第17−1話
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レクスたちがカルティアと友達になり、1週間程が経ったある日の午後。
その日は学園は休日だったのだが、レクスの姿は傭兵ギルドにあった。
その姿は白いシャツに黒い革のズボン、通路で拾ったときから使っているボロボロのフード付きローブを着用し、少し気怠げな表情を浮かべていた。
レクスの手には傭兵ギルドのクエストボードに貼ってあった紙と、割れた小鬼の魔獣核を10個程握っている。
「…とりあえず、楽に済んで良かったな。巣も大規模じゃなかったってのは間違いじゃなかったか。」
レクスは手に持っていた魔獣核をもて遊びながら呟く。
実はこの日の午前中、レクスは傭兵ギルドにあった、小鬼討伐の依頼を受け持っていたのだ。
その依頼は未だ小さい小鬼の巣を討伐してほしいというもので、レクスはその依頼を終え、帰ってきたところであった。
傭兵ギルドに入ったレクスは受付カウンターへ向かう。
受付カウンターに座っていたのは桜色の髪を背中までのストレートヘアにした傭兵ギルドの受付嬢、チェリンだ。
チェリンは黒ベースにピンク色のラインが入った洋装のような服を着用しており、その胸は大きい。
勝ち気な美人でクロウの妻で、さらにヴィオナの孫娘である。
そんなチェリンは傭兵ギルドの事務をほぼ全て受け持つブレーンでもあった。
「あらレクス。おかえり。どうだった?」
「巣の討滅は確認してきた。これが証明。」
レクスは受付カウンターの上に、10個の魔核の入った袋を置く。
チェリンは袋を開けて魔核を確認した。
「依頼の通り、小規模な巣だった。ありゃ出来たてだし、周囲への被害もねぇと思う。」
「確認したわよ。お疲れ様。依頼主には傭兵ギルドから報告しておくわ。」
「ありがとな。チェリンさん。…とりあえず被害がなさそうで何よりだった。」
ほっと息をつくレクスを見て、チェリンは頷く。
「本当、アナタうちの旦那に仕草がそっくりよね。」
「クロウ師匠に?」
チェリンの言葉にレクスは不思議そうな表情を浮かべる。
チェリンはレクスににこやかに微笑みながら頷いた。
「そうよ。クロウは人命や村の被害を一番気にしてるの。何事も無く終わった時はアナタとそっくりな顔してるわ。…ま、そんなクロウにアタシは惚れちゃったんだけどね。」
「そうなのか…。クロウ師匠はどんな気持ちで任務に行ってんだろ…?」
「多分、アナタと同じよ。クロウはすっごく正義感が強いし、困ってる人を見捨てられない性分なのよ。ま、アタシが言っても頑なに認めようとしないんだけどね。…じゃ、これが依頼料になるわ。サインをお願い。」
「わかった。じゃ、これで頼む。」
チェリンが手渡した書類に、レクスは羽根ペンで名前を書き込む。
レクスが書き込んだ書類と交換するように、チェリンは依頼料の入った袋を差し出す。
レクスが依頼料を受け取り中を確認すると、その中には金貨3枚、3万Gが入っていた。
「確認出来た。ありがとなチェリンさん。」
「どういたしまして。今後もケガの無いようにお願いね。」
「ああ。わかってるっての。」
レクスがチェリンに挨拶をして席から立ち上がると同時に傭兵ギルドのドアが開き、誰かが入ってくる。
(誰だろ?クロウ師匠か?)
レクスがそう思い振り向くと、クロウではなく金髪をベリーショートにした、灰色の眼の男性だった。
その服装は装飾された鎧を身に纏っている。
位の高い騎士のようだと感じた。
騎士の男性はチェリンを見つけると声をかける。
「久しぶりだねチェリン嬢。我がライバルのクロウはいるかい?」
「あらエヴィーク、久しぶりね。クロウは今依頼で出てるわよ。もう少しで帰って来るとは思うわ。」
「なるほど。では少し待たせてもらおうかな。」
「緊急の用事かしら?」
「いいや、ちょっと我がライバルの顔が見たくなっただけだ。椅子を借りるよ。」
エヴィークは受付カウンターの近くにあった椅子を引き寄せると、脚を組んで座った。
その様子をレクスは不思議な眼で見る。
(何だこの騎士の人…?クロウ師匠のライバル…?聞いたことねぇけどな。)
そんなレクスに気づいてか、エヴィークはレクスに気付くとレクスをじっと見る。
するとエヴィークはにやりと笑った。
「チェリン嬢。この少年は見たことないけど誰だい?」
「レクスよ。うちの新入りなの。…アナタまさか。」
書類整理をしていたチェリンが振り返り、ぎょっとした表情を浮かべるやいなや、エヴィークはスッと立ち上がり、レクスに向かってつかつかと歩く。
急に向かってきたエヴィークに、レクスはよくわからず戸惑っていた。
「レクス君と言ったね。僕はエヴィーク。エヴィーク・ガンザさ。王国の近衛兵長をやらせてもらっているよ。よろしく。」
エヴィークは自己紹介をして、レクスに手をスッと差し出した。
「…レクス。アルス村のレクスだ。」
レクスは戸惑いつつもエヴィークの手を握る。
するとエヴィークは少し眼を丸くしてレクスの顔を覗き込んだ。
「アルス村…彼女と一緒か。ますます興味が湧いてきたよ。」
訝しむ表情のレクスが手を離すと同時に、傭兵ギルドの入口が開く。入ってきたのはクロウだ。
どうやら依頼から帰ってきたらしい。
そんなクロウを見るやすぐにエヴィークがクロウに歩いていく。
「やぁ!クロウ!元気かい!?」
クロウが声をかけるエヴィークを身た瞬間、クロウは苦笑していた。
「エヴィークか。騎士団の仕事は…そうか、今日は休みか。」
「そうさ。せっかくだから我がライバルの顔を見ようと思ってね。ところでクロウ、傭兵ギルドにそこのレクス君という新人が入ったそうじゃないか?」
「ああそうだけど…お前まさか?」
クロウはカウンターの奥のチェリンを見やる。
チェリンもやれやれといった表情で頷いた。
「ああ。修練場とそこのレクス君を借りたいんだけど良いかな?」
「…マーシアに止められてたろ…。まあ、俺が立ち会えば良いか。レクスには?」
クロウの言葉にエヴィークはぱぁっと明るくなる。
「もちろんこれから確認を取るさ。…レクス君!」
エヴィークはレクスへ身体を向ける。
すこし戸惑っているレクスに対し、エヴィークは笑顔だ。
「僕とすこし、模擬戦をしてみないかい?」
「…まぁ…予定もねぇし別に良いけどよ…?」
「決まりだね!それじゃ地下の闘技場を借りるよ!さあレクス君。一緒にいこうか!」
エヴィークは勝手を知っているかのように螺旋階段を降り始める。
その顔は嬉しそうだった。
レクスはクロウと顔を見合わせると、クロウははぁと溜め息をついた。
「クロウ師匠。ありゃ何だ?」
「ああ。腐れ縁のバトルジャンキーだ。…気をつけろよ。アイツは強いぞ。」
珍しくクロウが使った強いという言葉に訝しみつつ、レクスは螺旋階段を降りる。
クロウもそれに続いた。
「いやぁ、新人のレクス君と戦えるなんてね。とても嬉しいよ。」
そう言って笑うエヴィークは右手に50cmの木剣を持っている。
対してレクスは70cmの木剣を右手に持ち、胸のプレートメイルすら着けていない。
2人が修練場に対面して立つと、クロウが2人の中心に立った。
「危ないと思ったら俺が止めるぞ。…それでは、始め!」
クロウの声と同時にレクスはエヴィークを見やる。
エヴィークは片手で剣を握り、気を抜いたようにレクスを見ていた。
(…脱力してるようで隙がねぇぞ。クロウ師匠の言う通りじゃねえか。この人、強えぞ。)
レクスはわざと剣を下段に下げ、エヴィークを睨みつけながら動きを見計らっていた。
「…へぇ、来ないんだ。じゃあ…僕からいこうかな!」
エヴィークがレクスに向けて駆け出す。
レクスはエヴィークの動きを注意深く観察していた。
「そら!」
エヴィークが剣を振るうタイミングに合わせ、レクスも剣を振るう。
剣同士がぶつかり合い、”カン”という乾いた音が修練場に響いた。
剣を受け止めたレクスはエヴィークを睨みつける。
(やっぱ重いな…エヴィークさんの剣はよ。)
エヴィークの剣は重く、レクスの手にはじぃんと痺れが走っていた。
するとレクスはエヴィークの胴に向け、蹴りを入れる。
レクスの意外な動きにエヴィークは対応が遅れた。蹴りをもろに食らって僅かのけぞる。。
レクスはその蹴りの反動でくるっと後ろに宙返りをする。
得意技だ。
ざっと音を立てて着地したレクスはエヴィークの元へ駆けた。
のけ反ったエヴィークに向けて横薙ぎを振るう。
しかしエヴィークもすぐに体勢を立て直すと、レクスの剣を受け止めた。
「…やるじゃないか。すこし見くびっていたよ。」
「そりゃどうも。俺は常にいっぱいだってのに。」
決まると思った手を見切られ、レクスは少し焦る。
レクスはすぐさまバックステップで後ろへと下がった。
「レクス君。良いね!今からでも騎士団に入らないかい!?」
そう言いつつもエヴィークはレクスに向かって踏み込み剣を振るう。
レクスはエヴィークの剣を紙一重で見切り、避ける。
合わせてレクスも剣を振るうが、これまたエヴィークは返しの剣で受け止めていた。
「…騎士団なんて堅っ苦しそうじゃねえか。」
レクスとエヴィークはギリギリと鍔迫り合いの状態になる。
するとエヴィークがレクスの剣を押し返した。
「なるほど。それもそうだね。…でも、惜しいな。」
エヴィークの眼がレクスを見据え、鋭く剣を振り抜く。
レクスはその剣を避けられないと悟った。
すると咄嗟にレクスは自身の剣をエヴィークの剣に当てて逸らす。
これはあの迷宮で彷徨い続けたレクスが鎧騎士と戦った時に剣閃を見極める事ができるようになっていたからこそ、できたことであった。
その光景に、エヴィークは眼を見開き歓喜に震えているようにも見えた。
エヴィークの剣の切っ先が頬の紙一重先を行き、レクスはエヴィークを見据える。
レクスは瞬時に右腕を引き、剣先をエヴィークに定めた。
「せぇええい!」
掛け声とともにレクスはエヴィークに必殺の突きをエヴィークに向けて放つ。
しかしエヴィークはそれを待っていたように口元を吊り上げて笑むと、僅かに首を逸らす。
するとレクスの木剣はエヴィークの首筋を掠るのみに留まった。
その瞬間に、レクスは眼を見開く。
(外した!?しかも、笑ってやがる!?)
レクスが驚いた一瞬でエヴィークは充分だった。
その一瞬でエヴィークは逸らされた木剣を返し、今度こそレクスに一撃を当てようと迫る。
「取ったァ!」
エヴィークの剣が振り抜かれる刹那。
レクスは、前に出た。
そうしてレクスは頭を思い切り前に振り下ろす。
”ゴッ”という鈍い音が鳴り、レクスの頭はエヴィークの額に当たる。同時にエヴィークの剣がレクスの身体に当たっていた。
「そこまで!…これは…。」
(いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
レクスは身体の痛みに悶絶し、エヴィークもレクスの頭突きによって鼻血を垂らしていた。
「エヴィークの勝ちだな。だが…。」
クロウはエヴィークの剣が僅かに速かった事、そもそも剣を当てている事でエヴィークの勝ちとした。
クロウがエヴィークを見ると、鼻血を出しながらもその表情はキラキラと満足そうだった。
「医務室からイリア呼んでくるから待ってろ!」
クロウが身体を翻し階段を階段を駆け上がる。
(いってぇな…くそ。俺の負け…かよ。クロウ師匠に申し訳ねぇなぁ…。)
レクスは痛みに悶えていたが、その心の中では悔しさで満ちていた。
そんなレクスを、エヴィークは鼻血を出しながらも満足げに見つめていた。
「御二人とも、ケガを治す此方の身にもおなりなさいな。全く…。」
呆れたような眼で修練場の地面に座っているレクスとエヴィークに聖魔術をかけているのは傭兵ギルドの医務室で働いているイリアだ。
イリアは背が高く、臀部まで伸びたストレートロングの銀髪が綺麗な美女だ。
少し垂れ目気味な眼は輝くような銀色で、とても大きな胸が白いシスター服を押し上げている。
神聖な雰囲気を醸し出している、クロウの妻だ。
そんなイリアはレクスとエヴィークに聖魔術の回復魔法をかけ終わると、はぁと大きな溜め息をついた。
「悪ぃな。イリアさん。」
レクスはバツの悪いような顔で、イリアを見る。
「レクス殿はお気をつけるだけで結構です。問題はこの自称クロウ様のライバル殿です。何度もクロウ様に挑んでは負けて…お次はレクス殿ですか?」
イリアはキッとエヴィークに鋭い眼を向ける。
エヴィークはアハハと呑気に笑っていた。
「来て貰って悪いなイリア。」
「クロウ様もちゃんと止めてくださいな。こちらの自称ライバル殿は言っても止まらないのですよ?」
申し訳なさそうなクロウに横目を向け、イリアはエヴィークを指す。
するとヘラヘラ笑っていたエヴィークがレクスの方に身体を向けた。
口元は上がり、笑っていたが、その目つきは真剣そのものだ。
「いやぁ、参ったね。まさか頭突きとは。その反応は凄いね。君はどんどん伸びるよ。」
「それでも負けは負けだ。あんた強えよ。…クロウ師匠程じゃねえけど。」
レクスはエヴィークを見てはぁと溜め息をつく。
実はレクスはあのギルドでの試験以来、修練でもクロウに攻撃を当てたことが無いのだ。
レクスの最後の一言。
それにエヴィークは雷を受けたような顔をしていた。
「レクス君…君は…クロウの弟子かい!?アハハハ…それなら納得だよ!」
「お…おう。クロウ師匠にはまだまだ追いつけねぇけどな。」
「君は強くなるよ。王国騎士団最強の僕が言うんだ。誇りに思って頑張ってくれ。…あの勇者君とガールフレンドよりもずっと高みを目指せる。」
「あいつらを知ってんのか?」
「勇者とガールフレンド」をリュウジと、おそらくリナだろうと思ったレクスは、少し驚きつつエヴィークを見る。
エヴィークはコクリと頷いた。
「リュウジ君とリナちゃんだったかな?あの少年君たちも伸びるだろうね。でも、あのままじゃ無理だよ。勇者君の剣は面白くなかったし、ガールフレンドちゃんも明らかに剣に振られてる。」
エヴィークの見立てが自身の見立てと同じだった事に眼を丸くする。
「その点、君は面白いよ。剣筋もしっかりしてたけど、君…武器は他に有るよね?左手が何かを掴むような仕草をしてたよ。反応も見事だった。精進するといい。」
そう言って眼を閉じ、エヴィークは立ち上がった。
立ち上がったエヴィークはクロウの方に身体を向ける。
「さてと…次はクロウ、き「嫌だぞ。」「また此方に手間をかけさせないで下さいな。」はい…。」
エヴィークは即座に否定されてしゅんとした表情で落ち込む。
レクスも立ち上がり、肩をコキコキと鳴らした。
(俺はまだ伸びるってか。…頑張らなきゃな。あいつらに追いつく為にも、護る為にもよ。)
レクスはエヴィークの言葉が嬉しかったのだ。
負けた悔しさはまだ残っていたが、その口元は嬉しそうに笑っていた。
その後、クロウはエヴィークとイリアを連れて昼食をするとのことで、レクスは一人で傭兵ギルドを出る。
するとハニベアの少し先でおろおろとしている頭巾を被った人物がいることに気が付いた。
お読みいただき、ありがとうございます。




