王女として
レクスたちが探索をした後、アランが即座に憲兵隊を孤児院に呼んだ。
暫くして到着した憲兵隊に、レクスたちは囚われていた女性たちや冒険者風の男のこと、奴隷売買の証拠のことを伝える。
憲兵たちは目を見開きながら驚つつも、証拠品を押収し、気を失った犯人たちを捕らえていた。
どうやら司祭風の男以外は、やはり冒険者だったそうだ。
司祭風の男は常習犯だったらしく、かなり以前から違法な売買を繰り返していたらしい。
囚われていた女性たちは、みなレクスたちに感謝しつつ、全員が憲兵隊に引き取られていく。
だが、これで一件落着……とは言えない雰囲気がレクスたちに漂っていた。
◆
憲兵たちの聞き取りが終わった後、三人で傭兵ギルドに帰る道すがら、ぼんやりとしたレクスはふぅと溜め息をつく。
少し傾いた日差しは、昼食の匂いをあちらこちらから運んできていた。
溜め息をつくレクスを、カルティアは心配しながら、レクスの顔を覗き込む。
「レクスさん?どうしましたの?」
「……あの名簿に、知ってる人の名前があってよ。」
レクスはずっと、義母のシルフィの名前があったことが気がかりであったのだ。
何故シルフィの名前があったのかは分からないが、シルフィが酷い目にあったことは、レクスには容易に想像出来た。
レクスの答えに、カルティアの顔が暗く沈む。
「わたくしも、王都、いや、グランドキングダムにおいて、違法な奴隷売買があったなんて、知りもしませんでしたわ。それも、貴族の名前も多くあり……非常にショックですわ。レクスさん、申し訳ありません。」
「別にカルティアが悪いわけじゃねぇだろ。……本当に悪いのは、悪事と分かっていて手を染める連中だ。問題なのはそいつらだろ。」
頭を下げるカルティアに、レクスは首を横に振った。
それを見ていたアランも、ふぅと溜め息を漏らす。
「僕も、まだまだだということを思い知ったよ。貴族社会が、ここまで汚れてるなんて思いもよらなかった。…カリーナを、連れてこなくてよかったよ。」
アランは自身を嘆くように、空を仰ぎ見た。
空の陽は、影を落とすように少し雲がかかっている。
人が多い中央通りを抜けた3人は、少し沈んだ気分で、傭兵ギルドへトボトボと帰って来ていた。
すると、レクスは傭兵ギルドの前に立つ、浴衣の少女を見つける。
アオイは傭兵ギルドの外でレクスたちを待っていた。
レクスの顔を見たアオイが、トテトテとレクスに近寄る。
アオイもカルティアと同じように、レクスの顔を心配そうに覗き込んだ。
「…尾行、終わったよ。…レクス、元気ない?」
「ありがとうな、アオイ。……ちょっとな……。」
レクスがふぅと溜め息をつきながらレクスが傭兵ギルドの扉を開けると、珍しく一階にヴィオナがいた。
ヴィオナだけではない。クロウやガダリス、クロウの妻たちや他の傭兵など、現時点で動くことの出来る傭兵が全員集まっていた。
圧巻の光景に、レクスたちも息を呑む。
レクスがよく見ると、ヴィオナの隣には憲兵隊の制服を着たマルクスもいる。
するとヴィオナがレクスに気付き、ニヤリと口角を上げた。
「帰って来たね、レクス。お前さんのおかげで、少々大仕事になりそうさね。」
ヴィオナの言葉に、レクスは目を丸くして困惑していた。
周囲の傭兵たちも、帰って来たレクスたちをじぃっと一斉に見つめる。
「ど、どういう事だよ婆さん!?」
「ああ、王都の一斉ゴミ掃除さね。マルクス!説明してやんな!」
「人を顎で使うんじゃねぇぞ、全く……。」
マルクスはヴィオナの言葉に、頭をポリポリと掻いた。
するとマルクスが傭兵たち全員の前に歩み出た。
その眼は鋭く、傭兵たち全員を眺めている。
「傭兵の諸君、憲兵団のマルクスだ。本日、誘拐事件の調査に当たったレクスが大規模な奴隷売買の証拠を見つけた。これがその証拠だ!」
マルクスはレクスたちが見つけた古い本を取り出して掲げた。
「この中には有力な貴族が何人かいやがった。そこで……だ、本日の夜に大規模な摘発を行う事に決定した!だがうちじゃ頭数が圧倒的に足りねぇし、反発も予想される。そこで、傭兵ギルドに大捕物の協力を依頼したい!決行は夜九時だ!依頼料は一人頭十万Gを目安とさせてくれ。……何か質問があるか?」
マルクスが傭兵全体に鋭く視線を向けた。
するとガダリスが手を上げる。
その口元は笑っていたが、眼は傭兵独特の鋭さでマルクスを見ていた。
「マルクスのおっさん!誰が何処に行くとかは決めてんのか?」
「もちろん決めてあるさ。だがあくまでここに何人ぐらいしか決めてないからよ。そこはオメェさんらで決めてくんな。」
「りょーかい。」
ガダリスが頷くと、別の傭兵が手を上げる。
スキンヘッドの傭兵で鞭を扱う男、シヴァンだ。
「マルクスさんよぉ。そんなかの貴族さん全部ってわけにもいくめぇ。絞ってあんのかぁ?」
「もちろんだ。ひとまず過去5年間で取引をした貴族に限定するぜ。残りは追々調べていくが、今回はさっさと調べておかんと逃げ出す貴族も多いだろうと思ってのこった。直近なら間違いなく証拠は持ってるだろ。」
「なるほどねぇ。わかったさぁ。」
シヴァンが頷いた後、レクスが前に出てマルクスに視線を飛ばす。
レクスの視線に気がついたマルクスは鋭い目線を返しながらも、口元は上がっていた。
「どうした、レクス。」
「……部外者の協力は仰いでも良いのか?」
「……本来は控えて欲しいが、その眼、なんかありやがるな。……最小人数に留めてくれ。一応漏れるなんてことがあっちゃならないからな。そこにいる奴らはもう知ってしまったから構わんぞ。」
マルクスはレクスの後ろにいる面々を見やる。
するとカルティアがつかつかと歩き、マルクスの横に立つ。
突然のカルティアの行動に少しざわめきが起こる。マルクスすら、カルティアが横に立ったことに目を丸くしていた。
しかしカルティアがペコリと優雅にお辞儀をすると、そのざわめきは途端に収まった。
カルティアは頭を上げると、憂いた表情を浮かべつつ、傭兵たち全員をまっすぐな目で見据える。
「グランドキングダム第三王女、カルティア・フォン・グランドと申しますわ。皆さま、今回の事案は王宮、並びに王家の不手際によるものだと思っております。貴族を甘やかしすぎた結果ともいえるこの事態に、心を痛めている所存ですわ。…皆様、王都に巣食った膿を取り除く為、力を貸してくれることを願っています。…お願い、いたしますわ。」
カルティアはもう一度、頭を下げた。
その凛とした姿に、傭兵たちは呑まれていた。
傭兵たちから声が上がる。
「カルティア王女がいうんだ。やってやろうじゃんか」
「カルティア様が言うのですもの。わたくしも協力いたしませんとね。」
「王女様のお言葉ならね。わたしもやってやろうじゃない。」
「媛留もやってやろーですよ。王女様ってなかなか肝が据わってるじゃねーですか。気に入ったですよ。」
カルティアの言葉に、傭兵たちの士気が目に見えて上がっていた。
カルティアは頭を上げると、レクスの方へしゃなりと歩いて戻る。
レクスはカルティアを見て目を丸くしていた。
「カティ…。」
「これは王家の不手際であり、わたくしたちの落ち度ですもの。その責任としてしっかり謝罪しなければ、上に立つものとして失格ですわ。……少し、疲れましたわね。肩を借りますわよ。」
するとカルティアはレクスの腕を抱きかかえ、レクスの肩に頭を乗せた。
レクスはドキリとするが、幸せそうに頬を緩めるカルティアに優しく溜め息をついた。
するといつの間にか反対側に立っていたアオイが「…むぅぅ!」と不機嫌そうに顔を膨らませている。
「…カルティアばっかり狡い。…うちも。」
「おっ、おい!?」
アオイもカルティアと同じようにレクスの腕を取ると、レクスの肩に頭を預けた。
その顔は幸せそうに頬を緩めて口元も綻んでいる。
アオイとカルティア、二人の柔らかい身体がレクスの腕を包み込んでいた。
アオイとカルティアの二人に、レクスは心臓がドクドクと早鐘をうち、頬を紅く染め、たじたじになっている。
そんなレクスを、ヴィオナは優しげな眼で可笑しそうに見つめていた。
「頑張んな、レクス。お前さんなら、死相すら乗り越えるだろうねぇ。…でも、そんなところまで馬鹿弟子に似なくてもいいさね。クククッ」
ヴィオナの呟きは、傭兵たちの喧騒によってかき消された。
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