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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第二章・王都・学園・よめとるもの編

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第19−2話

 レクスが倉庫に突入する少し前のこと。


 校舎の出入り口から、鮮やかな青色の傘をさして歩くカルティアの姿があった。


 物憂げな顔をしたカルティアは、女子寮に向けて一人で歩く。


 ザーザーと絶え間なく降る雨はカルティアの傘をしとどに濡らしていた。


(…わたくし、レクスさんを避けてしまっていますわね。…変に、思われていなければいいのですけれど。)


 雨天のどんよりと重い空気はカルティアの心情にそっくりだった。


 レクスへの思いを封印しようとしたあの時から、僅かにぎこちなく接してしまっているのをカルティアは自覚していたのだ。


 ふぅと溜め息をついたカルティアはレクスのことを忘れるかのように先ほどのノアとの会話を思いだす。


「…リュウジも王家の客人としての自覚を持っていただきたいものですわね!ノアさんも、リュウジの事を考えるならもう少ししっかりして欲しいですわ!」


 カルティアはつい一人言で口調を荒げる。


 リュウジの行いに、カルティアは苛立ちを隠せなかったのだ。


 リュウジがノアを通じて女性を連れ込んでいるということを、王宮の噂でカルティアは知っていた。


 それでもリュウジの事をみな好意的に捉えるのだから、カルティアには恐怖でしかなかった。


 そうして考えながら歩くカルティアの背後。


 黒い3つの影、否、どす黒い闇が這いずるように迫っていた。


 3つの闇は生き物のように気味悪く蠢きながら三方向に分かれ、カルティアを囲うように取り巻く。


 カルティアを囲んだ3つの闇は三角形と円形を作るように互いに線を描いた。


「…!?なんですの!?」


 カルティアが闇の描く線、いや陣に気が付き声をあげるが、警戒する間もなく、描かれた陣が煌々と光を放ち始めた。


 突然の事にカルティアは目を閉じる。

 そして一瞬の光がカルティアを包み込んだ次の瞬間。


 光が収まり、そこにカルティアの姿はなく、持っていた傘だけがコロコロと放置されたように転がっているだけだった。



「ここは…?」


 カルティアが目を開けると、そこは広く薄暗い、伽藍洞な建物の中であった。


 カルティアが状況を確認しようと焦りつつ周りを見渡そうとした瞬間、カルティアの前に3つの闇が這いずるように集まると、一つの大きな闇に合わさる。


 それを見たカルティアはすぐさま闇の塊に右手を向けた。


「何者ですの!?」


 警戒するカルティアを気にする事なく、闇はグニョグニョと蠢きだし、粘土細工のように人の形を作っていく。


「な…なん…ですの…?これは…?」


 カルティアは目を見開き、その闇から変貌したそれを見上げる。


 闇が変貌したそれはシルエットだけなら”人”であった。


 ただ、それ以外は人というにはおぞましい化物であった。


 身体は大きく、カルティアの5倍はあるだろう。

 レクスの対峙した牛頭鬼よりも大きい。


 色は黒く、ボコボコとした胴と大木のような太い脚。

 黒く異常に膨張した腕とグローブをはめたような手は人を軽く握り潰せそうだ。


 腕の間にちょこんと小さな頭を覗かせ、白く光る目らしきものがカルティアを見ている。


 その魔獣は今まで誰も見たことのない、間違いなく異形と形容される巨人だった。


「し…シャインエンハンス!」


 カルティアは声を震わせ、巨人を恐れながらも光属性呪文を唱えると、カルティアの中指にはめられた指輪がうっすらと光る。


 光属性の身体強化呪文だ。


(に…逃げなければ…。)


 カルティアが脚に力を込めた瞬間、闇の巨人は大きく拳を振り上げる。

 逃げることが間に合わないと思ったカルティアは逃げる事を諦め、すぐさま右手を前へ出した。


「シャインシールド!」


 声と共に、カルティアの前に光輝く盾が出現する。

 巨人の拳と光の盾がぶつかりあった時、カルティアは驚きで目を見開いた。


「嘘…?」


 パリンと音をたて、飴細工が壊れるように簡単に光の盾が砕ける。


 カルティアは光属性の扱いに長けており、得意としていたのは、光の防御魔術だったのだ。


 それが、いとも簡単に破られた。


 ただ、闇の巨人の拳は光の盾に逸らされ、空を切る。


 その隙にカルティアはここから抜け出そうと巨人に背を向け走る。


 しかし、カルティアの走った先は無情にも黒ずんだレンガが佇む。


 壁だった。


(…どうにか…するしか…ありませんわね…。)


 カルティアの頬を、汗がたらりと伝った。



 カルティア自身、どこにいるかわからないのだ。

 助けなど、来るはずもない場所だ。


 カルティアは無理矢理恐怖を抑え込み、巨人に向き直る。


 闇の巨人はのしのしとカルティアに迫っていた。

 カルティアは再び右手を巨人に向け、奥歯の震えを噛み締めながら呪文を唱える。


「シャインバレット!シャインバレット!シャインバレット!」


 カルティアの掌から光の弾が現れ、巨人に向かって放たれる。


 その数は3発。

 闇の巨人はその弾を避けることすらしない。

 光の弾が巨人の胴に、3発全て直撃し闇の巨人の表皮をえぐり取る。


 しかし、巨人の歩みは止まらない。

 それどころか、光の弾が当たった箇所が逆再生の如く傷が塞がる。


 明らかに普通の魔獣のそれではなかった。


 カルティアはそれでも恐怖心を抑え込んで闇の巨人を睨みつけるように見据える。


(こんなところで…死ぬわけにはまいりませんわ!)


「出し惜しんでいる暇はありませんわね…シャインバースト!」


 カルティアの指輪が輝き、掌に巨大な光の弾が形作られる。


 そして掌から放たれたそれは先ほどの「シャインバレット」よりも遅いスピードで闇の巨人に向かっていく。


 闇の巨人はまたも避けようとせず、進むだけだった。

 光の弾が闇の巨人に当たった瞬間。


 ”バァン”という音と共に、光が爆ぜた。


 闇の巨人は胴を丸ごとえぐり取られるようにして風穴が空く。


 しかし闇の巨人は止まらない。

 それどころか。


「う…嘘…。」


 カルティアは目を見開き、口から絶望の呟きが漏れた。


 闇の巨人は何事もなかったかのように、えぐり取られた部分を逆再生するように修復したのだ。


 カルティアが今、使える最大の切り札が、呆気なく破り捨てられた。


 そして闇の巨人がカルティアの前にたどり着くとブンと大きく拳を振り上げる。


「し…シャインシールド!シャインホッパー!」


 カルティアはそれでも、恐怖心と戦い、なんとか呪文を絞り出す。


 指輪が光ると、カルティアの脚に力が滾った。


「シャインホッパー」は脚の強化呪文であり、蝗のように高く跳躍させる事を可能にする呪文だ。

 盾を出すとともに、膝を折って少し屈む。


(一か八か…ですわね。)


 闇の巨人の拳がカルティアの前に現れた光の盾とぶつかり、先ほどと同じようにいとも簡単に破壊された。


 ただ、カルティアにはその一瞬で十分だった。

 闇の巨人の拳が当たる直前に、大きく上に跳躍したのだ。


 闇の巨人の拳が”ドォン”という音と共にカルティアのいた地面をえぐり取る。


 しかしカルティアは上に跳び、闇の巨人を飛び越えようとしていた。


 跳躍したカルティアは巨人のずっと後ろに建物の扉があることに気付く。


(あそこまで行ければ…大丈夫ですわね。)


 安堵したのは、束の間だった。


(…え?)


 しかしカルティアの目は、再び絶望によって見開かれる。


 捉えられていた。


 巨人の目がカルティアを捉え、もう片方の腕でカルティアを狙っていたのだ。


 カルティアは空中だ。避けられる訳もない。

 闇の巨人が狙いすましたその拳は、無情にもカルティアに向けて放たれた。


(…あ)


 カルティアにはその拳がスローモーションのように向かって来るのが見えていた。


 巨人の拳は寸分の違いなく、カルティアの胴を打ち抜いた。


「がぁ…っは…ぁ…」


 圧し折られた。


 身体も、心も。


 カルティアの全身に、巨大なハンマーを打ち付けられたかのような衝撃が走る。


 全身の骨を一気にボキボキとへし折られたような痛みが駆け巡った。


 カルティアの口からは声と共に、胃の中の未消化物が吐瀉物として吐き出される。


 空中で拳に打ち抜かれたカルティアはそのまま地面に叩き落とされ、1回程バウンドしたあと、横向きに倒れ込んだ。


 カルティアの目は虚ろで、口からは吐瀉物と血が混じりあったものが吐き出され、舌もだらりと垂れ下がっている。


 綺麗だったプラチナブロンドも、汚れてばらりと広がっていた。


 制服は血と吐瀉物で汚れ、スカートは半分濡れて色が変わり、黄色い水溜まりを作っていた。


 血と吐瀉物で汚れた制服も、濡れたショーツの気持ち悪さも、カルティアは気にすることはできない。


 腕もだらりと垂れ、死んでいるようだ。


「あ…あ…。」


 それでもカルティアは生きていた。


 いや、死ねなかった。


 拳が当たったのが空中であったことと、カルティアが最初に唱えた身体強化の呪文が、カルティアの命を辛うじて繋ぎ留めていたのだ。


 しかし、それもすぐに終わってしまうことが目に見えていた。

 このままでも、カルティアはいずれ事切れることは明白だ。


 風前の灯火なカルティアの眼前に、また闇の巨人が迫る。


(わたくしは…こんな…無様に死んでしまうのですね…。)


 巨人は倒れたカルティアに巨大な拳を振り上げた。

 いくらまだ生きているといえど、もう一発、拳で打ち抜かれれば確実に死が待っている。


 全身の力が入らず、激痛が走るカルティアは、動く事すら出来ない。


 迫る死を、カルティアはただ眺めていることしかできなかった。


(これは…わたくし自身を偽った、わたくしへの罰なのですか…。)


 虚ろなカルティアの目に涙が浮かぶ。


 その脳裏には、今までの思い出が走馬燈のように流れていた。


 アラン、カリーナ、エミリー。

 カルティアのスキルを知りながらも受け入れてくれた友人の顔が。


 そして、自身の想い人。


 レクスの顔が。


(願わくは…もう一度。)


 闇の巨人の腕が無情にもカルティアをめがけ振り下ろされた。


 その空虚な目はカルティアを確実に捉えている。


(レクスさんに…会いたかった…ですわ…。)


 カルティアが自らの死を受け入れようとした瞬間。

 ”ドンドンドン”と。


 立て続けに三発の光弾が、闇の巨人の腕を横から弾いた。


 弾かれた巨人の腕はカルティアに当たらずその傍を打ち抜く。


 するとさらに絶え間ない光弾の連射が巨人を襲う。


 闇の巨人は堪らずのけぞりながら後退すると、倒れたカルティアと闇の巨人の間にボロボロの黒いフード付きの外套を纏った、びしょ濡れの人物が割り込んだ。


 黒い外套の人物は左手の魔導拳銃を巨人に向け、発砲する。


 ”ドンドンドン”と3点バーストで放たれた光弾は闇の巨人の胴に命中するが、その傷は瞬間的に逆再生のように回復してしまった。


 黒い外套の人物は「ちっ」と舌打ちを漏らした。

 濡れた橙色の髪の隙間から、燃えるような紅い瞳が、闇の巨人を鋭い目で睨みつける。


 一方の闇の巨人は首をこきこきと鳴らすような仕草をして、不思議そうに黒い外套の人物を見ていた。


 黒い外套の人物は背中から、使い込まれた愛用の剣を右手で引き抜く。


「おいあんた!生きてるか!生きてるなら絶対に助けるからな!もうちょっとだけ頑張ってくれよ!」


 その声に、カルティアの目から雫が落ちる。


(なんで…どうしてあなたが…。)


 カルティアの口からは言葉は出ない。


 だがその人物は誰か、声ですぐにわかった。


 カルティアが最期に会いたいと願ったその人物が。


 今、カルティアの目の前にいる。

 カルティアを守ろうと立っている。


(レクス…さん…!)


 外套の人物…レクスは闇の巨人の動きを伺うように、怒りを込めて魔導拳銃の狙いを定めていた。


 涙を流すカルティアの目に、落ちた髪飾りが映る。

 カルティアが地面に叩き落とされた時に衝撃で外れてしまっていたのだ。


 髪飾りはカルティアを勇気づけるかのようにキラリと輝いたように見えた。


 髪飾りの花は、スノードロップ。


 花言葉は「逆境の中の希望」。

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