繋がっていた縁
王都での大捕物があった一週間後。
その日も学園の講義は休みであった。
五月晴れの陽は、夏の訪れを皆に伝えるように、さんさんと照っている。
そんな中、レクスはコーラルと共に、王都の貴族が住まう住宅街に足を運んでいた。
王都の貴族が住まう住宅街は王都の東側に固まっている。
どの建物も横に広く、複数階建てが基本の豪邸が数多くひしめいている地区だ。
一般人が歩いていたら場違いな雰囲気の中、レクスはコーラルと共に、コーラルの実家へお邪魔することになっていたのだ。
レクスは断ったのだが、コーラルがどうしてもと聞かず、こうして学園の休講日に出掛けていたのだ。
「やっぱ俺、場違いじゃねぇか?どうもそわそわしちまってよ……。」
「大丈夫さ。レクス君は僕の恩人だからね。父上や母上にも言ってあるし、レクス君を歓迎してくれる筈だよ!」
「そうか?でも俺、よそ行きの服とか持ってねぇからよ。普通の服で来ちまったぞ?」
レクスは少し緊張して瞳を揺らしながらコーラルを見る。
普通のシャツと綿製の長ズボンを着用しているレクスに対し、コーラルはきっちりとした洋装だ。
コーラルはなんともないようにレクスを見て微笑む。
「レクス君はお客様になるから、全然気にしなくて大丈夫さ。……着いた。ここだよ。」
コーラルが一件の邸宅の前で止まる。
いかにも古参の貴族の邸宅ですと言わんばかりの大きな邸宅だ。
大きく佇んだ白亜の壁に、白亜の柱。
三階はあるであろう大きな建物は、学園の寮よりは小さいものの、レクスの実家からすれば月とスッポンだ。
アンブラル家とはまた異なった趣のある邸宅がレクスの目の前に立っている。
あまりの大きさに、レクスは顔を引き攣らせていた。
「す、すげぇなこりゃ……。」
「そうかな?僕にはこれが普通なんだけど。」
驚くレクスにコーラルは目を細くして苦笑していた。
レクスはコーラルと共にそのまま玄関まで歩いて行く。
玄関の前に立つと、ダークブラウンのドアをコーラルが叩いた。
するとドアの向こうから、男性の声が響く。
「どちら様ですかな?」
「じいや、僕だよ。この前言ってたレクス君を連れてきた。」
コーラルの声に、ガチャリと玄関のドアが開き、中から壮年の男性が顔を出した。
壮年の男性は白髪交じりの茶髪で、鼻髭を生やした、何処か柔和そうな雰囲気のある男性だった。
コーラルの顔を見ると、目尻を下げて微笑む。
「おお。坊ちゃま、お帰りなさいませ。…そちらの方が、ご学友のレクス殿ですかな。」
「うん、そうだよ。彼がレクス君だ。」
「ほう、左様ですか……。……!?」
男性がレクスの顔を見た途端、目を丸くして驚いていた。
その眼は見開かれ、レクスの全身を確かめるように見ている。
(やっべ。やっぱドレスコードとかあんのか!?)
レクスは自身の服装に疑問を持たれたのかと、内心焦っていた。
男性の様子に、コーラルは首を傾げる。
「じいや?」
「はっ!?失礼いたしました。坊ちゃま。……それでは、中へお通しいたします。……こちらへ。」
ドアが開け放たれ、レクスとコーラルは屋敷の中へと通される。
ホールはアンブラルの家と比べると小さなものであったが、至る所に装飾が施されており、柱一本一本にも意匠が施され、嫌味にならない上品さを醸し出していた。
文字通り、レクスとは住んでいる世界が違った。
(……すげぇな。もしアランの家に行ってもこんな事になってんのか?)
レクスはそう思いつつ、玄関ホールをきょろきょろと見回す。
ちなみにアランの家は王都の外にあるのだが、コーラルの家の2倍位の大きさがあることをレクスは知らない。
そんなレクスに、先程の男性が前に立つとペコリと丁寧にお辞儀をした。
「ヴェルサーレ家で執事をしております。ギランと申します。お見知りおきを。さて、これからレクス殿を客室へご案内いたします。どうぞ。」
「あ、ああ。よ、よろしく……おねがいします……?」
レクスは慣れない雰囲気に戸惑い、慣れない敬語で言葉を返す。
ギランはフォッフォと少し笑みを溢した。
「レクス君はじいやに着いて行ってくれ。僕は父上を呼んでくるから。」
「お、おう。……そこまでしなくても良いんだけどよ?」
「ホッホ。それではレクス殿、こちらですぞ。」
コーラルが離れ、レクスはギランの後を着いて行く。
歩いている間、レクスが目にする家屋内の内装一つ一つが丁寧かつ繊細にあしらわれていた。
床に敷かれているカーペットはふわふわで、上質なものを使っていることがありありとわかった。
レクスの実家の診療所とは大違いだ。
客室は2階にあるらしく、レクスはギランに着いて、階段を上る。
「……コーラル坊ちゃまも、面白い御友人ができましたな。」
「え?あ、悪ぃ。服とか選んでる時間無くてよ。」
「ホッホ。違いますぞ。今までコーラル坊ちゃまはご学友を誘うことなんてなかったものですから。それに、縁とは奇妙なものだと思っただけです。」
「お、おう?」
ギランの言葉をよく理解しないまま、レクスは客室へと通された。
「コーラル様がお戻りになるまでしばらくお待ち下さいませ。」
「あ、ああ。そうする。」
客室も非常に豪華なあしらいだった。
きらびやかな刺繍が施されたソファや、アンティーク調のつやつやしたテーブル。
真っ白な壁紙に、複雑な紋様の絨毯など、レクスの家では目の当たりにしないものばかりだった。
飾られている大きな絵画もいくらするのかはレクスには見当すらつかない。
しっかりとした調度品も数多く、大きな魔導時計がチクタクと動いていた。
レクスはそわそわとしながらソファに腰掛ける。
程よい反発感があり、レクスは座り慣れない様子だった。
事実、レクスはこういったソファに今まで座ったことはないのだ。
(……場違いすぎんだろ。田舎出身の一般人だぞこちとら……。)
おどおどしながらも、コーラルを待つレクスの元に、一枚の写真立てが目に留まった。
魔導射影機で撮影した写真だ。
魔導射影機は数も少なく、作る人間も少ない、かなり高額な魔導具だ。
扱える人間も少なく、射影機で写真を撮ってもらうのにもかなりの金額がかかる。
それこそ貴族でも気軽に撮れないものだ。
そんな「写真」を持つコーラルの家は、ある意味貴族であることの証明だった。
レクスはふと気になって、その写真立てに近づく。
幾人かが集まって写った写真に、見知った顔に良く似た人物を見つけた。
口元を緩め、少しにやける。
「……薄々思っちゃいたがよ。全く、縁なんてわからねぇもんだな。」
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