友人と「色眼鏡」
「はははっ。それは災難だったね!レクス君!」
翌日、レクスがアランに教室で昨日の出来事を話すと、アランは口を開けて笑っていた。
そんなアランをレクスは含むところがあるように見やる。
「笑い事じゃねぇよ。まぁ、結局は向こうの思い違いだってわかって良かったけどな。」
「カカカッ!息災であったなら結構!盟友が減っては我が退屈になってしまうではないか!」
「良かったのだ!おとーさんとレクスの剣も直したのに、使い手がいないと剣も困ってしまうのだ!」
安堵しているカリーナとエミリーに対し、不機嫌そうに眉を顰める人物がいた。
レクスの傍に立つカルティアだ。
「レクスさんを無実の罪で捕まえようだなんて……許せませんわね。あとでわたくしの名前で抗議文を送っておきますわ。」
「そこまですることじゃねぇと思うぞ……。」
「いいえ。これは正当な行いですわ。国家の機関である憲兵隊で、冤罪などあってはなりませんもの。」
「お…おう。そ…そんなもんか…?」
カルティアの剣幕に、レクスはたじろいでいた。
普段はたおやかな笑みを浮かべるカルティアだが、この時ばかりは鶏冠にきているようで、少し声を荒げていた。
そんなレクスとカルティアに、カリーナは怪訝そうな顔を向ける。
「…しかしレクスよ。お主…カルティア様と近くないか…?」
カリーナから見ると、レクスとカルティアの間に隙間がなかった。
ぴったりとくっついているようにも見える。
しかしカルティアはどこ吹く風だ。
「お友達だからですわ。」
「で…でも友達でもそこまで近い…かな?あてもわかんないけど…カルティア様のスキルとかあるし…」
「お友達だからですわ。」
「…はい。」
微笑んだカルティアに圧力を感じたのか、カリーナはすっと引き下がる。
「…ま、カティが良いって言ってるならいいんじゃねぇのか。」
「レクス君は呑気だねぇ!カルティア様は王女なんだけどな…。」
なんともなしに言うレクスに、アランは苦笑する。
すると、エミリーがキラキラと眼を輝かせた。
「そーなのか!友達ならくっついてもいいんだな!ならエミリーはアランにくっつくのだ!」
そう言ったエミリーは、すぐさまアランに身体を押し付ける。
突飛なエミリーに、アランは眼を白黒させていた。
「エ…エミリー嬢!?」
「アランからいい匂いがするのだー。」
固まってしまったアランに、エミリーはぐりぐりと頭を押し付ける。
その表情はとても楽しそうだった。
するとカリーナもアランにぴたっと身体を寄せる。
しかし表情はエミリーと異なり、少し涙目だ。
「…アランのばか。」
「か、カリーナもかい?」
カリーナの方が背が高く、アランを見下ろすような形になる。
アランは気が動転しており、二人になされるがままだった。
そんな3人が可笑しかったのか、カルティアがクスクスと微笑む。
レクスも微笑んでいたが、はっと何かを思いついたように口を開いた。
「そうだ。…みんな相談したいことがあるんだが…いいか?」
少し悩んだようなレクスの発言に、4人は眼を見合わせた。
「相談?どういった事ですの?」
「ああ、実は…」
レクスの相談に、四人は耳を傾ける。
そんなレクスたちを冷ややかに見ている三人がいた。
「……なによ。カルティア様にデレデレしちゃって。クズの癖に。」
「無能の役立たずの癖に、取り入るのは上手いんですね。……馬鹿丸出しですね。」
「ゴミの分際で口だけなのです。カルティア様もいつか分かるのはずなのです……。」
リナとカレン、クオンの3人はカルティアの隣にいるレクスに対し呟く。
しかし、そこに何時もの苛烈さは無かった。
心底嫌いであることには変わりがない。
だが3人とも、どこか胸にぽっかりと穴が空いたように感じていたのだ。
それは、《《大好きなリュウジ》》と過ごしている間も変わらなかった。
どこか紛れないその感覚は3人の中に何時もあって。
何故かレクスを見ている時、ごく僅かではあるが紛れるのだ。
「…ほんと、馬鹿みたい。」
「…そうですね。無価値のくせに。」
「…見ていて反吐が出るのです。」
三人の罵倒は力なく、何故か空ろな自分たちの胸に、どこか虚しく反響していた。
◆
その日の昼、コーラルの姿は一人、食堂にあった。
コーラルは周囲と馴染むのがあまり得意ではない。
社交界に出ても、あまり誰と話すという事もなかった。
そのため、昼食を共に食べる友人は一人も居ない。
祖父母や父親からは、顔も見たことのない叔父にコーラルはそっくりだと言われていた。
その日もコーラルは一人寂しく昼食を取っている。
ふと、コーラルは顔を上げ、食堂の奥を見た。
そこには多くの女子を侍らせながら、勇者のリュウジが食事を取っている。
真ん中に陣取るリュウジはまるで王様にでもなったかのように笑っていた。
(勇者様…あの人みたいな社交力があればな…。僕も、変われるのかな…。)
コーラルはリュウジから眼を逸らすと、ふぅと溜め息をついて食事に戻ろうとする。
「コーラル、一緒にいいか?」
突如後ろから声がかかったことに、コーラルは驚く。
振り返ると、そこにはレクスが料理を手にして立っていた。
「う、うん。良いけど…?」
コーラルは声をかけてきたレクスに戸惑いつつも頷く。
するとレクスが後ろを振り向き、手を上げた。
「おーい。良いってよ。」
レクスが声をかけるとぞろぞろと何人かの人が集まってきた。
レクスの友人たちだ。
「君がコーラル君だね!僕はアラン!クライスタッド家の長男さ!交友を深めようじゃないか!」
「クハハハ!貴殿がレクスの言っていた男か!成程!我が名はカリーナ!カリーナ・ヴラドの名を覚えておくが良い!」
「エミリーなのだ!困り事はエミリーに任せるのだ!アハハハ!」
濃い。コーラルはそう思ってしまった。
テンションの高い三人の自己紹介に、コーラルは呆気に取られていたのだ。
だが次の瞬間、コーラルは眼を見開く。
「あなたがヴェルサーレ家の跡取り、コーラルさんですわね。お話を伺っても宜しくて?」
「か…カルティア様…!?」
グランドキングダム第三王女の登場に、コーラルは脳の処理が追いつかなかった。
ギギギと油を注していない機械のように、コーラルはレクスの方を向く。
「…悪ぃ、昨日の相談だけどよ。俺一人よりみんなのほうが良いと思って呼んじまった。」
「…レクス君、君は一体何者なんだい?」
済まなそうに笑うレクスに、コーラルはそれしか声が出なかった。
「すまねぇけどコーラル。もう一度相談事を話してくれねぇか?」
「う、うん。わかったよ。…ちょっと話しにくいけどね。」
苦笑するコーラルの前にはレクスが座っていた。
その両側にはカルティアとアラン。
コーラルの両側にはエミリーとカリーナが座っている。
皆コーラルの話を聞き逃すまいと、コーラルを見ていた。
コーラルはコホンと1回咳払いをする。
「…とりあえずみんなには、このハンカチの持ち主を探して欲しいんだ。」
コーラルは皆の前に、前日レクスに見せたハンカチを拡げた。
蝶の刺繍が美しい、青白ストライプのハンカチーフだ。
そのハンカチを、レクスたちは一斉に覗き込む。
「先月、僕が広場に買い物に行ったとき、転んじゃってさ。その時、女の子が駆けつけて来てくれてね。このハンカチで傷を拭いてくれたんだよ。その後、その女の子は名前も言わずどこかへ行っちゃって。…僕はその女の子に、お礼を言ってこのハンカチを返したいんだ。」
コーラルの話に、一同は首を傾げる。
するとアランが口を開いた。
「…何か、女の子の特徴が分かるかい?髪の色とか、背丈とかさ。」
「あの子はワインレッドの髪の毛だったよ。瞳も同じ色でね。髪は背中までのロングヘアだった。背は…カルティア様より少し小さいぐらいだと思う。服装は…普通の感じだったような気がするけど…わからないな。」
「成程ね…。僕にはちょっとわからないな…。」
「この学園には居ないのかー?」
「僕が見たことある限りでは居ないかな。上級生とかだと違うと思うんだけど…?」
「…あの中にはいねぇのか?」
レクスがリュウジの方を指さす。
多くの女子たちが傍に控えているので、意外と該当しそうだと思ったのだ。
しかしコーラルは首を横に振った。
「居ないね。何度も見てるから、居たらわかると思うんだけど…。」
「学園生ではないかもしれませんわね。わたくしも貴族の方なら覚えているのですが…。力になれず、申し訳ないですわ。」
「い、いや、カルティア様が謝らなくても…。」
レクスたちの質問に答えていくコーラル。
しかしコーラルの言う少女にその場の全員、心当たりがなく首を傾げる。
「皆に頼んでもお手上げか…。」
「学園生でも貴族でもないとするなら、僕らじゃ対応しにくいからね…。」
レクスたちは一斉に溜め息をつく。
「…傭兵ギルドでは?」
「無理だ。砂粒を探すようなもんだ。出来たとして絞り込めるかだろ。あと、人違いでしたじゃ申し訳が立たねぇ。」
「王宮でも難しいですわね。国民全員の名簿はありますけれど、特徴まで細かくは記載してありませんもの。閲覧に権限もいりますわ。出来たとてかなりの時間がかかりますわよ。」
「…だよなぁ。」
再び全員が溜め息をつく。
するとコーラルが申し訳なさそうにレクスたちを見た。
「皆、僕なんかの為にありがとう。…でもいいんだ。あの子に会えなくたって。…やっぱり、忘れることにするよ。」
コーラルは見切りをつけたように笑った。
そんなコーラルを、レクスはただじっと見る。
「なぁ、コーラル。どうしてそんなにその子が気になってんだ?」
「どうして…か。何でだろうね。僕もわからないや。…強いていうなら、去り際の目が忘れられなかったのかな。」
「去り際の眼?」
「うん。なにもかも諦めてるような目だった。僕のスキルでもなんか変だったし。」
「諦めてる…か。ん?コーラルのスキルってなんだ?教えてもらえるなら聞きてぇけど。」
レクスはふと聞こえたコーラルのスキルが気になった。
「あはは。僕のスキルは大したことの無いスキルだよ。」
コーラルは自虐するように眼鏡をトントンとつついた。
その仕草に、レクスは既視感を覚える。
「「色眼鏡」ってスキルだよ。その人の体調を色で知ることができるってただそれだけだよ。」
レクスは眼を見開く。
その言葉と姿は、レクスの中で完全に一致した。
コーラルの姿がレクスの父親、レッドと完全に重なる。
「レクス君?どうしたの?」
「…ああ。知り合いのスキルと一緒でびっくりしちまっただけだ。」
「へぇ、そうなんだ。珍しいこともあるんだね。」
「…そうだな。」
レクスはコーラルの顔をちらりと見る。
そう見えてしまえば、もうそうにしか見えない。
レクスはふぅと息を吐くと、故郷の父親を想った。
(そういうことかよ。親父…)
やはりコーラルの相談を改めて完遂しなければならないとレクスは思っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。




