或る屋敷での一幕
王都の中の一角、とある屋敷の食堂で、ある女性とマリエナは邂逅していた。
吊り下げられたシャンデリアがキラキラと星のように輝く。
食堂のテーブルは長く、マリエナと対面している女性との心の距離が、そのまま現れているかのようだった。
マリエナのずっと前に座る女性は、マリエナとよく似た美女。
濃い紫のウェーブがかった髪は臀部まで艷やかに伸びている。
瞳の色も美しいアメジストのようで、目元には泣き黒子。
艷やかな肉厚の唇は、普段から男を誘惑しているようだ。
身体は非常に男好きするように、その胸やお尻はマリエナよりもさらに大きく張り出していた。
角や羽根も、マリエナより一回り大きく、立派に育ったようだ。
そんな美女の周りには、多くの男が奴隷のように傅いていた。
彼らは奴隷ではない。
《《全員が彼女の夫なのだ》》。
美女はマリエナをじぃっと見据え、意味深に口元を上げていた。
美女はマリエナを見据えたまま、口を開く。
「マリエナ。アナタももう十七才よ。まだアナタは男を一人も作っていない。サキュバスとしては遅すぎるわねぇ。」
美女は目を伏せ、悩ましげな溜め息をつく。
マリエナは俯いており、肩をピクリと震わせた。
「いい?サキュバスは男がいないと成り立たない種族なの。男がいないと魔力の補充すら満足にできない。そこをわかっているのかしら?確かに吸精なしでも生きていくことは出来るわ。でも、それじゃ駄目よ。サキュバスは男を求めてしまう。そういう運命なの。」
美女は目の前の分厚いステーキを切り分けると、優雅な動きで口に運ぶ。
その間もマリエナは俯いたままだ。
美女はナプキンで口元を拭くと、マリエナを気だるげに見つめた。
「マリエナ。アナタはこのワタシの娘なのだから、せめて一人や二人、男を作りなさい。アナタはサキュバスなのよ?それが出来ないなら、アナタにはお見合いをしてもらうしかないわ。…ホリック!」
美女はパチンと指を鳴らす。
すると美女の傍にいた一人の金髪男性が、そそくさとマリエナの元へ歩み寄った。
その手元には少し大きめの板を抱えている。
マリエナはその板が何なのか、すでに解っていた。
金髪の男性はマリエナの傍まで寄ると、板を開いてマリエナの前に置く。
そこにはタキシードを着た、40代ほどの男性が描かれていた。
見た目は極普通の中肉中背の濃いピンク色の髪をした男性だ。
マリエナの想像通り、お見合い相手の似顔絵だった。
マリエナはふぅと溜め息をつくと、顔を上げる。
その表情は、何処か戸惑った様子だ。
「おかあさん。わたしはまだ学園生だよ。卒業するのもあと1年と少しある。……生徒会の仕事だってあるし、今はそんなこと考えられないよ。」
「……なら、学園で男を捕まえればいい話よ。マリエナ、ちょうどアナタの後輩には「勇者」のスキルを持った男が居るじゃない。その男を手に入れれば、我が家も安泰なのだけれど。「勇者」は美女好きという話もあるわね。……マリエナ、アナタが彼を虜にしなさい。」
うふふと妖艶に微笑む美女に、マリエナは首を横に振る。
マリエナはふぅと目を伏せ息を吐くと、美女に向かって意を決したように声を上げた。
「おかあさん、さっきはああいったけど…。実はわたし…学園にお付き合いしてる人がいるの。」
マリエナの言葉に、美女は目を丸くするが、すぐ嬉しそうに目を細める。
「あら…そういうことは先に言いなさいな。どんな方とお付き合いしているのかしら?」
「その人は年下なんだけどすごく頼もしい人なの。すごく恰好良くて、優しい人。…だから、お見合いなんて出来ないよ。」
マリエナが優しげな口調で話しながら首を振った。
美女は口元をにぃと吊り上げる。
「そう…。なら、ワタシが直接会いに行かないといけないわね。マリエナがお付き合いしてるなら、当然ワタシの義息子に、そしてアナタの眷属になる人だもの。」
「い…いいよおかあさん!余計なことしないで!わ…わたしたち、まだ健全なお付き合いだから!」
「いいえ。そういう訳にはいかないわよ。アナタはクライツベルンの娘として一番優れているもの。ワタシの座を継ぐのはほぼ確定事項よ。…当然、その男の子はアナタに魅了されているってことで良いのよね?」
「う、うん。そうだけど…。」
「ならば、ワタシの魔眼が効かない筈よ。マリエナの魔眼で落ちない相手なんていないと思うけれど、サキュバスの血を狙う男は多いわ。アナタがしっかりその男の子を握れているなら良いのだけれど。」
「だ、駄目だよ!」
マリエナはつい感情的になり、椅子から立ち上がる。
娘の慌てた顔に、美女はふふふと目を細くした。
「あら、アナタの魔眼で落ちているのでしょう?…もし、ワタシの魔眼で堕ちるようなら、その時はワタシの愛玩動物にでもなって貰おうかしら。娘を利用しようなんて輩には、ちゃあんとサキュバス流のけじめの付け方があるんだから。……いい?マリエナ。その男の子を、ワタシの前に連れて来なさい。しっかりと見定めてあげるから。」
「……はい。おかあさん。」
マリエナは俯き、力なく着席した。
美女はマリエナに向けて、薄目を開けて見据える。
その表情は、どんな男も魅了してしまうような雰囲気を放っていた。
「……もし、アナタが嘘をついているなら、ワタシの見定めた男性とお見合いをしてもらうわよ。これも、アナタを想ってのことだから、許して頂戴ね。」
「はい、わかりました。……今度、連れて来るね。」
「ええ。アナタの眷属になる男の子、楽しみにしているわよ。マリエナ。」
美女は再びクスクスと楽しげに微笑む。
マリエナは目を伏せて俯いていた。
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第四章スタートします。




