第16−1話
16
カルティアがリュウジと一悶着あった翌日の昼。
レクスたちの姿は学園食堂にあった。
ふわりとバターの香りが漂い、学園生がわらわらとカウンターに並びゆく。ガヤガヤと騒ぐ声は食事のアクセントに丁度よい。
そんな中、レクスたちは4人でまとまり、カウンターに並ぶ。
そこに出てきたのは、食堂にいるいつもの太った年配の女性だった。
「おや、あんたたちかい。注文を聞くよ。」
女性はレクスたちだとわかると、注文を尋ねる。
「俺はポークソテーで頼む。」
「僕はトマトハンバーグさ!よろしく頼むよ!」
「クックック!我はトマトスパゲティで頼もうぞ!」
「肉肉肉肉セットをお願いするのだ!」
「あいよ!ポークソテーにトマハンバーグ、トマスパに肉四ね!ちょっと待ちなよ!」
注文の確認を取った女性は奥へすぐに引っ込むとすぐさま料理を持って奥から現れた。
「あいよ!お待たせ!しっかり食べるんだよ!」
料理を受け取り会計を済ませると、レクスたちは空いているテーブルを見つけ、着席する。
座ったのは6人掛けのテーブルだ。
「相変わらずおばさんは早いね!どこで料理を作っているんだろうか?」
「さすがに出来合い…でもねぇよなぁ。」
レクスの視線の先にあるポークソテーはほかほかと湯気を立たせており、とても出来合いのようには見えない。
「あははー!美味しければ何だって良いのだ!」
エミリーは「いただきまーす!」と元気な声をあげ、肉の山になっている目の前の料理にぱくつき始めた。
その肉の山は、前から見るとエミリーの姿を隠してしまう程だ。
「…よく食えるよなぁ。俺でも無理だぞ。」
「嗚呼!よく食べるエミリー嬢は可憐だとは思わないかいレクス君!?」
「うう…アランのばか…エミリーばかり見て…。」
レクスたちが食事を始めようとした時、食堂の入口付近でガヤガヤと少しざわめきが起こったのが、レクスに聞こえた。
レクスはその声が少し気になり、声がした方を向く。
そこには、きょろきょろと何かを探しているようなカルティアが立っていた。
カルティアはレクスたちの方を見ると、ゆっくりとレクスたちの方へ向かってくる。
その歩き姿も様になっており、上品な様子だ。
カルティアはそのままレクスたちのテーブルまで来ると、その傍で立ち止まる。
「ご機嫌よう。レクスさん。お隣にお邪魔してよろしいかしら?」
その言葉を聞いて、アランとカリーナはピシリと固まる。
2人とも目を見開いて、食器を手にしたまま驚いた顔をしていた。
エミリーはカルティアを見て、きょとんとしている様子だ。
「ああ、良いけど…。料理はどうしたんだ?」
カルティアは料理のトレーを持っていなかったのだ。
するとカルティアはクスリと微笑み、レクスを見る。
「お恥ずかしながら、注文の方法を知りませんの。…レクスさん、一緒に来ていただけます?」
「ああ。そんぐらいならお安い御用だ。」
レクスは席から立ち上がると、カルティアについて歩く。
その様子をアランとカリーナは驚きつつ、目で2人を追っていた。
「はいよ!ボロネーゼスパゲティね!」
「まあ!ありがとうございますわ!」
レクスの指示通りに注文して、料理を受け取ったカルティアは目をキラキラと輝かせながら、その料理を見つめていた。
「お代は2000Gだよ!」
「あ、そ、そうですわね。お代…」
慌てて支払おうとするカルティアを見て、レクスはサッと自分の懐から巾着を取り出すと銀貨を2枚取り出し、女性に手渡した。
「毎度あり!いい男だねぇ!」
笑いかける女性にハハハとレクスは愛想悪いをする。
そんなレクスをカルティアは申し訳なさそうに見つめていた。
「お代を出されなくとも良かったですのに…。」
「いいんだよ。このくらいは。」
テーブルに向かうレクスにカルティアは半歩下がるように着いて歩く。
そんなレクスとカルティアに、周囲では小さなざわめきが起こっていた。
もちろん、2人を怪訝な目で見つめる人物もいた。
奥の席で風俗店のように女子生徒を侍らせ、食事をしていたリュウジだ。
「何でカルティアの奴、無能君と一緒にいるんだよ…。おかしくない?」
リュウジは少し不満そうに小さな声で呟く。
リュウジとしてはあれほどリュウジを拒絶したカルティアが、無能なはずのレクスと一緒にいることにどことなく苛ついていたのだ。
「リュウジ、機嫌悪いの?」
リュウジの顔を見てか、リナが声をかける。
そんなリナの声に気付き、リュウジは首を横に振った。
「ん…いいや、リナが気にすることもないさ。ごめんね。」
「そうなのね。なら良いけど…。」
リュウジに答えるリナの頰は僅かに赤い。
そんなリナの顔を見て、リュウジはリナが昨晩の行為を思い出していると感じた。
(昨晩は良かったなぁ。リナにカレンにクオン…三人とも胸や口でご奉仕をいっぱいしてくれたしね。三人とも凄く大きかったなぁ…まあ、その後はやっぱりノアの言う通り「勇気が出ない」って断られちゃったけど…他の女子たちにヤラせて貰えたしね。結果オーライかな。フフフ。)
リュウジも昨晩の行為を思い出し、ニヤついた笑顔を浮かべる。
そんなリュウジを、隣に座るノアがニコニコと見つめていた。
「はいリュウジ。あーんです。」
ニヤついていたリュウジに、クオンが料理をスプーンに載せて差し出す。
それに気が付いたリュウジは「あーん」と口を開けて、差し出された料理を口にした。
「おいしいです?」
「ああ。ありがとう、クオン。おいしいよ。」
「えへへ。良かったのです。」
クオンも頬を赤らめながら、リュウジに照れている様子だった。
そんなクオンを見ながら、リュウジは考える。
(…ま、カルティアぐらいいいや。みんなみたいに僕に従ってくれないし。あのきっつい性格じゃ誰も嫌がるよね。カルティアもバカだなぁ。大人しく勇者の僕についときゃ良かったのにね。あんなきつい性格でもお嫁さんにしてあげたのにさ。)
リュウジはふんと鼻息を吐き出し、得意げな表情になる。
「リュウジ様?」
リュウジの表情が気になったのか、カレンがリュウジを覗き込む。
「ああ、ごめんね。カレン。気が付かなかったよ。…いやぁ、みんなに囲まれて幸せだなあって思っただけさ。」
「まあ、嬉しいです。」
リュウジの言葉にカレンは優しく微笑む。
その笑顔を見ることが出来るのは自分だけだと思うリュウジは、非常に居心地が良かった。
「リュウジ!」
「リュウジ様ぁ。」
「リュウジ君!」
リナたちの他にもクラスの女子がリュウジに黄色い声をかける。
リュウジの頭の中は彼女たちのことで一杯だ。
次の瞬間にはリュウジは完全に、カルティアのことは気にならなくなっていた。
テーブルについたカルティアは、レクスの隣に腰かけた。
その顔はわくわくしたように、瞳をキラキラさせながら、赤い海を初めて見たかのように、ボロネーゼスパゲティを見つめていた。
スパゲティの上に煮詰めた赤い血のように鮮やかなトマトソースがかかり、炒めたミンチ肉がこんもりと山のように盛り付けられている。
「感謝いたしますわ。レクスさん。貴方のおかげで注文ができましたわ。」
「そんぐらい気にすんなよ。わからなったらいくらでも教えるぞ。…まあ、俺にわかればだけど。」
機嫌が良さそうに微笑むカルティアと、軽い口調で話すレクスに、アランとカリーナは目を点にして固まっている。
エミリーはそんなカルティアを気にせず食事を続けていた。
カルティアはスパゲティを丁寧にフォークに巻き付け、口に運ぶと、途端に「んー!」と顔をほころばせる。
「学園の食堂は初めて利用しましたけれど、美味しいですわね。お値段も手頃な価格ですわ。」
「そうか?美味しいのは間違いないけど、俺にゃちょっと高いと思っちまってよ。」
「あら?そうなんですの?…でも、このお味は普通ではなかなか出せませんわよ?」
「そうなのか…。王都に来てから何食べても美味いからよ。」
「ふ…二人とも…ちょっと良いかい?」
気安そうに会話する二人に、状況を飲み込めていないアランが口を挟む。
アランの言葉に、レクスもカルティアも顔を向けた。
「レ…レクス君。君はどうしてカルティア様とそんなに気安げに話せるんだい?」
「まあ…ちょっと昨日、いろいろあってな。」
「レクスさんに危ないところを助けていただきましたの。せっかくですから、それでご親睦でもと思った次第ですわ。」
「そ…それで良いのかいカルティア様!?」
「良いも何も…事実ですわよ?」
カルティアはきょとんとした顔でアランに答える。
アランはふぅと深い溜め息をつくと、その場に深く座り込んだ。
すると今度はカリーナがおずおずと口を開く。
「あ…あの!か…カルティア様は…レクス…と二人きりが良かったんじゃないの…!?」
カリーナの口調はレクスの前だが、カルティアがいるせいか素の状態に戻っていた。
戸惑っているカリーナに対し、カルティアは目を細くして微笑む。
「いいえ。わたくしはレクスさんたちとご親睦を深めようと思ってここに来ましたわ。だから、貴女ともお話をしたいんですのよ?カリーナさん。」
「ひ…ひゃい!?お名前、覚えて…?」
「当然ですわ。自己紹介で名乗ったじゃありませんの。それに、わたくしは王族の一員として、貴族の方の名前とお顔は一通り覚えていますわよ。」
「あ…ありがとうございます…カルティア様…」
カルティアは優しい声で微笑みながら、カリーナに語りかけるように話す。
そのにこやかな雰囲気は、自己紹介でカルティアが放っていた雰囲気とは別物だった。
カリーナはそんなカルティアに名前を呼ばれた事に驚きながらも感激していた。
カルティアはアランにも顔を向ける。
「貴方もですわよ、アランさん。御二人とも、グランドキングダムを支える貴族の一員として、しっかり存じておりますわ。」
アランもカルティアの言葉に驚いたのかカルティアの顔を見て、目を見開く。
「カルティア…様…。お心遣い、感謝します…。」
「当然のことですわ。せっかくですから、レクスさんと同じように接していただいても構いませんのよ?」
「そ…それは…恐れ多いといいますか…。」
クスクス微笑むカルティアの提案に、アランは首を横に振る。
そんな2人をエミリーは横からじーっと無邪気そうに見ていた。
「…カルティアはいいやつってことで良いのかー?」
その言葉にアランとカリーナはびくりとするが、カルティアは優しげな表情のままだった。
「そうですわね…。何が良くて、何が悪いかはよくわかりませんけれど、エミリーさんたちとは仲良くしたいと思っておりますのよ?」
「そっかー。なら、カルティアも友達だな!」
エミリーの友達という言葉にカルティアは一瞬きょとんとするが、すぐにその表情は嬉しそうな笑みに変わった。
「ええ。そうですわね。わたくしとエミリーさんはお友達ですわ。」
するとエミリーはぴょんと椅子から降りると、カルティアの元へとたたと向かう。
カルティアの傍に立ったエミリーはニコッと笑い、グローブをはめたままの手を差し出した。
「やったのだ。カルティアも友達なのだ。握手するのだ!」
差し出された手に一瞬戸惑う様子を見せたカルティアだが、意を決したようにエミリーの手をおそるおそる握る。
エミリーは握手が出来ると嬉しそうに歯をだして笑った。
カルティアはそんなエミリーを見て微笑む。
握手をした後、エミリーは再び自身の席へ戻ってパクパクと肉を頬張り始めた。
するとアランがレクスの方へ向き、レクスに小声で囁く。
「いやはや…まさかカルティア様が仲良くされたいとはね。レクス、君はどんな魔法を使ったんだい?」
「どんな魔法って言ってもなぁ。俺は特に何もしてねぇけど。」
「わたくしはレクスさんの馬鹿さ加減に呆れただけですわよ?レクスさんを見ていると、いろいろ考えているのが馬鹿らしくなりましたの。」
まるでアランの囁きが聞こえていたかのようなカルティアの返答に、アランはギョっとしたような表情を浮かべる。
対してレクスは複雑そうな表情をしていた。
「…やっぱりカルティア、俺を馬鹿にしてねぇか?」
「ええ、していますわよ。いい意味で。」
カルティアがレクスを見て悪戯っぽく微笑む。
その魅惑的な顔に、レクスは文句を言おうにも、はぁと溜め息をつくことしかできなかった。
「か…カルティア様…とんだご無礼を…。」
「構いませんわよ?アランさんも、カリーナさんも。それに、無礼なのはわたくしの方かもしれませんから。」
そう言ったカルティアは一転して真面目な表情になる。
レクスたちを見渡すと、コホンと咳払いをした。
カルティアが周囲を見回すと、カルティアに遠慮してか、テーブルの近くには学生が近寄っていなかった。
「今から話すことは、他言無用でお願いしますわ。…わたくしの「スキル」についてです。…友達というからには避けて通れませんもの。」
「…言いたく無けりゃ、言わなければ良いんじゃねぇか?」
カルティアをちらりと横目で見たレクスに、カルティアは首を横に振った。
「いいえ。…これを言っておかなければ、わたくしがわたくし自身を許せなくなりますの。これを聞いた後に、蔑んでいただいても構いませんわ。」
そんなカルティアに、アランも、カリーナも、エミリーも、黙ってカルティアを見つめる。
レクスだけはカルティアを見ずに目を閉じていたが、これはレクスなりに、しっかりと聞く姿勢だった。
「わたくしの…わたくしのスキルは、…「読心」というスキル…ですわ。」
お読みいただき、ありがとうございます。