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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第三章・家族の縁・しのびよるもの編

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勇者と溝

26

 木の生い茂る、生き生きとした緑に囲まれた森の中。

 カサゴソと蠢く影が立ち並んでいた。


 しかも一匹や二匹という数ではない。その数は二十。縄張りを形成しており、それらは全体で一つの動物のようだった。


 そんな森の中に見え隠れしている影は人でも動物でもない。


 魔獣のものだ。


 その小さな体躯は子供にも間違えそうな大きさをしており、不気味に尖った歯が光に反射してギラつく。


 見え隠れするのは保護色のような緑色の肌。


 その魔獣は「小鬼」。


 この世界で最もポピュラーな、文字通り「殺人鬼」だ。わらわらとした魔獣の群れが、今か今かと不運な獲物を狩りに向かおうとしている。


 そんな群れの中に、勇敢にも突っ込んでいく影が一つ。


 小鬼たちの前に身を翻して舞い降りた。


「いくよ!ファブニル!」


 勇者であるリュウジが、先陣を切って小鬼に切りかかる。


 手には握られているのは白銀に輝く神聖剣。


 黄金に輝く装備一式は、リュウジの自信を表しているかのようだ。


 森の中への闖入者に小鬼たちはたじろぐが、獲物だとわかるとすぐに向き直った。


「がぁうっ!」


 声と共に、一斉に魔獣たちが、リュウジへと迫る。


 そんな小鬼をリュウジはニマニマと嘲るように口角を上げていた。


「そんなんじゃ僕には勝てないよ!シャインエンハンス。」


 呟くような呪文に剣が白く輝く。


 するとリュウジの身体が少し軽くなり、剣を握る手に力が入る。


 光属性の身体強化魔術だ。


「そいっ!」


 リュウジは一匹の小鬼に剣を袈裟に振り抜く。


 勇者の剣はまるで豆腐を切るように小鬼を滑めた。


 小鬼は真っ二つとなって崩れ落ちる。


 その隙を狙ったのか、背後から二匹の小鬼がリュウジに飛びかかった。


「リュウジに手ぇだしてんじゃないわよ!ムスペル!」


 声と共に舞い降りた少女の手元に、幅広の大剣が瞬時に現れた。


 少女は”ゴウ”という風切り音とともに手に持った無骨な大剣を勢いよく振るう。


 大剣はそのまま二匹の小鬼を何の手応えも無しに一気に薙ぎ払った。


 少女ははためく紅いマントと共に、リュウジの傍へ着地する。


「突っ込みすぎよ!リュウジ、アタシより先に行き過ぎ!」


「ごめんごめん。リナが間に合うと思ったからさ。」


 リナはふぅと溜め息を付きながら大剣を構え直す。


 自身の髪色と同じ深紅の鎧は、熱く燃える炎のようだ。


「纏めていくわよ!フレイムドレープ!」


 リナの大剣が炎を纏う。


 小鬼達を見据え、そのまま踏み込むと、大剣の一閃が迸る。


 その一閃は、向かってくる小鬼を一気に薙ぎ払った。


「リナに負けるわけにはいかないよね!」


 リュウジも剣を振るい、向かってくる小鬼を軽く切断していた。


 しかし小鬼も負けじとリュウジたちの隙を伺い見る。


 リュウジの脇が開いたその瞬間を狙い、小鬼がリュウジに飛びかかった。


「リュウジ様を守るのです!」


 声と共にひょうと矢が放たれる。


 リュウジに向かった小鬼の頭が的確に穿たれる。

 小鬼は何が起こったかわからないように消滅した。


 矢が放たれた場所に立つのは、自身の瞳と同じ色の鎧を纏ったクオンだ。


「サンダードレープ……行くのです!」


 クオンは3本の矢を纏めて弓に番えた。


 弓を引き、目標に狙いを定める。


 三匹の小鬼がクオンの間合いに入った瞬間。


 雷が迸った。


「ギィっ!?」「ガッ!?」「ガゥッ!?」


 クオンの矢に射抜かれた小鬼はバリバリと電流が走り、感電する。電流が小鬼の全身を灼き尽くし、プスプスと煙を出しながら、小鬼は黒焦げになって消滅した。


 小鬼の魔核がパチパチと僅かに電流を纏ったままポトリと落ちる。


「やるじゃない!クオン!」


 リナもクオンに負けじと小鬼たちを切り払っていく。


 その時、一斉に小鬼がリュウジの前に躍り出た。


 それはリュウジに覆いかぶさらんとする崩落した壁のようにも見えた。


 リュウジが全て切り払うのは骨が折れるだろう。


「リュウジ様!屈んでください!」


 響く声にリュウジは反射的に腰を落とす。


 カレンはリュウジのだいぶ後方に立っていた。


 杖を小鬼の壁に向け、呪文を唱える。


「サンダーバースト!」


 杖の先から雷の迸る球体が、小鬼目掛けて放たれた。


 球体は小鬼のうち一体に触れた途端、閃光が小鬼の壁全体を包み込む。


「ガヒュ……!?」


 小鬼の壁は丸ごと黒ずんだ灰と化し、そのまま呆気なく崩れ去った。


「ありがとうカレン!」


「リュウジ様の為ですから。でも、無茶はやめてくださいね。……リュウジ様にもしものことがあったら、悲しいです。」


 いじらしく目を伏せたカレンに、リュウジはニヤつく。


 そのままリュウジはカレンの方に駆け寄ると、カレンをバッと抱き締めた。


「ありがとう、カレン。そこまで心配してくれるなんて!」


「リュウジ様……。」


 カレンは嬉しそうに目を細めた。


 しかしリュウジはカレンの身体の感触を楽しむように手を這わせた。


 顔はニヤけ、鼻腔は興奮で大きく開いている。


「あー!ずるいわよカレン!何でリュウジと抱き合ってるのよ!」


「か、カレンお姉ちゃんだけいつもずるいのです!」


 小鬼を殲滅したリナとクオンがリュウジの元へ駆け寄り抗議する。


 クオンは少し涙目だ。


「早いもの勝ちです。うふふ。」


 一転して勝ち誇ったようなカレンにリナはギリギリと奥歯を噛み締める。


 リナとクオンに気が付いたリュウジはカレンから手を離し、あははと笑った。


「ごめんね。カレンを心配させたくなくてつい……。」


「リュウジもカレンに甘すぎよ!カレンも笑ってるじゃない!」


「うふふふ。こういうことは積み重ねです。」


「カレンお姉ちゃんはいつもこうなのです……。」


 少しプリプリと怒ったようなリナ、カレンに呆れているクオン。


 2人の抗議の視線にリュウジはただ軽薄に笑っていた。



 その後4人は小鬼の魔核を全て回収し終えると、王都へ向かって歩き出す。


 空は若干の曇り空だが、少し暑い日差しが差し込んでおり、緩やかな風がリュウジたちを撫でる。


「皆とこうして討伐に出るのも久しぶりだなぁ。」


 リュウジがポツリと漏らすと、リナたちはリュウジに視線を向けた。


 リュウジはこの3人と討伐に出るのが久しぶりで、普段は他の冒険者のパーティと関わりを持っている。


 その間、リナたちは3人でよく依頼に行っていたのだ。


「ふふん。あたしたちも強くなったのよ?」


 リナがふんすと得意げに鼻を鳴らした。

 横目でリュウジを見つめ、誇らしげに微笑んでいる。


「リュウジ様の為に強くなったんですよ?ふふっ。」


 カレンは優しく微笑む。

 ただその表情はどこか自慢げにリュウジを見ていた。


「そうなのです。リュウジ様が私たちを頼りにしてくれるように、3人で強くなったのです!」


 クオンもリュウジに誇らしく胸を張った。


 身体に不釣り合いな胸が強調され、リュウジは興奮し目をギラつかせる。

 すると、カレンがふぅと疲れたように溜め息をついた。


「でも、小鬼の数が多いとなかなか大変ですね。」


「そうね。20匹ともなるとあたしだけなら無理よ。リュウジなら大丈夫じゃない?」


 リナがリュウジを横目で見る。


 視線に気付いたリュウジはリナを見てははっと笑った。


「僕でも20匹は無理だよ。でもみんなが協力してくれるからね。役割をきちんとこなしてくれるから楽なんだ。」


「でもこの前、誰かが小鬼25匹を一人で討伐したって噂があったじゃない?リュウジじゃないの?」


「さすがに僕じゃないよ。ま、そんな奴は仲間のありがたみも知らない薄情者だろうけどね。」


 リュウジはやれやれとばかりに肩を上げる。

 しかしその口角は不満げに下がっていた。


(…なんだよソイツ。小鬼の討伐数だけでいい気になってるだけだろ?絶対僕より弱いのにさ。)


 自身の強さを否定され、プライドが傷つけられた気がしたリュウジは、内心で腹を立てていたのだ。


 そんなことはつゆ知らず、リナがじぃっとリュウジを見つめた。


 その眼は何処か潤み、頬は朱が差し込む。


「あ、あのねリュウジ。今日は…」


「ああ、今日はリナはご奉仕しなくて良いよ。今日は教導騎士の二人と、ノアが来てくれるから。」


「……そ、そう。わかったわよ。」


 リナは少し寂しそうに目を伏せた。


 僅かに握る手に力が入る。


 その表情に気が付いたリュウジは慌てたように口を挟んだ。


「ああ、勘違いしないでね。僕はリナの事を大切に思ってるからなんだよ。無理させちゃ悪いしね。」


「……ありがと、リュウジ。あたしの為に気を使わせちゃったわね。」


 リナはリュウジに微笑みかける。


「気にしなくて良いよ。このくらい男として当然の事だからね。」


 ふふんと鼻を鳴らし、にこやかにリュウジは笑う。


 そんなリュウジにリナは微笑みを返した。


 ただ、その表情は僅かに寂しさが覗く。


(……あたしの手料理、食べて欲しかったな……。)


 リナの真意に気づくことなく、リュウジたちは冒険者ギルドに帰っていく。


 空に浮かぶ陽は、雲がかかり僅かに陰っていた。


 リュウジたちが冒険者ギルドに帰ると、ロビーは多くの人でガヤガヤと賑わっていた。


 依頼を受ける冒険者や依頼の発注をする商人、任務から帰って来た冒険者の声が響いている。


 そんなギルドの建屋にリュウジたちが入った途端、一人の女性がリュウジに歩み寄った。


 女性は腰まで伸ばした菫色の髪が揺れ、青色の瞳がリュウジを見据えている。


 冒険者ギルドに似合わない、菫色のマーメイドドレスは、女性特有のボディラインを惜しげもなく衆目にさらしていた。


 スレンダーな体躯をしたミステリアスな美人がリュウジの前に立つ。


「こんにちは。リュウジ。」


「ミルラ!来てくれたんだね!」


 リュウジは嬉しそうに女性の名を呼ぶ。


 ミルラはSランクパーティ「幻影」のメンバーの一人だった女性だ。


 ミルラの姿に、ギルド内の冒険者が一斉にリュウジの方を見る。


「ええ。ワタシもあなたの仲間に加えさせて欲しいの。どうかしら?」


「え?本当かい?……ああ!ミルラなら大歓迎さ!」


 リュウジはミルラの手を取り、ぎゅっと包み込んだ。

 ミルラの頬に僅かに朱が差し、口元が緩む。


 それは冒険者ギルドの面々からすれば、異様な光景であった。


 ミルラは男嫌いで有名な冒険者の一人だったからだ。


 彼女の美貌に寄っていくと刺されんばかりに罵倒の雨に晒され、心を開いているのは自身のパーティメンバーだけという女性冒険者だった。


 そのミルラが男に靡くということが、ただひたすらに異様だった。


「うふふ。ワタシもリュウジの力になれるなら、これほど嬉しいことはないわね。」


「そうだね。僕も嬉しいよ。…ところで、明日の夜は空いているかい?」


「明日の夜ね…うふふ。問題ないわよ。…熱い、夜にしましょ?」


 ミルラの流し目に、リュウジは首ったけな態度で鼻の下を伸ばしているようだった。

 ミルラは手を離すと、リナたちにも目を向ける。


「ワタシもあなたたちの仲間だから、一緒にリュウジの為に頑張りましょうね。よろしく。」


 ミルラは魅力的な目でリナたちに微笑みかけた。


「は…はい。よろしくお願いします…。」


「…はい。よろしくお願いしますね。」


「…よろしく、なのです。」


 3人は、何処かぎこちなく挨拶を返した。


 ミルラは満足げに頷くと、冒険者ギルドを去っていく。


 リュウジはそれを、情欲に満ちた眼で、ニヤついた笑いを浮かべてながら見ていた。


 ミルラを見送ったリュウジはリナたちに振り向く。


「ごめんねみんな。時間を取らせちゃって。」


「良いわよ。リュウジの仲間が増えることは嬉しいことだわ。」


「ええ。リュウジ様が魔王を討伐するには必要なことです。嬉しいことです。」


「そうなのです。リュウジ様の仲間はいっぱいいたほうが良いのです!」


 リナたちは嬉しそうに微笑み、リュウジを見る。


「三人とも分かってくれるなんて嬉しいよ!リナたちはやっぱり最高だ!」


 リュウジも満足げに笑い返す。


 しかしリュウジは三人の何処か寂しげに下りた目尻には、気が付いていなかった。


 リナたちも、何処か軽薄なリュウジの言葉は何故か胸をすっと通り抜ける。

 リュウジの言葉は、何処とない寂しさをただただ増幅させるだけだった。


 リュウジはそのまま三人を連れて、報告カウンターへと向かう。


 すると、他の冒険者が囁く声が風に乗ってリュウジの耳に届いた。


「おい、また「烈旋」に会った冒険者が居るってよ。」


「目にも留まらぬ速さで小鬼の大群を殲滅してったって奴だろ?…噂によると傭兵って名乗ったらしいぜ。」


 2人の男は何処か興奮しているように話す。


(…ふぅん。傭兵なんてどんな物語でも聞いた事がないけどね。ま、所詮無能君が入れるくらいだし、相当貧弱なギルドだろうね。)


 リュウジとリナたちはその話を聞き流し、任務完了の報告に向かった。


 リュウジは知る由もない。

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お読みいただき、ありがとうございます

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