第17−2話
スカートを履いていたのと衣服を大きく盛り上げる胸から女性だろうと思いつつ、レクスはその人物が迷っているのだろうと思い、その人物の元へ歩み寄る。
その女性は身なりが良さげにレクスには見え、白いカーディガンを羽織り、紺のロングスカートを履いていた。
深緑色の頭巾からは綺麗なプラチナブロンドが腰まで伸びている。
総じて市井の女性にしては身なりが綺麗だとレクスは感じていた。
「おいあんた。道に迷ってんのか?」
レクスは頭巾をした女性に近づくと声をかけた。
その女性はレクスの声にびくりとして、レクスの方に振り向く。
「は、はい。実は道に迷っているんですの。よろしければ…レクスさん!?」
頭巾をした女性はレクスを見て眼を丸くしていた。
振り向いた女性のアイスブルーの瞳を見て、レクスも女性の正体に気が付く。
「カルティア?何でこんなところに?」
「そ…それはわたくしの台詞ですわよ!?レクスさんこそどうしてこのような場所に…?」
「そりゃ…傭兵ギルドがそこにあるしよ…。」
レクスは顔を傭兵ギルドの建物の方へ向ける。
カルティアはレクスの顔が向いた方を見やると手を口に当て、驚いていた。
「こちらが傭兵ギルドですのね…わたくし、初めて見ましたわ…。」
「俺も初めて来たときに思ったよ。こんなとこに有るんだってな。…カルティアは傭兵ギルドに用事か?」
レクスが振り返ると、カルティアはふるふると首を振った。
「いいえ。傭兵ギルドへの用事ではありませんの。その…エミリーさんから美味しいお食事をいただけるところがあるとお聞きして…。」
カルティアは少し言い淀んだようにもじもじとしていた。
レクスには何処か顔が赤いようにも見えた。
「もしかして…。」
カルティアはレクスの言葉にどきりとした表情を浮かべる。
「…王宮から抜け出して来たか?」
「い、言わないでくださいませ!だ…誰にも秘密で来てしまったのですわ…。」
そんなカルティアにレクスははぁと溜め息をつく。
レクスが呆れたのかとカルティアは少し眉を下げる。
しかしレクスは全く別のことを思い浮かべていた。
(あっぶね…「トイレか?」とか聞かなくて良かった。)
レクスは以前、同じような事をリナに言った際、リナ本人とカレン、クオンからこっぴどく怒られた経験があったのだ。
その記憶がレクスの言葉を引き止めたのだった。
カルティアは少し涙目のようだった。
「…名前はわかるか?店の。わかりゃ連れてってやるよ。」
「よろしいんですの!?」
カルティアの眼が一転してキラキラと輝く。
その眼をみて、相当楽しみにしていたという事だろうとレクスは思った。
「ああ。わかればな。」
「ありがとうございますわ!ええっと確か…ハニーベアーというお店らしいんですの。」
レクスはまたもやはぁと溜め息をつく。
ハニベアはすぐそこなのだが、カルティアは気が付いていないのだ。
「ど…どうしましたの?レクスさん?」
「…カルティア、ハニベアはすぐそこだ。」
レクスは親指でハニベアを指し示した。
するとカルティアは恥ずかしさから顔をかぁっと赤く染める。
「ご…ごめんなさい!気づきませんでしたわ…。」
「…とりあえず、一緒に入るか。俺も昼がまだなんでな。」
レクスの言葉にカルティアは恥ずかしそうにコクリと頷く。
それを確認したレクスはハニベアの前へ歩き出す。
カルティアはレクスのすぐ後ろを赤い顔でついてきていた。
「いらっしゃいませー!」
ハニベアのドアを開けるとシャミィの明るい声が店内に元気良く響いた。
扉についたベルの音と共に入店すると、昼間のはずなのにお客はそこまで入っていない。
レクスとカルティアは入ってすぐの右手のテーブルに着いた。
テーブルに着いたカルティアは頭巾を外すと、店内を物珍しそうにきょろきょろと眺めている。
「庶民のお店…初めて来ましたわ。」
カルティアが感心したように呟く。
そんなカルティアがレクスには新鮮に映り、無意識に笑みが溢れた。
「いらっしゃーい、レクスさん。おや、今日はデートなんですね?」
注文を聞きに来たシャミィが明るく笑いながらレクスに話しかける。
「違うっての。友達とそこであっただけだって。」
「またまたぁ。お似合いですよ二人とも。」
首を横に振って否定するレクスをシャミィはにこにことからかう。
カルティアは「お似合い」という言葉に照れくささを覚え、俯いてしまった。
「彼女さんも俯いてて、可愛い方ですね。」
「…とりあえずおすすめ2つで。」
「はーい。おすすめ2つですね!わかりました!彼女さんと上手く行くと良いですね!」
シャミィの言葉に、レクスも少し顔が赤くなっていた。
レクスはカルティアを見ると、やはり顔を赤らめ、照れくさそうに俯いていた。
そんな姿を見せられてか、レクスの心臓がドクンと跳ねる。
(…やっぱり可愛いよなぁ。カルティア。…そういや、私服初めて見た…似合ってるな。)
レクスは改めてカルティアの服を見る。
華美ではないが上品に纏まっており、商家の娘のようにも見える。
しかしその風格は誤魔化しが効いていない。
カルティアの清楚さが際立っているように見えた。
「…可愛いな。服、似合ってるぞ。」
レクスは何か話題を言おうとしたが、気恥ずかしさからか断片的になってしまう。
するとカルティアの頭から湯気が噴き出し、さらに真っ赤な顔になった。
「あ…ありがとうございますわ…。い…市井に出るので…華美なものは控えようと…思っておりましたの。」
カルティアもなんとか言葉を絞り出し、レクスに伝える。
そんな2人は傍から見れば付き合いたてのカップルに見えたことだろう。
会話が途切れ、赤くなって見つめ合う時間が続いた。
そこに、カチャカチャと食器の音をたて、注文した料理をシャミィが運ぶ。
「お待たせしましたー。本日のおすすめ、野菜と腸詰のコンソメ煮込みになりまーす!どうぞー!」
シャミィの声が沈黙を破り、レクスとカルティアの前に料理を置く。
ニンジンやキャベツ、カブが腸詰と一緒にコンソメで煮込まれた一品だ。
料理が目の前に置かれると、カルティアは眼を輝かせて目の前の料理を見つめた。
「こ…これが庶民のお料理…美味しそうですわ…。」
喜ぶカルティアを見て、レクスはクスリと笑う。
この前までの冷たいような印象とは打って変わって、今ではこんなに感情を表に出しているカルティアはどちらもレクスに取って魅力的だと感じていた。
「食べるか。料理が冷めちまうしな。」
「ええ。そういたしましょう。」
手を合わせ、感謝の言葉を二人は述べると、レクスはスプーンで野菜を掬って食べる。
口の中によく味が染みた野菜の旨味が広がり、雑味の無い、程よい塩気が食欲をかき立てる。
(やっぱり美味いな…これで学園食堂より価格安いんだからどうなってんだろ…?)
レクスがちらりとカルティアの方を見ると、カルティアも眼を閉じ、頬に手を当て「んー!」と唸っていた。
カルティアもどうやらお気に召したようだった。
「美味しいですわ。初めて口にしましたけれど、味のバランスがとても良いですわね。」
「傭兵ギルドのみんなの御用達だからな。」
「そうでしたのね。これほど美味しいのですもの。納得ですわ。」
「だろ?俺も気に入ってるんだよ。」
そんな会話をしつつ二人は料理を食べ進める。
カルティアは付け合わせのパンも「んー!」と美味しそうに食べており、レクスはカルティアを微笑ましく見ていた。
あっという間に二人とも料理を完食してしまった。
「美味しかったですわね。また来れるといいのですけれど…。」
「というか良いのか?今日は勝手に抜け出して来たんだろ?」
「一応執事には女子寮に帰るとは言っておきましたわ。寄り道をしてとはいいませんでしたけれど。…それに王宮の仕事はしていても姉様方が主ですの。第三王女はそこまで忙しくはありませんわ。」
「そんなもんか。…そういやこの後カルティアはどうするんだ?」
「わたくしはこの後、女子寮へ戻ろうと思っていますわ。勝手に出てきてしまいましたし…。本当はもっと見て回りたいのですけれど…。」
カルティアは少し残念そうな表情を浮かべ、愛想笑いをしていた。
そんなカルティアを見て、レクスは仕方がなさそうにふぅと息をはく。
「…カルティア一人で帰るのも危ないだろ。道に迷ってる程だしよ。」
するとカルティアはレクスにムスッとした顔を向けた。
「ここに来るのに迷っただけですわよ?学園へは帰れますわ。」
カルティアはそう言うが、レクスは店に入る前のおろおろしたカルティアを思い出し、クスリと笑っていた。
カルティアは明らかに強がっているのがレクスにはわかっていたのだ。
「…どうして笑っていますの?本当ですわよ。」
「悪ぃ悪ぃ。…カルティアはこの後時間があるか?」
「…?ええ、この後は帰るだけですもの。特に王宮の仕事などはありませんわよ。」
カルティアは不思議そうな顔でレクスを見ている。
「せっかく出てきたのにもったいねぇだろ。俺で良けりゃ、一緒に街を回るか?」
「よろしいんですの!?」
カルティアはキラキラと嬉しそうな瞳をレクスに向ける。
「ああ。俺も午後から暇だったしな。カルティアも一人じゃ危ねぇだろ。」
「ありがとうございますわ。…お友達とお出かけするのが夢でしたの。」
「そんくらいならお安い御用だっての。」
嬉しそうに微笑むカルティアにつられ、レクスも微笑む。
すると店の扉が開き、カランカランとベルの音が店内に響いた。
「いらっしゃいませー!」
シャミィの声と共に入ってきたのはマリエナだった。
マリエナは周りを見渡すと、レクスとカルティアを見つける。
二人を見つけたマリエナはレクスに微笑みかけた。
「あ、レクスくん。こんにちは。あれ?今日はデートなのかな?」
「こんにちは、会長。友達と飯食ってるだけだっての。」
「またまたー。こんな可愛い彼女さんがいるんだから。レクスくんも隅に置けないね。…あ、あれ?」
マリエナはカルティアの顔を覗き込んだ瞬間ににこやかな表情のまま固まった。
カルティアは”彼女さん”という言葉に顔を真っ赤にしている。
「…もしかして、カルティア様…?」
「こ…こんにちはですわ。マリエナさん…。」
マリエナはくるりとレクスに振り返る。
その顔は少し目線が泳ぎ、おろおろとした様子だ。
「な…なんでぇ?なんでここにカルティア様がいるのぉ!?」
マリエナはレクスに小声で話しかける。
「なんでって…そりゃカルティアがここで食べたいって言ってたからよ…。」
「カルティア!?お…王女様に呼び捨て!?…レ…レクスくん、意外と進んでるんだ…!」
マリエナは目を見開き、口を手で押さえ驚いていた。
こころなしか頬も少し赤い。
「会長、なんか勘違いしてねぇか?俺とカルティアは昼食を取りに来ただけなんだが…。」
「う…ううん。大丈夫だよレクスくん。誰にも言わないから…。…この後は誰もいないとこでキ…キス…とか…?み…みんな進みすぎだよぉ…。」
「会長?おーい…聞いちゃいねぇ…。」
マリエナは顔を赤くさせながらブツブツと独り言を呟き、奥の席へ早足で向かっていく。
席に着くとシャミィがマリエナの元へ行き、注文を取っているが、マリエナはちらちらとレクスたちの方を見て様子を伺っていた。
「彼女…わたくしが…レクスさんの…。」
「カルティア?」
「いっ…いえ!何でもありませんわ!」
ブツブツと俯いて呟いているカルティアにレクスが声をかけると、真っ赤な顔でレクスに向け顔を上げた。
「変なカルティアだな。とりあえず移動すっか。カルティアが行きてぇとこがありゃ着いてくしよ。」
レクスはカルティアに微笑みつつ席を立つ。
カルティアもレクスに続き席を立つと、頭巾を被り直し、レクスの少し後ろに立った。
「お会計は1600Gになりまーす!ありがとーございましたあ!…彼女さんに良いとこ見せてあげて下さいね?」
「だから違うっての。ごちそうさま。」
「はーい。またお待ちしてますねー!」
レクスはそのまま会計を済ませると、カルティアと共にハニベアを出る。
「レクスさんにまたお会計を出してもらいましたわね。」
「良いんだよこのくらい。学園食堂よりも安いしな。」
その言葉にカルティアははっとした表情を浮かべる。
「そういえば…。確かに学園食堂より安いですわね。」
「だろ?俺もここでよく食べるから学園食堂が高く感じちまってよ…。」
「なるほど、そういうことでしたのね。美味しかったですもの。納得ですわ。」
カルティアはレクスに顔を向け、クスリと微笑む。
「それでカルティアはどっか行きてぇとこがあるのか?」
「わたくし、一度王都の中央広場にある露店に行ってみたいですわ!」
レクスはキラキラと輝く眼をしたカルティアに満足げに笑うとひょいとカルティアの手を取った。
その瞬間、カルティアの顔が赤くなる。
「レッ…レクスさん!?」
「逸れるといけねぇだろ?」
少しドキリと心臓が跳ねたカルティアに気付く事なく、レクスはカルティアの手を握って走り出す。
レクスに引かれるように走るカルティアは新鮮な気持ちがしていた。
触れられているのに心が読めない。
でも、目論見もなく真っ直ぐな人物。
カルティアが今まで心が読めない人物は何人かいたが、こんなにわかりやすそうで読めない人物はレクスただ一人だった。
(本当…不思議なひとですわね。)
心臓はドクドクと跳ねているが、それが何処か心地よいとカルティアは感じていた。
真っ直ぐな少年と共に、カルティアは王都の中央広場へと向かうのだった。
ご拝読いただき、ありがとうございます。




