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第4−1話

 4

「あははははははははっ!」

 馬車の中で大きな笑い声が響く。

 リュウジの声だ。


 今、馬車の中にはリュウジと、浅黒い肌と赤黒い髪をした少女のノアしかいない。


 一緒に来た役人たちは、勇者の仲間になりたいと言った三人の少女と共に少女たちの家族へ会いに行っていた。


 勇者と共に行く以上は王都の学園に入ることになり、その後は危険な旅もすることになる。

 その説明に役人たちはついて行ったのだ。


 二人きりの馬車の中で、リュウジは大声を出して笑っていた。


 そんなリュウジをノアはにこにこと楽しげに微笑みながら見つめていた。


「あっはははははははっ…。はははっ。あー、可笑しかった。」


 満足そうに笑っていたリュウジに向かい、ノアが口を開く。


「すっごい楽しそうだね。リュージったら。」


「いやーすごく可笑しくてさ。めちゃくちゃ笑っちゃったよ。あはははっ」


 なおも少し笑いが止まらないリュウジにノアがにこにこしながら続ける。


「私があげた「スキル」、役に立ったみたいだね?」


「うん。すっごく役に立ったよ。とても面白いものが見れたしね。サイッコーだよ。」


 リュウジは嬉しそうな表情でノアに答える。

 リュウジはノアという少女が自身に着いて来た時、異世界に来た時に持っていた「勇者」というスキルとは別に、ノアからもう一つの「スキル」を貰っていたのだ。


 そして、その「スキル」を鑑定が終わった少女たちに使ったところ、「スキル」の効果は発動し大成功だった。


「それはよかったぁ。喜んでもらえて嬉しいな。」


「本当、いい「スキル」をありがとね。これで、村にいた美少女3人を悪い男の洗脳から救ってあげたってことになるのかな?いやぁすごいな。この「操心」っていうスキルは。」


「操心」。

 それがリュウジがノアからもらったスキルの名前だ。

 握手をした人の好感度を増減させることができるスキル。


 リュウジはノアからそう聞いていた。

 このスキルを使い、リナ、カレン、クオンの好感度を操作したのだ。


 操作したとはいっても、リュウジへの好感度を最高にし、レクスへの好感度を最低にしたのだ。


 レクスには全く逆で彼女たちへの好感度を最低にしたのみだったのだが。


「でも本当に出来過ぎてるよね。まさかあの無能君が本当に無能君だったなんてねー。もしもあの無能君がすごい伝説級のスキルを持ってるならまた波乱があったかもしれないけど。鑑定水晶も反応しないほどの無能君だったからすごくきれいに進んじゃったよ。やっぱり僕って持ってるよなー。」


 そのリュウジがふと発した言葉に、ノアはにこにこと微笑んでいた表情から一転し、目を丸くする。


「え?その人、鑑定できなかったの?」


 ノアも馬車の中から鑑定が行われている光景を見ていたのだが、そこまではわかっていなかった。

 リュウジは自慢げに続ける。


「そうなんだよね。まさか鑑定水晶が反応しないくらい魔力が無いなんてって一緒に来た人たちが言ってたし。」


「そ、そうなんだぁ。ある意味すごいねその人。」


 ノアは驚いた様子で反応する。

 ノアは知っているのだ。


 例え魔力が無かろうと鑑定水晶は絶対に反応するということを。


 そんなノアをただ驚いているだけと思ったリュウジは続ける。


「しかもあの無能君にはスキル効かなかったっぽいしさぁ。まあ、僕のスキルは女の子ぐらいにしか使うつもりもないけどね。男の好感度上げても誰が喜ぶんだか。王様くらいかな?」


 その言葉に内心ノアは更に驚いていた。

 ノアがリュウジに渡したスキルだ。その効果はノア自身がよく分かっている。


 確かに「操心」スキルが効かない相手はいる。

 でもその相手は滅多にいない精神に干渉してくるスキル持ち、または女神ファノアくらいのものだとジアは思っていた。


 精神力がいくら高くてもスキルを持っていない人間が抗えるはずはない。


「でも、やっぱり好感度を最低にした女の子たちに罵倒される無能君の顔の変わりっぷりは本当に面白かったよ。今思い出してもぷくくっ…ごめんね。」


 レクスの顔の変わりっぷりを思い出したリュウジは可笑しさに笑みをこぼしてしまう。

 そんなリュウジに「「操心」が効かない無能君」のことを忘れたノアは目を見開いて立ち上がる。


「えぇっ!?リュージ、好感度最低にしたの!?」


 ノアの声と態度にリュウジは驚く。


「え?したけど…何かまずかったの?」


 ノアは勢いよくぽふんとソファに座り直すと、何も分かっていなさそうなリュウジに語りかける。


「あのね、リュージ。好感度最低って、その場で相手を滅多刺しにして殺したくなるぐらいなんだよ?その場で血みどろな戦いが起こってもおかしくないんだよ?」


「ええっ!?そうなの?」


 リュウジの引きつって驚いた声に、ノアはこくりと頷く。


 好感度最低というのはそれほど重いのだとノアは理解していた。


 好感度最低の状態でその程度で済む。それはすなわち。

「操心」で操れる範囲以上に好感度が高かったということに他ならない。


「いい?リュージ。これからは好感度を最低にするなんてやっちゃダメだよ?わたし、リュージのこと嫌いになっちゃうよ?」


「う、うん。わかったよ。ノアがそういうなら…。」


 ノアの言葉にリュウジはしぶしぶ頷く。

 ノアは付け加えるように「それと」と続ける。


「他の女の子なら良いけど、今日の三人の子たちとは1年間、えっちしちゃダメだよ?」


 ノアのその言葉に、リュウジは目を丸くする。

 残念そうな声が出た。


「えぇ…。またなんで?」


「「操心」が解けちゃうからだよ。好感度最低でそのくらいで済むってことは、元の好感度がかなり高かったってこと。その状態でえっちなんてしようものなら間違いなく「操心」は解けちゃうだろうし、みんな伝説級のスキルだから、解除された反動で多分リュウジ殺されちゃうよ?」


 殺されちゃうという言葉にビクリと反応するリュウジ。


「で、でも操心をかけなおしちゃえば…。」


「無理だよ。一度操心が解けちゃうとかけ直せないんだもん…。」


「そ…そんなぁ…。」


 リュウジはがっくりとうなだれてしまった。

 そして考える素振りをすると何かを思いついたように顔を上げる。


「でも1年経てば問題無いんだよね?」


 勢いのいいリュウジの言葉にノアはうんと頷く。


「そうだね。1年経つと「操心」が完全に心に定着するから何が起こっても操心は解けなくなるから。あと、それ以外だったら多分大丈夫だと思う。例えばキスとか身体を触ったりだとか…その…口でするとか胸…とか。」


 ノアは最後の方になるにつれ顔が赤く、声が細くなっていく。


 しかしリュウジはその言葉がしっかり聞こえていた。


 その言葉にリュウジはニヤけ顔が止まらなくなる。


「それを先に言ってよ!ノア!…たった1年待てば何してもいいハーレムが作れるってことでしょ?最高じゃないか!僕にこんないいスキルをくれるなんて!やっぱりノアは僕の女神様だ!」


 そう言ってリュウジはノアに抱きつく。

 ノアの顔はまだ赤いままだ。

 リュウジに抱きつかれたままのノアはそのまま続ける。


「そ、それにわたしだっているんだからね。どうしても抑えきれない時はその…わたしを使ってくれても…いいし…。」


 そのノアの発言にリュウジは興奮し、なおかつ感動する。

 そしてノアを更にぎゅっと抱き締めた。


「本当にありがとう!ノア!大丈夫。ちゃんとジアも大切にするから!僕とノアと集めた女の子のみんなで魔王を倒してハーレム生活だ!スローライフで過ごそうね!」


「うん。期待してるよリュージ。」


 我欲を丸出しにした理想を口にするリュウジの背中に手を回し、答えるノア。

 そのとき。


 ノアがまるで別人のような仄暗い笑みを浮かべたことに気がつく者は、この場に誰もいなかった。



 リュウジとノアが抱き合っているのと同じ時間帯。

 村にただ一軒だけの診療所でレッドは椅子に座って話を聞いていた。


 レッドが座る椅子の前には、テーブルを挟んで王国の役人とクオンが並んで座っている。


 クオンがレッドに向かって頭を下げる。


「お願いしますです。父さん。私に勇者様と一緒に学園に行く許可をください!」


 クオンの言葉に、レッドは目を閉じ考える素振りをする。

 そんなレッドに対し、役人も声をかける。


「レッド殿。私からもお願いします。クオン殿は我が王国の悲願である魔王討伐において確実に必要となる人材なのです。どうか、お許しいただけないでしょうか。」


 役人も頭を下げた。


 するとレッドはゆっくりと目を開け、クオンの方を見る。


 レッドの目が一瞬ほのかに光るとすぐに消える。

 その光はクオンも役人も気がついていない。


「クオン。頭をあげなさい。役人さんも頭を上げて下さい。」


 レッドが声をかけると、クオンと役人が頭を上げる。

 レッドはクオンを見据え、ゆっくりと口を開く。


「クオン。一つ確認したいことがある。」


「何ですか?父さん。」


「絶対に後悔しないと約束できるかい?」


 レッドはしっかりとクオンの目を覗き込むように、クオンに問いかけた。


「はい。絶対に後悔しませ「するよ。」…え?」


 クオンが即答するが、それに合わせてレッドが言葉を割り込ませる。


「断言できる。今のクオンならば、絶対に後悔する羽目になる。それが僕の見解だ。」


 レッドはゆっくりと、しかし厳しい口調で言葉を紡いだ。


「そんなわけないです!私は学園に行っていろいろなことを学んでくるです!そして、勇者様の力になりたいのです!」


 クオンは立ち上がり、レッドに強い口調で言い返す。

 しかし、レッドはたじろがず座ってクオンを見据えたままだ。

 レッドは更にゆっくりと続ける。


「…クオン。僕は医者の端くれだ。聖属性が使えないから、藪医者と言われても仕方ない立場にいる。でも、それ相応に患者は診てきたつもりだ。だからこそクオン。今、僕は君が病気にかかっているように見えてしまう。そしておそらくだけども、リナちゃんやカレンちゃんも同じだと思ってしまうんだ。…だからこそ聞くんだ。…後悔、しないんだね?」


 レッドの瞳がモノクル越しに鋭くクオンを見据える。

 クオンは今まで見たことがない父親の様子に気圧され、たじろいでしまう。

 それでもクオンは父親に対して答える。


「…はい。後悔、しませんです。」


「…そうか。それなら僕はもう何も言うことがない。」


 クオンが答えると、レッドは何時もの優しげな口調に戻った。

 そして、レッドは役人の方を見る。


「入学金や生活費は王国側が面倒をみるのかい?」


「はっ。そう仰せつかっております。」


「身分証明は?貴族じゃないから証明しにくいんだけど?」


「冒険者ギルドに登録していただき、ステータスカードを発行して頂きます。それが証明の代わりになりますので。」


「病気や怪我も大丈夫なのかい?」


「はっ。我が国が誇る魔術医療体制が整っております。」


「入学試験は?」


「もちろん試験そのものは受けて頂くようになるでしょう。しかし、実力試験のみになると思われます。」


「なるほど。これからすぐに出発しないと行けないのかい?」


「はい。このあとの予定も詰まっておりますので。」


 レッドは聞きたいことは聞けたと言わんばかりに目を閉じ、頷いた。

 そして、目を閉じてガチガチになったクオンを見据える。


「クオン。行ってきなさい。見聞を広めてくるといい。…そして、自分を知ってきなさい。」


 その言葉に、クオンは目を開け、緊張を解く。


「良いんですか…。父さん。」


「ああ。僕は認めるよ。母さんたちには僕から言っておこう。頑張ってきなさい。」


 その言葉に、クオンは顔をほころばせる。

 嬉しいという気持ちが溢れ出ていた。


「ありがとうございます!父さん!…私、自分の部屋から荷物とってくるです!」


 そう言ってクオンはレッドに礼をすると、足早に階段へ向かう。


「クオン」


 そんなクオンをレッドが呼び止める。

 階段に足をかけたクオンがレッドの方に振り向く。


「僕の言ったことがわかる時が必ず来るはずだ。いつかきっとね。覚えておきなさい。僕は、クオンがそれを乗り越えられることを願っているよ。」


「…はいなのです。」


 そう返事をすると、クオンはタタタっと階段を駆け上がって行く。

 それを見届けた役人が口を開く。


「…それでは私は外に出て待っております。クオン殿のことは、私たちにお任せ下さい。」


 役人はそう言ってレッドに礼をすると、玄関から出ていく。

 役人とクオンが離れ、部屋にはレッドだけになった。


「…僕の言葉じゃ届かない…か。」


 レッドは誰もいない空間でひとりごちる。

 その言葉はどこか無力感が漂っていた。

 腕を頭の後ろに回すと、天井を見つめる。


「全く…今日はツイてない日だ。」


 レッドは失意の中にある息子と、これから苦難の道を歩むであろう義娘のことを思い、淋しげにひとり呟いた。


 そうして、リナとカレン、クオンの出立の準備が整い、三人は村の入り口で待機していた馬車の前に集合した。


 周りには、村人たちが見送りの為に集まっている。

 村人たちの先頭に、村長が立っている。


 藍色の髪は風に揺れ、同色の瞳は涙に潤んでいた。

 彼はカレンの父親だ。

 旅立つ娘に、涙が抑えきれなかったのだ。


「いってらっしゃい。偶には村に帰って来るんだよ。」


「はい。お父さん。私たちが勇者様と共に王都で学び、魔王を討伐してきます。見守っていてください。」


「ああ。カレン。リナさんもクオンさんも、君たちは村の誇りだ。頑張ってきなさい。」


 そう言って、村長は三人と順番に握手をする。

 三人が馬車に乗り込むと、村人のみんなが手を振っているのが三人には見えた。


 リナの両親も馬車の中から見えた。


 涙を必死に堪えながら手を振っている。


「出発します!」


 御者の声と共に馬車の車輪がゆっくりと回りはじめ、馬車が村から離れていく。


 座席に座っているリュウジはふああと欠伸をして村とは反対側の窓を見ている。


 ノアも退屈そうにしていた。


 手を振っている村人の姿が見えなくなるまで、リナとカレンとクオンは手を振り続けていた。


 見送っている村人の中に、レッドの姿はなかった。

 ましてや、レクスの姿などある訳もない。

 馬車はときおりガタゴト揺れながら、王都へ向かい進んでいく。



ご拝読いただきありがとうございます。

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