こころのおくそこ
レクスの姿が見えなくなると、カルティアは踵を返し、女子寮の中へ足を踏み入る。
木製の廊下は、歩くとコツコツと心地よい音が響く。
カルティアは歩きながらも目元を下げて少し微笑んでおり、機嫌も良い。
ホクホクとした顔で、自室へと向かう。
(今日のレクスさんもいろいろと新鮮でしたわね。本当はキス位して欲しかったのですけれど……。今はまだ、無理ですわね。レクスさんのことが一段落着くまでは……)
レクスとカルティアは、「レクスのやるべきこと」の為に未だ恋人にはなっていない。
なので、キスなどの身体的な接触は二人共に自粛をすることに決めていた。
なお、もしもレクスがカルティアを求めて来るようならカルティアも満更ではない。
しかしレクスの性格上、そういったことはしないのが、カルティアの目には見えていたのだ。
(何処かの誰かさんもレクスさんのような誠実さを見習って欲しいですわね……あら?)
カルティアは自室への道すがら、談話スペースに3人の女子が立っている事に気付く。
3人はリュウジが王都に帰って来たときに連れ帰った面々。
そして…レクスの幼馴染。
リナとカレン、クオンだった。
何やら集まって笑いながら会話をしているのが、カルティアには見えた。
(あの方々が……レクスさんの幼馴染と義妹さんでしたわね。わたくしも個人的にはあまり話したことがありませんでしたわ。何を話しておられるのでしょうか?)
レクスの為にカルティアはこの3人と友好的な関係を築かなければならない。
しかし3人ともリュウジに首ったけなのは明らかだ。
今話しかけようにも、三人がおそらくリュウジのことばかりを語るだけになるのは目に見えている。
カルティアはそう思っていた。
会話の内容も少し気にはなったが、聞くのも野暮かと思い、カルティアは通り過ぎようとする。
すると、通りすぎるカルティアに気が付いたのか。
リナがカルティアの元へと歩み寄った。
その表情は、少し目をつり上げて不機嫌なようにも見える。
「カルティア様!ちょっと良いかしら?」
「あら、リナさん。どうなされましたの?」
「どうしてあのクズと一緒にいるのよ?…もしかして、あのクズに弱みでも握られているの?」
レクスの事をクズと呼ばれた事に、カルティアの目は僅かに険しくなる。
「いいえ。彼はいいお友達ですわ。わたくし、とても頼りにさせていただいておりますもの。」
しかしカルティアはにこりと微笑んで答えを返した。感情的になる理由もないからだ。
「でも、絶対にあいつは何か企んでるはずよ。カルティア様に何かしようなんて……本当、最低!」
リナは感情に任せて声を荒げる。
カルティアは微笑んでいるが、ピキッと額に青筋を立てていた事に、リナは全く気が付いていない。
「……ご心配、ありがとうございますわ。リナさん。……そうですわね。もし、何か困った事があればご相談させていただきますわ。それでは、失礼いたしますわね。」
微笑んだままのカルティアは、リナに礼をした後、そそくさと自室に向かう。
その際、リナの手に僅かだが《《触れた》》。
(…なるほど。そういうことでしたのね。)
「リナさん。」
カルティアは首だけリナに振り返り、声をかけた。
「……何よ?」
「あなたは何故、レクスさんがお嫌いなのですか?」
「そ……それは……、あ……あれ……?な、なんで?と、とにかく大っきらいよ!あんなスキルもない無能なクズ!」
「そうですのね。……それでは、ご機嫌よう。」
何処か混乱したように取り乱すリナ。
そんなリナの答えを聞いたカルティアは、クルッと向き直り自室へ向かって歩き出す。
自室に着いたカルティアは、部屋に入るとふぅと溜め息をつき、閉めたドアに背を預ける。
カルティアはじっと自身の右手を遣る瀬ない顔で見つめていた。
カルティアは自身のスキル「読心」を初めて自分の意思で使ったのだ。
(全く理由が見えませんでしたわね。レクスさんへの悪感情だけがありましたもの……。)
カルティアはリナの心を読んだ時に違和感を覚えていた。
心が明らかにちぐはぐなのだ。
カルティアが読心をしてきた経験上、嫌いな物事には何らかの根っこがあるはずなのだが、リナにはそれが無い。
(こんなこと、普通はありませんわ。あと、わたくしへの嫉妬心があるのも不自然でしたわね。)
さらに、何故かリナはレクスのことでカルティアに嫉妬していたのだ。
理由もなく嫌いなものを独占されて、嫉妬するというのは明らかに矛盾している。
さらにリュウジに対してだけ、異常とも言えるぐらいに好意的な心が見えた。
そして、レクスがいないことでどこか寂しく思っているということすらも。
(これは……間違いなく、リュウジの仕業ですわね。本当、碌でもないことをしていますこと。おそらく、カレンさんも、クオンさんもそうなのでしょう。レクスさんに伝えておくのは……今はやめておきましょうか。彼女たちと本音で話し合えるのは、まだ到底出来ませんわね。)
もう一度ふぅと溜め息をつくと、カルティアは窓の側に立った。
窓の外はすでに陽が沈みはじめている。
昼と夜の境が、幻想のような美しいコントラストを映し出している。
カルティアはそんな夕陽を物憂げに眺めていた。
「本当に……わたくしもとんでもない人を好きになってしまったものですわね。……でも。」
カルティアは自身の胸に手を当てる。
レクスのことを考えると、胸が苦しく感じた。
レクスが自分だけを見てくれないのも苦しい。
でも、それ以上に。
レクスが将来、自分の側にいないことが嫌だった。
「必ず、隣に立ってみせますわよ。覚悟……していてくださいまし?」
カルティアは夕陽ににこりと微笑む。
カルティアの深く重い愛情はレクスにのみ向けられるのだから。
短いですがお読みいただき、ありがとうございます。




