辿り着いた縁
レクスが写真立てを覗き込んでいると、ガチャリと客室のドアが開く。
目を向けると、そこにはコーラルと男性が二人、さらにメイドの格好をした女の子が来ていた。
男性のうち、一人はコーラルをそのまま大人にしたような風貌だった。
紅いベリーショートヘアに赤い瞳を持ったその男性は、きりりとした目つきでレクスを見ていたが、レクスを見ると驚いたように目を丸くする。
もう一人の男性もレクスを見て、目を見開いていた。
こちらの男性も紅い髪のショートヘアに赤い目をしているが、かなり年配の男性だった。
顔に刻まれた皺は深いが、キリッとした顔つきの男性だ。
そしてメイド姿の少女は、1週間前にレクスたちがアンブラルの屋敷で助けた少女、フィリーナ。
フィリーナは市井の商人の娘で、その両親は、娘が助けられたことを大変に感謝していた。
その縁もあり、コーラルの屋敷で働くことになったのだ。
もちろん、屋敷で働くということは《《コーラルのお手付き》》になって欲しいという魂胆も見えていたのだが。
「お待たせ、レクス君。座って待っていてくれればよかったのに。」
「ちょっと座り慣れて無くてよ。…そっちの人は?」
「ああ、僕の父上と祖父だよ。僕の友人が気になるみたいでね。一目顔が見たいって言ってたから。」
コーラルはニコリと笑いながら話していた。
後ろの父親と祖父の驚いた表情に気付いた素振りはない。
「あっ、レクス君も座って。フィリーナにお茶を頼むから。」
「お、おう。悪ぃな…。」
レクスはソファに腰掛けると、対面にコーラルとその父親、祖父が座る。
何処となく面接のような雰囲気もあり、レクスは少し落ち着かなかった。
コーラルがメイド姿のフィリーナに声をかける。
「フィリーナ、お茶をお願い。」
「かしこまりました。コーラル様。そのボケっとした顔でアホらしく待っていてください。」
フィリーナは礼をして立ち去る。
その頬は少し朱く、想われているのは間違いないようだ。
しかし明らかにメイドの口調ではないことにレクスは呆気に取られていた。
コーラルは呑気に笑っている。
「ごめんね。フィリーナの照れ隠しなんだ。」
「あれでか…?」
レクスが顔を正面に戻すと、コーラルの父親と祖父がじぃっとレクスを見据えていた。
コーラルの父親が口を開く。
「この度は息子が迷惑をかけたようだね。私はバーミリオン。バーミリオン・ヴェルサーレという。隣は私の父親、ブラック・ヴェルサーレだ。会えて嬉しいよ。」
バーミリオンがお辞儀をして、手を差し出す。
レクスは差し出された手を戸惑いながらも握った。
「レクスだ。アルス村ってとこにいたから、名字はない。よろしく。」
手を離すと、隣のブラックが口を開く。
「ブラックだ。コーラルの祖父に当たる。レクス君と言ったかな。……なるほど、コーラルが気にする訳だ。」
ブラックはレクスを見た後、うんと頷くと、口角を上げて微笑んだ。
その瞳は、色んな感情がごちゃ混ぜになったように渦巻いていた。
レクスの顔を見て、バーミリオンが口を開く。
「いやはや、驚いたな。コーラルが学友を連れてくると出迎えてみれば、知り合いにそっくりな顔の友人を連れてくるとはね。不思議な巡り合わせもあるものだよ。……父上は、息災かな?」
バーミリオンの表情も、いろいろな感情が複雑に絡みあったような、難しい表情をしていた。
バーミリオンは、全て解っているのだと、レクスは理解した。
おそらく、隣のブラックもだろうと。
レクスはその質問に、コクリと頷いた。
「親父は元気だ。母さんとシルフィ母さんの二人と暮らしてるよ。村の人からもすごく頼りにされてる。王都へ行く俺の心配もしてくれてる……俺の、自慢の親父だ。」
「妻を二人も娶っているのか。レッドにそんな甲斐性があるとはな。驚きだよ。」
レクスは、バーミリオンとブラックに優しく歯を出して、照れくさそうに笑った。
バーミリオンとブラックも、レクスの言葉に満足そうに頷く。
ただ一人、コーラルだけが取り残され、不思議そうに首を傾げていた。
「父上?どうなさったんですか?レクス君とお会いしたことでも?」
「コーラル。レクス君は……コーラルの従兄弟だ。」
バーミリオンはコーラルに少し微笑んで語りかける。
コーラルはその言葉に目を見開き、絶句していた。
レクスもコーラルの表情に、少しだけ口元を上げる。
「レクス君の父君、レッドは私の兄だ。平民の娘と結婚すると言って王都を出ていった、大うつけだ。レクス君の顔を見た時、直ぐに気がついたよ。…でも、こうしてコーラルと出会うのは、運命だったと言えるかもしれないね。」
「そうだな。あの馬鹿が生きていったとは。全く…嬉しいものよ。今まで連絡もよこさんのに、息子が先に会いにきおってな…。」
ブラックの目には少し涙が浮かび、口元は緩んでいた。
「…親父を恨んでねぇのかよ。」
「少しはな。だが、いくら家督を捨てようと、儂の息子であることは変わらん。幸せであってくれるなら、それに越したことは無い。まぁ、連絡くらいは定期的によこさんかとは思うがな。」
ブラックはふぅと溜め息をつきつつ、目を細めながらレクスを見た。
その表情は、何処かレッドに似ているようにレクスは感じた。
まだ飲み込めていないコーラルはレクスとブラックを交互に見る。
「レ…レクス君は気がついていたのかい?」
「いいや?まあ、コーラルが親父に似てるなとは思ったけどよ。そこの写真で気がついた。」
レクスは、先程まで自分が見ていた写真を指さした。
その写真には、ブラックとその妻であろう女性、小さい頃のバーミリオンとレッドがしっかりと写っていたのだ。
コーラルが驚いていると、ガチャリとドアが開き、フィリーナがお茶セットを持って入室してくる。
「お茶をお持ちしました…どうなさいました?コーラル様。馬鹿なお顔がさらに馬鹿になっておりますよ?」
「あ…アハハ…。」
フィリーナがコーラルをよそに、お茶を各人の前にセットしていく。
レクスの鼻をツンとさす香りは紅茶ではない。
ハーブティーのようだ。
バーミリオンが僅かに微笑むと、カップを持ち少しハーブティーを飲んだ。
「君も飲みたまえ。…これからも、コーラルのことを気にしてやってくれ。ああ見えてやる時はやる子だ。」
「ああ、わかってるよ。叔父さん。」
レクスもカップを持ち、ハーブティーを少しだけ飲む。
口の中に少しの苦味が広がり、爽やかな清涼感が鼻から抜けた。
その後は普段のコーラルやレクスのことに着いてバーミリオンが聞いてきたり、ブラックがレッドのことについて尋ねたりしたことで、時間は過ぎゆく。
レクスも父親の話を興味深く聞いたりなど、充実した時間を過ごした。
◆
コーラルの屋敷から出た頃には、すでに陽は傾いていた。
レクスとコーラルは、共に陽が暮れた街並みを並んで歩く。
夕暮れ時だからか、人通りはそこまで多くはない。
通りがかるのは夕食の買い出しに出る御婦人が多かった。
夕焼けは炎のように燃えていて、二人を正面から照らし出す。
夕焼けに照らし出された地面には、長く伸びた影が黒いレールのように映し出されていた。
そんな中、コーラルはふぅと溜め息をつく。
「…まさか君が従兄弟だとは思わなかったよ。」
「そりゃこっちの台詞だっての。コーラルが従兄弟なんて思っちゃいねぇよ。」
レクスは頭の後ろで腕を組みながら、ふぅと目を伏せ溜め息をついた。
すると、コーラルは歩きながらレクスの方を向く。
「……僕みたいな奴が従兄弟で幻滅したかい?」
「いいや、全く。……そもそも俺は片田舎育ちの平民だっての。従兄弟になんか要求する方がおかしいだろ。」
「それもそうかも知れないね。」
横に首を振るレクスに、コーラルはニヤリと歯を出して微笑む。
レクスは目を開けて、陽の方を真っ直ぐ見据えた。
「…ま、どのみち友達って事で良いじゃねぇか。」
「そうだね。…これからもよろしく!」
「おう!またなんかありゃ言ってくれ。話なら聞くぜ。」
二人は学園の寮に向かって真っ直ぐ歩く。
そんな二人を、夕日のオレンジの炎は静かに映し出していた。
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