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第14−1話

 14

 学園食堂は、校舎の隣に併設された木造で白い平屋建ての建物だった。

 外見は大きな木を組み合わせた広いログハウスのような印象を受け、屋根の端には風見鶏がくるくると回っている。

 入口には「学園食堂」と大きく書かれたプレートが取り付けられ、周囲には香ばしい匂いが漂っていた。


「さあ!入ろうか!学園の食堂は王都で美味しいと評判だよ!」


「我が舌に合うであろう逸品があるのか楽しみだ!満足させてくれる事を期待しようぞ!」


「…アランはともかく、カリーナは普通に喋っても良いんじゃねぇの?」


「ちっ…違うもん!我はこれが普通だもん!」


 レクスの言葉をやはりカリーナは顔を赤くして否定する。

 やはりレクスの前ではカリーナはこの口調でいきたいらしかった。

 そんな2人を傍目にアランが学園食堂のドアを開く。

 一層濃い香ばしい香りが出迎えるようにレクスたちを包んだ。

 建物の内部は天井は高めで、大きな木の梁が露出している造りであり、かなり広い。

 一歩立ち入ると、大勢の学生たちがわいわいと食事を取っている様子が一行の目に飛び込んできた。

 学生たちは長テーブルに座って1人で食べている者や大勢の集団で長テーブルを囲んでいたり、少人数のグループでテーブルを囲って座る者など多種多様だ。

 奥のカウンターからは多くの調理員らしき人が動き回っているのが見えた。

 注文は奥のカウンターでトレーを取り、注文のあと、料理を受け取ってから代金を支払う形式のようだ。


「いい匂いがしてきたね!僕はもうお腹が空いているよ!」


「我もだな。我を満たす至高の料理を所望するぞ!」


 テンションの高い2人をよそに、レクスはカウンターの上を見ていた。

 カウンターの上には注文出来る料理の名前と金額がずらりと並んでいたのだ。


(ビーフシチューがあるなぁ。それにすっか。それにしても高ぇな。ハニベアの日替わりランチ2回じゃねぇか)


 レクスから見ると、料理の金額は全体的に高めなように思えた。

 レクスたちはまとまってカウンターの方へ行く。

 レクスがトレーを取ると、太った年配の女性が注文を取りにカウンター越しでレクスの前に立った。


「あー、ビーフシチューで。」


「はいよ!ビーフシチューね!待ってな!後ろの2人は?」


「僕はフライドチキンのトマトソース添えをお願いしようじゃないか!」


「我はチキンミネストローネを所望するぞ!」


「あいよ!フライドチキントマトにチキンミネストローネね!待ってな!今年の新入生は濃いねぇ!」


 注文を聞いた年配の女性は奥へ引っ込むと、すぐさま料理を抱えて持って来た。


「はいよ!ビーフシチュー、フライドチキン、ミネストローネお待ちぃ!」


(いや早えよ!)


 あまりの早さにレクスは心の中で驚く。

 それはアランもカリーナも同じだったようで、露骨に驚いた顔をしていた。


「会計は順に1600G、2000G、1600Gね。毎度ありぃ!」


 レクスたちは会計を済ませると、料理を持ちながらウロウロと席を探し始める。


「…あのマダムの動き、只者じゃないね!僕の震えが止まらないよ!」


「いくらなんでも早すぎない…。ちょっと怖いよ…。」


「まあ早くて良いじゃねぇか…お、空いてんぞ。」


 レクスが空いている6人席を見つけ、3人共に腰掛けた。

 丸太をそのまま切ったような椅子に腰かけると三人は共に合掌し、食べ始めた。

 レクスはスプーンでシチューを掬い、口の中へ放り込む。

 すると濃厚なワインの風味と、牛肉と野菜のブイヨンが口の中に広がる。かなり濃厚な味だ。


(美味ぇなぁ。この牛肉とかホロホロ崩れるしよ。ただ…高ぇよなぁ。依頼でどうにかいけるかね?早めに婆さんにでも話しとくが良いかなぁ?)


 そんなことを思いつつ、レクスがシチューを食べ進めていると、とたとたと足音が聞こえてきた。


「あ、面白い人たちいたのだ!」


 レクスがちらりと眼を向けると、眼をキラキラさせたエミリーがすぐそばまで来ていた。

 その手にはこれでもかと盛られた肉の山がある。


「え、エミリー嬢…!?」


 アランが気づき、驚いてエミリーに眼を向ける。

 そんなアランを少し膨れた顔でカリーナは見つめていた。


「隣いいのだ?」


「ああ、良いぞ。すげぇなその肉。」


「エミリーはドワーフだからいっぱい食べるのだ。」


 レクスが頷くと、エミリーはトレーをドンとテーブルの上に置いて、レクスの隣にぴょんと腰掛けた。

 エミリーの急な登場に、アランはアワアワと緊張し、慌てていた。


「どうしてエミリーは俺たちのとこへ来たんだ?」


「ゆーしゃに誘われたけど嫌だったのだ。でも一人も嫌だったから、誰か探してたら面白い人たちとレクスがいたのだ。」


 エミリーに言われ、アランとカリーナはショックを受ける。


「ふ…ふふふ…僕が、面白い人?高貴なるヴァンパイアの僕が?」


「わて、芸人じゃないもん…。」


 その様子を見て、エミリーはさらに可笑しそうに笑っていた。

 しかしレクスはその言葉の一部が何となく気になっていた。


「勇者ってリュウジの事だろ?またどうして?」


「ゆーしゃはなんか怖い目をしてて嫌なのだ。あそこにいるのだ。」


 レクスはエミリーが指差した方を見ると、リナたち以外にもクラスの女子生徒に囲まれたリュウジがいた。

 リュウジはニヤつく笑みを浮かべ楽しそうに談話しながら食事を取っていた。

 囲んでいる女子たちはクラスの大半がそこに集まっていると言ってよかった。

 レクスが気づく範囲でいないのは、カルティアとカリーナ、エミリーぐらいなものだ。


「あいつ…器用なこと出来るなぁ。ってか、勇者ってそんな良いもんなのか?」


 レクスの呟きに気が付いたのか、アランとカリーナもそのリュウジの方を見る。

 2人も「うわぁ…」と引きつった顔を浮かべていた。


「いっぱい女の子に囲まれているね。羨ましくもあるけどあれは…。」


「なんでみんないるの…?あてがおかしいの…?わかんないよぉ…。」


 カリーナに至っては涙すら浮かべて怖がっていた。

 見ようによっては風俗店のようにも見えるリュウジたちが明らかに食堂内で異常だ。

 レクスがエミリーに眼を戻すと、エミリーは「美味しいのだー!」と食べっぷりよく食事にありついていた。


「そういえば、レクス君はなぜ傭兵ギルドに行ったんだい?」


 アランがリュウジから眼を離し、コホンと咳払いすると、レクスの方を向いた。

 カリーナもリュウジから向き直ったが、未だ涙目だ。


「あー。まあ簡単に言うと、婆さんからスカウトを受けた。」


 その言葉に、アランとカリーナの顔色が変わる。


「婆さん!?婆さんって…ヴィオナ様のことかい!?」

「ヴィオナ様の事を婆さんって言うひと、あて見たことないよ!?」


 早口にまくし立てる2人に対し、エミリーは「なんの事だー?」と不思議そうだった。


「いや…好きに呼べって言われたしよ…。婆さんって、そんなにすげぇ人なのか?」


 何もわかっていないレクスに、アランははぁと溜め息をつく。


「レクス君。ヴィオナ様は過去の戦争では敵無しと言われた伝説の兵士だよ!?それに、傭兵ギルドは冒険者ギルドよりも古い歴史があって、傭兵ギルドに所属している人は全員相応の強さを持っているって話だ。王国では冒険者ギルドが有名だけど、王国の古くて由緒正しい貴族や王族は傭兵ギルドにみんな依頼を持っていくんだ。そのぐらい信頼されているんだよ!?」


 アランに合わせるように、カリーナもブンブンと首を縦に振っていた。


「そ…そうなのか。俺は冒険者と同じようなもんって聞いてたから…。」


「…まあ、仕事内容は冒険者とそこまで変わらないだろうからね。全く、とんでもない人と友人となってしまったようだね僕は。」


「あ…あて…コホン、我もレクスがそのような大器とは思っておらなんだぞ。ククク、盟友といると面白い学生生活になりそうではないか…!」


 頭に手を当て苦笑するアランと、元のテンションに戻ったカリーナ。

 そんな2人がレクスを友人として扱ってくれるのが、レクスはとても嬉しかった。


「なんかレクスも面白い人たちもみんな面白そうなのだ。エミリーは気に入ったのだ。」


 レクスたちを見ていたエミリーもニコニコと笑っていた。

 そんな4人の元に、一人の人物が近寄っていた。


「こんにちは。新入生の皆、楽しそうだね。ちょっとお願いがあるんだけど良いかな?」


 後ろから聴こえてきた玉を転がすような声にレクスは振り向く。

 そこには、生徒会長のマリエナがニコニコと微笑みながら立っていた。


「お食事中で悪いんだけど、そこのレクスくんを貸して欲しいの。お願い出来るかな?」


 マリエナの顔はにこやかに笑っていたが、謎の圧力をレクスたちは感じていた。


「ぼ…僕は良いですよ。食事も丁度終わったしね、カリーナ?」


「う、うん。あてもいいよ。」


「え、エミリーもそろそろ、た、退散するのだ。」


 レクス以外の3人はその圧力を感じ取ったのか、すごすごと引き下がる。


「じゃ、行こっかレクスくん。生徒会室で、私とちょっとおはなししよ?」


「あ、ああ。…すまねぇアラン。食器を片しといてくれ。」


「…お安い御用さ。また明日だね、レクス君」


 レクスはアランに食器を頼み、マリエナに着いていった。

 歩いている間、マリエナは相変わらず微笑んでいて、歩くたびにその豊満な胸がゆさゆさと揺れていた。

 レクスはそんなマリエナから眼を逸らし、マリエナの後ろを歩く。

 マリエナは校舎に入ると、3階の部屋の前まで来て止まった。

 その扉をマリエナは慣れているように開けると中には机が6つあり、4つは対面で、2つは端で向き合うように設置されていた。

 奥にはキャビネットがあり、資料のようなものが並べられている。

 全体的に狭い部屋で、レクスたちの教室の半分も無いような部屋だった。


「レクスくんはここに座ってね。」


 レクスが指し示されたのは入口から入ってすぐの机だ。

 その間に4つの対面した机が対面する机と挟まれるようになっている。

 マリエナは一番奥の、レクスと対面する席に座った。

 それに合わせ、レクスも席に座る。

 レクスは一体何を言われるのかとドキドキしていた。

 そんなレクスを見て、マリエナはニコニコと笑いながら口を開く。


「まさか私の隠れ家のような場所に、うちの学園生がいるだなんて思わなかったよ。…見たよね?」


「いや…何をだよ?」


「とぼけなくても良いんだよ。レクスくんは見たんだよね?わたしが…わたしがスペシャルデラックススイーツを食べるところ!せっかく月1の楽しみだったのに!不覚だったよ。…よりによって新入生のレクスくんに見られてるなんて思わなかったの!」


 マリエナは少し涙目になり、声を上げる。


「わたしがあんなおっきいパフェ食べてるなんて他の学生に知れたらぜったいに幻滅される…。だからレクスくん、お願い!わたしがあそこでパフェ食べてたって事、誰にも言わないで!そのためなら私、なん「ああ、良いぞそのくらい」でも…え?」


 レクスはマリエナが言い終わる前に、何の気もなさそうに言った。


「誰かしら見られたくないもんの一つや二つあんだろ。犯罪でもない限りそれを詮索や拡散なんてしねぇよ。」


 マリエナはレクスをきょとんとした目で見ていた。

 するとマリエナはクスクスと笑い始める。


「レクスくんは無欲なのかな?私が何でもするって言ってるのに?」


「別に無欲な訳じゃねぇよ。対価貰うのもおかしな話だろ。…それに、あー、会長?みたいな女性が何でもするなんて言うもんじゃねぇぞ?」


 レクスは少しマリエナから顔を逸らす。

 その頬は少し紅い。

 そんなレクスを、マリエナは悪戯っぽい笑みで見ていた。


「へぇ…「何でも」で何を想像したのかなレクスくんは?いやらしいんだ。」


「ばっ…そんなんじゃねぇよ。会長みたいな綺麗な女性がいりゃ、邪な考えをする奴もいるだろって話だ。お、俺はそんなんじゃねぇよ。…多分。」


 頬を染めてたじろぐレクスを、マリエナは「ふーん?」と言いつつ、やはりニマニマと悪戯っぽく笑う。

 するとマリエナが静かに席をたち、ゆっくりとレクスに歩み寄る。

 そしてレクスの傍までくると、座っているレクスに合わせて屈んだ。

 豊満な胸が強調される姿勢に、レクスは紅くなり「いっ…!?」とたじろぐ。


「口ではなんとでも言えるからね。信用出来ないなぁ。だから…ごめんね?」


 マリエナのピンク色をした眼がレクスの眼と合うと、うっすらと妖しい薄紫色の光が灯る。


「あなたはわたしのしていたことを忘れてしまうんだよ。それがわたしを大好きなあなたができることなんだからね。」


 マリエナは蠱惑的な笑みを浮かべつつ、レクスに囁きかける。それはまるで、幼い子供に言い聞かせるような、それでいて艶っぽいような。そう感じさせる語り口だった。

 するとレクスは立ち上がり、マリエナから飛び退いた。

 頰は紅いが、その表情は驚いていた。


「い、いきなりどうしたんだよ会長!?そりゃパフェ食べた事は言いふらしたりしねぇけどよ!?それに俺は会長を嫌いじゃねぇけど、大好きってほどでもねえぞ!?」


 そんな様子のレクスに、今度はマリエナが驚いていた。


「嘘…わたしの魔眼が効かない…?」


 唖然としているマリエナを見て、レクスはさっと自身の鞄を持ち上げる。


「お…俺は寮の手続きがあるから、行くぞ!会長の事は言わねぇから!…じゃあな!」


 レクスは生徒会室の戸を開け、そそくさと駆け足で出ていく。


「あ、ちょ…」


 マリエナが引き留める間もなく、生徒会室の戸がピシャリと閉まり、部屋にはぽつんとマリエナだけになった。

 するとマリエナは1人でクスリと微笑む。


「レクスくん…かぁ。ふふふ、面白いなぁ。サキュバスの魔眼が効かないなんて。女の子なのかな?ううん、絶対そんなことはないよね。」


 マリエナは自身の胸をちらりと見る。

 マリエナは、レクスが自分の胸元をチラチラと見ていたことに気がついていた。それがねちっこいような厭らしいような視線では無いことも。


「真っ直ぐな男の子だったなぁ。わたしには眩しすぎるくらい。…またもう少し、お話してみたいな。」


 マリエナがふと生徒会室の窓を見ると、窓から優しい日光が机を照らしていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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