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第4−2話

 

 リュウジたちを乗せた馬車が村を出て数時間が経った昼下がり。

 村に近づく二人組の姿があった。

 二人とも女性だ。


 二人組は笑顔で村の入り口へ向けてゆっくりと歩を進めてゆく。


「お産に間に合ってよかったわー。まさか行った途端に陣痛が始まるなんて思わなかったものー。」


 そう言ったのは橙色の髪でショートカットの女性だ。

 背はレクスより少し低い。

 白色のシャツに緑色のケープを羽織り、シャツの胸は大きく盛り上がっている。下は黄緑色のロングスカートの裾が風で揺らめいている。


 目は糸目をしており、表情は分かりにくいが喜んでいることは確かだ。


 取っ手付きバスケットを両手に持ち、中からは柑橘系の果物がのぞいている。


 全体的に穏やかな雰囲気の女性だ。

 女性の名前は「マオ」。

 レクスの母親だ。


「そうだな。私たちが遅かったら間に合わなかったかもしれない。これもレッドの診断の賜物か。」


 対してもう一人は緑色の髪を腰まで伸ばした女性だ。

 背は高く、レクスより少し高い程度だ。

 茶色の革のトップスを着ており、胸部はほんの少し盛り上がっている。


 下半身はショートパンツを履いており、その脚線美を陽のもとに晒していた。その腰には左右両方に革製のホルダーに入った短剣を下げている。


 目は吊り目気味で、翡翠のような緑色の瞳をしている。

 少しきつめな印象の女性だ。

 そしてこの女性は右耳が尖っており、髪の隙間からその先が覗いていた。


 この女性は人間にとても近いが人間とは少し異なる種族。

「エルフ」の女性だ。

 女性の名前は「シルフィ」。

 クオンの母親だ。

 間違いなく、どちらの女性も美女といっていいだろう。


 二人ともレッドの妻だ。

 マオとシルフィはそのまま村の入り口に入る。

 すると、二人は妙な感覚を覚えた。


 すれ違う村人の視線がどこか何時もと違っていたのだ。

 何処か憐れんだような視線はどことなく二人に不快さを感じさせるものだった。


「…診療所へ急ごう。何かあったかもしれない。」


「そうねー。そうしましょうかー。」


 二人は少し駆け足で診療所の前まで急ぐ。

 そして、診療所のドアを勢いよく開けると、困り顔でレッドが椅子に座っていた。

 ドアの開く音に気がついたのか、二人の女性の方に目を向ける。


「おかえり。マオ、シルフィ。…ちょっとまずいことになってるかもしれない。」


 レッドは帰った来た二人に、帰宅早々にそんなことを言った。

 その言葉に、二人の女性は顔を見合わせる。


「レッド、どういうことか」

「説明してもらおうかしらー?」


 そして威圧するようにレッドに詰め寄った。



「…ん…。あ…。」

 レクスはぼんやりと目を開ける。

 部屋の中が少し薄暗い。

 掛布団を顔の部分だけ出すように捲る。

 レクスが周りを見渡すと、カーテンを閉めていない窓の外は真っ暗だった。


 どうやらレクスは、泣きつかれて眠ってしまったらしかった。


 レクスはゆっくりと上体を起こす。

 すると、朝の出来事が頭をよぎる。

「消えて」「恥知らず」「死んでしまえ」

 リナたちの言葉が、レクスの頭の中をリフレインする。


「あ…ああっ…。くそ…。くそぉ…。」


 レクスは涙が止まらなかった。

 ぽたりぽたりと、滴がシーツを濡らす。


 レクスの手は、知らず知らずのうちに掛布団をぎゅっと握りしめていた。


(スキルがねぇからって、あそこまで言われるのかよ…スキルって、そんな大事なもんなのかよ…。じゃあ、俺は…何なんだよ…。俺が…何したってんだ…。ちくしょう…ちくしょう…。リナも、カレンも、クオンまで、今まで俺と一緒にいたのはスキルの為だったってか…?ふざけんじゃねぇよ…。勇者ってのが、そんなによかったのかよ…。好きだった俺がバカみたいじゃねぇか…。俺は…その程度ってことかよ…。)


 レクスの脳裏に思いが溢れて止まらない。

 怒りなのか、悲しみなのか。

 表現出来ない複雑な思いに、レクスは歯を噛み締める。


 自身の無力さをただただレクスは感じていた。

 レクスのどうしようもない虚しさが、自身を覆い尽くそうとしているようだった。

 その時だった。


 ”コンコン”と部屋のドアがノックされる。


「レクス。起きているかい?」


 レッドの声が部屋に響く。

 一瞬、レクスは身構えた。

 またスキルの無い自分を責め立てられるのではないか。


 また無能と言われ蔑まれるのではないか。

 また…死んでくれと言われるのではないか。

 恐怖感が、レクスを包み込む。

 レクスはとっさに頭を抱えた。


 ただただ、怖かった。

 目をぎゅっと閉じる。

 あまりの怖さに耳を塞ごうとした。


「起きているならそのままでいい。このまま聞いて欲しい。大丈夫だ。僕はレクスを否定したりする気はないし、怖いことも言うつもりもない。ただ…話を聞いて欲しいだけなんだ。」


 その言葉に、レクスは閉じていた目を開き、手を下ろした。


 レッドの声が、何時もと変わらず優しい声だったからだ。


 廊下から、とすんと音が聞こえた。

 レッドが床に座り込んだ音だ。


 廊下でレッドは、レクスの部屋の壁を背にし、座って語りかける。


「僕はね。結局、人を助けたかったんだ。」

 レッドの言葉に、レクスは閉じていた目を開き、手を下ろした。


 レッドの声が、何時もと変わらず優しい声だったから。


 廊下から、とすんと音が聞こえた。

 レッドが床に座り込んだ音だ。


 廊下でレッドは、レクスの部屋の壁を背にし、座って語りかける。


「僕はね。結局、人を助けたかったんだ。」


 レッドの言葉に、レクスは身体を扉の方に向ける。


「小さい頃にね。僕はちょっとした怪我をしちゃったことがあったんだ。その時、父さんと母さんが治療師を呼んでくれてね。あっという間に聖魔法で傷を治してくれたんだ。みるみるうちに痛みが取れて傷が面白いようにふさがっていくんだ。気づけば傷が全くなくなってた。その時のことは、今でも昨日のように思い出せる。」


 レッドがしんみりとした口調で話す。

 レクスはベッドから立ち上がると、扉の前へ向かう。


「凄いと思ったよ。こんな魔法があればどんな怪我もたちどころに治るんだって。それで僕は治癒師になりたいって思ってたんだ。…でも、現実はそうじゃなかった。」


 レッドの声が少し沈む。

 レクスはドアの前に立つと、ドアを背にして座り込んだ。


「スキル鑑定。それで僕の夢は一瞬で壊されちゃった。スキルも家に代々伝わっているものだったし、魔法の適正も全く別の水属性。治癒師は聖属性魔法が絶対の条件だ。光属性でも治せない事もないけどね。だからその時は落ち込んだよ。僕は治癒師になることは出来ないって宣告されたんだから。」


 レッドは自分のモノクルをコツコツと指で突く。


「僕のスキルはレクスも知っているだろう?「色眼鏡」ってスキルだ。その人の体調を色で知ることができるってただそれだけ。いくら体調がわかっても僕が何も出来ない。正直、スキル未所持みたいなものだって鑑定した時は思った。」


 レクスの心の中にレッドの言葉がスゥっと染み入ってくる。それは同じような経験をレッドが語っているからだろうとレクスは感じていた。


「でもね。僕は諦められなかった。王都の図書館で本を読んだり、実際に治癒師に聞いてみたりもしたさ。聖属性魔法がどうにか使える方法があるんじゃないかって。…でもね、無理だった。スキルもなく適正もなく使えるものじゃなかった。…あの時は相当落ち込んだね。」


 あははとレッドは苦笑する。

 レクスは知らなかった。父親が挫折を味わったことがあるなんて、思いもよらなかったのだ。


「それからはただ、何となしに生きてた。親から学園へ行けって言われてね。ただ漠然と、親のあとでも継ぐのかな?とかそんなことを思ってたよ。でも、何処か退屈だった。その時、たまたま古い本を見つけて読んだんだよ。そこには、魔力に一切頼らない傷の直し方が書いてあった。…驚いたよ。聖属性魔術を使わなくても怪我は治るって書いてあってさ。まあ、当たり前ではあったんだけど。でも僕は、その時に衝撃を受けたんだ。聖属性魔術を持たない僕でも、傷ついた人に何かできるんじゃないかって。」


 レクスの頭には普段の父親の顔が浮かぶ。

 何時も村人たちの話を笑顔で聞き、まったりとした雰囲気を纏った父親は、レクスやクオンにとっても自慢の父親だった。


 レクスにとってレッドは悩みなどほぼないような印象だった。

 その印象がレクスの中で少しづつ変わっていく。


「それからはずっと、そういった本を読み漁ったよ。魔法やスキルに頼らず、怪我やはたまた病気まで治せるんじゃないかって。でも、そういう本は王都の図書館でさえものすごく少なかった。魔法で治す方が早いからね。司書の人にも何度もいくから顔覚えられちゃったし。でも本はあるにはあった。そんな本をずっと読んでると学園内で「変人」って言われるようになっちゃった。両親からも「何無駄なことをしてるんだ」って言われもした。それでも、僕は読み続けた。絶対に自分ができるようなことがある気がしてね。…そしたら、ある日怪我をした女子生徒を見かけてね。治療したんだ。その時は凄く喜ばれてね。思ったんだよ。「ああ、僕が、学ぶのはそういうことなんだ。誰かを助けるためなんだ」って。嬉しかったんだ。」


 レクスはその話を知っていた。ただレッドからは聞いたことが無かった。


「…母さんだろ。それ。母さんから偶にきくよ。」


「あ、わかったかい?そうだ。マオを始めて手当てしたんだよ。慣れなかった手つきで一生懸命にね。それからはひたすらに人の身体について書いてある本を読み込んだよ。人がどう怪我して、どう病気になって、どう治っていくのか。少ない本を探し出して読み込んだよ。それから両親と喧嘩したり、王都からマオを連れ出して出ていったり、村で開業したり。いろんなことがあった。」


 アハハ。とレッドが笑う。

 レクスはただ、ドア越しに父親の話に聞き入っていた。


「それから暫くして、レクス、君が産まれたんだ。」


「…!」


「感動したよ。僕にも家族が出来たんだって。僕にも守るものが増えたんだって。ただただ、嬉しかった。

 親としては当然だけどね。だから、何としても守ってやらなきゃって思ったんだ。」


 レクスは息を呑んだ。

 今まで、レクスは父親の思いを全く知らなかったのだから。


「だからね、レクス。君が何と言われようと、僕の自慢の息子であることには変わりない。スキルがない?魔法が使えない?だからどうしたってね。僕自身、魔法やスキルに助けられたことはあっても、それらがあるからどうしようなんてことも無かったし。そういったスキルも魔法も使わない僕自身が目指した道を進んでるんだ。…だからこそレクス。」


 レッドがすうと息を吸う。


「君は自由に、レクスの求める目指す道を進んで良いんだ。…もちろん、他人に迷惑をかけるようなことはいけないし、僕も怒るよ。でもそうじゃない、自分の進みたい道があって、自分の中に譲れない目標があるのなら、僕は後ろから後押ししてあげるだけだ。スキルとか魔法とか関係ない。レクスが歩みたい道を見つけたなら、またはもう見つけているのなら、迷わず進みなさい。レクスが誰にどう言われようと、僕や、マオや、シルフィは応援するさ。」


 レクスの衣服に、雫が落ちる。

 レクスの頬を、涙が伝う。

 ぽたぽたと、雫の数は増えていく。


「親父…は、消えて…くれと…か、死ん…で…なんて…言わ…ないの…。」


 レクスの声は、震えていた。


「ああ。もちろんだとも。何度でも言うよ。レクスは僕の自慢の息子さ。「消えろ」?「死んで」?…ふざけるなよ。誰が自分の子供にそういうもんか。スキルが無くても…魔法なんて使えなくても…レクス。生まれてきてくれて、ありがとう。」


 その言葉に、レクスはもう限界だった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 その慟哭は、朝の悔しさや怒り、悲しみの混じったものとは違う。

 家中に響くその声は。

 レクスの、魂の声だった。

ご拝読いただきありがとうございます

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