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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第三章・家族の縁・しのびよるもの編

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そこにある恐怖

 皇暦1405年 5の月 23分目


 レクスがコーラルの家に出掛けた翌日。


 まだ陽が高く上がり、夏の訪れを感じさせる気温の中で、勇者の寮に忍び込むものが一人。


 アオイは何時ものように、勇者の監視を続けている。その日も勇者の寮の天井裏に潜んでいた。


 眼下には、ベッドサイドでリュウジがノアや他の女性と話している光景が目に映る。


 その日もリュウジは下着姿で鼻高々と自慢話を吹聴していた。


 すると、ある一人の下着姿をした少女がリュウジにしなだれながら声をかける。


 その少女は、Aクラスに所属している少女で、名前はミアリィ。


 彼女は上目遣いで、リュウジに媚びを売るように見つめながら、口を開いた。


「リュウジ様、聞きましたの?憲兵隊が奴隷の売買をしている貴族を一斉検挙したらしいですの。酷いですの。今どき奴隷だなんて野蛮ですの。」


「全く許せない事だよね。奴隷の事件くらいなら僕が解決してあげたのに。腐敗した貴族なんて僕が出ればあっという間さ。全員斃しちゃえばいいんだよ。憲兵隊も僕がいるのに全然頼ってくれないんだから、困っちゃうよね。」


 リュウジは困ったようにふぅと溜め息をついた。


 天井裏のアオイはギリギリと歯を食いしばる。


 言うのは簡単だ。

 しかし実際はそんなに簡単な問題ではないことや、傭兵たちの協力で成立したことを、アオイは知っているのだから。


 リュウジはいかにも自分なら解決出来たと言わんばかりの口調に、アオイは腹を立てていたのだ。


「それに、僕なら奴隷の子たちを全て幸せに出来る筈さ。奴隷になってた子たちでも強いスキルの子たちもいただろうしね。いやぁ、本当に残念だよ。」


 リュウジはアハハといかにも力なさげに笑う。


 その笑みが非常に軽薄なものだとアオイには解っていた。


(…女の子を物扱いしてるのは、勇者も一緒。…本当に、最低。)


 眼下のリュウジを殴りたい気持ちを抑えながら、アオイはじぃっとリュウジを見ている。


 しかし、その眼光は鋭くなっていく一方だ。


 そんな中、ワンピース姿のノアがぽつりと口を開いた。


「そういえばリュージ、ちょっと気になるんだけど。……ここ、ネズミいるよね?」


 ノアはちらりと天井を見上げる。


 目が、合った。


 アオイは目を見開き、背筋をゾクリと震わせる。


 その昏い眼は、明らかにアオイを見ていた。


 アオイと目が合ったノアは、ニヤリと口元を上げ、邪悪に笑う。


 まるで、獲物を見つけて舌なめずりをするかのように、ノアはペロリと唇を舐める。


(…バレた!?…何で!?…物音も立ててないのに!?)


 アオイの額には、汗が滲んでいた。


 ノアの発言に、リュウジは眉を顰めた顔をする。


 隣のミアリィも露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「えぇ、ネズミ!?僕ネズミ嫌いなんだよね。管理人に言って駆除してもらおうか。」


「ネズミは嫌ですの。早く追い出してしてほしいですの!」


 勇者の発言に、ノアはゆっくりと首を振る。


「その必要はないよ。わたし、村ではよくネズミ獲ってたからこういうのは苦じゃないんだ。リュージ、わたしに任せてくれないかな?」


「さすがジアだ!頼りになるよ。じゃあ、ノアにお願いしようかな。押し付けちゃってごめんね。」


「ううん、いいの。わたしの好きでやることだから。……さて、どうやって捕まえよっかなぁ?」


 ノアは再びじぃっとアオイの目を、のぞき穴を通して見ていた。


 確実にバレている。


 そう確信したアオイは、すぐさま「瞬身」を発動した。


 一瞬で風景が変わり、緑豊かな勇者寮の裏側へと転移する。


 さすがに追ってはきまいと、アオイはふぅと安堵の溜め息をついた。


 しかし、次の瞬間。


 大量の虫が這いずり回るような恐怖が、背中からじわりとアオイに伝わってくる。


 それは、あり得ないと思っていた。


「何処に行くのかな?ネズミさん。」


 少女の声に、アオイはバッと振り返る。


 そこには昏い笑顔でアオイを見つめるノアが、すでにそこにいたかのように立っていた。


 アオイは少したじろぐも、僅かに後ろに下がる。


 いいようもない、得体のしれない恐怖が、濁流のようにアオイを呑み込んでいた。


「あなたは誰なのかな?覆面してるからわからないや。答えてくれないと、お仕置きしちゃうけど?ネズミさん。」


「…。」


「へぇ、だんまりなんだ。じゃあ、おもちゃにしても良いよね?カルティアは満足に潰れてくれなかったし。」


 カルティアの名前を聞いた途端、アオイは裾からクナイを引き抜く。


 ノアが何をしたのかはアオイには全くわからなかったが、碌なことではないのは確信していた。


 以前カルティアと話した時の襲われたという発言はこの少女のせいなのだと本能で理解する。


 クナイを速攻で逆手に構えると、腿に力を込め、弾丸のようにノアに向かって飛び出した。


(…こいつは危険!…早く、殺るしかない!)


 アオイはノアのスキルを「鑑定者」だと聞いていた。


「鑑定者」であれば、スキルを発動されてしまえば、アオイは正体をバラしてしまうことになる。


 逃げても無駄だった。


 さらにこの恐怖感を只者ではないとアオイは認識していたのだ。


 つまり、最終手段である「殺害」を選ぶ他なかった。


 アオイはノアの褐色の首の中央に向けて、クナイの切っ先を伸ばす。


 ”ブスリ”と、クナイは間違いなくノアの頸に刺さった。



 筈だった。



「…え?」



 アオイは目を見張る。


 《《血が、全く出ていない》》。


 代わりに出ているのは、ただただ黒い瘴気。否、どす黒い混沌を絞り出したような闇が溢れ落ちていた。


「痛いなぁ。女の子の身体に傷が残っちゃうじゃん。…わたしを殺せるのは、リュージだけだよ?」


 滾々と流れ落ちる瘴気を気にすることもなく、ノアは口元を上げ、微笑んでいた。


 しかし、その笑みは邪悪そのもの。


 ノアは自身の細い腕で、刺さっているクナイを掴む。


 アオイが掴む力をものともせず、クナイを一気に引き抜いた。


 ノアの頸にあった傷は、瞬時に何もなかったかのように元へ戻る。


(…ば、化け物。…勝てるわけが……ない。)


 アオイはすでに恐怖に呑まれていた。


 目を見開き、身体はガタガタと震えが止まらない。

 脚も全く動かなかった。


「じゃ、お仕置きしなきゃね。……そうだ、いいこと思いついちゃった。一生無様に喚き散らしてよ。」


 ノアは何かを思いついたような表情をすると、アオイの顔面を、覆面ごとわしっと簡単そうに掴んだ。

 すると、ノアの手から、黒い瘴気がアオイに流れ込むように漏れ出る。


「じゃあ、人間として終わってもらおうかな?えい。」


 可愛らしい声とは裏腹な黒い瘴気が、アオイを包み込んだ。


 アオイの中に流れ込んできたもの、それは。


(こ……怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)


 目の前に映るもの全てに対する「恐怖」だった。


 陽が、草が、空が、雲が、木が、建物が、人が、風が、花が、鳥が、この世の全てが。

 アオイには恐ろしいと感じるようになってしまったのだ。


 ノアが手を離すと、アオイはその場にぱたりと膝をつく。


 眼は裏返り、身体がガクガクと大きく震え、口の端からはだらりと涎が滴り落ちる。


 その得体のしれない不可解な恐怖によって、目からひたすら滝のように涙を流す。


(………こわいよぉ……こわいよぉ。たす……けてぇ……。)


 全てが、怖かった。



 そんなアオイに向け、ノアはニコリと微笑む。


「さてと、これでもう人間としては終わりかな?一応、「鑑定者」を選んで…あれ?」


 ノアが鑑定を発動しようとした時だった。


 すでにそこに、アオイの姿はない。


 常緑の風が、ふわりと吹き抜けるだけだ。


 アオイの恐怖心が、無意識に「瞬身」を発動させていたのだ。


 すでにいないアオイに対して、ノアは口元を下げ、不機嫌そうな表情を浮かべる。


「ちぇー。転移系のスキル持ってたのかぁ。惜しいことしたかも。リュージの手駒にしてもよかったかもね。あーあ、残念。…ま、いっか。」


 ノアはすぐに表情を切り替え、何時ものニコニコとした表情へと戻る。


 何事もなかったかのように、ノアはリュウジの待つ寮へ踵を返す。


「……どのみち人間としては終わりかな。全部が怖すぎて、何も出来たものじゃないだろうし。一生無様に這いつくばってね。……さよーなら、バカなネズミさん。わたしを殺そうなんて、笑っちゃうな。」


 ノアの呟きを聞いた者は、誰一人としていなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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