第18−1話
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「ここが中央広場の露店ですのね!」
中央広場に着いたカルティアはキラキラとした瞳で興奮が隠せていなかった。
大きな広場には多数の露店が集まっていた。
肉の焼ける香ばしい匂いが広がり、客引きの声があちらこちらから聞こえてくる。
パンや肉などの食品を売っている店、焼肉のようなワンハンドフードを売っている店、宝石を売っている店に占い屋など様々な露店がこれでもかとひしめいていた。
中央では大道芸人や吟遊詩人たちが老若男女を集めている。
非常に活気の溢れる場所であった。
「どれもこれも初めて見るお店ばかりですわ!」
カルティアはレクスと手を繋いだまま、きょろきょろと辺りを楽しそうに見回している。
手を繋いだままくるりと振り返り、レクスに向け、楽しげに微笑みかける。
「回りましょう、レクスさん!どんな店が出ているのか楽しみですわ!」
「おいおい、そんなはしゃいでると転ぶぞ。」
レクスがそう言った直後、カルティアは小石に脚を滑らせた。
(危ねぇ!)
レクスは咄嗟にカルティアの手を引き寄せる。
カルティアは自身が転んだということに気付き、地面との衝撃に備えグッと目を瞑った。
しかし、カルティアは誰かに身体をぎゅっと抱きとめられ、痛みは来ない。
カルティアが目を開けると、レクスがしっかりとカルティアの身体を抱きとめていた。
「おいおい、言わんこっちゃない…大丈夫か…?」
「は…は…はいぃ…。」
レクスに抱きとめられていた事がわかると、カルティアは顔から火を噴き出すように真っ赤にする。
カルティアの顔色に気がつかず、レクスはほっと安堵し一息つく。
するとレクスは自身の掌に大きく柔らかい感触があることに気付いた。
(何だ…?カルティアそんな服に柔らかいものを入れて…!?)
レクスはつい、その柔らかいものをむにゅっと鷲掴みに揉んでしまう。
「あ…んっ…そこは…ぁ」
カルティアが艶っぽい声を出し、レクスはその正体に気が付く。
レクスは、カルティアの豊満な胸を揉みしだいていたのだ。
手から溢れ落ちんばかりのボリュームをレクスはその手に感じ取ってしまっていた。
「わ、悪ぃ!そんなつもりじゃなかった!」
レクスがカルティアから慌てて手を離すと、カルティアは真っ赤な顔でレクスを睨み、胸を両手で守るように押さえていた。
若干の涙も浮かんでいる。
「レクスさんの…変態!」
カルティアが右手を振り上げ、バチンという音が広場に響いた。
◆
レクスは頬を擦りながら、カルティアと手を繋いで人混みの中を歩く。
「ごめん。俺が悪かった…。」
「わ、わたくしも気が動転してしまって…申し訳ございません。」
レクスはカルティアと手を繋ぎながら、カルティアに謝る。
レクスの頬には真っ赤な紅葉が出来ていた。
「わたくしが転ばないようにしてくれたのでしょう?そんなレクスさんを叩いてしまって…」
「いや、いいっての。確認しなかった俺が悪い。」
レクスは真っ赤な紅葉を頬に着けたまま、大丈夫と言わんばかりにカルティアに微笑む。
カルティアは真っ赤な顔のまま、俯いてしまった。
(レ…レクスさんに触られてしまいましたわ…。お、大きくて、変だと思われなかったでしょうか…。)
そんなカルティアを見たレクスははぁと溜め息をつき、カルティアと繋いでいない方の自身の手を見る。
(凄く大きくて…柔らかかったな…カルティアのおっぱい…って駄目だ!なんてこと考えてんだ俺は…。)
目をぎゅっと瞑り、レクスは先ほどの感触を忘れようとする。
レクスは遺伝からか、大きな胸の女性が好みのタイプであった。
煩悩を消そうとレクスは顔をブンブンと振るっていると、「あっ!」とカルティアの声が耳に届いた。
レクスは目を開け、カルティアの顔が見ている方に目をやる。
その目線の先には、少し年季の入ったアクセサリーの屋台があった。
「レクスさん、あれは何ですの?」
「ああ、彫金師だ。貴金属に彫刻をしたりする人だな。気になるのか?」
「ええ。行ってみたいですわ。」
カルティアが頷くと、レクスはカルティアの手を引いて、彫金師の屋台に向かう。
屋台では薄青髪の高齢の男性が、彫金のアクセサリーが並べられた傍に杖をたててのんびりと椅子に座っていた。
「凄いですわ…こんなに沢山の形を作られるなんて…」
カルティアは並べられたアクセサリーの前でくぎ付けになっていた。
宝石などは無いシンプルな彫金アクセサリーの数々だが、その種類は非常に多い。
花や虫、武器に文字など、様々な形を模した彫金アクセサリーは全てが精巧に出来ていた。
カルティアはアクセサリーを一つ一つ手にとって確認しては、目を輝かせている。
そんなカルティアを見てか、店主の男性は優しく微笑んでいた。
「お客さんはお目が高い。これらは全て、わしが手作りした彫金アクセサリーじゃ。世界に二つとない一品ものじゃよ。」
「凄ぇな爺さん。全部作ったのかよ。」
「フォッフォッフォ。当たり前じゃ。このアクセサリーは全て手塩をかけて育てた我が子みたいなもんじゃよ。全て一つ一つに想いを込めて作っておる。」
店主の男性はふんすと自慢げに胸を張る。
その間もカルティアは一つ一つ丁寧にアクセサリーを楽しそうに確認していた。
カルティアが楽しそうに見ているのを見て、レクスも適当にそこにあったアクセサリーを何気なく手に取った。
レクスが手に取ったアクセサリーは、レクスの知らない花を象った、髪飾りの小さな銀のアクセサリーだ。
「おお、それはスノードロップの花を象って作ったものじゃ。」
「スノードロップ?何だそりゃ?」
「スノードロップは冬の終わりごろに雪の中から美しい花を咲かせるのですわ。綺麗な花ですのよ。」
いつの間にかレクスが手に持っていたアクセサリーを覗き込むように見ていたカルティアが微笑む。
レクスはその小さなアクセサリーをじっと見つめる。
そして隣でレクスを見ていたカルティアをちらりと見て、レクスは頷いた。
「爺さん、これは幾らだ?」
レクスは持っていたスノードロップの髪飾りを店主の男性に見せる。
「お目が高い。それは15000Gになるぞい。」
「よし買った。」
即答したレクスは髪飾りを置くと、懐から巾着を出し、その中から金貨を2枚取ると店主に手渡す。
「毎度あり!5000Gのお釣りじゃ。」
レクスは店主から5枚の銀貨を受け取ると、巾着に流し込み、懐に戻した。
髪飾りを手に持つと、レクスとカルティアはその店を離れる。
「…カルティアは買わなくて良かったのか?」
カルティアはレクスの言葉にふるふると首を横に振る。
「はい。見ているだけで楽しかったですわ。わたくしは王族として、無駄遣いはしないように心掛けておりますのよ。」
「へぇ、そうなのか。俺は村じゃほとんど使う事なんてなかったからなぁ…。行商の人も週に1回ぐらいなもんだしよ。」
「でも、意外でしたわ。レクスさんがアクセサリーを買われるなんて。」
「ああ。これは俺の為じゃねぇよ。」
レクスはカルティアの方に振り向くと、カルティアの前髪に先ほど買った髪飾りをパチンと着けた。
「え?あの…?」
「おっ、やっぱり似合ってるじゃねえか。」
髪飾りを着けたカルティアを見て、レクスは満足そうに笑う。
カルティアはレクスに髪飾りを着けて貰ったことに気が付くと、頬をぽっと染めた。
「わたくしの…為に?」
「ああ。さっきカルティアのむ…胸も触っちまったし、その詫びだとでも思ってくれ。」
レクスはニカっと歯を出して笑う。その顔は僅かに赤い。
そんなレクスを見たカルティアは心臓がドクドクと跳ねていた。
顔は赤くなり、レクスの方を直視できず俯いてしまう。
「…レクスさんは女心が分かっていませんわ。スノードロップの花言葉は「相手の死を願う」ですのよ?」
その言葉は、カルティアにとって精一杯の照れ隠しだ。
「それは悪ぃ。知らなかったんだよ…。とりあえず、次の店に行ってみるか。どっちだ?」
「あっち…ですわ。」
「わかった。行くか。」
「…はい。」
レクスは赤い顔のままのカルティアの手を引き、カルティアが指し示した露店に向かった。
その後、レクスとカルティアは様々な露店を巡った。
新鮮な野菜を売る露店では、アルス村の野菜を見つけてレクスが喜んだり。
串に刺して焼いた肉のワンハンドフード、焼肉串を扱う店に寄った時はレクスとカルティアで分け合って食べたり。
宝石商の店では魔獣の核がかなり高めに売られていることにレクスが驚いたり。
怪しげな魔導具を扱う店では怪しい店主の説明に二人とも聞き入ったり。
大道芸人の火の輪くぐりの技にカルティアが凄く驚いたり。
多くの露店を二人は楽しく巡る。
そうして辿り着いたのは、広場の端で営業している小洒落たカフェだった。
広場が一望できるカフェのテラスにあった丸テーブルの席にカルティアとレクスは着く。
着席するとすぐに黄色いチェックの服を来たウエイトレスの女性が注文をパタパタと急いだように取りに来た。
「いらっしゃーい。注文は何にします?」
紫の髪をして、片目を髪で隠した店員はレクスたちをじぃっと覗き込む。
「おすすめの紅茶とビスケットを頼む。」
「わたくしも同じでお願いしますわ。」
「はーい、かしこまりましたぁ!」
ウエイトレスの女性はくるりと回り、店の中へパタパタと入っていく。
レクスは広場の喧騒を少し離れて眺めながら、ふぅと溜め息をもらした。
「どうかされましたの?」
「いや、こんだけ回ったんだ。ちょっと疲れたなって思っちまってよ。」
「ご、ごめんなさい。わたくしのせいで…。」
「そんな訳ねぇよ。俺も楽しかったしな。」
申し訳なさそうに下を向くカルティアに、レクスはにこやかに笑う。
レクスがポケットからチェーンを繋いだ魔道時計を取り出すとパカっと開き時間を確認する。
時刻は午後3時を回ったところだった。
するとカルティアがレクスの時計に気が付き、興味深く見つめる。
「…珍しいものを持っていますのね。ミノスの魔導時計なんて。滅多にありませんわよ?」
「ああ。王都に来る途中でいろいろあってな。その時に魔獣を倒したら出てきたんだよ。」
「そんなこともあるんですのね…。魔導具が魔獣から出てくるのはダンジョンだけですわよ?」
「あ、そうなのか?…悪ぃ、ダンジョンって何だ?」
「ダンジョンというものは地上に溢れ出た魔力が偶に作り出す建造物のようなものですわ。その中に宝箱が生成されたりするんですの。…知らないうちに、ダンジョンに入っておられたんですのね。」
「ああ、あれがダンジョンだったのか。運よく出られたけど、もうこりごりだな俺は。」
迷宮のことを思い出し、椅子の背もたれに背中を預けると、レクスははぁと溜め息をつく。
「わたくしも王宮の宝物庫で見かけましたわ。まさかレクスさんも持っておられるなんて思いもしませんでしたけれど。」
「宝物庫レベルのお宝かよ…こんな小さな時計がねぇ。」
レクスは自身の時計を手に持って見つめる。
魔道時計は日差しを反射し、手に入れた時から変わらない輝きを放っていた。
「この国の時間の定義はミノスの魔道時計を元にして作られたものですわ。絶対に狂わず壊れない時計はミノスの魔道時計だけですのよ。」
「そうなのか…。全然気にしてなかったな。」
レクスは魔道時計を一通り眺めるとポケットに戻す。
「王宮の宝物庫で見たって言ってたけど、王女でもそんなに気軽に入れるもんなのか?」
レクスの疑問にカルティアは首を横に振った。
「いいえ。宝物庫は厳重に管理されていますもの。わたくしとはいえ簡単には入れませんわ。でも、小さい頃に忍びこんだことがありますのよ。」
カルティアはクスクスと口に手を当て微笑む。
「意外とお転婆じゃねえか…。」
「わたくし、幼い頃はやんちゃでしたのよ?いろいろと王宮のものには迷惑をかけましたわね。…でも、それも6歳ごろまででしたわ。」
カルティアがふぅと溜め息をつき、表情が陰る。
「その頃から王族としての教育が始まったのもありましたけど…その時から、わたくしは他人の心が読めるようになりましたの。いえ、読んでしまうと言ったほうが正しいかもしれませんわね。」
「スキルの発現…か。」
「ええ。「読心」の発現ですわ。わたくしはスキルで人の心が読めてしまうようになりました…でも、わたくしにはそれが重すぎましたの。」
「重すぎた…?そりゃどういうことだよ。」
「わたくしのスキルは善意、悪意も関係なく読み取ってしまいますの。王宮に仕える者や社交界で出会う貴族の方は色々な思惑を持っておられます。わたくしは…触れた方の心の内を全て読み取ってしまいましたの。」
「そりゃ…。」
カルティアが受けた衝撃は大きなものであったことはレクスにも容易に想像が出来た。
ましてや王家に対する感情は色々なものが渦巻いているのは明白だ。
「王家に対する僻みや憎悪、取り入ろうとする思惑や劣情、王族に関わるものからわたくし個人に至るものまで全て、わたくしは読み取ってしまいましたの。…それからは思いが流れ込んでくる恐怖と、わたくしから人が離れていく恐怖で、他人から距離を置くようになりましたわ。触れたその人の思いが、全てわたくしには分かってしまうのですから。」
「カルティア…。」
「父も、母も、わたくしのスキルを分かっていますわ。ただ、レクスさんも知っている通り、両親以外でわたくしのスキルを知っている者は今まで誰もいませんでしたの。…知られれば、悪用されてしまいますもの。」
カルティアはいつの間にか届いていた紅茶のカップを持ち、紅茶を少し飲むとソーサーに戻す。
その仕草はとても優雅で、育ちの良さを感じさせるものだった。
カルティアは物憂げに、揺れる紅茶の水面を見つめる。
「今までに2、3人、わたくしのスキルが通じなかった方にお会いしたことがありますの。でも、その方たちは全員、悪意を持ってわたくしにスキルを使おうとした方でしたわ。」
「カルティアが前に言ってた、精神に干渉するスキルの持ち主って訳か…。」
「ええ。わたくしにスキルが効かず、皆捕まりましたわ。…それで、わたくしは余計に他人を信じられなくなりましたの。」
レクスは入学式の日の、とぼとぼと歩いていたカルティアを思い出す。
「そんなの…寂しかっただろ…。」
レクスの口から、無意識に言葉がもれ出ていた。
そんなレクスの言葉に、カルティアは苦笑する。
「やはり、レクスさんはお優しいですのね。…もう慣れた…いえ、慣れたと思い込んでいたのですわ。そうでもしないと、わたくしは壊れてしまいそうでしたもの。でも…そんな時にわたくしはある男性と出会いましたわ。それが、レクスさんもご存知の勇者、リュウジです。」
「あいつか…。」
レクスの脳裏には、アルス村に訪れたリュウジの今でも腹立たしい言葉と見下すような顔が浮かぶ。
それと同時に、レクスには疑問が浮かんだ。
(そういや、あいつって前からカルティアを知ってたよな。知ってたというか、顔見知りっぽく馴れ馴れしい感じで。王家の客人って村の紹介では言ってたっけ。)
「あの方は…わたくしの姉が王家に伝わる魔導具を使い、異世界から呼び寄せた方なのです。」
「…は?異世界?」




