第16−2話
カルティアの言葉は、震えていた。
ようやく搾り出したようなその声は、まるでどこか赦しを乞うかのようであった。
「…「読心」は、相手に触れたり、相手が触れたものに触ることで相手の心のうちを読み取るというスキルですの。ですから…アランさんやカリーナさん、エミリーさんの心を読んでしまうことになってしまいますの。」
するとアランが少し訝しむような目で、カルティアを見る。
「カルティア様を疑う訳じゃ無いけど、そのスキルはどこまで読めるんだい?読めると言っても僕はその範囲が全くわからないからね。」
カルティアに敬語を使うことをやめたアランの言葉に隣のカリーナもうんうんと頷く。
「わたくしのこの「スキル」は無条件で発動してしまいますの。少し…証拠をお見せしますわ。アランさん、ちょっとだけ、お耳をかしていただける?」
カルティアはスッと立ち上がると、テーブルの反対側にいたアランとカリーナの近くまで歩く。
アランの傍に寄ると、耳打ちするように囁きかけた。
「カリーナさんとエミリーさんの事を、とても大事に思っていらっしゃいますわね。とても熱い一途な想い…憧れてしまいますわね。あと、偶にカリーナさんを想像して告白の練習もされているのは、直接本人にお伝えしたほうが良いと思いますわよ?」
アランはカルティアの言葉に口をパクパクさせると、顔を白黒させたかと思えば急に真っ赤になってしまった。
アワアワと口元を震わせ、瞳も同じく震えていた。
「か…カルティア様…この事はどうか…ご内密に…。」
アランの言葉にカルティアはコクリと頷く。
そんなアランの様子に、他の皆はきょとんとした顔を浮かべていた。
その間にカルティアは元いた場所にささっと戻る。
アランは自身を落ち着かせるように一、二回深呼吸をすると顔を上げた。
「…カルティア様のスキルは凄いよ。確かに僕の心を読んでる。でも…僕はカルティア様を蔑んだり出来ない。虐げられる辛さは…わかってるつもりだからね」
「…あても、カルティア様が信じて言ってくれたことだから…ちょっとびっくりしちゃったけど。」
「…エミリーはよくわからなかったけど、カルティアはいい奴だと思うのだ。だから、友達なのだよ。」
エミリーの言葉にレクスたち全員が頷く。
その様子に、カルティアの眼には僅かに涙が滲んでいた。
「こんなわたくしでも…友達と言ってくれるんですの…?」
「ああ。当たり前だろうが。カルティアはすげぇよ。」
レクスがカルティアの方に目を開けて語りかけると、カルティアもレクスの方に顔を向けた。
「ずっと怖かったんだろ?その「スキル」で自分から人が離れて行くのがよ。でも、もう大丈夫だと思うぞ?少なくともこん中にゃ、そんなんで離れてく奴はいねぇよ。」
レクスはにやりと笑って、アラン、カリーナ、エミリーを順に見る。
全員の気持ちは一つだった。
「…ま、要するにカルティアには嘘や隠し事が出来ねぇって事だろ?何の問題もねぇじゃねえか。」
「レクス君は簡単に言ってくれるね!カルティア様が君を馬鹿という理由がよくわかったよ。それがどんなに大変か…でも、カルティア様が言って下さったんだ。僕もそれに応えないとね!」
「あ…あてもカルティア様に応えたい…です。それに…友達も欲しかったし…。」
「エミリーは最初から言ってるのだ。カルティアは友達なのだ。」
にやりと笑うレクスに自信満々なアラン、少し赤くなっているが嬉しそうなカリーナに、無邪気に笑うエミリー。
全員の顔がカルティアを仲間だと、友達だと言ってくれていた。
それに気が付いたカルティアは、無意識に眼から雫がポロリと溢れ、頬を伝い、制服を濡らす。
それはカルティアが今まで纏っていた氷が解かされた事を示すかのように、ぽたりぽたりと続けざまに頬を伝う。
「み…皆様…ありがと…ありがとう…ございまひゅわ…。」
下を向き、涙をポロポロと落としながらのカルティアの言葉に、レクスたちはみな、暖かく微笑んでカルティアを見つめていた。
カルティアのボロネーゼはすでに冷めていたが、カルティア自身の心は逆に暖かくなっていた。
食事が済み、レクスたちは食堂から出る。
時間は午後1時前で、もう少しで実習が始まる頃合いだ。
「じゃあ、僕とカリーナは実習にでてくるから、また明日だね!レクス君!…カルティア様も。僕たちでよければ、何時でもお話相手になります。」
「…うむ!またなレクス!…あて、カルティア様を誤解してました。カルティア様は優しかったです。い、何時でも話しかけてください!」
「ええ。アランさん、カリーナさん。貴方方はもう、わたくしのかけがえのない友人ですわ。また、お話をいたしましょうね。」
アランとカリーナはカルティアに頭を下げ、実習のあるグラウンドに駆けていった。
その様子をカルティアは微笑んで小さく手を振り見送る。
「エミリーも家の手伝いをするのだ!パパの工房へ行ってくるのだ。」
「そういやエミリーの家って何してんだ?」
「鍛冶屋なのだ!レクスも剣が折れそうなら来れば良いのだ!2人とも、また明日なのだー!」
エミリーはぴゅーっと走っていき、レクスたちの前からあっという間に居なくなる。
その場に残ったのは、レクスとカルティアだけだ。
レクスは隣に立つカルティアを横目で見やる。
「カルティアは、実習に行かなくて良いのか?」
「わたくしは王宮の執務を少し手伝っておりますわ。それが単位になりますのよ。今日はまだ時間がありますわね。…レクスさんは?」
「俺は昨日今日と傭兵ギルドに入ってくんなって言われちまった。働き過ぎだってよ。」
はぁという溜め息と共に、レクスは肩を落とす。
そんなレクスがおかしかったのか、カルティアはクスリと笑った。
「休むことも仕事のうちですわよ?休み過ぎはよくありませんけれど。」
「カルティアの言葉、婆さんにも言われたよ。休むのは良いけど、やることに悩んじまってなぁ。」
「そうですのね…それでは少しお散歩に付き合っていただけませんこと?」
カルティアはレクスに向き直り、レクスの眼を見つめる。
そんなカルティアの微笑みが綺麗で、レクスは少しドキっとしてしまった。
カルティアから少し目を逸らし、少し赤くなった頬をポリポリと人差し指で搔いた。
「別に用事もねぇからな…良いぞ。」
「決まりですわね。それではあちらへ参りましょう。学園内にはとっておきのお散歩スポットがありますのよ。」
カルティアがレクスの方をちらりと見てから歩きだし、レクスもそれに続いた。
レクスはカルティアとしばらく歩いていると、校舎を回った先に木々に囲まれた遊歩道に出る。
整備された石畳の遊歩道。
幅は4mくらいの静かで寛げるような一本道だ。
校舎とグラウンドを囲むように伸び、ちょこちょこベンチがアクセントのように置かれている。
人がほぼ居ないのは時間帯にも寄るものもあるだろう。
木々の木漏れ日が白い石畳を点々と照らしていた。
「こんなところがあったのか…。」
「ええ。わたくしも偶に気晴らしで歩いておりましたのよ。」
驚いたようなレクスの呟きに、カルティアはクスリと微笑んで答える。
カルティアとレクスが歩いていると、固い石畳がコツコツと音を鳴らし、辺りに少し響く。
「…わたくしにお友達ができるなんて、1カ月前は想いもよりませんでしたわ。」
カルティアのポツリと呟いた言葉に、レクスはカルティアを横目で見やる。
「…そりゃ、カルティアが自己紹介であんな冷たそうに言うからだろ。」
「覚えていましたの?」
「そりゃあな。…まあ、スキルの事もあるし、リュウジの事もあったとは思うけどよ。」
歩きながらレクスは自己紹介のときのカルティアを思い出す。
レクスが覚えている限りでは、あの時のカルティアは非常に冷たい眼をしていたからだ。
「ええ。あの時はスキルの事で人が信用出来ませんでしたもの。リュウジもしつこく迫って来るのでうんざりでしたわ。」
そう返すカルティアの眼元は下がり、自己紹介のときとは打って変わって優しげで、穏やかなものだとレクスは感じていた。
「でも昨日、貴方を見ていたらあまりにも馬鹿馬鹿しくなってしまいましたの。レクスさんのような方、他に知りませんわよ?」
「やっぱ馬鹿にしてんじゃねぇか。」
「ええ。…でも本当に初めてでしたの。何の打算も無く、貴方のように真っ直ぐな眼でわたくしを見る人なんて、いませんでしたもの。」
「でもカルティアはスキルがあるじゃねぇか。俺は特に何も考えてなかったけどよ。打算の有り無しくらいカルティアには分かんだろ。」
「いいえ。…だって、読めませんでしたもの。」
「は?どういう事だよ?」
レクスは立ち止まりカルティアを見る。
するとカルティアもレクスに合わせ立ち止まり、レクスの眼を見つめた。
カルティアの表情は真面目な様子で、嘘などをついているようには、レクスには思えなかった。
「わたくしのスキルでは…貴方の心が一切読めませんもの。考えられるのは、レクスさんが精神に干渉する系列のスキルを持っているということですわ。」
「精神に干渉…?どういうことだよ。」
「例えば相手の記憶を消したり、改ざんしたり、それこそ洗脳すると言ったスキルを持っていると、わたくしのスキルは干渉して効かなくなるということがわかっています。…それはあちら側も同じですわね。滅多にそう言った系列のスキルを持っている方は居られませんけれど。…レクスさん、貴方のスキルは…何ですの?」
カルティアの眼は真剣だった。
しかし、その答えをレクスは持っていない。
「…わからねぇんだ。鑑定水晶で出ねぇんだからよ。」
「鑑定水晶で出ない…?そんなことがあるんですの?」
「今まで3回はやった。でも全部出ねぇんだ。傭兵の師匠の考えでは「固有スキル」だろうって話だが、俺自身には全然わかんねぇし見当もつかねぇ。」
レクスは眼を閉じ、はぁと溜め息をつく。
カルティアはその間もレクスをじっと見ていた。
「…レクスさんの言う事を信じますわ。まあ、レクスさんがそんなものを持っていたとしても無用の長物ですわね。」
「…使いこなせないってか。やっぱカルティアが俺を馬鹿にしてるようでなんか気に食わねぇんだけど。」
「ええ。でもそれは貴方が真っ直ぐだからですわ。」
不満そうに口を曲げるレクスに、カルティアは上を向いて呟く。
木漏れ日の間からは、青空が見えていた。
「貴方が真っ直ぐだから、わたくしは貴方と、その周りの方を信じてみようと思ったのです。貴方がわたくしに勇気をくれたのですのよ、レクスさん。」
「言ってもなぁ…特に何もした覚えはねぇぞ?」
「でも、きっかけが貴方であったことは変わりませんわ。背中を押して下さったのは、貴方なのですから。」
カルティアはレクスを向いてにっこりと笑う。
レクスにとってその笑みは非常に魅力的で、頬を染めつつカルティアから眼を逸らす。
「あら?お顔が真っ赤ですわよ?」
「誰のせいだよ…。」
気恥かしそうにするレクスを、カルティアは楽しそうに見つめながら微笑んでいた。
「…小さな頃から、わたくしは自分のスキルに悩んでいましたわ。誰にも話せず、わたくしのスキルは両親しか知りませんでしたの。でも、貴方のお陰でお友達が出来ましたわ。…本当に、感謝いたします。」
カルティアはレクスに上品な所作で頭を下げる。
「違うぞ。俺じゃねぇよ。」
レクスの言葉にカルティアは頭を上げ、レクスをきょとんとした顔で見つめる。
そんなカルティアに、レクスは笑いかけた。
「カルティアの魅力があいつらに伝わったって事だろ。カルティアが優しいってわかってもらえたからじゃねぇか。全部、カルティア自身の力だ。だから、俺のお陰っていうのは間違ってると思うぞ?」
レクスの言葉と笑顔に、今度はカルティアの顔が真っ赤に染まっていく。
どきりとしたカルティアはサッとレクスから顔を背けた。
「…レクスさんは、真っ直ぐですけど意地悪ですわ。」
「馬鹿にされたお返しだお返し。」
「…もう。」
頬を膨らませながら歩くカルティアとそれを微笑みながら横に並ぶレクス。
それからしばらくは無言の状態が続く。
石畳の音は規則正しく鳴り、静けさに響く。
レクスもカルティアも、何となくその静寂が心地良く感じていた。
そしてふと、カルティアが自身の鞄に着けていた魔導具の時計を見ると、時計の針は2時半を回っていた。
「…そろそろ、わたくしは王宮に戻る時間ですわ。」
カルティアがどことなく、名残惜しそうに呟く。
「そっか。カルティアも忙しいだろうしな。…俺も寮に帰るか…。」
レクスもふぅと溜め息をついて、空を見上げる。
まだ陽は傾いておらず、寮の夕食までまだまだ時間があった。
遊歩道を進んでいくと、校門の近くへ抜ける。
カルティアは立ち止まり、レクスを見た。
「レクスさん。お付き合いいただき、ありがとうございました。」
「ああ。俺も暇だったしな。カルティアもまたなんかあったら言ってくれ。」
「ええ。お友達ですもの。気兼ねなくまた声をかけさせていただきますわ。それでは、ご機嫌よう。レクスさん。」
「ああ。また明日な。」
カルティアはにこやかに笑うと、くるりと回って校門から出ていく。
レクスはそんなカルティアの背中を見つめていた。
「…やっぱり、こうじゃねぇとな。寂しそうなカルティアより、ずっと魅力的じゃねえか。」
初日に見たカルティアの姿を思い出し、レクスは呟く。
レクスは今の彼女の歩きぶりから、寂しそうな雰囲気を一切感じなかった。
「さてと…俺は…木彫りでもすっかな。」
レクスもくるりと回り、男子寮の方へと歩き出した。
その夜、女子寮のシャワールームでシャワーを浴びている人物がいた。
カルティアだ。
シャワーから放たれる水は、男性の理想を体現したかのように美しいカルティアの裸体に当たり、弾ける。
その姿はまるで女神のようでもあった。
カルティアは魔導具式のシャワーを止めると、髪を丁寧に絞り、タオルで全身を拭いていく。
「…また大きくなりましたわね。これ以上、大きくならなくても良いですのに…。」
カルティアは眉を下げ、自身の胸を見て呟く。
同年代と比べ、非常に大きく豊満に育った胸は、カルティアにとって密かな悩みだった。
カルティアはそんな自身のたゆんとした胸を優しく拭き、アンダーバストも丁寧に水を拭き取ってゆく。
キュッと引き締まったお腹回りや少し大きめのお尻、たおやかな手足なども丁寧に水を拭き取ると、薄手の寝間着に着替える。
そして風の出る魔導具で、髪を丁寧に乾かし始めた。
風の出る魔導具は一般的で、僻地の一般家庭にも広がっているものだ。
カルティアの長い髪がふわりと魔導具の風に靡く。
髪を乾かし終えたカルティアは、女子寮のシャワールームから出ると、自身の部屋へ向かう。
カルティアの部屋は3階の角部屋で、寮では珍しく一人部屋だった。
カルティアが歩いていると、女子生徒のペアとすれ違う。
2人とも会話に夢中でカルティアに気が付いていないようだった。
「わたし、リュウジ様を満足させられたでしょうか…」
「大丈夫よ。リュウジ様は優しい方よ。あの山猿と違ってね。絶対に悪いことしてる顔よ。」
通り過ぎた女子生徒のペアの会話に、カルティアは少しむっとした表情を浮かべる。
カルティアは、女子生徒の言う「山猿」をレクスの事だと知っていたのだ。
いつも自然とクラスで聞こえてくる女子同士の会話で、レクスのことを「山猿」と呼んでいたのを、カルティアは聞いていた。
(…失礼ですわね。レクスさんはそんな方ではありませんわよ。それに顔も悪くはないと思うのですけれど。)
カルティアは歩きながらレクスの顔を思い浮かべる。
実際、レクスの顔は非常に整っていた。
リュウジには僅かに劣るかも知れないが、少し野性味があるだけで、名門貴族の子息だと言われたら求婚が絶えないレベルの顔つきだと少なくともカルティアは思っている。
(あのリュウジのどこが優しいのですか?わたくしには全く理解出来ませんわね。)
カルティアのリュウジに対する印象は最悪の2文字であった。
自身に付き纏い、暴力まで振るおうとした事実をカルティアは忘れていない。
階段を登り、3階の角部屋についたカルティアは、懐から鍵を取り出し、カチャリとドアを開ける。
部屋に入ったカルティアはドアを閉めるとベッドにぽふんと座った。
それと同時にぷるんと豊満な胸が揺れる。
カルティアはふぅと息を吐き出すと、昼間の事を思い出し、自然に小さく笑みが溢れた。
(わたくしにも、お友達が出来た…。)
カルティアは頭の中で、アラン、カリーナ、エミリー、そしてレクスの顔を思い浮かべる。
その全員がカルティアのスキルの事を受け入れ、蔑むことも無く友達と言ってくれたことはカルティアにとって非常に大きかったのだ。
(…ああ仰っていましたけれど、やっぱりレクスさんのお陰ですわ。わたくしだけではどう考えても無理ですわね。ありがとうございますわ。レクスさん。)
カルティアはレクスの顔を思い浮かべ、感謝を述べる。
すると何故か少しカルティアの頬に朱が差し、カルティアはレクスの事が気になってしまった。
(今頃、レクスさんは何をしておられるのでしょう?少し、気になりますわね…。明日も会えますわよね。その時にでもお聞きいたしましょう。)
カルティアはそのまま横になると、掛け布団に潜り込む。
程よく疲れていたのか、眠気はすぐにやってきた。
「お休みなさいませ…レクスさん…」
眠る直前に思い浮かべたレクスに向けてカルティアは呟くと、すぐにスゥスゥと寝息を立て始める。
幸せそうに寝入るカルティアを月が優しく見守っていた。
お読みいただき、ありがとうございます




