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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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貰ってばかり

 レクスが病室で目を覚ます、数刻ほど前。


 まだ明るい陽が射し込む白い部屋の中で、ゆらゆらとカーテンが揺れていた。


 少女は一人、純白のシーツに身体を埋めベッドに仰向けで寝そべっていた。


 煤などでくすんだ、少し濡羽色のツーサイドアップに纏めた髪を背中に垂らし、少女は上半身をゆっくりと起こす。


 茶色い木枠の窓が換気のためか僅かに開いており、熱を冷ますような風を室内に運び込んでいた。


 差し込む風を包み込んで、ふわりと白いカーテンが舞い、遮っていた陽光を映し出す。


 少女は窓の外に拡がる暑いほどの陽光と煉瓦の街並みを眺めながら、ふぅ、と溜息を零した。


 持ち上げた左手で、ぺたぺたと右眼に触れる。


 僅かに盛り上がった大きな傷痕が、手に触れた。


 痛みなどは既に無いが、瞼も開かなければ、もうその瞼の奥が光を映すことも無い。


 口の端を下げ、右腕のあった箇所に目を移す。


 元々その部分には何も無かったように、服の袖が力なく萎み、だらりと垂れていた。


(……大怪我、しちゃったのです……。)


 左手を、右の肩へと添わす。


 きゅ、と。


 左手を握ったところで、その掌は空を切るだけ。


 垂れた服の肩に皺が寄った。


 少女は欠損の事実を粛々とその身に受け止めていた。


 レクスが倒れた直後、一緒に病院へと運び込まれたクオンだが、検査も兼ねて入院を余儀なくされていた。


 しかし入院して検査を行なったところで、その結果が覆る訳も無いということは、クオンも既に承知していた。


 医者であり、父であるレッドからも聞かされていたことであったからだ。


 《《欠損は、治ることは無い》》。


 治癒する事などない一生の傷痕は、名誉の負傷と言ってしまえばそれまででしかない。


 だが、クオンにとってその傷痕は死ぬまで付き纏う烙印になってしまった事は、疑いようも無かった。


 義手などを付ければいいのかもしれないが、グランドキングダムで義手や義足を作ることの出来る職人など、クオンは知りようもないのだ。


 義手や義足を付けたとて、金額もいくら掛かるのかわかったものではない。


 だがそれ以上に、クオンの心を深く抉る事実が、頭の中を渦巻いていた。


(「弓聖」なのに……弓、引けなくなってしまったのです……。)


 己の身体に宿ったスキルを思い、クオンは俯く。


 弓の引けない「弓聖」など、笑い者もいいところだ。


 これではスキルが無いのと、ほぼ変わりがない。


 ダンジョンで使った魔導拳銃は特殊な武器であり、おいそれと使えるものでもない。


 伝説級のスキルと持て囃されようと、使えなければ意味すらないのだ。


(わたしは、これからどうすればいいのですか……。)


 クオンは、きゅっと唇を締める。


 眦はどんよりと昏く下がり、心なしかツーサイドアップに纏めた髪も下がってしまっていた。


 このままでは、何の為に王都までやってきたのか、わからなくなってしまいそうな気さえしていた。


 勇者と共に魔王を討伐する為、このスキルを振るおうと決めた筈なのに。


 そのスキルは、呆気なく使えなくなってしまった。


(……リュウジ様にも、迷惑かけちゃうのです。こんなんじゃ、リュウジ様に褒めて貰えないのです。)


 村を出たことも、勇者の力になるためにクオン自身が決めたことなのだ。


 リュウジの姿に不思議と目を奪われ、伝説のスキルを宿した事に浮きたっていたということもあった。


 だが、この有様ではリュウジの役に立つことも出来なければ、リュウジと結ばれることも夢のまた夢だろう、と。


 クオンはそう、思ってしまっていた。


 そして、もう一つ。


 左手を離して顔の前まで持っていくと、ぐっと拳を作ったかと思えば、ぱっと離す。


 掌にじんわり残った温もりは、クオンの想像とは少し違っていた。


(……やっぱり違う、のです。兄さんとは。)


 クオンの中に芽生えた感情も、問題だった。


 兄の温もりを確認するかのように、手をわきわきとさせるが、その温もりは既にない。


 自身の体温とも、違う。


 手を繋いだリナやカレンとも、全く異なっていた。


「ご奉仕」する時のリュウジの体温など、比べるまでもない。


 兄の体温がクオンに最も心地よく、温かかったからだ。


(……兄さんは、大丈夫なのです? 無事……だといいのですけど……。無事なら……また、触ってくれるのです……?)


 芽生えたのは、兄の温もりを求める感情だった。


 あの時。


「スキルがない。」


 そう宣告され落ち込んだ兄の背中を見た瞬間から。


 クオンは、今まで兄に抱いていた感情は、全て幻想だと確信したのだ。


 兄の鑑定が終わった途端に湧き上がったのは、激しい憎悪と嫌悪感。


 あの瞬間から、兄の姿を目にすると虫唾が走るように腹立たしくなった。


 自身の兄に対する失望が一気に噴き上がり、洗いざらい不満や憎悪を叩きつけるようにぶち撒けた。


 一時は「死んで欲しい」とまで思う程だった兄。


 王都までいけば兄の顔を見なくて済む、とせいせいした程の清々しさがあったのは間違いない。


 王都まで追ってきた兄の姿に、著しい嫌悪感を覚えたのは間違いなかった。


 だが、それでも。


 兄から何故か目を離せなくなっていたのは事実だろう。


 兄の周りに女子や友人の姿が見える度に、何故かごわついたような胸のつかえを感じていた。


 それは、憧れのリュウジと一緒にいた時でさえも同じだった。


 何か自分を構成するものが一つ、たりないような空っぽな胸の中の空虚さを、クオンはいつも抱えていた。


 リナやカレンと出掛けている時も。


 依頼を熟している時も。


 己が目に映る風景を描いている時も。


 それはリュウジへの「ご奉仕」の時でさえも。


 絶えず心の奥底にこびり付いて、剥がす事など出来なくなっていた。


 そんな悶々とした日常を過ごしていたクオンだが、決定的な出来事があったのは、六の月のこと。


 兄は学園が謎の魔獣に襲われ危機的状況になった際、真っ先に助けに来てくれた。


 そんな兄の姿が何処か悔しくて、リナとカレンと共に無茶な依頼を受け続けた。


 力が付いた、と。


 そうは全く思えなかった。


 ただ、何処までいっても兄と差がつくばかりなように思えてしまっていた。


 訳もわからず、兄が何処かへ行ってしまうことに僅かながら恐怖すら感じていた。


 そんな中でダンジョンに赴き、クオンは死の境を救われた。


 右眼と右腕を失ったクオンに、寄り添ってくれた。


 背負われ、その背中で粗相までしてしまった。


 だが兄は怒ったりもしなければ、嫌な顔一つ見せず、優しく声をかけてくれた。


 久しく忘れていた、甘味をくれた。


 ダンジョンの最後に出てきた魔獣に、立ち向かう勇気をくれた。


 直接慰めることはなくとも、クオンには変わらず笑顔を向けてくれた。


 クオンを必死に助け、守ろうとした姿。


 その勇姿を最も見ているのは、クオンなのだ。


 クオンはダンジョンの中で、兄に。


 いろいろなものを、《《もらっていた》》。


 時に背負われた温もりを何故か忘れられず、自身の小さな掌が、レクスの温かさを覚えていた。


 それら一つ一つは小さくとも、積み重なるほどに兄の存在がクオンの中で大きく膨らんでいったのだ。


 だからだろうか。


 元々、助けてくれた人を無遠慮に貶す事など、クオンは出来はしない。


 だが、それであっても。憎たらしい程毛嫌いしていた兄の姿を、クオンは嫌えなくなっていた。


 ダンジョンの中で目にした兄の行動を思い出しながら、クオンは目を伏せて深く溜息を零す。


 軽く、シーツを握り締めた。


 皺一つないシーツがくしゃりと波打った。


 兄が他の少女たちと話している時、何処か胸が痛かった。


『俺の、大切なひとたちだ。』


 兄が少女たちを笑顔で語った時、心臓が止まる程の衝撃を受けた。


 何故身体や心がそんな反応を示すのか、クオンはわからなかった。


 しかし、その反面で。


 兄の身体に触れた時に感じた体温を思い出すと、何故か心臓がどくんと跳ねる。


 何処からともなく身体が火照るような熱さえ感じる程だった。


 また再び、兄の体温に触れたい、と。


 そんな欲求が、身体の内から漏れ出ているようでさえあった。


(わたし……どうしちゃったのです? この感情は……何なのです? リュウジ様に出会う前、にいさんに抱いていたのは幻想だったはず、なのです。わたしは、リュウジ様の隣にいたい……そのはず、なのです……。)


 ぽぉっと赤く火照った頬を冷ますように、ぶんぶんと首を振る。


 想い人が居るのに身体が別の男性を求めるなど、あってはならない。


 淫売や娼婦のように、見境なく男に身体を許す女ではない、と。


 少なくとも、クオンはそう思っていた。


 窓から吹き抜ける風が、肌の熱を奪うようで。


 その涼しさが、クオンには心地よかった。


(……リュウジ様が、わたしの運命のひと、なのです。伝説のスキルを持つリュウジ様に出会って、運命を感じたのです……から……。)


 クオンはリュウジの笑顔を頭の中で思い浮かべた。


 最初にリュウジを村の中で見た時、クオンは背筋に薄ら寒いような恐怖を何処となく覚えていた。


 しかし、リュウジの向けてくれる優しい笑顔と性格に絆され、クオンは運命を感じたのだ。


 厭らしい笑みと助平で舐め回すような視線を向けてくる兄から目を覚ましてくれた、リュウジの笑顔。


 リュウジの笑顔にクオンはときめいた。


 その、はずだった。


(……あれ? リュウジ様は……わたしに笑ってくれたことがあった……のです?)


 リュウジの笑った顔は当然思い出すことが出来た。


 だが。


 レクスが浮かべるような、心から滲み出たようなリュウジの笑顔を、クオンは思い出せなかった。


(……え? な、なんでなのです? なんで、なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…………?)


 左手で頭を抱え、目を大きく開きながら。


 クオンはリュウジの顔を思い出していく。


 確かに笑った顔は覚えている。


 だが、それはクオン個人に向けられたものではない。


 任務に行った後やリュウジと食事を取っている際、はたまた「ご奉仕」の時でさえ。


 リュウジがクオンに心から笑いかけてくれた記憶が、何処にもなかった。


 心の隅々を探しても、リュウジがクオンへと向けた微笑みは、全て、貼り付けたように同じような顔ばかりだった。


(……わ、わたしにとっては当たり前だから、忘れてるだけなのです……。多分、きっとそう、なのです……。)


 クオンは自身に都合のよい言い訳をするように、ただ一人首肯した。


 リュウジがクオンの事を思ってくれていないことは無い、と。


 希うように、クオンは二、三回深呼吸を繰り返す。


 洞窟の中と違う空気は、クオンの心を穏やかに撫でた。


(……でも、どのみちにいさんには謝らないといけないのです。にいさんは……無能なんかじゃなかったのです。)


 再びの溜息をベッドの上で零しながら、クオンは兄の顔を想う。


 クオンの目の前で倒れた兄の姿に、心配でならなかった。


(無事……だといいのです。……お姉ちゃんたちにも、心配をかけてしまったのです。リナお姉ちゃんにも、カレンお姉ちゃんにも。ちゃんと謝らないといけないのです。……心配をかけて、ごめんなさいって。)


 そんなことを思いながら、クオンは柔らかな白いシーツを身に纏う。


 クオンも、ダンジョン帰りで疲れているのだ。


 身体を休めるのが先決だと、ベッドに身を横たえようとした時だった。


 どたどたどた、と。


 部屋の外の廊下から、誰かが走る音が響いていた。


 なんだろう、とクオンはドアに視線を向けた途端。


 がらりと勢いよく、病室の木の引き戸が開いた。


「クオン! 大丈夫なの!?」


「クオンさん! ご無事ですか!?」


 扉から勢いよく飛びこんで来たのは、姉代わりのように慕うリナとカレンの二人。


 二人は一目散にクオンの寝そべるベッドに駆け寄った。


 いきなり入ってきた二人に、クオンは驚きで目をみはった。


「……はぁ……めんど。……帰ってきた位で大げさじゃないか。……せっかく久しぶりの二人のご奉仕が受けられると思ったのにさぁ……。」


 その後ろからは、何処か面倒くさそうに不機嫌な表情を浮かべたリュウジが、溜息を零しながら病室に足を踏み入れた。


 そして。


「クオンちゃん。大丈夫だった? すっごく心配したんだよ? よく、帰って来れたね。」


 その声を聞いた瞬間。


 ダンジョンで味わった恐怖がぶり返すような薄ら寒さを、クオンはその背筋に覚えた。


 おそるおそる顔を向ける。


「……ノア、さん。」


 にんまり、と。


 口の端を大きく上げて、邪悪に笑むノアの姿を。


 見開かれた翡翠の瞳は捉えていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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