金色の生贄
「けは………けけけけ………。」
力の抜けた、リュウジの嗤い声が響く。
先程までとは打って変わったようにリュウジは動けなくなっていた。
ある意味、それは当然といえる結果だった。
先程までのリュウジの動きは、人間のリミッターを外し、無理やり暴走させたようなものだ。
肉体を限界まで駆動させたらどうなるか、答えは明白だった。
リュウジの肉体が、”動作不良”を起こしているのだ。
リュウジは常日頃から身体を鍛えている訳でも無ければ、修練などもあまり行っていない。
学園も無い夏季休業の期間なのだ。
ハーレムの女性たちを囲い、酒池肉林の毎日を送っているリュウジに、突然の肉体の限界駆動は耐えられる筈も無かった。
黒く染まった地に膝を着き、力無く嗤い声を漏らすリュウジに迫るのは、怒り狂った三ツ首の凶爪。
リュウジはだらんと手を下げて脱力したままに、襲い来る三ツ首の番犬を見つめていた。。
「リュウジ! 今行くわ! 」
リナの焦った声が響くが、その距離は少し遠い。
リナがリュウジを守ろうとその腰を上げるが、間に合うような距離ではなかった。
ドスン、ドスンと足音が響く。
刻一刻と血がべとりとこびり付いた大顎がリュウジに迫っていた。
リュウジは光無き目で、ただ空虚に嗤いながら猛然と突っ込んでくる三ツ首の番犬を見つめているだけ。
魔術師も、射手も恐怖で動けない。
ただ死を待っているように、リュウジは座っていた。
「「「「リュウジ様! 」」」」
「リュウジ! 」
「リュウジーーーーーーーーーーーーーー! 」
カレンたちの、ミルラの、そしてリナの。
悲痛な叫びがその場を木霊する。
そして、狂犬の鋭く研ぎ抜いたように鋭利な爪がリュウジの眼前に迫っていた。
瞬間。
リュウジと狂犬の間に、金色が入り込んだ。
ぱきり、と。
金属のひび割れた音が鳴った。
◆
「リュウジ……様……。」
すぐ目の前の弱々しい声が、リュウジの耳に届いた。
何処か暗闇に揺蕩っていたような感覚から引き戻され、ハッと気がついたように、リュウジの意識は覚醒する。
リュウジの身体に走るのは、軋むような激痛。
指の一本すら動かせないような痛みがリュウジの身体を走るが、それよりも。
眼前に拡がっていた光景に、リュウジは目を見開いた。
「ディ……アン……? 」
どんよりと重くのしかかる痛みの中で、リュウジは呟く。
リュウジの眼前に居るのは、ディアンだ。
リュウジが攻撃を喰らう寸前、ディアンがその間に割り込んで攻撃を受けていたのだ。
盾を構え、狗の掌を受け止めている。
だが三ツ首の掌はお構いなしに、ディアンの身体を圧し潰し、砕かんとしていた。
ディアンは盾役とはいえ、相手をしている狂犬の力と質量に耐えられる訳もない。
みしみしと、音が響く。
ぱき、ぱきと鎧に亀裂が走っていた。
盾を構え、狂犬の掌を受けているディアンは、ちらりとリュウジに目を向けた。
「ご無事……そう……ですね。……よか……った。」
にこり、と。
ディアンが目を細める。
誰もが見惚れるような、優しげな笑みを浮かべた。
そして、そのまま紅く、艷やかな唇が僅かに動く。
『ご武運を』
そう言葉を紡いだように、リュウジには見えた。
だが、その言葉を確認出来る暇もなかった。
次の瞬間。
ぐしゃり、と。
ディアンの身体は、呆気無く狂犬によって圧し潰された。
同時に、大量の鮮血がリュウジに降りかかる。
リュウジの身体が満遍なく紅く染まり、その視界も真っ赤に覆われた。
鼻に入るのは、生臭い鉄の臭い。
纏っていた黄金の鎧が弾け飛び、血の纏わりついた破片が周囲に散乱した。
何が起こったのか、リュウジは理解が追いつかなかった。
(ディアン……? 何が起こったの……。 え、死んだ……? ディアンが……? あんなに簡単に? 嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘……………………)
番犬の掌に、灼熱の青い炎が灯った。
焦げた肉の焼け付く臭いが、辺り一帯に広がる。
「たい……ちょ…………。」
誰かが、ガチャンと鎧と地面が擦れる音を立てる。
黄金百合に所属するメンバーの一人だった。
何が起こったのか、理解出来ないと言わんばかりにその場に崩れ落ちた。
その人物だけではない。
リナも、カレンも、クオンも、ミルラも、生き残った他の冒険者でさえも。
誰もが事実を受け入れられないように、硬直していた。
この瞬間、ディアンの命は儚くも圧し潰され、灼熱によって、無惨にも消し炭となったのだ、と。
理解出来ないのは、リュウジも同様であった。
リュウジと共に先程までいた人間が、リュウジの目の前でその命を散らした。
リュウジを満遍なくしとどに濡らした血液が嘘偽り無いと、その事実を語っている。
ただただ目の前で人が死んだという事実を目の当たりにしたリュウジは。
「はは……。ははははっ……。あはっ……。はははは……。」
嗤いが、溢れた。
何故なのかはリュウジ本人にもわからない。
恐怖なのか、悲しみなのか、はたまた別の感情なのか。
リュウジの頬を涙がぼろぼろと伝う。
紅に染まった視界で見えるのは、再び剛腕を振り上げた番犬の姿。
リュウジは動けない。
嗤い声を上げたまま、リュウジは三ツ首の番犬をただただ笑い泣きながら見上げていた。
”ぐぎゃああああああああああああああああああ”
身体の芯にまで反響するような、魔獣の咆哮が響く。
剛腕が、リュウジに向かって振り下ろされた。
掌でも、爪でもリュウジに当たってしまえば死は免れないだろう。
「リュウジぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!! 」
リナが叫び声を上げながら、リュウジの元へと駆け寄っていた。
その細腕に大剣を構え、眦には光るものを浮かべている。
リナはリュウジの傍にまで駆け寄ると、すぐさま手を前に出す。
どん、と。
リュウジをその場から押し出した。
呆けたようなリュウジの顔を目の当たりにしながら、リナが番犬へと振り向く。
すぐ目の前に、燃え盛る炎を纏った鉄槌が迫っていた。
「止めてください! リナぁ!」
「リナお姉ちゃぁぁぁぁぁん! 」
リナの幼馴染たちの声が響く中、リナは堅く目を閉じた。
迫る衝撃への、せめてもの抵抗だった。
瞬間。
”ドドドン”、と。
響いたのは、三発の発砲音。
”ギャァン!”という鳴き声と同時に、リナの直ぐ側で地を穿つような炸裂音が響いた。
リナの頬を熱気が撫で、細かい小石が掠める。
目を開くと、リナの二歩左側に火柱が上がっていた。
三ツ首の番犬が、首を動かす。
三つの頭の内、左側の左目から緑の血が噴き上がっていた。
そして、その三ツ首の視線の先。
「……おい、お前の相手は俺だろうが。」
右手に持つ魔導拳銃から、少しの煙が上がっている。
挑発するような言葉とは裏腹に、その表情に感情はない。
されど真紅の瞳は怒りを顕にしていた。
惨劇の元凶を赦す気などない、と。
その襤褸切れのようなローブを纏った立ち姿は、処刑人が如く。
傭兵が、立っていた。
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