不審な二人組
同じ頃、王都の人目につかない路地裏の中で、せっせと汗を流し、働く黒いフードを被った人物がいた。
ゴミや泥で泥濘んだ排水溝をスコップで丁寧に掻いている。
「はーっくしょい!」
ゴミが鼻に入ったのか、その人物は大きくくしゃみをした。
すんと鼻を鳴らすと、その人物は頭を上げる。
「……俺、風邪でもひいたか?」
頭を上げてフードからちらりと見えるのは、橙の髪と紅の眼。
不思議そうに首を傾げる、レクスがそこにいた。
レクスはクロウの代わりに、相変わらずこういった依頼を受けていたのだ。
カルティアを助けたときからも受け続けた結果、今ではゴミや泥を掻くのもだいぶ慣れ、すでに作業はほぼ終わっていた。
レクスはスコップを肩に担ぐと溜め息を一つこぼす。
「……ふぅ、一段落ってとこか。さて、帰っかな。カティも待ってるだろうしよ。」
レクスはゴリゴリと肩を鳴らし、目を前に向けた時だった。
路地の目の前を通る道を、二人組の男が通っていく。
その二人組に、レクスはどこか既視感を感じた。
「あいつら……もしかして?」
レクスは走って路地裏から抜ける。
すると、先程路地の前を通りすぎた男たちが見えた。
男たちは顔を突き合わせ談笑しながら街道を歩いている。
間違いない。
一昨日、レクスがアオイと何故か戦うことになった原因の男たちだ。
青い髪の男と、濃いめの茶髪をした男の冒険者風の男性二人組。
男たちは路地裏から出てきたレクスに全く気が付いていない。
「……ここで会ったのも何かの縁だ。……追うか。」
レクスは2人の男たちを追いかけることに決めると、建物の壁に隠れた。
街道の中央を歩いていく2人組を物陰から見つめ、注意してレクスは動いていく。
2人組は相変わらず談笑しながら歩いていくばかりだ。
警戒している様子もない。
「……アオイを疑う訳じゃねぇが、本当に誘拐犯か……?どう見ても普通の奴らだけどよ。」
「…うん。…間違いない。」
「……うおお!?」
レクスは自身の傍から聞こえてきた声に驚き、飛び退く。
声の主は何故かレクスの傍にいた、学園の制服を着ているアオイだった。
「……ん?」
二人組の男性がレクスの声を聞いたのか、ゆっくりと振り向く。
しかし、そこにレクスの姿はない。
あるのはちらほらと歩く通行人と、街道に沿った店だけだった。
「……どうした?なんかいたか?」
「いや、気の所為らしい。」
二人組はまた元のように前を向くと歩き始める。
その様子を、近くの店の物陰から眺めているレクスとアオイの姿があった。
男たちが前を向くと、アオイはふぅと安堵の溜め息をつく。
「…危なかった。…レクス。…声が大きい。」
「仕方ねぇだろ。アオイが傍に居るなんて思ってもみなかったしよ。」
「…偶々レクスを見かけた。…何をしてるのか話しかけようと思って。」
「そうかよ……というか、さっきのはどうやったんだよ。」
「…何を?」
「俺が飛び退いたのに、アオイに触られたら元の場所にいた事だよ。」
レクスが驚いて飛び出た際、すぐさまアオイも街道に飛び出たのだ。
そしてアオイに触れられた瞬間、何故かレクスは元の場所に戻っていた。
アオイはキョトンと首を傾げて、レクスを不思議そうに見つめている。
「…あれ、うちのスキル。」
「アオイのスキル?」
「…うん。…「瞬動」。」
「しゅんどう……ね。ま、今は詳しくは聞かねぇよ。見失っちまう。」
「…うん。…わかった。」
レクスとアオイの二人は、建物の陰などを伝いながら二人組の尾行を始めた。
男たちはときおりふああと欠伸をしながらゆっくりと進んでいく。
その足取りや仕草に、警戒感は全くと言っていいほどない。
ときおり互いにどつきあいながらも歩く様は普通の冒険者と言われても納得出来る。
何処にでもいそうな冒険者の2人組だ。
「誘拐犯ねぇ。俺にゃそうは見えねぇけど……?」
「…うちはこの眼で見た。…間違いない。」
レクスは横目でアオイを見たが、表情はわからない。
だが、その声は確信を持っているようだった。
レクスは目を細くして、訝しみながらも二人組を観察していた。
しばらく二人組は歩き続け、建物がまばらな郊外に進んで行く。
すると二人組の男たちは、ある建物の前で止まった。
「何だ…あの建物は?」
思わず漏れたレクスの呟きに、アオイもフルフルと首を振る。
その建物はひっそりと建物の間に隠れるように佇んでいた。
少し黒ずんだ白い壁ととんがり帽子のような屋根が不気味さを醸し出している。
荒れ放題の庭やボロボロのフェンスは誰も人が住んでいないように見える。
まさに幽霊でも出てきそうな廃墟のようだった。
二人組の男はボロボロのフェンスを思い切り引いて開けると、スタスタと中に入っていく。
全く怖がっている様子もなければ、気軽に友人の家に入るような雰囲気があった。
「…怪しい。」
「ああ、違いねぇな。一体どんなところなんだか。」
明らかに手入れされていない建物に二人組の男は入っていった。
レクスとアオイも二人組を追い、その建物のフェンスの前に立つ。
建物に近づけば一層不気味さが増していった。
「…レクス。表札がある。」
アオイがレクスを手招きで呼び寄せる。
レクスはアオイのいるボロボロの門まで近寄ると、確かに金属で出来た表札があった。
「希望園孤児院…。孤児院?ここが?」
レクスは顔を上げ、建物と周囲を見やる。
遊んでいる子供や何か作業をしている大人の姿は何処にも見当たらない。
「…レクスはここまででいい。…あとはうちが。」
「待てっての。」
レクスはアオイの手を掴み制止する。
アオイはぐっと力を込めるが、レクスは離さない。
「…何するの。…離して。」
「何も無しで行って、ハイそうですかって出て来ねぇだろ。とりあえず一旦帰って憲兵隊か婆さんに相談するしかねぇよ。」
「…むぅ。…でも。」
「とりあえず一緒に傭兵ギルドまで来てくれ。俺だけだと婆さんに説明ができねぇ。」
「…わかった。」
アオイは不機嫌そうに頬を膨らませるが、レクスの真剣な眼差しに渋々と従う様子をみせる。
レクスは目を伏せてふぅと溜め息をつくと、踵を返して歩き出した。
アオイもレクスに付き従うようにトコトコと歩く。
「…レクス。…ちょっと強引。」
「悪ぃな。生まれつきだよ。」
「…むぅ。」
アオイは再び不機嫌そうにぷくっと頬を膨らませる。
その表情は何処か愛らしく、やはり小動物感が拭えなかった。
そんなアオイをレクスは可笑しく思い、口元を上げた。
「…レクス、笑ってる。」
「悪ぃ悪ぃ。ついアオイの顔が可笑しくてよ。」
「…むぅぅ!…レクスの意地悪。」
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