第15−2話
入学してから1週間も経つと、レクスは学園の生活にも慣れ始めていた。
朝に少しだけ鍛錬をし、昼までは授業。昼からは傭兵ギルドの簡単な依頼をこなすか、クロウや他の傭兵と鍛錬するという毎日がルーティンと化していたのだ。
アランやカリーナ、エミリーと食事などで行動することも多くなった。
その一方でリナたち以外にもリュウジの周りにいる女子からは何故か嫌われるようになったのだが。
そんなある日の昼下がり。
レクスはとことこと少し浮かない顔をして教室前の廊下を歩いていた。
(…今日は婆さんから「休め」って言われちまったなぁ。どうすっか…)
レクスはふぅと溜め息をつきながら肩を落とす。
王都に来てから3週間ほどだが、レクスは傭兵ギルドに入ってから入学式などがない限り毎日、ギルドに通っていたのだ。
そんなレクスを見かねたのか。
「レクス、お前さんが頑張っているのは分かるが頑張り過ぎるのも良いとは思わんさね。ましてやお前さんは学生だ。休むのも傭兵の仕事さね。…週に4日を目安にしとくよ。これからはそれを目安に傭兵ギルドに来な。それと、明日明後日は傭兵ギルドに来るんじゃないよ。良いかい?」
ヴィオナに頑張り過ぎだと言われ、レクスはすることが無く途方に暮れていたのだった。
廊下は食事や実習に行っている学生も多いのか、ほぼ人がいない。
(…アランもカリーナもエミリーも実習組だしなぁ。こっから寮に帰ってもすることが…ねぇよなぁ。)
「何度言えばわかるんですの!わたくしは貴方との関わりは必要ありませんわ!」
レクスは突然聴こえてきた大声にびくりと肩を震わせた。
(なんだ!?今の声…カルティアっぽいけどな…!?)
レクスは慌てて周りを見渡すが、周りには誰もいない。
おそらく階段の方からだろうと思い、レクスは駆け出す。
すると、やはりカルティアが階段の踊り場に立って、誰かと口論している様子をレクスは目の当たりにした。
レクスはその相手をなんとなく察していた。
少し覗き込むと、案の定。
勇者のリュウジだった。
「カルティアは固いよ。もっと僕みたいに、フランクにみんなに接した方が良いと思うから言ってあげてるだけさ。」
「それが余計なお世話ですわ!人との接し方はわたくしの勝手でしょう!どうしてそこまでわたくしに構うんですの!ほっといてくださいまし!」
カルティアは明らかに気が立った様子だ。
対するリュウジはそんなカルティアに一切構わず話しかけている。
(おいおい…リュウジの奴、よくあの状態のカルティアに話しかけてんなぁ。怖いもん無しかよ。)
傍からみてリュウジに感心すらしてしまうレクスだが、見てしまったものはこのまま放っておく訳にもいかなかった。
レクスはそんな2人に溜め息をつきながらも近づいていく。
「僕はカルティアの為に言ってあげてるのさ。一人で可哀想だから、僕たちの輪に入れてあげようって言ってるの。どうしてわかってくれないのかなぁ?」
「まだわからないんですの!?わたくしはこのままで良いと言っているんです!貴方はわたくしのなんなのですか!?」
「…そこまでにしとけ2人とも。大声が響いてんぞ。」
言い合うカルティアとリュウジに割り込むように、レクスは階段の上から2人に声をかける。
突然現れたレクスに、2人ははっとしたように目を向けた。
「誰かと思えば無能君じゃないか。無能君には関係ないよ。これは僕とカルティアの問題なんだ。無能君はさっさと実習にでも行けよ。」
「…どう見てもカルティアがほっとけって言ってんじゃねぇか。」
邪魔をされたように思い苛ついたのか、リュウジはレクスを睨みつける。
一方のレクスは睨んではいないものの、向けている視線は鋭くリュウジを射抜いていた。
「いちいち苛つくんだよね無能君は。…行こうかカルティア。こんな無能君と一緒にいたら品格が疑われちゃうからね。」
リュウジはカルティアの腕を取ろうと手をのばすが、その手をパシンとカルティアが払いのける。
「嫌ですわ。貴方がいくらわたくしに構おうと、わたくしは貴方と関わりたくありませんもの。一緒に何処かへ行く必要もありませんわ。」
カルティアはリュウジを鋭い視線で睨みつける。
その反抗するような瞳は、リュウジ自身を否定しているように見えて、リュウジの癇に障った
リュウジのカルティアを見つめる瞳が濁り、徐々に忌々しさが滲み出る。
それがピークに至ったのか、リュウジは手を振り上げた。
「僕が下手に出たらいい気になりやがって!カルティアは僕の言う事を聞けば良いんだよ!」
リュウジは怒鳴り、カルティアに掴みかかる。
見かねたレクスはその間に身体を滑り込ませると、リュウジの腕を掴んだ。
「相手は女の子だぞ。何やってんだ。」
「うるさい!お前も邪魔だ!」
レクスはリュウジを睨みつけるがリュウジは頭に血が上ったのか、目が血走っている。
(…話聞くような状態じゃねぇな。なら…!)
レクスはリュウジの腕を投げるように離すと、高く跳躍して後ろに宙返りし、カルティアの後ろに回った。
一瞬の出来事に、リュウジは僅かに戸惑ったようだった。
「…あとで謝る。舌噛むなよ。」
そう呟くとカルティアの姿勢を足払いで崩し、カルティアを抱え上げる。所謂お姫様抱っこの形だ。
「えっ!?ちょ…!?」
抱えられたカルティアも一瞬のことに困惑しているようだった。
さらにレクスはカルティアを抱えたまま階段下に飛び降り、丁寧に着地する。
「あ!待て!」
(誰が待つかよ。)
レクスはそのままカルティアと一緒に廊下を走り抜け、校舎を後にする。
階段の踊り場には、呆気にとられたリュウジだけが残っていた。
「ああ、くそっ!…あの無能め!カルティアを連れ去るなんて…クソッ!!」
リュウジはその場でだんだんと地団駄を踏む。
リュウジは自身が見下す無能なレクスが、カルティアを華麗に連れ出したことが腹立たしかった。
「はぁ…はぁ…まあ、いいさ。カルティアはあれだけ僕が操心をかけても、どれだけ詰め寄っても無理なんだ。あんな無能君に落とせる訳が無いよ。せいぜい拒否されるのが落ちさ。」
強く息を吹き出し、どうにか腹立たしさを抑えたリュウジはのしのしと階段を降り、校舎の玄関へと向かう。
行き先は冒険者ギルドだ。
リュウジは冒険者ギルドに、リナたちを待たせているのだった。
「…そうだ。今日の夜はリナたちに頼んじゃお。まあ挿入は出来ないけど、あの胸でご奉仕してもらえば良いしね。そのあとはクラスの誰かでいいや。フフフフ、楽しみだなぁ。」
昏く下品な笑みを浮かべ、リュウジは冒険者ギルドへと向かう。
リュウジは夜の行いのことに思いを馳せ、カルティアのことは既に頭から吹き飛んでいた。
リュウジから脱兎のごとく逃げたレクスとカルティアは、男子寮の傍のベンチまで来ていた。
レクスはカルティアをベンチに座らせるように丁寧に下ろす。
恥ずかしかったのか、カルティアの頰は何処か赤くなっていた。
「ふぅ、ここまで来りゃアイツも追ってこねぇだろ。」
気を抜きつつ、レクスはカルティアの隣に少し間隔を開けて腰掛けた。
レクスが隣のカルティアを見やると、彼女は自身を落ち着かせる為か深呼吸をしていた。
「悪かったな。勝手に連れ出してよ。」
「全くですわ。…貴方は何の目的があって、わたくしを連れ出しましたの?」
カルティアはレクスを目尻を吊り上げて睨む。
「なんでって…目的も何も、お前あのままだと掴みかかられてただろうが。」
「お前…ですって?口の聞き方がなっておりませんわね。わたくしを誰だと思っていますの?」
カルティアはレクスの方を向き口元を下げ、レクスを軽くむっとしたように見つめる。
「悪ぃな。口の聞き方がなってねぇのは生憎癖だ。」
レクスも少しカルティアを睨むように目細くして向ける。
「カルティアはカルティアだろ。他に何があんだよ。」
その言葉に、今度はカルティア自身が面食らったように目をパチクリとさせた。
「…まさかとは思いますけれども貴方、本当にわたくしのことを…知らないんですの?」
「いや…だから、カルティアはカルティアだろ。そんぐらいしか知らねぇって。」
レクスの答えに、カルティアは「はぁ…」と呆れたような溜め息をついた。
「…身構えたわたくしが馬鹿でしたわね。…確か、貴方はレクスさんでしたわね。何処から来ましたの?」
「何処って…アルス村だよ。王都へ来んのすら初めてだっての。」
「王都の外…それなら納得ですわね。では、改めて紹介させていただきますわ。」
カルティアはコホンと咳払いして、レクスを真っ直ぐな目で見る。
「わたくしは、カルティア・フォン・グランド。グランドキングダムの第3王女ですわ。」
「…カルティアが第3王女ってのがピンとこねぇよ。王様と王子が偉いってのはわかるけどよ。」
レクスの言葉に、カルティアはピシリと固まった。
口元がわなわなと震え、目を丸くしている。
「貴方…もしかして、お馬鹿ですの?」
「馬鹿はねぇだろ馬鹿は。少なくとも入試の成績は良かったぞ。」
「…その答えでわかりましたわ。貴方、知らないにも程がありますわよ。フフフ、本当、変な方ですわね。」
レクスの言葉に、カルティアは呆れながらも目を細めてクスリと微笑む。
一瞬、レクスはその顔にくぎ付けになってしまった。
「…なんだよ。やっぱり、笑うとめちゃくちゃ可愛くて美人じゃねぇか。」
レクスがつい漏らしたその言葉に、カルティアはびくりと身体を震わせたかと思うと、かぁっと頬を赤らめた。
「あ、あ、貴方!そ…そんなことを思ってましたの!?」
「えっ…わ、悪りぃ!もしかして聞こえてたのかよ!」
レクスは気恥ずかしくなり、カルティアから目を逸らすと正面を向く。
それはカルティアも同じだった。
しばらくそのままでいると、「…ふぅ」とカルティアが息を吐く音がレクスに聞こえた。
「…こんな風に殿方と話したのは、貴方が初めてですわ。」
「いつもアイツが話しかけてるじゃねぇか。」
「リュウジは別ですわ。あの方は、わたくしを見ておられませんもの。あの方が見ておられるのはおそらく、我欲だけですわね。」
「そうかよ。まぁ…いつも懲りずに話しかけてるのは見てたけどよ。」
「本当、勘弁して欲しいですわね。」
カルティアの言葉の後、少しの静寂が流れる。
その間も、空にうっすらとかかった雲がゆっくりと流れていた。
「わたくし、レクスさんに謝罪しなければいけませんわね。」
静かに流れる時間の中で、カルティアはふと呟いた。
その声にレクスはカルティアの方へ顔を向ける。
カルティアもレクスの方に向き直った。
「レクスさん。貴方に何か目論見があったのかと思ってしまったことを謝罪しますわ。わたくしのことを聞いても、何も思わないような方ですもの。疑って申し訳ありませんでしたわ。」
「…なんか、俺の事を馬鹿って言ってる気がするんだが、気の所為か?」
「ええ。言っていますわよ。いい意味で。」
そう言ってクスクス笑うカルティアは、レクスが初めて見る表情だった。
その表情がとても可愛く魅力的で、レクスは見惚れてしまっていたのだ。
「あと、お礼も言わなければなりませんわね。…レクスさん。わたくしは危ないところを貴方に助けていただきました。感謝いたしますわ。」
カルティアは座ったまま、丁寧に頭を下げる。
レクスは少し気恥ずかしそうに頬をポリポリ搔いた。
「ああ…まぁ…、これが目論見ってことでいっか。」
「どういうことですの?」
「カルティアのお礼が聞けた。笑ってくれた。これだけで充分って事だよ。」
そう言ってレクスははにかむ。
するとカルティアもそんなレクスにつられてか笑っていた。
「全く…お上手ですのね。」
「そんなこたねぇよ。俺の信条みたいなもんだ。」
そう言ってレクスはベンチから立ち上がる。
(…高い屋根の上で、昼寝すっか。気持ち良さそうだしよ。)
青い空の下、心地よい風が吹き優しく陽が照らす今日は、久しぶりのレクスの趣味に最適だった。
「じゃ、俺はちょっとやることが出来た。カルティアもアイツに会わないように気をつけて帰れよ。」
レクスはカルティアに背を向けると、ひらひらと手を振って、男子寮の方に歩き始めた。
そんなレクスをカルティアは後ろから見つめる。
「…また、明日ですわ。」
「ああ。また明日な」
カルティアの呟きははっきりレクスに聞こえていたようで、はっきりとした声が帰って来た。
カルティアはレクスの姿が見えなくなるまで、そこに立っていた。
レクスが見えなくなると、カルティアは自身の掌を広げて見つめる。
「…やはり、読めませんでしたわね。…精神に干渉するスキルの方なのでしょうか、レクスさんは。」
カルティアがそう呟いた理由は、自身のスキルにあった。
そのスキルは、カルティアが人を避けている原因でもあったのだ。
「リュウジとは違って、邪な感じが全くしませんでしたわね。…レクスさんなら、わたくしを信じていただけるのでしょうか…。信じ…させてくれるのでしょうか。」
カルティアはもう一度、レクスが歩いて行った方を見つめる。
もうすでに、その方向には誰もいなかった。
カルティアの胸には、レクスに対する、「もしかして」という気持ちでいっぱいだった。
「もう少し、見定める必要がありそうですわね。でも…」
カルティアは思い出す。
レクスに抱えられた自分は一体どんな顔をしていただろうかと。
久しぶりに触れた、邪念を感じさせない人肌の温もりが、カルティアの頬を熱くさせる。
「リュウジとはまた違うスキルの、わたくしの事を色眼鏡無しで見てくれる男性。…ふふ、面白い方ですわ。」
呟いたカルティアのその顔からは、昨日までの寂しそうな雰囲気はなく、代わりに自然と笑みがこぼれていた。
「明日…楽しみですわね。ふふ。」
そう呟きながらカルティアは立ち上がると、女子寮の方へカルティアは微笑みながら歩き始める。
昨日までの寂しくとぼとぼと歩いていたカルティアはそこにはいない。
その代わりにいるのはあるちょっとした決意を決め、微笑みながら歩いていく少女の姿があった。
お読みいただきありがとうございます。




