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第3−2話

 

 役人から見て一番右はリナだ。それからカレン、クオン、レクスと続いている。


 リナが水晶玉の前に立つと、無表情でリュウジと握手をする。「頑張ってね」とリュウジは声をかけた。


 リナは無言でリュウジから手を離すと、鑑定の水晶の上に手を乗せた。


 その瞬間、水晶玉がキラリと輝いたかと思うと水晶玉に乗せた手の甲から僅かに離れた何もない空中に文字が書かれていく。


 役人はその文字を解読し、読み上げた。


「リナ。15歳。スキルは…」


 その時、宙に浮いた文字を解読していた役人の顔色が変わる。

 目を見開き、明らかに驚いている様子だ。


「スキル、「聖剣士」。魔力量は並。魔術適正は炎。…いやはや、これは…驚いたな…」


 役人は声を震わせながらスキルを読み上げた。

 リナはその場で「え?え?」と戸惑っていた。


「リナ殿。君は王国に伝わる伝説級のスキルを持っているようだ。後で話がしたい。下がって待っているように。…次の人!」


 役人が「伝説のスキル」と口にした瞬間、周囲から歓声が沸き起こる。


 リナは戸惑いながら水晶玉から手を離し、おどおどと周囲を見回した後、一歩後ろに下がり、レクスの方に目を向ける。


 レクスはリナのその視線が「どうしよう…」と語っているように感じた。


 しかし今は催しの最中で、レクスは声をかけることはできなかった。


 続いてカレンがリナと入れ替わるようにして水晶玉の前に立つ。


 カレンもリュウジの差し出した手を握り、無言で離した。リュウジはまた、「頑張ってね」と声をかけていた。


 リュウジから離した手をクオンはそのまま横にスライドさせ、水晶玉の上に乗せる。

 宙に浮いた文字を同じ役人が読み上げるのだが、また声が震えていた。


「カレン。15歳。スキルは…「魔導賢者」。ま…魔力は…極大!?魔術適正が全て!?…そんなことがあるのか…!?」


 スキルを読み上げた役人はリナの時よりも驚いた声をあげる。

 カレンもリナと同じように驚き、戸惑っていた。


「こ…コホン。カレン殿。君も王国に伝わる伝説級のスキルを持っている。それもとても素晴らしいものだ。先ほどのリナ殿と一緒に話がある。下がって待っていなさい。…次の人!」


 役人はカレンに驚きを隠せない様子だった。

 またもや役人の「伝説スキル」という発言に、村人たちの大きな歓声が沸き立つ。


 村長に至っては口をあんぐり開けて固まっている。

 カレンもその様子に普段見せない心配そうな顔でおどおどした雰囲気だ。ちらりとレクスの方を不安げに見たのはレクスの気の所為ではないだろう。


 カレンに続き、クオンの番になった。

 クオンはうるうると不安そうな顔で、レクスを見上げる。


「…大丈夫だって。クオン。」


 レクスが声をかけると、意を決したようにクオンはレクスの手から手を離し、水晶玉の前に立つ。


 にこにこと笑って手を差し出している勇者リュウジの手をクオンは恐る恐る握ると、すぐに離した。


 勇者リュウジは、また「頑張ってね」と声をかけていた。おそらく、いっぱいいっぱいなクオンには届いていないだろう。


 クオンはゆっくりと水晶玉の上に手を乗せるとぎゅっと目を閉じた。


 鑑定の文字は水晶玉の上にふわりと浮かび上がる。

 役人の目は、またもや見開かれた。


「クオン。14歳。スキル…「弓聖」…魔術適正、雷。魔力量、大。…まさか…この子もか…。」


「ふえっ…?」


 役人の震えた声に、クオンは目を開け、驚いた声をあげてしまう。


「クオン殿…あなたも伝説級のスキルの持ち主だ…。まさか同じ村から3人も伝説級のスキルが飛び出すとは…。とにかく、クオン殿も後で話がある。下がって待っていなさい。…これも勇者殿の導きと言うべきか…?次の人!」


 またも飛び出した「伝説のスキル」という名称に、村の観衆の歓声は最高潮に達していた。


 クオンは水晶玉から手を離すと、一歩下がり、レクスの方に視線を向けた。その顔は嬉しさと混乱がないまぜになって苦笑していた。


 よっぽど緊張していたのが解けたのか眼の端に少し涙もみえる。

 戻ってきたクオンの肩をレクスはポンと叩いた。


(よかったな。クオン…。さて、次は俺か…。)


 レクスはそう思い、水晶玉の方に視線を戻す。


「…チッ。」


 村の観衆の声に混じってはっきりとは聞こえなかったが、レクスには誰かの舌打ちの音が聞こえた。

 その舌打ちを少し不審に思ったが、村人の歓声に押され、レクスは水晶玉の前に立つ。


 勇者リュウジがずいっと手を差し出す。明らかに3人娘の時と比べて雑だ。


 レクスがリュウジの手を握ると、一瞬だけ握手した後、リュウジの方からさっと手を離した。


 レクスは勇者リュウジからどうみてもあまり歓迎されていないようだった。


(…ん?なんだ…?)


 一瞬。

 勇者リュウジの瞳がポウっと光ったようにレクスは見えた。

 まるで、父親のレッドがスキルを発動した時のように。

 ただ、レクスは自分自身に特に異常は感じなかった。


(…気の所為か)


 そう思ったレクスは、自分の手を水晶玉の上に置く。


「さて…君のスキルは…んん?」


 スキルを読み上げる役人が訝しげな顔をする。

 レクスは役人の反応が今までと違うことを妙に思った。


「…すまない。一回手を離して、もう一回乗せてくれないか?」


 役人がいかにも不思議だと言わんばかりにレクスに話す。


 レクスは役人の言う通りに手を水晶玉から離し、もう一度手を水晶玉に乗せる。


 しかし、役人は首を傾げたままであった。

 役人が口を開く。


「あー、君。名前は?」


「?レクスだけど…?」


 すると役人は非常に困ったような顔をして、考える素振りを見せる。

 そして、しぶしぶ口を開いた。


「あー、レクス君。大変残念だが…君は…おそらく、スキルも、魔術適正も、魔力も…無い。」



 役人の言葉に、レクスは雷に撃たれたような衝撃を受けた。


(俺に…スキルが…無い?そんな…そんなことって…あるのか…?)


 レクスは目の前がぐにゃりと歪んでいくような感覚に陥る。これはまずいとレクスは思い、なんとかその感覚に耐え、声を絞り出す。


「スキルが…無いって…どういう…」


「言葉の通りだ。スキルの鑑定水晶に全く何も出てこないのだ。こんなことは今まで一度もなかった。その…なんだ。申し訳無い。」


「はい…わかりました…。」


 役人の言葉は無慈悲にレクスを貫く。

 レクスは俯き、一歩下がった。

 周りからはヒソヒソと声が聞こえる。

 何を言っているかは明白だった。

 すると、何処からか笑いを抑えたような声が聞こえた。

 勇者リュウジの声だ。


「ぷっ…レクス君だっけ?残念だったね。スキルが何も無くって。でも大丈夫だよ。君ができることは何かしらあるはずさ!だから気を落とさないで!大丈夫。ゲームとかでも無能な主人公が活躍することもあるんだ。無能は無能らしく、精一杯頑張ってね!。」


(な…何を言ってるんだコイツ…!?訳がわかんねぇ…?)


 レクスは目を点にして、顔を上げる。

 勇者リュウジの言っていることがよくわからなかったのだ。


 応援しているのか。はたまた貶しているのか。

 文句を一言でも言い返してやろうかと震える唇を動かそうとした時だった。


「さっすが勇者様ね!こんな無能なクズ野郎にも労いの言葉をかけるなんて!かっこいいじゃない!」


 その言葉を言った人物を、レクスは一瞬理解できなかった。

 なぜならそれは…リナだったからだ。

 レクスの頭に数多の疑問符が浮かぶ。


「勇者様はお優しい方なのですね。大変感動しました。村の恥であるスキルなしの勘違いな愚か者にも役割があると言ってくれるんですね。…素敵です。」


(…は?)

 レクスはその言葉の主も理解できなかった。

 カレンがそんなことを言うとは、レクスは信じたくなかった。


「す…すごいのです!何の取り柄もないバカで無能な兄にここまで言ってくださるなんて!やっぱり勇者様はとても聡明なお方なのです。…尊敬するのです…。それに比べてこのゴミみたいな兄は…。」


(嘘だろおい…そんな…。)

 クオンまでもが、勇者リュウジを褒め称える。

 レクスは訳が分からず、気が遠くなりそうだった。


「いやぁ、そんな…。僕はしごく当たり前のことを言っただけだよ。どんな人にも活躍できる場所があるものだよ。まあ、スキルっていうチートのない人が活躍できるかどうかなんてほぼ無理かもしれないけど、やってみないとわからないからね。」


 勇者リュウジは得意気な顔で照れたように言う。

 そこには謙遜など微塵もない。

 レクスへの侮蔑の言葉だ。

 そんなリュウジにカレンが駆け寄る。


「勇者様。やはりあなたは偉大な人だと思います。先ほどのスキル鑑定の時にご存知かと思われますが、私はカレンといいます。…勇者様、その…私も勇者様のお傍に置いていただいても宜しいでしょうか?是非、この目で勇者様のご活躍を見ていたいのです。勿論、私の力が役に立つと言うなら存分に役に立ってみせます。だから、お願いします…。」


 そう伝えたカレンは勇者リュウジの前にひざまずくと、その手を取った。

 すると、それを見ていたリナも勇者のもとへ駆け寄る。


「ちょ…ちょっと!ずるいわよカレン!あ、あたしだって…。あたしだって勇者様の傍にいたいわ!…勇者様。あ、あたしはリナっていいます。勇者様がとっても格好良くて優しい人だって思いました。だから…その…私も一緒に連れてって!勇者様!」


 リナもカレンと同じように勇者の前にひざまずく。

 するとレクスの隣でクオンが口を開く。


「リナお姉ちゃんもカレンお姉ちゃんもずるいです!」


 そう言って、クオンも勇者のもとに駆け寄り、ひざまずいた。


「勇者様!私はクオンっていうです!勇者様の力になって勇者様と一緒にいたいのです!わたしができることだったら何でもするです!…駄目、ですか…?」


 クオンはそう言うと、潤んだ瞳で勇者リュウジを見つめる。

 勇者リュウジは満更でもない顔で「うーん、困ったなぁ」と口から言葉を漏らす。


「みんなの言いたいことはわかった。僕としてもすごくありがたい話だ。だけども良いのかい?そこの男は君たちの大切な人じゃないのかい?」


 勇者リュウジはニヤついた顔を隠すことなく、レクスの方を向いて、まるでわざとに確認するかのように言い放った。


「あんな無能クズ野郎な男に懸想していたあたしは勇者様のおかげで目が覚めたの!性欲しか頭になさそうなあんなクズ野郎のことなんてどうでもいいわ。いえ、むしろ大嫌いよ!もう関わらないでほしいし、この世が消えて欲しいわ!」


 リナが吐き捨てるように言う。


「あの男は村の恥ですし、私は今まで好意を持っていた事自体が恥ずかしいです。どうせ私の身体目当てに近づいてきた愚か者でしょう。自分の能力の無さを自覚しないような愚か者なんて最低な人です。なぜ私はあの愚か者と結婚までしようとしていたのでしょうか…。こんな駄目な私でも、勇者様は許してくれますか…?」


 カレンが許しを請うように語る。


「私もあの無能なゴミクズを兄と慕っていたのが嫌になります。あの厭らしい視線とあの何とも醜悪な笑顔になぜ私は絆されていたのか全くわからないのです。今すぐに死んでほしいのです。」


 クオンが蔑むような視線をレクスに向けながら喋る。

 レクスはもう何が起こって、何を見せられているのかがわからなかった。いや、理解したくなかった。

 レクスは俯き、その場に崩れる。


 地面のゴツゴツした感触と、小石が手に当たる痛さが現実だとレクスに語りかける。


 これがレクスの夢だとすれば、どれほどよかったことか。


 そんなレクスを目の当たりにして、勇者リュウジは楽しげに口を開く。


「そっか。じゃあ僕と一緒にみんなで王都へ帰ろう。その前にみんなの家の人に許してもらわないとね。みんなが一緒なら心強いよ。これから宜しくね。リナ、カレン、クオン。」

「はい。勇者様!」

「ありがとうございます。勇者様。」

「よろしくなのです。勇者様。」


 勇者リュウジの言葉に、リナも、カレンも、クオンも嬉しそうに応えた。


 勇者リュウジはそんな光景に「うん。よろしく。」とうなづき、馬車の方を向き、崩れ落ちたレクスに背を向ける。その口元は、明らかに嗤っていた。


 勇者リュウジが馬車へ歩き出すと、リナたち3人も勇者リュウジに着いて歩き出す。


 すると何かを思いついたように、「あ、そうだ」と笑みを浮かべて首だけをレクスに向ける。


「でもこの無能にとって君たちは大事だったかもしれないからさ。せめて別れの言葉くらい言ってあげれば良いんじゃない?」


「…は?」


 レクスの口から、呆れを通り越した声が自然と漏れ出る。

 この勇者は、一体何を望むのか。

 この勇者は、どこまで自分をこき下ろせば満足するのだろうか。

 この勇者は、なぜ自分に対してこうも強く当たるのだろうか。


 なぜ彼女たちの態度が一気に変わったのか。

 自分が…何をしたというのだろうか。

 そんな考えがレクスの頭を堂々巡りに駆け回る。


 勇者の声で、リナ、カレン、クオンの3人はレクスの方へ顔だけ振り返る。


「そうね。…じゃあね。無能のクズ。どっか消えれば?」


「そうですね。…さようなら。恥知らずさん。できれば村の迷惑にならないように過ごしてください。」


「わかったのです。…さよならなのです。お前みたいなゴミが兄なんて虫唾が走るのです。お前はとっとと死んでしまえばいいです。」


 その3人の言葉に。

 レクスは

 ついに壊れた。


「あ…、あ…、ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 大粒の涙がレクスの頬を伝い、とめどなく溢れる。

 誰に見られているのかなど全てレクスにはどうでもよかった。


 喉の奥から心の叫びが溢れ出る。

 それはもう泣き声ではない。

 レクスの心が壊れてしまった証拠である『慟哭』であった。


 それから後のことはレクスは覚えていなかった。

 ただ、その場から逃げ出した。

 慟哭しながら。

 走る。

 走る。

 走る。


 家の前に着くと、まるで体当たりでもするかのように家の扉を開け、中に入る。

 ただ自分の部屋をに向かい、走る。


「あ、レクスおかえ…」


 レクスは父の声を聞いたような気がしたが、気にする余裕もなく自分の部屋に入ると、鍵の無い扉を勢いよく閉める。一目散にベッドへ潜り込み、掛布団を頭から被った。


「あ…ああっ。あああぁっ…。」


 叫び過ぎたのか、レクスの喉からもう声が出ない。

 それでも涙は止まらない。

 レクスは暗闇の中で、もう何も感じたくなかった。



 レクスが勢いよく駆け上がった階段の下にレッドが立っていた。

 その瞳は階段の上を悲しげに見つめている。


「レクス…。」


 自分の息子に届かないとわかっていながら、レッドの声が、ポツリと漏れ出た。



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