです。」
「クリスちゃんもそう言ってさぁ…。わたしにとっては重要な問題なんだよ?」
「…いつまでも白馬の王子様を夢見ているマリエナちゃんもどうなのかと思いますが?そんな人がいるわけ無いでしょうに。」
「クリスちゃん、わたしに辛辣すぎじゃない?」
「なら会長としてどっしり構えていてください。」
クリスと呼ばれたクリーム色の長髪をした女子生徒はレモンカラーの瞳が映る眼鏡を、くいっと上げてマリエナを流し目で見やる。
彼女は「クリス・クリアーテ」。
生徒会の副会長であり、マリエナの幼馴染。
加えてルーガの許嫁であった。
クリスはルーガから資料を貰うと、パラパラと捲って消耗品の度合いを確認する。
「また始まったッスよ…マリエナ会長のボヤキが…。こうなるとしばらく動かないッスからねぇ。」
机の上で箱の中を漁っていた深紅の髪をショートカットにした女生徒がふぅと溜め息をつく。
彼女の薄橙色をした瞳は、呆れたように伏せられていた。
彼女は「ヴァレッタ・レイリー」。
生徒会では庶務をしている、唯一の三年だ。
「マリエナ会長がしっかりしてくれないと、あっちは安心して卒業出来ないッスよ?」
ヴァレッタのジトっとした眼はマリエナに向いているのだが、マリエナは机に突っ伏しているため気が付かない。
やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「そのデカいおっぱいで誘惑してやりゃ誰かしらうちの生徒は堕ちるッスよ。おまけにサキュバスッス。マリエナ会長が其の辺の学生を身代わりに立てりゃいいッスよ。そうすれば万事解決ッス。」
「…おかあさんに会わせなきゃいけないんだよ?おかあさんも自分の魔眼使うって言ってるし。それでおかあさんの魔眼に負けちゃったら、おかあさんの愛玩動物確定コースだよ?普通の男性なら勝てる人居ないよ……。」
「…おおう。そりゃキツイッスねぇ…。あの色香の権化に敵う学園生なんて、ほぼいないッスよ…?しかも魔眼使うって…マリエナ会長のお眼鏡に敵っても、人生賭けないといけないやつじゃないッスか…。」
ヴァレッタは目をひくつかせ、顔を引き攣らせた。
ヴァレッタはマリエナの母を知っている。
サキュバスの中でもかなり有名で、強大な力を持っていることも知り得ていた。
すると、一番入り口に近い机に座っている人物が顔を上げてマリエナを見る。
「そんなにかいちょーさんの御母様は恐ろしいです?」
その少女は水色の髪をおかっぱ頭にしていた。
首を傾げ、無垢な青銅の瞳でマリエナを見ている。
ちょこんと覗くその姿は、人形のようだ。
少女の名は「レイン」
役職は書記を担当している。
生徒会の中で、唯一の平民出身の学園生だった。
「あちしはかいちょーさんの御母様はわからないですが、かいちょーさんが魔眼を使えば良いではないです?」
「駄目ッスよレイン。マリエナ会長は白馬の王子様を探してるんです。自分から惚れさせたくないってメンドーな性格してるッスよ。」
「サキュバスの魔眼は男性であれば基本逃れられません。マリエナちゃんが魔眼を使ったら、男性は立ちどころにマリエナちゃんの言う事しか効かなくなりますよ。光属性の魔術適正を持っている人物なら、ある程度は対抗出来るでしょうけど。」
レインの提案に、クリスとヴァレッタの二人は即座に首を振った。
事実、サキュバスの魔眼というものは光属性の魔術適正である程度は抵抗出来るのだ。
しかし、その程度ではマリエナの母親に敵う程では無いと、付き合いの深い者は察していた。
それでもレインは釈然としない様子で首を傾げている。
「じゃあ、かいちょーさんの御母様の魔眼が効かない人を代理で立てて行くのはどうです?他のサキュバスの魔眼が効いてる人なら効かないって聞いたです。」
レインは自身の知る知識で提案する。
サキュバスの魔眼を掛けられた相手は、別のサキュバスの魔眼が効かなくなるのだ。
しかし、先ほどの二人は又もや首を横に振る。
「いや、ムリッスよ。他のサキュバスって何処にいるッスか?いたとしても他のサキュバスがマリエナ会長にわざわざ眷属を貸すことはないッスよ。」
「自分の彼氏を他人に貸すような人は特殊な性癖でない限りは居ないでしょうね。しかもマリエナちゃんの家はサキュバスの中でも一番格式高い家です。格上に渡したら戻ってこないと思われるのが落ちですよ。」
二人ははぁと溜め息をつく。
レインも「そうですか」と引き下がった。
少し重い空気が生徒会室を包み込み、支配していた。
そんな中、クリスがぽつりと呟く。
「マリエナちゃんの魔眼が一切効かないなんて人がいれば、話は変わりますが。」
「居る訳ないッスよ。そんな人が居るなら生徒会に入って欲しいくらいッス。」
「俺も賛成だね。そんな人が居るなら俺も見てみたい。」
「この学園内に居ないです。かいちょーの魔眼は勇者くらいじゃないと抵抗できないです。…あくまで抵抗出来るだけですけど。」
アハハっと四人は可笑しそうに笑う。
するとマリエナがぽつりと呟いた。
「……いるよ、一人。わたしもその子に頼もうと思ったんだけど……。」
その言葉に役員は全員、目を見開いた。
マリエナの魔眼が効かない男性という意味を、役員は全員理解していたのだ。
それはすなわち、サキュバスという種族全体へのカウンターになり得る男性に他ならない。
一瞬の静寂が流れた後、ヴァレッタが口を開く。
「い、いるッスか!?そんな奴!?あっちも知らないッスよ!?…次期の役員候補ッスね。」
「マリエナちゃんが知っているってことは…あなた、使ったんですね……。あれほど使いたくないって言ってた癖に……。」
「だ、誰ですか!?俺も初めて聞いたんですけど!?」
「かいちょーの魔眼が効かないって…勇者です?でも彼はやめといたが良いです。競争率高いです。」
四人の驚いた声に、マリエナは伏せていた上半身を上げて、役員たちを見る。
上半身を上げた際、非常に豊満な胸がプルンと揺れる。
その表情はぶすっと頬を膨らませて、少し口をへの字に曲げていた。
「……みんなわたしのことを何だと思ってるの?わたしもしっかり作戦は立ててたんだよ?でも、おかあさんが魔眼を使ってくるって言ったのは予想外だったよ。わたしの魔眼効かなくてもおかあさんならわかんないよ……。」
ふぅと溜め息をつくマリエナに生徒会の役員は全員いやいやと首を振る。
マリエナの傍にちょこんと座っていたビッくんは何のことかわからないとばかりに、辺りをきょろきょろと見渡していた。
「マリエナちゃんの……魔眼が効かないのってそんな……誰なんですか?」
「それはね、レクスくんっていうの。今年入った一年の子なんだけど……口が悪いけど、すごく真面目で、わたしの魔眼が全く効かなかったんだから!」
「一年のレクスって奴ッスね?名字が無いっていったら平民の生徒ッスね!今の時間は実習中ッスから終わるまで待つしかないッスねぇ……。」
「あ、レクスくんなら、多分実習には一度も出てないと思うよ?」
「はぁ?平民の一年が実習に出てないって、どうやって単位を取るんだ!?……そうか、冒険者ギルドか。危ないけど単位にはなるからな……。あとは、商売の手伝いとかか。」
ルーガがうんうんと頷いたが、マリエナが首を横に振って否定する。
「レクスくんは、「傭兵」って聞いてるよ。何時も傭兵ギルドに顔を出してるらしいからね。……わたしもそこら辺でよく会うし。」
「「「「……は!?」」」」
生徒会役員たちの呆気にとられた声が重なる。
その声に驚いたビッくんは「ビッ!?」と知恵の輪を手から落とす。
そして戸惑ったようにきょろきょろと周囲を眺めていた。
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