第3−1話
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朝になり、レクスが2階の自室から降りると、パタパタと音を立てながら、クオンが駆け寄ってくる。少し急いでいる様子だ。
「おはよう。クオン。急いでどうした?」
「あ、兄さん。おはようございますです。もうスキル鑑定の人が来られたみたいなのです。」
クオンの返答に、レクスは少し戸惑う。
「えっ?早くないか?まだ陽は高くないぞ…?」
レクスはスキル鑑定がもう少し遅くにくるのだと思っていたのだ。
「わからないです。でも兄さんは早く支度をしたほうが良いと思います。私も急ぐです。」
「あ、ああ…。」
そう言って、エプロン姿のクオンはまたパタパタと足音を立てながら移動していく。どうやら洗濯を済ませてしまいたいらしかった。
クオンの様子が気になりつつ、レクスは外の様子を見にふああと欠伸をしながら家の扉を開ける。
今日は曇りのようで、厚い雲が陽を遮っていた。もしかしたら午後から雨が降るかもしれないと思いつつ、レクスは目線を移し村の入口を確認する。
村の入口に金色の装飾が入った、大きくて偉い人が乗るような、しっかりとした豪華な馬車が止まっていた。
馬車から少し離れた所で、村長と役人のような制服を着た人物が会話をしているのが見える。
スキル鑑定をするにはやけに大げさなようにも見えるだろう。
(えらい大きい馬車だな…。スキル鑑定くらいでこんな大きくて豪華な馬車使って来るか普通…?)
スキル鑑定はあくまでただスキルを確認するだけと考えていたレクスは首を傾げる。
今までもスキル鑑定の役人が村に訪れたことはあったのだが、レクスの記憶ではここまで馬車が大きかったという記憶はない。
馬車の大きさを不思議に思いながらレクスは扉を閉める。
レクスもスキル鑑定を受ける準備をするため、踵を返して自室にいそいそと戻っていった。
レクスの家の扉が閉まるのを、何気なく馬車から見ていた人物がいた。
歳はレクスと同じくらいの少年だ。
髪の色は茶色く、少しパーマがかっている。
服は赤を基調とした金色の刺繍が入ったコートで、その下にはこの世界にあるはずのない紺のデニムジーンズを履いていた。
少年の瞳は黒く、退屈そうに馬車の窓に肘を置き、手には顎を乗せている。
そんな少年の腰には、豪華な獅子の装飾が施された鞘に入った剣がぶらぶらと揺れていた。
少年が退屈そうに口を開く。
「ねぇ、この村のスキル鑑定を受けるひとって何人いるの?」
少年は自身の隣に座っていた役人に声をかける。
役人の男性は40代ほどだろうか。
「はっ。男性が1名、女性が3名とのことです。」
少年の口調は、かなり舐め腐ったようなものだったが、役人の男性は淀みなく答える。
役人の男性が「女性」と答えた瞬間に、少年の目の色が変わった。
「へぇ。ここにも女の子いるじゃん。こーゆうのを待ってたんだ僕は。」
少年は口の端を上げ、にやりと嗤う。
すると、少年の正面に座っていた、少年と同年代であるような少女が微笑む。
「わあ、また仲間が増えるんだね。楽しみぃ」
少女は赤黒く長い髪がさらりと流れる。
深淵を表したような昏い眼はパッチリと開き、肌は浅黒い。
衣服は黒くて薄手の簡素なワンピースを着ており、ワンピースの下から盛り上がる双丘が女性の色香を際立たせていた。幼い顔立ちは歳に似合わない妖艶さを纏っているように見える。
「そうだね。僕の最強伝説がついに始まるんだ。憧れてたんだよなぁ。やっぱり異世界といえば最強を目指したいなぁ!ノアもそう思うよね?」
「うん!!勇者様は世界を救うために最強になって魔王を倒す英雄になるって本に書いてあったの!」
「そーだよねぇ。やっぱり異世界勇者っていえばチートだよなぁ。チートなしとかこの世界で生きていける気がしないや。」
少女の返答に満足したのか、はたまた自分自身の答えに納得したのか、少年はうんうんと頷く。
少年の隣にいた役人はじっと黙ってその会話を聞いていた。
「さて、この村にはどんな女の子がいるのかなぁ?楽しみだ。」
少年は昏い笑みを浮かべながらまた馬車の外に目を移す。
そんな少年を見る少女も椅子から浮いた脚をぷらぷらさせながら、にこにこと無邪気そうに笑っていた。
「いってくる!」「いってきますです!」
しばらく時間が経ち、レクスはクオンを連れ立って家を出る。「気をつけてねー」とレッドの声が家の中に響いたのだが、レクスとクオンには聞こえていなかった。
レクスはクオンと手をつなぎ、村の中央広場へ走る。
クオンもレクスに引かれるなか、ロングスカートがはためき、ツーサイドアップに纏めた髪も頬に当たる風に流れていた。
そしてレクスとクオンは中央広場にある噴水前に人だかりを見つける。
人だかりの中にはレクスの見慣れた赤髪サイドテールの少女と藍髪のミディアムヘアの少女を見つけた。
どうやらリナとカレンは先に到着していたようだ。
レクスとクオンはその二人の少女たちの横で立ち止まり、ハァハァと息をつく。
「兄さん…速すぎますです…。」
「悪い。ごめんなクオン。」
クオンはレクスに比べ、息が若干荒かった。
レクスはそんなクオンを見て(少し速く走り過ぎたか)と反省した。
そんな2人に気づいたのか、リナとカレンが振り返る。
「おはよ。レクス、クオン。遅いわよ。」
「おはようございます。レクスさん。クオンさん。」
リナは少し頬を膨らませながら、カレンはいつものようににこにこと笑いながら挨拶をする。
「おはようございますです。リナお姉ちゃん。カレンお姉ちゃん。ちょっと兄さんの準備に手間どって…。」
「おはよう。リナ、カレン。ごめん。ちょっと探しものがあってさ。クオンを付き合わせてしまった。悪い。」
「そんな事だろうと思ったわよ…全く…クオンもレクスの事に付き合わなくていいからね?」
二人の様子にリナははぁと呆れたような溜め息をつく。
実際にこういった場面でレクスが原因でクオンと共に遅くなるということは、この4人で集まる際によくあることであった。
まだ息が荒いレクスに、カレンが話しかける。
「レクスさん。そういえば、今日スキル鑑定と魔力鑑定の他に、別の催しがあるらしいですよ。」
「別の催し?」
「はい。何でも新たに来た王国の客人を皆に紹介するために、その客人の方が各村を回っているんだそうです。」
「なるほど。だから何時もより豪華で大きい馬車なわけだ。どんな人だ?」
「まだ紹介されていません。ここまで大きく紹介するような人とはどのような方なのでしょうか…?」
「へぇ…」
レクスはカレンの言葉に相槌をうつと、カレンから馬車の方に目線を移す。
何時もは来ないような豪華な馬車の隣には、制服を着た王国の役人らしき人間が剣を抱えて立っていた。
(そんなに王国で重要な人物って誰だろ?国王様や王子様が回ってるってわけでもなさそうだしな…?)
レクスがそう考えながら馬車を見ていると、レクスたちの反対側からもう一人、役人が顔を覗かせる。
その役人はつかつかと歩き出し、レクスたちがいる人だかりの前でピタッと止まると、レクスたちへ顔を向ける。
手に持った巻物を自身の顔の前でバッと広げた。書状のようだ。
役人は声を張り上げる。
「この度、わがグランドキングダムにて、魔王を討伐せしめんために、はるか彼方より一人の勇者がご来訪された!スキル「勇者」を持った彼は、これから王立学園に入学し、3年間をかけて学びと戦いの経験を積まれた後、魔王討伐の旅を歩まれる!その旅により、グランドキングダムに恒久の平和がもたらされるであろう!今回の訪問は、国民の顔を見て回られたいという勇者様きっての提案である!皆のもの!これより魔王討伐の第一歩を踏み出される勇者に拍手を!」
その役人の言葉に、周囲から拍手が巻き起こる。
レクスも周りに合わせて拍手をする。
リナやカレン、クオンも何が起こっているかわからないまま、同じように拍手をしていた。
魔王というのは、レクスたちが生まれるずっと昔、この世界を手中に収めんとした侵略者だと言われている。
魔王の名は「インフェジア」といい、それは闇の塊のような見た目で、魔獣と共にこの世界に侵攻してきたと言われている存在だ。
そんな魔王を相手に、この世界の守り神と言われる女神「ファノア」が力なき人々の代わりに魔王に立ち向かったのだ。
しかし、魔王インフェジアの力は凄まじく、女神も苦戦を強いられてしまう。
それでも力を振り絞った女神ファノアはその命と引き換えに魔王インフェジアを封印したというのだ。
そしてその女神が使っていた剣は王国の宝となり、封印した魔王インフェジアにとどめをさすため眠っているのだという。
また、女神ファノアが命を落としてから「人間」と人間と異種族の混血である「ハーフ」にのみ「スキル」という力が一人に一つ表れ始めた。
そのスキルという力は、あるものは岩を割る力を手にし、またあるものは商売の手腕に秀でたりと多種多様であった。
そして、その中でも女神ファノアの力を受け継いだスキル「勇者」を持つものだけがが国宝の剣を取って魔王にとどめをさせるという言い伝えだ。
それはレクスも知っている有名な話だった。
観衆の拍手の最中に、役人はササッと馬車の前に移動する。
そして馬車の扉に手をかけるとスッと馬車の扉を引いて開いた。
馬車の扉が開くと、少年が一人立っていた。
レクスにはその少年が同い年くらいにみえる。
茶色の髪は少しパーマがかかり僅かに毛先が巻いている。その髪は額に少しかかっていた。
黒い瞳はオニキスのような輝きをしており、間違いなく顔立ちは整っていた。
身長はレクスより少し高い。
豪華な金の刺繍が入った赤い上着を羽織り、レクスには見覚えのない素材のズボンを履いている。
靴もレクスには全く覚えのないデザインだ。
そして何よりその少年は村の人たちを見て、口角を上げてにやけるように笑っている。
レクスはその雰囲気に何故か背中がざわつくような恐怖感を覚えた。
(な…なんだコイツ…?)
レクスが感じた恐怖感は異様なちぐはぐさだ。
まるで頭脳は幼児で身体は立派な大人のような。
何処か整合性が無いような雰囲気をレクスは身を持って感じていたのだ。
「兄さん…」
クオンの不安そうな声が喧騒の中でポツリとレクスの聞こえたかと思うと、レクスの右手がギュっと握られた。
レクスがちらりと見ると、クオンがレクスの右手を両手で包み込むように掴んでいる。
もしかするとクオンも同じような雰囲気を感じ取ったのかもしれないとレクスは思った。
「…大丈夫さ。クオン」
レクスはボソッっとクオンに声をかける。そしてクオンの反応を見ないまま視線を前に向け直した。
握られる力が強くなったことを、しっかりとレクスは気付く。そんなレクスとクオンの様子に気づいたのか気づいていないのか。
異様な雰囲気の少年は馬車からゆっくりと降りると、レクスたち村人の正面に向かって歩を進める。
少年は拍手の中、恭しく礼をする。
すると拍手は鳴り止み、少年はそれを確認すると顔を上げ、口を開いた。
「始めまして。僕はリュウジ・キガサキ。この世界を救うために召還された勇者さ。僕はこの世界に来てからその使命を王様よりうけてここにいる。皆さん、もう安心だ。ここに僕という勇者が現れたからには、この世界は僕が魔王を倒して救ってみせよう!」
そう言ってリュウジは腰に下げた剣を抜き、天に向かって掲げた。
その言葉と所作は何処か芝居がかっているようにレクスは感じた。まるで演劇をするために練習したようだったのだ。
しかし、その言葉を聞き、所作を見た村の人たちはリュウジを大きな歓声と拍手で包んだ。レクスはその興奮の様子を何処か白けた様子で見ていた。
ちらりとレクスはリナとカレンの方に視線を向ける。
リナは何処か置き去りにされたように戸惑っている。カレンに至っては訝しげな表情を浮かべていた。
レクスはリュウジに視線を戻すと、満足げに剣を鞘に納める。リュウジはそのまま馬車の手前まで下がると、その脇から役人が二人がかりで机を運んでくる。
二人の役人は運んできた少し広い机をレクスたち村人の前に降ろす。
その机の上にはソフトボール大の水晶玉が光輝き、台に置かれ、鎮座していた。
その水晶玉をレクスは両親から教えて貰っていた。
スキル鑑定と魔力量、魔力適正を測る為の魔道具「鑑定水晶」だ。
鑑定水晶の上に手を置くことでその人物の名前や年齢、スキル、魔術適正や魔力の大きさなどを測れる便利なものらしい。
この魔道具自体が大変高価なもので、王都内でも置かれている場所が限定されているという品だ。
机を置いた役人のうち、1人は下がったがもう一人は横にずれて水晶玉の向こう側に移動する。どうやら水晶玉の向こうに立った役人がスキルと魔術適正を読み上げるらしい。
すると、つかつかと馬車の手前にいたリュウジが移動し、その役人の隣に立つ。
役人はリュウジが側に立つのを確認すると、コホンと一つ、咳払いをしてから口を開き大声を張る。
「これよりスキルの鑑定、及び魔術適正の鑑定を執り行う!該当者は前へ!」
その言葉の後、リナがカレンを連れて前に出る。レクスもつられてクオンの手を引き、前に出た。
水晶玉を乗せた机の前にレクスら4人が並ぶ。
(…ん?)
水晶玉の前に並んだ時、レクスは少し訝しんだ。
リュウジの表情に違和感を持ったのだ。
リュウジはレクスを見ず、リナとカレン、クオンの方をまるで値踏みするかのような目で見ているように思ったのだ。そしてどことなく満足したように口角を上げて笑っていた。
レクスが訝しんだのも束の間、役人がレクスたちに声をかける。
「スキル鑑定を行う者は勇者殿が労いの握手をしてくださる。勇者殿と握手をしてから、鑑定の水晶に触るように。…では、私から見て右のものから始めなさい。」
ご拝読いただきありがとうございます