第14−2話
レクスは生徒会室から出た後、学園食堂の手前まで戻ってきていた。
たまたま近くにあった丸太を横に切ったようなベンチに腰かけると、ふぅと一息つく。
(会長は何だったんだ…?あんなに近くまで寄られると緊張しちまうだろ。…会長の胸、やっぱデカかったな…。って何考えてんだ俺は…!)
レクスは右手で胸に手を当てると、心臓の拍動が少し激しくドクドクと鳴り響いていた。
マリエナに囁かれた時の表情がとても色っぽく、レクスは思い出すだけで顔が熱くなる。
レクスは両手をベンチに下ろすと、そのまま赤い頬を冷やすように空を見上げる。
ところどころ雲がかかっているが、青い空の見える晴天だ。
小鳥が鳴き、涼しいそよ風がレクスの髪を撫でる。
(そういや親父や母さん、シルヴィ母さんはどうしてっかなぁ。…元気だといいけどな。)
そよ風にアルス村の光景を思い出し、レクスはふぅと息を吐き出す。
村にいた時と全く異なった風景は、レクスにとって新鮮でもあり、何処か別世界のようでもあった。
(懐かしいなぁ。リナの美味い手料理も、クオンの上手に淹れてくれたお茶も。…今となっちゃ、ぜってぇ無理だろうけど。)
レクスの中にまだぽっかりと空いた寂しさは、まだ埋めるのに時間がかかりそうだった。
溜め息をつきながら、レクスは顔を前に戻す。
すると目の前に多くの学生が行き交う中で、何処か寂しそうにとぼとぼと歩くカルティアの姿が目に映った。
皆カルティアを避けるように歩き、友達らしき人影もなく、付き人のような姿も無い。
ふと思い返すと、カルティアは人との接触を避けているようにも、レクスには思えてしまった。
カルティアはリュウジすらも避けている様子だ。
「寂しくねぇのかな…あいつ。」
その呟きはカルティアに届くはずもなく、カルティアは寂しげに女子寮の方へ歩いていった。
「…俺も行くか。」
カルティアが去ると、レクスも鞄を持って立ち上がる。
レクスは地図を確認すると、欠伸をしながら男子寮の方へ歩き出した。
「ここが僕の部屋なんだね。僕専用の寮なんて、王様も粋なことするじゃん。」
リュウジは自身の寮に脚を踏み入れ、寮内を確認していた。
寮の内部は豪華ではないものの、質の良い家具が揃っており、調度品も作りの良い品が数多くあった。
勇者専用の寮は平屋3LDKの造りで、外観は寮というよりは一軒家のようにも見える造りだ。
広々としたリビングにダイニング、寝室も揃い、リュウジの機嫌はかなり良かった。
「それにしても、ここに僕だけで住むのも味気ないよねぇ。リナたちと住んでも良いけど…そうだ!日替わりで誰か呼べば良いじゃん!」
リュウジは天啓が射したように声を上げた。
「となればメイドさんとかも欲しいよね。リナたちは料理とか出来なさそうだし、クラスの女子たちもお嬢様ばっかりだからなぁ。ジーニアとかマティアもだよね。何処かにメイドさん居ないかなぁ。」
そう言いつつ、リュウジは寝室のベッドにポンと跳び乗った。
上には天蓋も着いているベッドはフカフカで、リュウジ身体を優しく包み込む。
「王宮のメイドさんに頼もうかなぁ。特に若いメイドさんにさ。いろいろと身の回りの世話とかも頼んで、夜のお世話も…なんてね。」
リュウジは一人でニヤついた笑いを浮かべ、自身にメイドが着いた姿を想像していた。
「操心さえあれば、メイドさんも好意100%で僕を甘やかしてくれるだろうしね。そういえば…」
リュウジの頭に、ある少女の姿が浮かんだ。
プラチナブロンドの長い髪と誰もが羨ましがるスタイル、それでいて儚げにも見える美貌の美少女。
「カルティアにはなんで効かないんだろ?他の王族には効いたのにさ。」
カルティアはリュウジに対してそこまで好意的な態度を示していないどころか、リュウジやそれ以外の人も避けている印象がリュウジにはあった。
カルティア以外の王族は、リュウジの操心によってリュウジを好意的に受け入れてくれていたのだ。
「僕を呼び出した第二王女様も僕に惚れてるしね。第一王女も間違い無いよね。ま、カルティアはあとでいっか。あんな冷たい様子じゃ友達なんて絶対出来ないだろうしね。」
リュウジは下衆なことを思いひとりごちていると、コンコンとノックの音が玄関から聞こえた。
「…誰だろ?ノアかな?」
ひとり呟きながらリュウジはベッドから降り、玄関まで向かう。
玄関でリュウジがドアを開けると、リュウジの思ったた通り、ノアが立っていた。
「リュージ!遊びに来たよ!」
「ノアか。さ、入って入って。」
リュウジが手招きすると、ノアが横に首を振った。
「私だけじゃないよ。ね、2人とも。」
ノアが後ろを向いて声をかける。
すると2人の女性がノアの後ろに立った。
「すごい。専用の寮なんて。私のときはなかった。」
「リュウジだけなんでスね!広そうでス!」
ノアの後ろにいたのは、教導騎士のジーニアとマティアだ。
「なんだ。2人も居たんだね。どうぞ入って!」
リュウジが三人とも寮に入れると、最後に入ったノアが後ろ手に寮のドアを閉めた。
すると、ジーニアとマティアは少し頬を赤らめ、モジモジとしている。
「ノアの他に2人もなんて、珍しいね。何か用でもあったのかい?」
「ちょうどそこで会っちゃって。…ほら、2人とも。リュージに言わなきゃ。」
笑っているノアに急かされるように、ジーニアとマティアはリュウジの眼を見つめた。
「リュウジ。あなたのことを思うと、身体が熱くなる。私を見つめる笑顔が忘れられない。こんな事、はじめて。」
「私もでス。リュウジを見ているト、身体がポカポカするんでス。こんなのはリュウジだけでス。」
ジーニアとマティアの瞳が熱っぽくリュウジを見つめていた。
2人のその表情に、リュウジの鼻息が荒くなる。
「私、経験ない。だから…リュウジ、教えて?」
「リュウジの事を思うと切ないでス。なので…忘れられなイようにしてくださイ。」
その言葉に、リュウジの興奮は最高潮になった。
「ふ、2人とも僕にそう思ってくれるなんて…。嬉しいよ。ジーニア、マティア!絶対大切にするから。…ベッドに行こうか。」
リュウジの言葉に、2人ともコクリと頷く。
そして、ノアはカチャリと静かに後ろ手でドアに鍵をかけた。
リュウジとともに寝室に向かうジーニアとマティアを見ながら、ノアは昏く笑みを浮かべる。
「待ってよリュージ!私も入れて!」
次の瞬間には、ノアは何時も通りにニコニコと笑って、リュウジの寝室へ駆けていった。
「ここが俺の寮かよ。傭兵ギルドよりでけぇじゃねぇか。」
レクスの前に建っているのは、4階建ての巨大な建物だった。
その男子寮は木造で茶色く、幾つも窓が付いている。恐らくは窓の数ほど部屋も有るのだろうとレクスは思っていた。
男子寮の建物は横に長く、その真中に寮への入口があった。
レクスは入口に近づくと、中に誰か男性が立っているのが見えた。
その男性は荷物を持った学生に、何やら指し示しているようにも見える。
レクスがそのまま寮に入ると、他の学生を案内していた男性がレクスの方へ歩いてきた。
男性の年は60歳前後にレクスには見え、白髪で頭頂部が禿げていた。
「おー新入生かね。わしゃここの男子寮の管理人をしちょる、タミンちゅうもんじゃ。お前さんは…?」
タミンと名乗った男性は、小さなコルクボードを手にレクスを見る。
「えーと、新入生のレクスってんだけど。」
「おお!レクスさんじゃな。待っちょったぞ。ええと、レクスさんは…。」
レクスが名乗ると、タミンはコルクボードを見て、コルクボードを指でなぞる。
「レクスさんは…4階の7号室じゃな。おっと、鍵を渡さんとな。」
タミンはポケットから鍵束を取り出すと、その鍵から一つを抜いてレクスに手渡す。
手渡された鍵をレクスが確認すると、鍵に付いたタグに407と数字が書かれていた。
「門限は11時じゃ。それより遅くなるなら、先にわしに言っちょいてくれ。それでも遅くなるなら…反省文かのう。ホッホッホ。」
「ああ。ありがと。出来るだけ門限迄には帰るつもりだ。心配はかけさせねぇよ。」
レクスが礼を言うと、タミンは「ほう。」と感心した声をあげる。
「良い心がけじゃ。そう言ってくれる学生も少なくてのう。…お前さん、女にモテる顔しちょる。バレなければ連れ込んでもかまわんぞい?」
その言葉にレクスは「ぶっ」と吹き出す。
「しねぇよ…多分。それに相部屋って書いてあったじゃねぇか。」
「ホッホッホ。人生とは何が起こるか分からんもんよ。わしも40年前は学生寮の管理人をしちょるとは思わんかったわい。」
笑うタミンはレクスの背中をばしばしと叩いた。
「レクスさん。人生は一瞬先の事は分からん。学生の今を精一杯生きるんじゃよ。」
タミンのその言葉は、何処か悲しげにレクスには聞こえた。
「ああ。じゃあな爺さん。鍵ありがとな。」
レクスはタミンに背を向け、階段に向かう。
「頑張るんじゃぞー」というタミンの声を背に、レクスは階段を上がっていった。
レクスは4階に上がると、辺りを見回し7号室を探す。
各部屋の扉にはくすんだ金色のプレートに「1」や「2」という数字が彫ってあった。
(7号室だったな。プレートに「7」って書いてある部屋は…ここか。相部屋って誰と相部屋になんだろ?)
7号室は4階の角部屋に位置していた。
レクスは深呼吸をすると、ドアノブを回し、ドアをゆっくりと開く。
部屋の中は机が二つにベッドが二つ、クローゼットが二つとシンプルなものだった。
窓は奥のベッド側と2つの机の真ん中に位置している。
レクスがドアを開けた音に気が付いたのか、奥のベッドに座っていた人物が立ち上がると、片手で髪をサッとかき上げながらレクスの方へ向かってきた。
「やぁやぁ!君がルームメイトだね!僕はアラン!アラン・クライスタッド!高貴なるヴァンパイアさ!君の名前は…」
「…よ…よぉアラン。さっきぶりだな。」
アランはそこで初めてレクスに気が付いたようで、口をパクパクさせていた。
「レクス君!?君がルームメイトなのかい!?」
「…そりゃ案内されたからな。407って。」
レクスはアランにひょいとタミンから貰った鍵を見せる。
「本当だ!まさかこれが運命!?」
「大袈裟だろ。取りあえず、入って良いか?荷物があってな。」
驚くアランだが、レクスは冷静に鞄を見せるように持ち上げる。
「ああ、そうだね。気が付かなくてごめん。」
アランが前から退くと、レクスは中に入る。
部屋の中は外から見るよりも意外と広いとレクスは感じていた。
「アランはどっちのベッド使ってるんだ?」
「先に奥の方を使わせて貰ったよ!」
「わかった。じゃ、俺は手前のベッドを使う。」
アランが奥のベッドを使っていると分かるや、レクスは荷物を手前のベッドに下ろした。
「それにしても、レクス君がルームメイトだとはね!僕はてっきり知らない人が来るかと思っていたよ!」
「そりゃ俺もだ。まさかアランが居るとは全く考えてなかった。」
荷物をレクスはベッドの上にバラっと拡げる。
その中にはレクスがいつも使っていた背嚢や衣類などが多くあった。
広げた荷物をアランが覗き込む。
「ずいぶん多いね。って剣もあるじゃないか!」
「そりゃ田舎から出てきたからな。面白いもんは無ぇぞ?」
そうして荷物を整理し始めたレクスを興味深く見つめるアラン。
このとき、既にレクスの運命はゆっくりと、しかし確かに回っていた。
ご拝読いただき、ありがとうございます。




