孤児院の秘密
孤児院の内側は外見と違わず、ずいぶんと荒れ放題な様相だった。
破れたソファに壊れかけの机。
ボロボロの絵画に開けっ放しのキャビネット。
壁紙はまだらに変色までしている。
到底、人が生活しているようには思えなかった。
「酷い有様ですわね。……本当に孤児院の経営をしていたのか怪しいですわ。」
「ああ。どう見ても怪しすぎんだろ。さっきの男はどこに行ったんだ……?」
レクスとカルティアは孤児院の中をくまなく見回していく。
キッチンやシャワールーム、トイレなども全て、人が生活しているとは思えないほどに水が淀み、悪臭がもわりと漂う。
寝室のような部屋や、共有スペース。
用具なども朽ち果てているものまである惨状だ。
しかし、訪問した時に出てきた男の姿は、隠れたように何処にも見当たらなかった。
「本当に…何処に行ったんだ?」
レクスとカルティアは出入り口の付近に戻って、男の姿を探す。
するとアランが縛り上げた男を引っ張り、玄関まで戻る。
そのロープは簡単には解けないように、がっちりと縛られていた。
「お待たせ!……本当に酷いね。孤児なんていたのかい?」
「誰もいねぇよ。全く、さっきの奴は何処へ行ったんだ?」
訝しむアランに、レクスは溜め息混じりに返す。
きょろきょろと全員で見渡していると、アランがピクリと眉を動かし、床の一点を見つめる。
するとアランはしゃがんで床を観察し始めた。
「どうしたんだ?アラン?」
「もしかして地下室でもあるんじゃないかって思ってね。……ほら、やっぱりあるじゃないか。」
アランは口元を吊り上げてニヤリと笑う。
レクスとカルティアが寄ると、アランの視線の先の木材だけ、少し色が異なっていた。
大きさは畳一畳分ほどだ。
その部分だけ真新しい素材で出来ており、よく見ると違和感が浮き出ていた。
「これは……気が付きませんでしたわね。こんなところに地下室があるなんて。」
「……こりゃ誰も気づかねぇわけだ。」
カルティアは目を丸くして口元を押さえていた。
アランが床をコンコンと叩くと、僅かに板が浮く。
板をめくり上げると、そこには大きさを揃えた石段が地下に向かって真っ直ぐ伸びていた。
暗がりの中に続く階段は、いかにも何かを隠していそうな雰囲気がある。
三人は顔を見合わせて頷くとレクスから階段を降り始め、カルティア、アランと続く。
薄暗い闇の中にコツコツと硬い足音が静かに響く。
周りは石で囲われているせいか、レクスは自身の入ったダンジョンを想起していた。
何処までも続いていきそうな闇だったが、唐突に終わりを迎える。
灯りが灯っていたのだ。
「…あそこか。」
光りが灯っている場所までレクスたちが降りると、そこには目的の男がいた。
男は地面に仰向けで這いつくばるように、怯えた眼でレクスたちを見て、顔を引き攣らせている。
しかし、男がいる以外に目に映った光景。
それにレクスたちは目を見開き驚く。
そこにあったのは、無骨な錆びついた金属の囲い。
牢屋だ。
罪人を入れておく筈のその中には、10人以上の女性たちが、縛り上げられてその中に押し込められていた。
「これは……酷いですわね……!」
レクスの後ろで、カルティアの怒りに震えた声が響いた。
レクスも目を吊り上げ、男を睨みつける。
「ひ…ヒィッ…許して…。」
男は地面に仰向けで這いつくばり、牢屋を背にしていた。
その顔は焦っているのか、口元を引き攣らせレクスたちを見据えている。
「お、女ならやる!……金も!……み、見逃してくださいよ……。もう悪いことはしませんから……へ……へへ。」
レクスは無言で、つかつかと男のもとへと歩いていく。
そして、男の手前で立ち止まると、鋭く射抜くような目線で、男の目を見据えた。
その紅い眼に、男は呑まれた。
さらに口元が引き攣り、目をくわっと見開く。
「おい。あんた。」
「ひ…ひ…。ひ…。」
レクスは屈んで、男性の目をジロリと睨んだ。
「女性たちはこれで全部か?」
「は…はい!全員…です!みんな…差し上げますから!見逃…くぺっ!」
男が全て言い終わる前に、レクスは手刀で男の首を強めに叩く。
すると男はくらりと気を失い、バタリと横に倒れた。
レクスは立ち上がると、ふぅと溜め息をつく。
「…聞くに耐えねぇな。」
「全くもって同感ですわね!許せない行為というものを自覚していませんわ!」
カルティアとアランがレクスの元へ歩み寄る。
レクスが牢屋の中の女性たちに目を向けると、猿轡を噛まされ、全員ガタガタと震えていた。
女性たちの服は攫われた時のままなのか、だいぶ汚れている。
饐えたような臭いや鼻につく刺激臭も感じ取れる。
お世辞にも衛生環境は良いとは言えたものではない。
その様子に、三人とも顔を顰めた。
レクスが牢屋の入り口を見ると、頑丈に南京錠で施錠されていた。
レクスはふぅと溜め息をつくと、左腰のホルスターから魔導拳銃を抜き、銃口を南京錠に向ける。
「危ねぇから退いてろ。」
レクスの声に、その場の全員が牢屋の入り口から退く。
レクスがトリガーを引くと、”ドン”という発砲音と共に光弾が放たれ、南京錠を撃ち抜いた。
南京錠はすぐに”ガチャン”と音を立てて壊れる。
レクスは銃を仕舞うとすぐに牢屋の入り口を開いた。
「カティ、頼んだ!」
「ええ。わかりましたわ!」
カルティアが牢屋の中へ入り、女性の縄を解いていく。
女性たちは涙を浮かべながらカルティアを見ていた。
カルティアも微笑みながら女性たちを抱きとめ、励ましている。
「読心」の影響を微塵も感じさせない様子だった。
「こ…怖かったよぉ…!」
「もう安心ですわ。よく頑張りましたわね。」
泣きつく女性たちを一人一人抱え、カルティアは優しい笑顔で励ましている。
世間で言われている冷淡な王女とは全くの別人がそこにいる。
情に厚い、噂とは真逆の少女の姿がそこにあった。
そんなカルティアを見て、レクスは僅かに口元を綻ばせる。
するとそこに、周囲を見ていたアランの声が響いた。
「レクス君!こっちへ来てくれ!」
声のした方をレクスが見やる。
牢屋の直ぐ側の机をアランは調べているようだった。
レクスはアランの元へ歩み寄ると、アランは一冊の本を指さす。
するとアランの視線の先には、古びた机の上に置かれた一冊の古めかしい本があった。
アランは険しい目をしてその本を見つめている。
レクスはアランに寄ると、その本を訝しむように見た。
「なんだその本?」
「「取引記録一覧」って書かれているね…。これは明らかにとんでもない代物だよ。」
アランは机の上に本を開く。
本の中の記述を眼にしたレクスとアランは息を呑んだ。
「こりゃあ…とんでもない代物じゃねぇか…!」
レクスは口元を引き攣らせ、一言呟いた。
アランもコクリと首を縦に振る。
その本には、「何時、誰を、誰に、幾らで渡した」ということが仔細に書かれていた。
それが何を意味するか、アランは既にわかっている。
「奴隷の取引帳簿だね…グランドキングダムダムでは禁止されている筈だよ。まさかこんなことが行われて居るなんてね。…貴族の名前もあるじゃないか!嘆かわしい!」
アランが吐き捨てるように声を荒げた。
グランドキングダムでは、奴隷制度の整備が困難となり、過去に奴隷制度が禁止されていたのだった。
レクスも本を覗き見る。
日付は古いもので20年前の名前すら書かれていた。
アランが最新のページを捲ると、しっかりと記録がなされている。
『皇暦 1405年5の月15分目 売 フィリーナ 買 ガラムタ・アンブラル 1500万G』
「なるほど、あの貴族もちゃんと買ってたってわけか。…反吐が出るな。」
「そうだね。いけ好かないとは思っていたけどここまでとはね!しっかり罰せられるべきだね!」
アランが声を荒げながらページを捲っていく。
レクスもその様子を見ていたが、あるページにさしかかった瞬間、目を見開いた。
「おい。ちょっと待て!」
レクスは”バン”とそのページを押さえつける。
そのページには、レクスのよく知る人物の名前があったのだ。
「どうしたんだい!?レクス君!?」
「嘘……だろ……?」
アランの言葉が、レクスには遠くに聞こえていた。
心臓の拍動が煩く体内に響き渡る。
レクスは驚愕した表情にまま、目が離せない。
手を置いたそのページにはこう記録されていた。
『皇暦 1389年3の月23分目 売 シルフィ・ゾージア※エルフ 買 ガラムタ・アンブラル 3000万G』
「シルフィ……母さん……?」
レクスの義母であり、クオンの母の名前が、そこに記されていた。




