葵
アオイはさらに不機嫌そうにレクスを見つめる。
だがやはりその顔は小動物のような可愛らしさがあった。
するとアオイが、何かに気が付いたようにレクスを見つめる。
「…そういえば、私のスキルは教えたのに。…レクスのは知らない。…不公平。」
「アオイ、俺のスキルが知りたいのか?」
レクスの問いかけに、アオイは勢いよく首を縦に振った。
レクスは目を伏せ、ふぅと溜め息をつく。
「……何もねぇよ。正確にはあるらしいけどな。」
「…?どういうこと?…レクスは亜人種?」
「ちゃんと人間だっての。…鑑定水晶に全く何も映らねぇんだ。名前すらもな。」
「…嘘。…そんな人いるんだ。…不思議。」
アオイは目を丸くしてレクスを見つめる。
レクスに向ける眼差しは、すごく興味津々と言わんばかりだ。
「…スキルがなくて、大丈夫だったの?」
「いろいろあったけどな。でも、生活するのに困っちゃいねぇよ。」
「…そう、なんだ。…スキル無しで、あれだけ強いんだ。」
アオイはいつしか、レクスに向ける眼差しが、真剣なものに変わっていた。
釘付けになったように、レクスの顔をじぃっと見つめている。
「アオイ?」
「…何でもない。」
レクスがアオイの視線に気付くと、アオイはすっと目を逸らし俯く。
その表情は何処か頬に朱が差している。
アオイの胸がドキリと高く鳴っていた。
「そういや、さっきアオイは”瞬動”がスキルって言ってたけど、ありゃ何だ?」
ふと思い出したようにレクスがアオイに尋ねる。
するとアオイはふぅと溜め息をつき、話し始めた。
その表情は何処かどんよりと陰を落としている。
「…”瞬動”はうちのスキル。…少しの距離なら、うちと触ったものを一瞬のうちに移動が出来る。」
「便利なスキルじゃねぇか。少なくとも俺よりはよ。」
アオイはフルフルと首を横に振った。
「…うちのスキルは再使用に三分かかる。…それに距離も十間しか動けない。…うちの妹と比べると、ないに等しい。」
「ま、俺にとっちゃありゃ嬉しいってぐらいだけどよ……。アオイは妹がいんのか?」
「…うちの妹は天才。…スキルも「忍術士」。…うちは、才能がなかった。」
アオイの表情は明らかに沈みきっている。
そんなアオイを見てレクスは目を伏せ、ふぅと溜め息を溢した。
「俺もな、妹がいるんだ。血は繋がって無いけどな。……妹の方はとんでもないスキルがあったけど、俺はこの通り何も出てこねぇ。スキルによる才能はねぇ……ここまでならアオイと一緒かもしれねぇけどよ。」
「…うちが、レクスと一緒?」
「ああ。同じかもしれねぇな。でも、もう俺は悲観しちゃいねぇよ。……今のあいつとは、進む道も違うからな。」
レクスは空を仰ぎ見る。
空は若干の曇り空だが、陽の光は煌々と王都を照らしていた。
「俺は偶然傭兵ギルドに入ったけど、そこには化物みたいな強さの先輩がわんさかいる。俺の師匠もめちゃくちゃに強くて、模擬戦で勝てたことなんて一度もねぇ。」
「…驚き。…レクスが勝てない人なんているんだ。」
アオイは目を丸くして、レクスを見つめた。
「師匠どころか、師匠の奥さんたちにも勝てたことがねぇよ。でも、傭兵ギルドの皆は俺を認めてくれた。それはスキルによるもんじゃねぇ。…俺自身を見てくれたんだって思った。そん時にゃ、もう劣等感なんか微塵も無ぇよ。」
「…そう、なんだ。」
「だから、比べたって仕方がねぇよ。そこにスキルなんて関係ねぇんだから。妹は妹だし、俺は俺だ。アオイだってそうじゃねぇか。」
「…うちも?」
「今出来ることをアオイはやってるじゃねぇか。それはアオイにしか出来ねぇことなんだろ?それはアオイのすげぇとこだと、俺は思うぞ。」
レクスは少し口元を上げ、アオイに柔らかく微笑んだ。
するとアオイは頬を少し染め、俯く。
そんなアオイの顔を、レクスは覗きこもうとした。
「アオイ?」
「…レクスは、何を目指してるの?…最強?」
「最強……ねぇ。あんましピンと来ねぇな。最強になったところで、守れるもんがあるなら、それに越したことはねぇけどよ。」
レクスはふぅと息を吐く。
「俺が目指すものは、俺の大切な人と、眼の前で泣いてる誰かを助けられるようになることだ。…ま、結局は傭兵が性に合ってんだよ。」
「…偽善者?」
「かもな。でも、それでいいんじゃねぇか?目指すもんなんてそんなもんだろ。……俺は、それだけで精一杯だからよ。」
レクスは腕を上に伸ばすと、歩きながら伸びをする。
頭に浮かんでいたのは、レクスの守りたい人たちだ。
レクスの視線は、まっすぐ前を向いていた。
そんなレクスを、アオイはただ、熱を帯びたような眼で見つめる。
レクスの姿が、アオイにはただただ眩しく映った。
レクスは自分の求める道を、自分の思う通りに進めている気がしたのだ。
傭兵ギルドまで帰ると、アオイは興味津々な眼で傭兵ギルドの建屋を見つめる。
「…これが、傭兵ギルド?…普通。」
傭兵ギルドの建屋は、冒険者ギルドとは異なり華美な装飾はほとんど無い。
アオイは冒険者ギルドの建屋を思い浮かべたのだが、傭兵ギルドは全く異っていたからだ。
アオイの感想に、レクスは苦笑する。
レクスが傭兵ギルドのドアを開けると、何時も通りにチェリンとカルティアだけがそこに居た。
カルティアはレクスに気付くと、ぱぁっと笑顔を浮かべてレクスに歩み寄る。
「お帰りなさい。レクスさん。……あら?アオイさん?」
カルティアはレクスの後ろに立っていたアオイに気付くと、目を丸くする。
「ただいま、カティ。途中で会ってな。」
レクスがギルドに立ち入ると、アオイも着いてギルド内に入る。
アオイは変わらず興味津々な様子で、ギルドの内部を見回した。
そして、カルティアを見つけて目を丸くする。
「…こんにちは、カルティア。…カルティアも傭兵?」
アオイの言葉にカルティアはゆっくりと首を横に振る
「いいえ。わたくしは傭兵ではありませんわ。レクスさんを待っていましたの。」
「…レクスを待ってた?…カルティアはレクスの恋人……なの?」
「いいえ。《《まだ》》、恋人ではありませんわ。わたくしの護衛をレクスさんが担当してくださっていますの。」
「…むぅ。」
”まだ”という言葉を強調したカルティアに、アオイは何処となく不機嫌に眉を寄せる。
アオイの表情にカルティアは僅かに口元を上げて微笑んだ。
「アオイさんとは、もう少しお話したいですわね。」
「…カルティア。…なんか狡い。」
アオイは少しだけ頬を膨らませる。
カルティアは優しく微笑んだままだ。
そんな二人を差し置いて、レクスはチェリンの元へ向かう。
帰って来たレクスに、チェリンは意味深に微笑んだ。
「あら?奥さまを差し置いて堂々と浮気かしら?」
「チェリンさん、誂わないでくれって。……婆さんはいるか?」
バツの悪そうな表情から一転して真剣な表情をするレクスに、チェリンもただ事ではないと表情を変える。
「おばあちゃんならギルドマスターの部屋よ。……緊急?」
「かもしれねぇ。……婆さんなら何とか出来るんじゃねぇかと思ってよ。」
「わかったわ。いってらっしゃい。」
チェリンの言葉に、レクスはコクリと頷いた。
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