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第13−1話

 13

 皇暦一四〇五年四の月四分目の午前八時半頃。

 青空の見えるちょうど良い日差しの下で、薄ピンクの花びらが舞い散る。

 王立学園の校門前は、すでに新入生が数多く立ち並び、これからの生活に期待を寄せて楽しげな様子が伺える。

 そんな中に、レクスの姿もあった。

 その服装は紺を基調とした質の良い生地の制服だ。

 上は紺色のブレザーに白いシャツ、下は紺色のスラックスを着用していた。

 何処となく着慣れていない、青臭い雰囲気は新入生だからだろうか。


(長かったなぁ。ようやく入学か…。)


 レクスは校門を見て溜め息をつく。

 アルス村から出てきて、よくわからない洞窟に入り、傭兵ギルドに加入して、ようやく一昨日試験の合格が発表されたのだ。

 レクスの中では、濃すぎる二週間であった。


(でもまぁ…まさか学園トップに近い位置にいるとはなぁ。)


 レクスは合格発表時の立て札の前に立った時を思い出す。

 合格発表の立て札では上から成績順で発表されていたのだが、その際にレクスは上から三番目に名前があったのだ。

 それを見つけた時、レクスは目が飛び出るような思いだった。

 一方で、そこにリュウジやリナの名前は無かった。

 学識試験は免除され、どのみち入学が決まっていたからだ。


(しっかし、入学金が全部合わせて八十万Gとはなぁ。親父が用意してくれた金額にギリギリじゃねぇか。…傭兵ギルドで依頼とって来るか。)


 合格発表の時に入学金も一緒に支払うという制度だったため、レクスはその際に80万Gの支払いをしていたのだ。

 3年分の授業料や制服なども全部含めて80万Gは貴族たちには手頃な値段だが庶民が手を出すのは少し厳しい、そんな金額だった。

 レクスはゆっくりと校門から学園へ入る。

 学園の中では、レクス以外にも制服を来た多くの学生が行き交っている。

 アルス村で見かけるより何倍も多い同年代の学生に、レクスはきょろきょろと人を観察しながら歩いていく。

 校舎まで続く道は「サクラ」という薄ピンク色の花を咲かせた木が両サイドを飾っていた。

 校舎の入口前には「クラス分け」と書かれた大きな木の立て札が立っており、そこには多くの人の名前が書かれている。

 レクスは多くの学生でごった返す立て札を見つめ、自身の名前を探した。


(俺の名前は…一年Aクラスか。…ん?…あいつらも一緒か。良いんだか悪いんだか。)


 レクスが自分の名前と一緒に見つけたのは、リュウジ、リナ、カレン、クオンの名前だった。

 苦笑しながらも難しい表情をするレクスの元に、教員の声が聞こえてくる。

 声の主は、レクスが試験の時に監督をしていたアリーだ。


「新入生はこちらのホールで入学式を執り行う!教室に入らずホールに来るように!…繰り返す!新入生は…」


 その声に導かれるように、多くの新入生と思わしき学生が、ぞろぞろと教員の案内する方へ向かっていた。


「…俺も行くかな。」


 レクスもその学生の流れにつられるように、教員の案内する建物へ向かう。

 レクスがホールの中へ入ると、その大きさに眼を見張った。

 学園のホールはまるで劇場のような場所だった。

 階段状になった座席の先に見える幕付きのステージの上には、ぽつんと一つだけ演台が置かれている。

 入場口は左右2つづつの計4つ。

 階段状の座席は扇状に広がっており、左右2つの縦に走った通路と、上下2つに走った通路によって9ブロックに分けられていた。

 座席の後ろに、クラス番号と名前が書かれている。

 レクスは自分の席を見つけると、その席に腰掛けた。

 レクスが座ってからも新入生と思しき生徒がぞろぞろと入ってきていた。

 すると案の定、レクスに取って聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


「ちょっとカレン!リュウジから離れなさいよ!」

「早い者勝ちです。うふふ。」

「いつもリナお姉ちゃんばっかりなのです!偶には私に譲るです!」

「大人気だねぇ。リュージ。」

「まあまあリナ。落ち着いて。後で埋め合わせするからさ。」


 いつもの勇者たち一行がガヤガヤと騒ぎながら、ホールの中へと入ってきていた。

 レクスはその様子をちらりと横目に確認する。


(相変わらず元気そうだ。…リュウジの奴もな。しっかしずっとあの調子だとみんな俺の話なんざ聞いちゃくれねぇだろうなぁ。どうしたもんかね。)


 リュウジたちはレクスに気付かず、一番前の座席に陣取るように座る。

 レクスの席は中ほどだったので、だいぶ離れた位置だった。

 しばらくすると、壇上に一人の男性がコツコツと音を立てて上がって来る。

 その人物は禿頭の男性、サマンだ。

 サマンはコホンと咳払いをすると、壇上からホール全体を見渡した。


「皆様、本日はご入学おめでとうございます。これから入学式を始めさせていただきます。」


 サマンはぺこりとお辞儀をすると、壇上の真ん中から右端に移る。

 その後、校長先生の話や来賓の話と式は滞り無く進んでゆく。

 レクスはその話を何となく聞いている程度だったが、リュウジに至っては寝ている有様だった。

 そうして来賓の挨拶が終わった後、サマンが口を開く。


「それでは生徒会長のご挨拶です。…マリエナ会長、お願いいたします。」


 サマンが言い終わるやいなや、壇上の左手から一人の女生徒がゆっくりと歩き、講壇の上に立つ。


(ん…?ありゃ…もしかしてあの人…?)


 レクスは眼を見張る。

 その女生徒は講壇に立つとぺこりとお辞儀をした。

 薄紫のウェーブがかったロングヘア。

 ピンク色の瞳。

 肉厚な色っぽい唇。

 コウモリのような羽根。

 二対の角とハート型の先端をした尻尾。

 制服を押し上げるとても巨大で豊満な胸。

 レクスには間違えようが無かった。


「王立学園生徒会長、マリエナ・クライツベルンと申します。皆様、ご入学おめでとうございます。私自身、皆様とお会いすることが出来て、とても嬉しく思っています。」


 玉を転がすような透き通った声が会場全体に響く。

 その女性は、レクスがハニベアで出会った女性、その人だった。


(あの人、先輩だろうなとは思ったけど、生徒会長だったのか…。)


 レクスはマリエナを驚きつつもじっと見つめる。

 やはりあの女性で間違いないと確信していた。

 すると、会場を見渡しながら話していたマリエナと。

 目が、合った。

 僅か一瞬の沈黙のあと、何事も無かったかのようにマリエナはそのまま話を続ける。

 その一瞬の間に気づいた者は、レクスを除いて誰もいなかった。

 しかしレクスだけは気がついていた。


(目、付けられたか…?)


 レクスはどことなく自分にむけられた威圧感を、マリエナから感じとっていた。


「以上で、私の話を終わります。皆さん、良い学園生活を送りましょうね。」


 そうしてマリエナが話を終えて一礼する。

 顔を上げると一瞬、明らかにレクスに向かって威圧感のある微笑みをしていた。

 その後も式は進み、最後にサマンが再び前へ出る。


「それでは皆様。お疲れ様でした。これにて入学式を閉会いたします。それでは新入生の方は、この後各教室へ向かって下さい。それでは。」


 サマンは一礼をして、壇上から降りる。

 その後、生徒たちはまばらに立ち上がり、出入り口から続々と出ていく。

 レクスはちらりとリュウジの方を見ると、寝ているリュウジを周りの四人が揺さぶっていた。


「こら!リュウジ!起きなさいよ!」

「リュウジ様、終わりましたよ。」

「リュウジ、起きるのです。」

「リュージ、起きようよー。」

「ん…ああ…おはよ…」


 寝ぼけ眼なリュウジを尻目に、そそくさとレクスはホールの出入り口から外へ出た。


 レクスは自身の教室、1−Aクラスへ向かって歩く。


(…取りあえず行くか。どうせあいつらと顔合わせなきゃなんねぇし。)


 レクスはホールから出た足で、そのまま教室まで歩いていく。

 1ーA教室は校舎の2階だ。

 校舎に入ってすぐの階段から上がると、一番奥の教室だった。


「…ここだな。」


 レクスがガラリと引き戸を引いて入ると、既に何人かの生徒が入っていた。

 木製の良い椅子と机が6列で5つづつ、椅子と机のセットが並んでおり、長年使われただろう汚れもびっちりと残っている。

 そんな教室の中では、もうすでにお喋りを楽しむ生徒もいた。

 レクスが教室に入っても、誰も気に留める様子もない。

 既に貴族同士で仲の良いグループが出来ているのも原因だろうか。


(知り合いなんて居ねぇしな…あいつらは嫌われてるから話しかけてくるなんてことも無いだろうけど。)


 そう思いながら、レクスは黒板に書かれた番号表に従い、席を探す。

 自分の席が書かれていたのは最後列の端だ。


(あの黒板に書いてあるのは…あそこの席か。窓側の一番後ろねぇ。)


 レクスはふああと欠伸をしながら窓側の一番後ろに向かう。

 荷物を下ろして席に座り、ふと横を見ると、隣の席で話している男女がレクスの目に入ってきた。


「どーしよ…あて、友達出来るかなぁ…。」


「カリーナなら大丈夫さ!なんたってこのアラン様の幼なじみなんだからねぇ!」


 気弱そうな声と、自信満々なテンションの声がどことなくアンバランスな2人だ。

 男子生徒の方は灰色の髪をした赤目で、身長はレクスより少し低い。少々眼つきが悪いが顔は整っている。ただそのどこか尊大な雰囲気は男子学生の自信によるものだろうかとレクスは感じていた。

 女子生徒の方は綺麗な金髪の長い髪をツインテールに纏めている。気弱そうに眼を垂らしているが、その眼は鮮血のように紅い。身長は高く、レクスと同じ位だが、その制服の胸は若干の盛り上がりしかない。それでも端正なプロポーションの美少女だ。

 男女どちらも八重歯のようで、犬歯が少し口元から覗いていた。

 レクスは何気無くその2人を見ていると、男子生徒の方がレクスに気付く。

 そして何処か得意げに口元を上げた。


「カリーナ!どうやら僕の隣の少年君が友達になりたそうにこちらを見ているではないか。チャンスだよカリーナ。話しかけてみたまえ!」


「う…うん。あて、がんばるよ。」


 男子生徒の声に押されるように、女子生徒がレクスの傍に近づく。

 その顔は緊張感しているのか、少し赤い。

 女子生徒はスゥと息を吸うと、ぎりりと目尻を上げ、レクスを睨みつけた。

 八重歯を見せつけるように、口元を上げる。


「はーっはっは!我が名はカリーナ・ヴラド!由緒正しきヴァンパイアの血族である!貴様、我と盟約を結びたいらしいな!顔に書いておる!我も丁度新たな遊び相手が欲しかったところぞ!貴殿の名を名乗るが良い!」


 先ほどまでの女子生徒の雰囲気から一変し、高圧的な物言いと態度に理解が追いつかないレクスは眼をパチパチと瞬かせる。

 一瞬、少女がレクスに何を言っているのかがわからなかった。


「…あー、レクスってんだけど。」


 おそらく自己紹介のようなものだと思ったレクスは、なんとか言葉を絞り出した。

 そのレクスの言葉にぱぁっと顔を綻ばせたカリーナは先ほどまで話していた男子生徒の方を向く。


「やったよアラン!あても自己紹介できた!」


「凄いじゃないかカリーナ!ほら、レクス君もカリーナの自己紹介に感動して感極まっている!」


 嬉しそうに男子生徒に話すカリーナを自身の解釈で激励する男子生徒。

 その光景を見ていたレクスは何処かそのやりとりが可笑しくて少し笑みが溢れた。

 するとカリーナがレクスに振り返る。


「レクスと言ったな貴様。良かろう。貴様も我が盟友に加わることを許可しよう!」


「…あ、ああ。よろしく。あと、そこの奴も気になるんだけどよ…。」


 レクスはカリーナに取りあえず頷くと、隣の少年を見やる。

 その視線に気が付いた男子生徒はスッと立ち上がり、レクスの傍に立った。

 何処に自信があるのか、高らかに声を上げる。


「「そこの奴」という不遜な発言が気に食わないがまあ良いだろう。今の僕は気分がいい。なんたってカリーナに僕以外の友人が初めて出来たのだからね!」


「ああ、ごめん。悪かったな…。」


「気にしなくてもいいさ。何故ならカリーナの友達ということは必然的に僕の友人ということになるからね!僕はアラン。アラン・クライスタッドだ。僕も由緒正しきヴァンパイアの血族さ!よろしくレクス君。幼なじみのカリーナ共々、良い付き合いになることを願っているよ!」


 アランは「決まった」とばかりに額に手を当て格好をつける。

 そんなアランをカリーナはキラキラした眼で「かっこいい…」と呟いていた。

 2人のテンションに少し戸惑っていたレクスだが、コホンと咳払いしてアランを見る。


「そうだな。改めて…俺はレクス。アルス村のレクスだ。田舎から出てきて右も左もわからないが、よろしくな、アラン。」


 レクスが手を差し出すとアランは間髪入れずにレクスの手を握った。

 アランの眼は歓喜に満ち溢れているようだった。


「素晴らしい!レクス君!僕らヴァンパイアを差別しないなんて、嬉しくて僕は感動しているよ!」


 レクスの手を感激のあまりぎゅうっと思い切り握るアラン。

 そんなアランをレクスは苦笑しながら見ていた。

 するとレクスが痛がっていると思ったのかアランは慌てて手を離す。


「ああ、済まないね!僕とした事が握り過ぎてしまった。しかし、アルス村…?何処かで聞いたことが…。」


 アランが顎に手を当て、考える素振りをした時だった。

 教室の外がざわつき、ガラリと教室の戸が開く。

 開いた戸からざわめきと共に入って来たのは、勇者であるリュウジと付き従うようにリナ、カレン、クオン、ノアの5人。

 そして、さらにもう1人。


(あの子は…同じクラスだったのか…。相変わらず綺麗だな…)


 リュウジたちと一緒に入って来たのは、入学試験の時にレクスが見惚れ、その後にぶつかってしまった少女だった。

 その少女はリュウジたちと一緒ではあったが、若干眉を潜め、どこか機嫌が悪いような雰囲気だった。


「ねぇ、カルティア。僕たちは王族と勇者なんだから、もっと仲を深めあって良いと思うんだ。」


「カルティア様。リュウジ様はカルティア様の事をお思いになっておられるのです。その思いを汲んでもう少し交流されてはいかがでしょうか?」


「結構ですわ。わたくしはリュウジとそこまで仲を深めようとは思っておりませんもの。…失礼しますわ。」


 リュウジとカレンの誘いをすげなく断ったカルティアという少女は、リュウジたちから離れると教室の中央付近の座席についてふぅと不機嫌そうに大きな溜め息をもらした。

 そんな少女の様子に、周囲の学生はひそひそと声をひそめて会話をしている。

 そんな様子を、レクスは何気なく、アランとカリーナは驚いた様子で見つめていた。


「カルティア様があんなに不機嫌だとはね。勇者君と軽く喧嘩でもしたのかな?」


「あ、あれがカルティアさま…?あて、ちょっと怖いかも…」


 アランとカリーナの様子をレクスは不思議そうな顔で眺めていた。


(あの女の子カルティアって言うのか…。でも何でみんな恐れてんだ?王様とか王子でもないのに。)


 レクスはカルティアという少女の事を全く分かっていなかった。

 カルティアから拒絶されたリュウジは、やれやれといった顔で周囲を見渡す。

 やがてレクスを見つけると驚くと同時に、ニヤリと嘲け笑うような表情を浮かべた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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