第15−1話
15
入学式があった日の夜。
皆が寝静まった男子寮の中で、寮の机に備え付けられた魔導灯が灯る部屋があった。
4階の角部屋。
レクスが机に備え付けの魔導灯を灯して、何やら作業をしていた。
その眼は集中し、手元から目を離す様子はない。
「ううん…あれ?レクス君。まだ起きていたのかい?」
奥のベッドから、ムクリとアランが身体を起こす。
その姿はオレンジのパジャマにナイトキャップを被り、ごしごしと眼を擦っていた。
レクスはアランの声に気づくと、椅子に座ったまま上半身をアランの方に向ける。
「悪ぃな。起こしちまったか?」
「大丈夫さ。…何をしているんだい?」
アランはベッドから降りると、レクスの座っている机に向かう。
「そんな面白いもんじゃねぇぞ?」
そう言って少し笑うレクスの手元を、アランは見た。
そこには彫刻刀と作りかけの木彫り、そして洞窟でレクスが大切に持っていた木彫りの指輪があった。
「…木彫りかい?」
「ああ。趣味でな。面白いもんじゃねぇだろ?」
アランが見ると、木彫りの品はどれも作りが細かいように見て取れた。
今作っている最中のものも、丁寧に彫り込んでいるように見える。
「いいや、レクス君はすごいな。もしかして、「スキル」かい?」
レクスは首を横に振り、アランの言葉を否定する。
「いいや、俺のスキルはわからねぇ。鑑定水晶から、何も出やしなかったしな。」
「鑑定水晶から何も出ない…?そんなことがあるわけないじゃないか。あれは例え魔力がなくとも、対象の魔力や精神に干渉して正確にはじき出すもののはずだ。考えられない。」
「へぇ、そうなのか。でも出なかった事は間違い無いしよ。…そういや昼に何で傭兵ギルドに行ったかって言ってたな。…詳しく聞くか?ちょっと長い話になるけどな。」
レクスがアランに尋ねるとアランは静かに首を縦に振った。
「あんまり面白くは無いけどよ…。」
レクスはアランに、今までの自身に起きた出来事をかいつまんで話す。
鑑定でスキルが出なかった事。
幼なじみと妹に嫌われた事。
旅に出たら洞窟で彷徨った事。
馬車に出会い、王都に着いた事。
そして傭兵ギルドに入ったきっかけ。
それら全てを、アランはベッドに座り、食い入るように聞いていた。
「…と、まあこんなもんだ。まあ、それも全部この2週間で起こった事だから正直俺自身もまだ本当かって思うくらいだけどな。…あんま面白くなかったろ?」
レクスはそう言って溜め息をつく。
その目線の先には3つの指輪があった。
「レクス君。君は…凄いよ。僕はカリーナから嫌われるなんて思うと、ゾッとしてしまうからねぇ。幼なじみさんと義妹さんは勇者のところにまだいるのかい?」
「ああ。今日も居たろ?リナとカレンとクオン。あの3人が俺の幼馴染と義妹だ。…向こうはそう思いたくはないかもしれないがよ。」
「何だって?あの3人は伝説のスキルを持っている3人じゃないか…そうか!だからアルス村か!聞いた事があると思っていたんだよ!」
レクスの言葉にアランは目を見開いて驚くと同時に、納得したように頷いて見せた。
「そういえば今日、君はあの3人から酷く罵倒を受けていたね。…よく耐えられるよ。」
「立ち直ったとは言わねぇけどな。…ま、あいつらに付き纏ってるって言われてもおかしかねぇけど。」
「レクス君は…悔しく無いのかい?恨んで無いのかい?」
アランの問いに、レクスは少しだけ考える素振りをする。
僅かに考えたのち、首を横に振った。
「悔しく無い訳じゃねぇし、恨んでないって言ったら嘘になるな。でも…結局、あいつらがいないと寂しいって思っちまったのは確かだし、あいつらが苦しむ姿も見たくねぇんだよ。だから1回くらい話つけてケリつけようとは思ってるんだが…嫌われ方が凄いのと、リュウジにべったりだからな。そんな暇ねぇよ。」
レクスはふぅと溜め息をついてアランを見る。
「なるほど。それが君のルーツという訳か…。只者じゃないとは思っていたけど、それを聞けば納得だ。やはり、僕の眼には狂いがなかったんだねぇ。大物だよ、レクス君は」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。一歩間違えりゃ犯罪者って言われてもおかしかねぇしな。」
ハハハとレクスは笑う。
そんなレクスを見てアランはコホンと咳払いをした。
「レクス君だけに教えて貰うのも公平じゃないからね!僕のルーツもレクス君に教えてあげようじゃないか!」
「…いや、別に聞こうと思っちゃいねぇし、興味もねぇけど。」
レクスの話をきき、目を完全に覚ましたのかテンションの高いアランに、レクスは冷ややかに答える。
レクスは長くなりそうだと思ったのだ。
「レクス君!謙遜しなくてもいいさ!僕と君の仲だ!」
「いや…別に謙遜すらしてねぇけど…。」
レクスの冷ややかな目を知ってか知らずか、アランはゆっくりと語り始める。
「レクス君はヴァンパイアという種族を知っているだろう?」
「…まあヴァンパイアがいるってことくらいしか知らねぇよ。アランも自己紹介のとき、ヴァンパイアだって言ってたじゃねぇか。」
「じゃあ、ヴァンパイアの特性は知っているかい?」
レクスはアランの話を仕方なく聞いていたが、アランの問いに、考える素振りをする。
(ヴァンパイアの特性?エルフとかドワーフは知ってるけど、ヴァンパイアって何だ…?血を吸うってくらいしか知らねぇぞ…?)
レクスの周りではそんな話を聞いたことも無かった。
レクスの知るヴァンパイアはアランやカリーナ以外ではクロウの妻の一人であるマリンだけだった。
「その様子だと、あまり知らないようだね。恐らく「血を吸う」くらいしか聞いたことが無いんじゃないかい?」
「ああ。すまねぇがそのくらいしか知らねぇ。」
「いや、普通さ。ヴァンパイアの特性なんて他の種族は知らないだろうからね。」
そういって、アランは軽く笑う。
しかしその直後、肩を落とし目を伏せた。
「…ヴァンパイアというのはある意味呪われた種族さ。血で魔力を大幅に増幅させる代わりに、血を吸わなきゃ魔力の回復が出来ない。それもヴァンパイア以外の血をね。相手の首筋を噛んで血を吸い出す。見方によるけどとても恐ろしい行為だよ。まあ、吸血自体はしなくても、普通に生活出来るけどね。」
アランは重い言葉を丁寧に、ぽつりぽつりと話していく。。
「…かなり昔の話だけどね。一人のヴァンパイアがかなり多くの人を攫って自身の血液タンクとして使ったっていう事件があったのさ。僕やカリーナが生まれるずっと前の話だけどね。その事件があってから、ヴァンパイアは差別の対象になったんだ。」
レクスはアランの言葉で彼の自己紹介を思い出していた。
「僕らヴァンパイアを差別しないなんて」という発言はそういう歴史があるからなのだとレクスは理解したのだ。
「…じゃあ、アランやカリーナはずっと差別を受けてきたのか?」
レクスの問いかけに、アランは「ううん」と首を横に振る。
「僕らが生まれた時にはもうだいぶ差別は無くなっていたよ。…でも王都の貴族たちは違う。貴族はずっと昔の事件のことを掘り返しては、僕やカリーナの両親に嫌がらせをしてきた。僕らも貴族だけど、無理な仕事を押し付けられたり、役職でも下っ端に回されたりね。それでも僕の両親は懸命に僕を愛してくれたし、地元の下街の人たちは差別なんてなかったしね。」
アランは下を向き、ふぅと息を吐く。
レクスは興味がなかったのだが、一転して聞き入っていた。
「僕よりもカリーナの方が辛かっただろうね。…カリーナの家の先祖が、先の事件を起こした犯人だったんだ。僕より、カリーナの方が差別を目に見てるはずだよ。」
「あのカリーナがねぇ…そうは思えねぇけど。」
「カリーナは強いよ。僕なんかよりずっとね。僕は幼い頃からずっと、カリーナに勇気を貰って来たんだ。王立学園もカリーナが行くって言ったから僕も行こうって思った位だしね。」
その話を聞いたレクスはアランと自分を重ね合わせていた。
レクス自身、幼なじみや義妹が行くと行ったから入学したようなものだからだ。
勇気を貰っていたことも同じだった。
「それに…僕とカリーナは結婚することが既に決まってるんだ。卒業後にね。」
その言葉にレクスは目を丸くして驚く。
「そりゃ…良いのか?アランは。」
「まあ…これは僕が悪いんだけどね。さっきも言ったけど、ヴァンパイアはヴァンパイア以外からじゃないと吸血出来ない。もしヴァンパイア同士で吸血したら、どうなると思う?」
「…わからねぇな。反発でもするのか?」
「いいや、吸血された方がした方に傅いて、仕えるようになってしまうんだ。吸血した方が主になって命令を絶対遵守するようになるのさ。ヴァンパイアの中では『血の盟約』って呼ばれてるんだけどね。…僕は幼い頃に、遊びのつもりでカリーナに「血の盟約」を結んでしまった。」
「それは…」
「当然、その当時は何とも思っていなかった。あとで僕の両親とカリーナの両親にこっぴどく叱られたよ。
でも、カリーナは違った。『アランで良かった』って笑いながら言ってくれたんだ。…僕はその時誓ったんだよ。カリーナが幸せになれるように、カリーナの不幸は僕が背負ってやるってね。もし仮にカリーナを傷つける輩がいるなら、全力で排除してやるさ。例えそれが勇者であってもね。」
アランは真っ直ぐレクスを見ていた。
まるでこの決意は変えないとでも言っているかのように。
「…アランはカリーナが…好き…なのか?」
「もちろんさ。大好きだとも。愛してると言っても過言じゃないさ。…まあ、カリーナがどう思ってるのかは知らないけどね。」
レクスの問いかけにアランは即答した。
「レクス君の話を聞いてぞっとしたよ。もし僕がカリーナから嫌われることがあったらもう立ち直れないだろうね。最悪、自殺まで考えるかも知れない。」
「…似たもの同士じゃねぇか。俺ら。」
「そうだね。君は幼なじみと義妹、僕はカリーナってだけの話さ。こうも似てるってことはやはり!運命としか言えないよ!」
先ほどの話ぶりから一気にテンションが戻ったアランにレクスは乾いた笑いしかでてこなかった。
するとレクスはアランの前に拳を突き出す。
「レクス君?なんだいこれは?」
「あ、知らねぇのか。なんか友情の証で拳をコツンと合わせるって親父から聞いててよ。てっきり知ってるもんかと。」
レクスから突き出された拳に訝しむ様子のアランだったが、レクスの話を聞いて、アランの目がきらきらとしたものに変わった。
「それは素晴らしい!なら僕も返さなきゃね!」
アランもぐっと拳を構えると、ゆっくりレクスの拳にコツンと当てた。
「これで僕とレクス君は親友と言えるだろうね!」
「言い過ぎだっての。まあ親友って響きも悪かねぇな。」
2人は拳を離すと、ハハハと笑い合う。
だがふと、レクスの頭にあることがよぎった。
「…アラン。カリーナのことはわかったけど、エミリー見て興奮してたのは何だったんだ?」
そのレクスの言葉に、アランの目つきが変わった。
「僕はカリーナを愛しているさ。…けれど、彼女を見た瞬間に気が付いたんだ!一目惚れだよ!あんなに尊くて無垢な花を僕は知ってしまったんだ!こうなれば、僕は両方手に入れるしかないじゃないか!…レクス君は気付いたかい?彼女のチャーミングな瞳や美しい肌を!レクス君にも教えてあげようじゃないか!どれだけ彼女が美しいか!彼女の魅力をねぇ!」
何か別のものに火がついたアランに、レクスは少し後悔していた。
(……親友って言ったの、やめりゃ良かったか……?)
口元をひくつかせるレクスに気付かず、アランはレクスに語り始める。
「まずはあの背丈!あれほど小さいのに魅力が非常に詰まっているよね!きめ細やかな肌とあの人形のような手足!可愛すぎてたまらないよ!さらにあの燃えている様な髪も魅力的だし、くりくりとした瞳も芸術的だと思うよ!あの口元も凄く……」
「……ははは。」
止まらないアランに、レクスは今度こそ乾いた笑いしか出て来なかった。
(…勘弁してくれ。)
レクスの夜は長くなりそうだった。
お読みいただきありがとうございます。




