わかりあいたいから
その日の夜。
アオイは女子寮のカルティアの部屋の前にいた。
アオイはカルティアの部屋をトントンとノックする。
「…カルティア。…うち。」
「アオイさんですわね。お入りくださいな。」
カルティアの声にアオイは部屋に入る。
部屋の中はこざっぱりとしていて、きちんと整頓されていた。
カルティアの私物はあまり見受けられない。
部屋に入ると、薄い青のネグリジェを着たカルティアが出迎えた。
「いらっしゃいませ。アオイさん。」
「…こんばんは。…カルティア。…おっきい。」
ついアオイはネグリジェの下の下着に包まれたカルティアの大きく豊満な胸に目が行く。
アオイ自身も大きく、自信があったのだが、明らかにカルティアのほうが大きかったのだ。
無意識に「…むぅ。」とアオイの口元が僅かに下がる。
「さ、入ってください。わたくし、お茶を用意しますわね。」
とたとたと笑顔のカルティアは慣れた手つきでお茶を用意する。
アオイは少し戸惑いながらも、ベッドの横にあるテーブルの席に着いた。
するとカルティアがティーセットを用意して、テーブルに置く。
「お友達とこうやって”女子会”というものをしてみたいと以前から思っていましたの。アオイさんと女子会ができて嬉しいですわ。」
「…そ、そう?…うち、友達いた事がなくて。」
嬉しそうに微笑むカルティアに、アオイは少し戸惑っていた。
カルティアがコポコポとカップにお茶を注ぐと、アオイに差し出す。
「どうぞ、アオイさん。」
「…ありがとう、カルティア。」
金縁があしらわれた白いカップから、茶葉の芳醇で甘い香りが漂う。
一口飲むと、丁度いい苦味と渋みがアオイの口に広がった。
「…おいしい。」
「お口に合ってよかったですわ。」
カルティアもにこやかに笑いながら、自身のカップに口をつける。
紅茶を少し飲むと、カルティアはふうと溜め息をついて目を伏せ、物憂げな表情を見せた。
「実は、アオイさんには知っておいてもらいたいことがありますの。わたくしのスキルについて、アオイさんには知っておいてほしいのですわ。そのために、本日はお招きしましたの。」
「…カルティアの…スキル?…いきなり何?」
アオイはカルティアを訝しむように見つめる。
カルティアはすうと1回深呼吸をした後、意を決したようにアオイを見つめた。
「…わたくしのスキルは…「読心」ですわ。」
「…「読心」?…なにそれ?」
「わたくしが触った相手の心を読んでしまうのです。同時に、関連する相手の記憶も断片的に読み取ることが出来るのですわ。」
カルティアの言葉を聞いた途端、アオイの目の色が変わる。
「…嘘。…カルティア?…うちの記憶を…みたの!?」
声を荒げるアオイは忌々しいようにカルティアを睨む。
カルティアはただ目を伏せ、コクリと頷くだけだった。
「…カルティアは、うちの記憶をみたの!?…うちの目的やうちの使命を全部!?…ふざけないで!…うちは……うちは……カルティアに騙されてたの!?」
「黙っていたことはお詫びいたしますわ。打算が少しだけあったことも認めましょう。でも、騙すつもりは毛頭ありませんでしたの。……信じてはもらえないかもしれませんけれど。」
「…うちが信じたカルティアは嘘なの!?…なんで……なんで……なんで!?…初めての友達だと思ったのに!!」
アオイがテーブルをバンと叩く。
カップの中の紅茶が、激しく波打った。
アオイは歯を噛み締めて俯く。
しかしカルティアはまっすぐアオイを見ていた。
「…だから、ですわ。」
「…え!?…まだ何か言うことがあるっていうの!」
「わたくしがあなたと本当のお友達になりたいからですわ。」
「…なにそれ。…うちを誂わないで!」
「誂ってなどいませんわ。罵倒もいくらでもおっしゃって構いません。この場でアオイさんに殺されても、わたくしは文句を言いませんわ。王家の者として、誰にも文句は言わせません。……でも、わたくしがあなたと本当のお友達になりたいのは本心ですわ。」
「…そう。…じゃあ…死んで。」
アオイは袖から瞬時にクナイを引き抜くとドンとテーブルに足をつけ、カルティアに迫る。
カルティアはアオイをまっすぐ見つめたままだ。
クナイがカルティアの白い喉に突き立とうとした、その瞬間。
アオイはカルティアのまっすぐな目を見た。
「…!?」
アオイはクナイを止めた。
カルティアはまっすぐアオイだけをじぃっと見据えている。
「…なんで、逃げないの?…なんで、怖がらないの?」
「逃げる必要も怖がる必要もありませんもの。これはわたくし自身が、向き合うことですわ。これはわたくしが、わたくし自身の道を歩む為に必要なことですもの。」
「…本気?…なんでそこまでするの?…このままだとカルティアは死ぬんだよ?…ねぇ、怖がってよ!…ねぇ、逃げてよ!」
いつしかアオイの目から、ぽたぽたと滴が落ちる。
アオイを見据え、カルティアは口を開いた。
「…今まで、わたくしも友達はいませんでしたわ。わたくしの「読心」をわたくし自身で恐れてしまっていましたの。」
「…嘘。…カルティアには友達がいたはず。」
「わたくし自身が壊れそうになった時、わたくしは、とある男性に助けていただきましたの。それからは、わたくしにも友達が出来ましたわ。…とても嬉しかった。」
カルティアが柔らかく微笑む。
アオイはまだ、クナイを首元に添えたままだ。
しかし、そのクナイは震えていた。
「ある時、わたくしは恐ろしい魔獣に襲われ、生死の境を彷徨いました。その時もまた、あの男性に救われましたの。…あの時に、スキルと向き合わず、誰もから逃げていたわたくしは死にました。」
カルティアの目が、再びまっすぐアオイを射抜くように見据える。
「今ここにいるのは、あの人と共に歩むために、このスキルと向き合うことを決めたわたくしです。…そのためなら、どこに恐れる必要が、逃げる必要があるのですか?」
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