わからない気持ち
レクスたちがギルドマスターの部屋から出ると、アオイがふぅと大きく溜め息をついた。
身体は少しプルプルと震えている。
心做しか少し目には涙が浮かんでいた。
「ど、どうしたんだよアオイ!?」
「…レクス。…あのおばあちゃん、怖かった。」
アオイは、目をうるうるとさせながら、上目遣いでレクスを見た。
アオイの様子にレクスは不思議そうに首を傾げるが、カルティアはふふっと口元に手をあて、微笑んでいた。
そんなカルティアに、アオイは涙目のまま、口をへの字に結ぶ。
「…カルティア。…何がおかしいの。…カルティア、平気なの?」
「ええ。初めて会うと少し怖いかもしれませんわね。わたくしは何度かお会いしたことがありますもの。」
「…カルティア、凄い。…うち、あんなに怖い人、知らない。」
アオイがプルプルと首を振るう。
その姿何処か可笑しく、レクスもカルティアも口元を緩めた。
螺旋階段を下りて一階に帰ってくると、チェリンの他に、クロウとルナ、そしてガダリスがいた。
ガダリスは筋骨隆々でタンクトップを着た美丈夫だ。
ハニベアの看板娘、シャミィの夫でもあり、夫婦仲も良いと噂されている。
背中には大きなハルバードを背負い、よくレクスとも模擬戦をしている傭兵だった。
レクスを見つけると、よっと手を上げる。
「よぉ!レクス!」
「ガダリスさん。クロウ師匠、お疲れ様。」
「レクス、師匠と話して来たのか?」
「ああ、クロウ師匠。調査の依頼を受けたよ。」
「レクスも調査の依頼を任されるようになったか。師匠もレクスのことは気にかけてるってことだ。いい傾向だな。」
クロウは腕を組み、安心したように鼻をすんと鳴らした。
するとルナが、後ろでいまだにプルプルと震えているアオイに気づき、じぃっと見つめる。
「レクスの後ろにいるその子は……なるほど、レクスの言っていた大和の方ですか。」
ルナはアオイに目を細くして笑いかけた。
ルナを前にしたアオイはキョトンと首を傾げている。
「…誰?…大和を知ってる?」
「はじめましてですね。私は不知火瑠奈と言います。あなたは?」
ルナの名前を聞いた途端に、アオイは目を丸くして見つめ返した。
「…アオイ。…甲賀葵。…嘘。」
「レクスから少し話を聞いています。ふふ、同郷ですか。よろしくお願いします。葵。」
「…うん。…よろしく……お願いします。」
ルナが差し出した手をどこか恥ずかしげにアオイは握る。
アオイは信じられないという表情でルナを見ていた。
それは驚くのも無理はないだろう。
アオイの目の前にいるのは、姿を晦ました筈の、自身の目指す最高到達点と言っても過言ではない人物なのだから。
するとガダリスが爽やかな笑みを浮かべ、大きな声を上げる。
「よぉし!今日会ったのも何かの縁だ!皆でハニベアいくぜ!」
「ガダリス、お前は帰るだけだろうが。」
「ガダリス、奥さんと会いたいだけでしょうに。」
レクスたちを誘うガダリスを揃って白い目で返すクロウとルナ。
そこにカウンターからチェリンが身を乗り出す。
「ガダリスー。アタシも誘いなさい。久しぶりにワイン開けるから。」
「チェリン、お前なぁ……。」
「あら?良いじゃないクロウ。今日はアタシの番だもの。夜はたっぷり付き合ってあげるから、晩酌もお付き合いしなさい。」
「……わかった。」
機嫌の良さそうなチェリンに、クロウはやれやれと頷く。
そんな光景を、アオイは困惑しながら見ていた。
「…これが、傭兵ギルド?…思ってたのと違う。」
「ああ見えて皆俺より強ぇからなぁ。」
「皆さん、面白い方たちですわよ?」
「…レクスもカルティアも慣れてる?…なんで?」
先程のヴィオナが言うような様子から打って変わって楽しげな会話をする傭兵たちとカルティアに、アオイは全く着いていけなかった。
その後、全員で行ったハニベアでアオイが食べ物に感動したり、傭兵の仕事を聞いたりして傭兵たちと皆で楽しく過ごす。
その空間が、アオイには何処か楽しかった。
◆
そしてクロウたちと別れ、レクスとカルティア、アオイは3人で帰路に着いていた。
「…ハニベア。…美味しかった。」
レクスとカルティアと並んで歩くアオイは、満足して幸せそうに目元を下げていた。
「ふふふ。アオイさん、いっぱい食べておりましたものね。」
「…だって、美味しかった。」
「だろ?何時も安くて美味いんだよなぁハニベア。」
満足そうなアオイに、カルティアとレクスも口元を緩め、微笑んでいた。
するとカルティアが少し真剣な眼で、アオイを見つめる。
「アオイさん。今夜、お時間をいただけませんか?」
「…いいけど。…何?」
アオイはカルティアをキョトンとした表情で見つめる。
レクスは、そんなカルティアを見てふぅと溜め息をついた。
「アオイ。カルティアから何を聞いても許してやってくれ。頼む。」
「…?…レクスがそういうなら……いいよ?」
レクスの真剣な眼を見ても、アオイは何のことだかさっぱりわからなかった。
すると、不安そうなカルティアがレクスに手を差し出す。
レクスは無言で、カルティアの手を取った。
「…むぅ。…ずるい。」
その様子を見ていたアオイはレクスの反対の手を取り、ぎゅっと繋いだ。
するとレクスは目を丸くしてアオイを見る。
アオイも照れくさそうに頬を朱に染めていた。
「あ……アオイ?」
「…カルティアばっかり。…ずるい。」
そう言ったアオイを、カルティアはクスリと目を細め、微笑む。
手を繋いだアオイは、ドキドキと高鳴る自分の心臓を自覚していた。
頬もだんだんと火照ってきている。
(…やっぱり。…うち、病気なのかな?)
自身の感情に答えが出ず、アオイはまたも戸惑う。
そのまま3人は学園の門まで帰って行く。
その間ずっと、レクスは二人の手を握っていた。
アオイの心臓は、その時までずっと高鳴ったままだった。
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