引き金は誰が引いたのか
アオイの言葉に息を呑んだレクスだったが、それはキューも一緒だったらしい。
両手を口元に当てて、信じられないとばかりに目を大きく開けていた。
「クオンちゃんが……? な、なんで……?」
「……何が、あったんだ?」
キューとレクスの言葉を受け、アオイは静かに、力なく首を横に振った。
目の端を落とし、口を開いた。
「…うちにも、わからない。…ただ、御見舞いに行こうとしたら、そう言われた。…レクスと一緒に運び込まれて、クオンも治療を受けることになった。…その時は、普通だったのに。」
「治療……? ああ、そういうことか……。」
「そっか……。クオンちゃんは……。」
アオイの言葉に、レクスは一瞬きょとんとしたが、すぐにその理由に思い当たった。
クオンは、右腕と右眼をダンジョンで喪った。
それ以外の外傷はレッドの秘薬でどうにか回復出来たが、欠損に至ってはどうしようもないのだ。
一生治らない傷。
それも、利き腕を喪っているのだ。
大きな傷を負ったクオンの心境を、レクスは到底推し量ることが出来なかった。
深い溜息を零しながら、レクスは眦を落し込み、唇を噛み締める。
「……一応、欠損は治療そのものであれば可能、です。」
堪えきれない表情を見せるレクスに、レインはぽつりと答えた。
レクスははっと目を開けてレインに視線を移した。
だが、レインの表情も暗く、落ち込むようだった。
口元を下げ、視線も下がっている。
良い答えは、期待できそうになかった。
「……できる、訳がねぇってか。」
こくん、とレインは肯いた。
「……治療するには聖魔術の適正に加えて、膨大な魔力量がいるです。鑑定水晶でも”極大”と表記される程の魔力量……そんな魔力量を持った、聖魔術を使える人間は……。」
「この国には、おられませんわね。」
レインの言葉を引き継いだカルティアが、無念そうに首を横に振った。
聖魔術師は、誰も彼も喉から手が出る程求められる人材なのだ。
それは、国家でも同じこと。
魔力量も極大ともなれば、国家ぐるみで争奪戦が起こるとも言われる程に貴重な人物といえた。
「グランドキングダムでは、聖魔術が使える方については、保護の観点から名簿が存在しますわ。あまり大きな声では言えませんけれど……その中で魔力量が”極大”となる人物は、存在しませんわね。」
「……まあ、そうだろうな。……親父でも無理だって言ってたくらいだしよ。」
溜息と共に、レクスは顔を伏せてぽつりと呟く。
わかっていた答えに、レクスは無力だった。
「…でも、問題なのはそこじゃない。」
唐突なアオイの声に、レクスは顔を上げた。
目に映ったアオイの表情は、訝しむように何かを考えているようにも見えた。
「……え? 違うの?」
レクスに続き、キューもアオイに顔を向ける。
「…うちらもレクスが運ばれた時、一緒にいた。…クオンはその時、そんな素振りすらなかった。…治らないって聞いて、絶望したのもあるとは思う。…でも、何か可怪しい気がする。」
「……何かって、何だよ。」
「…わからない。…でも、うちには引っかかる。…上手く、言葉にできないけど。」
アオイは俯き、ほんの少し顔を顰めた。
眉を寄せ、言葉に出来ない違和感を感じ取っているようだった。
(……クオンの気が狂った……ねぇ。 まあ、無理もねぇよな。親父やシルフィ母さんからも聞いてるしよ。《《欠損は治んねぇ》》って。クオンも同じだろうな。……あんなことになっちまうなんて、誰も思ってねぇだろうによ。)
ダンジョンの中で右腕と右眼を喪い、危険に晒されていたクオンの状況。
その光景をレクスは頭に手を当てながら思い起こす。
見るに堪えない状況ではあったが、キューの手を借りて、どうにか命が絶える寸前にクオンを見つけ出すことが出来たのだ。
ようやくクオンを見つけた瞬間、心が締め付けられたような痛みと、魔獣に対する燃え上がるような怒りを覚えた事をレクスははっきりと自覚していた。
右腕を喪えば、弓など到底引くことは出来ないだろう。
今まで出来た事が出来なくなる無力感と喪失感は、クオンだけにしかわかる筈もない。
そう思えば、「狂った」としても何ら不思議はないのだろう。
クオンの受難に、レクス自身どうしようもない、と。
どうすることも思いつかず、レクスは目を伏せようとした。
その時だった。
ふと、違和感が過った。
(……でも、何で「今」だ? ショックが今ぶり返す? ……そんな訳、あるか? ねぇこともねぇとは思うけど……でも、確かにダンジョンいた時は普通……だったよな?)
レクスは顎を引き、親指を当てる。
クオンがレクスと行動していた時は、少なくとも発狂したような素振りはなかった。
それを思うと、確かにアオイの言うように何処か引っかかるような気がレクスに過るのだ。
大怪我以上の《《何か》》が、クオンの心に振りかかった。
そう考えれば、狂乱するのは不思議でもなんでもない。
右腕の損傷や眼球の損傷は「治りようがない」とクオンもレクスと同じように知っているはずだ。
宣告などされなくとも、クオンはわかっているだろう。
そうとしかレクスには思えなかった。
クオンの心を圧し折った、何か。
それは病院に運ばれてから、クオンに起こった、と。
(……そう考えるのが、自然か? ……それがあったとして……一体何だ?)
考えるレクスだが、その「何か」の正体が掴めない。
眉間に皺を寄せ、レクスは考えを巡らせていた。
「……そういや俺が寝てる間に、何か変わったことはあったか?」
顔を上げ、レクスは四人に視線を送る。
すると、「あっ!?」と声を上げた人物がいた。
カルティアだ。
レクスを見据え、真剣な表情で口を開いた。
「そういえば……一つ、ありましたわね。」
「……カティ。何か……思い当たったか?」
レクスの声に、カルティアはおもむろに言葉を述べた。
「リュウジを、見かけましたわね。……リナさんとカレンさんも。……おそらく、クオンさんの御見舞いだろうとは思いましたけれど。」
「リュウジに、カレンに、リナ……? まさか!?」
レクスの顔色が、一瞬にして変わった。
口元は引き攣り、焦りが顔に滲み出ていた。
考えうる最悪のピース。
リュウジたちが来ていたなら、「彼女」も来ている可能性が高い、と。
その可能性に、レクスは思い至っていた。
闇色の瞳を携えた、褐色肌の少女。
クオンをダンジョンに置き去りにした元凶が、生還したクオンに何をしでかすのかなど、レクスには到底思いつかない。
だが、碌でもないことをするに違いないということは、想像などしなくとも明白だったのだ。
頬から冷や汗を垂らし、カルティアに視線を注いだ。
「……ノアって奴が、いなかったか?」
「……ノア、さん? ノアさんなら、リュウジと一緒に……まさか!?」
カルティアも何か思い当たる事があったようで、その表情が引き攣ったような印象のそれに変わった。
「……くそっ……!」
ドン、と。
歯を食いしばり、レクスは拳をシーツに打ちつける。
カルティアたちとキューは、音に驚いてレクスを注視していた。
「ど、どうしたの!? レッくん!」
「レ、レクスくん!?」
「レクス様!? 一体……!?」
荒ぶったレクスの表情に、マリエナたちが目を見開く。
拳を受け止めたシーツからは、鈍い音が響くだけだった。
「くそっ! ……遅かった、のかよ……! ……畜生……!」
レクスの怒りに震える声が、病室に木霊した。
◆
陽も落ち始め、熟れた橙色の夕焼けが射し込むとあるギルドの一室。
老婆が一人、椅子に腰掛けながら煙管の煙をゆらゆらと燻ぶらせていた。
煙管の先には、真赤になった刻み煙草が丸まっていた。
物憂げな老婆は、皺の寄った手で煙管を摘むと、煙管の吸い口に口をつけた。
ふぅ、と。
口に含んだ煙を味わい尽くし、一気に吹く。
目元を下げた老婆の物憂げな表情は、一切変わっていない。
老婆は首を回し、陽が悠々と沈みゆく燃え盛るような夕焼け空を目の当たりにしながら。
再び煙草の煙を燻らせた。
「……さて、これからさね、レクス。お前さんの本当の仕事は、ね。」
煙管を外し、ぽつりと口から零れた一人言。
それは寂しく煙と共に部屋の空気と混ざり、跡形も無く消え失せた。
クオンの受難は、まだ、終わっていない。
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