蘇る黒鉄
レクスがアルス村から帰った翌日の早朝。
輝やく朝陽の青天の下で、小鳥たちが楽しげに歌を奏でる街並の中。
紅い瞳を何処かそわそわと揺らしながら、夏だというのに黒いジャケットと伸縮性のある黒い革のズボンを履いて、石畳をこつこつと音を立てながら歩く青年の姿があった。
手をポケットに突っ込みながら、その紅い瞳はわくわくと期待に揺れ動いている。
珍しく一人で歩いているのは、帰って来たばかりのレクスだった。
朝だと言うのに蒸し暑く感じる気温の中、レクスは表の街道から外れ、細い通り道を一人で進む。
今の時期はまだまだ学園の休業期間。
学園もないことからカルティアたちは「四人だけで買い物をする」ということで今日は四人でお出かけをしているのだ。
つまり、久々のレクス一人だけで過ごす休日だった。
(……やっぱり、皆がいねぇとちょっと違和感があるな。……まあ、あんだけずっといたからなぁ。)
自身の周囲に誰も居ないということに少し違和感を感じながら、レクスは苦笑いを溢す。
レクスも、誰かしらが隣にいることに慣れてしまった自分が何処か可笑しかったのだ。
(……親父の言葉も、あながち間違っちゃいねぇか。)
うだるような暑さもあって額に少しの汗を垂らしながら進むレクスの目的地は、季節など関係なくいつでも蒸し暑い場所だ。
「……あっちぃな……。帰って来て早々これかよ……。」
レクスは汗を軽く拭いながら、ぽつりと呟く。
アルス村も暑かったが、王都さらに輪をかけて暑いようにレクスは感じていた。
そんな王都の路地裏の先に、レクスが目指す場所がある。
レクスの視線の先に見えてきたのは、いつ倒壊してもおかしくないように歪んだシルエットのボロ家。
しかしその家の煙突からはもくもくと白い煙が絶え間なく立ちのぼる。
赤く塗られた屋根の先には、「グラッパ工房」と銘打たれた看板が、今にも落ちてきそうな状態で打ち付けられていた。
レクスはそのまま真っ直ぐ進み、工房の扉の前に立つと、勢いよく扉を開く。
軋むような音と共に鉄の扉を開けたその先からは、むわりと外よりもかなり暑い熱気がレクスの顔を覆いこんだ。
「おやっさーん!いるかー!」
レクスが声を上げるが、店内には誰も見当たらない。
何時も通りに武器や防具が所狭しと並んでいる店内だ。
きょろきょろと店内を見渡していると、店の奥からとたとたと誰かが走ってくる姿がレクスの瞳に映る。
紅い髪に褐色の肌、クオンよりも小さい背でありながらしっかりと女性の象徴は主張しているドワーフ族のレクスのクラスメイト。
「いらっしゃいなのだー!」
にぱっと元気いっぱいの笑みを浮かべながら挨拶する少女は、胸元にサラシを巻き付けてへそを出し、下は黒いズボンを履いている。
久しぶりに会う友人の姿に、レクスは小さく手を上げた。
その少女も、レクスに気がついたようで嬉しそうに目を大きく開く。
「あ、レクス!久しぶりなのだー!」
「よぉ!エミリー。元気してたか?」
「あははー!エミリーはいつも元気いっぱいなのだ!風邪も引いたことがないのだ!」
溌剌と笑うその笑顔に、レクスの顔も自然とほころぶ。
「そりゃよかった。……おやっさんは?」
「おとーさんなら後ろで仕事中なのだ。呼んでくるのだ?」
「ああ。頼む。」
「ちょっと待ってるのだー!」
レクスに向かってこくんと頭を大きく振ると、そのままくるりと背を向けて、エミリーは後ろの工房へと走り去る。
その姿はやはり何時もと変わらないエミリーだった。
(……変わんねぇな、エミリー。……そういやアランには着いて行かなかったのか。てっきり着いて行くもんかと思ってたがよ。)
レクスは意外そうに首を捻る。
レクスのクラスメイトであり、ルームメイトのアランは現在、カリーナと共に実家に帰省している最中だ。
アランはエミリーとカリーナに告白されたと言っており、デートしている姿もレクスは見かけたことがある。
てっきりアランと一緒にアランの実家に帰ったかとも思っていたレクスだったのだが、どうやらエミリーはアランと一緒ではなかったらしい。
そのことにレクスは少し驚いていた。
(……まあ、カティたちが俺に着いてくるってのも珍しいことだとは思うけどよ。)
そう思い、レクスは再び苦笑を浮かべる。
すると、再び店の奥からのしのしとやってくる人影がレクスには見えた。
エミリーの他にもう一人。
こちらも赤毛の褐色肌のドワーフの男性。
その出で立ちは頭に白いバンダナを巻き付け、上は汗で張り付いたタンクトップ一枚。
下に履いたズボンはところどころ変色し、少し焼けている部分もある。
ドワーフのためかエミリーとより少し高い程度の身長だが、蓄えた赤毛の髭が大人であるとしっかり主張していた。
彼こそがエミリーの父親であり、工房の主であるグラッパだ。
レクスを目にするや否や、グラッパはその口元をにやりと吊り上げる。
「おお、来たか坊主!待ってたぜ。悪ぃな、後ろで仕事してて気づかなかったぜ」
「おやっさんも元気で何よりだ。それで、出来たのかよ、俺のやつは。」
「そう焦んな。しっかりと出来てるぜ。」
レクスの言葉にグラッパは得意げな笑みを浮かべると、手に持った包みを顔の傍に掲げる。
グローブをはめたグラッパが手に持っていたその白い布に包まれた包みは、レクスが預けたものに対して一回り大きいようにレクスは感じていた。
少し不思議そうな顔で、レクスはまじまじと見つめる。
「ああ、ありがとよ。おやっさん。……つっても、俺が預けたもんよりでかくねぇか……これ?」
「ああ。坊主が使いやすい形を想像したらこんなもんになっちまった。……大丈夫だ。使い勝手は保証するぜ。」
「おやっさんの作った武器が性能が良いのはわかってるからよ。しかしでけえな……どんなもんが出来たんだ?」
「それは見てからのお楽しみ……ってな。」
そう得意げに呟くと、グラッパはレクスの前を通ってカウンターへと移動する。
レクスとエミリーもグラッパの周りに集まると、グラッパはカウンターの上にその包みをゴンと音を立てて置いた。
「ご開帳……ってな。見てびびんなよ。現時点で俺の最高傑作だ。」
得意げに語りながら、グラッパはカウンターの上の包みを丁寧に解いていく。
一枚一枚布がほどかれ、その全貌がレクスたちの眼にだんだんとそのシルエットを顕にする。
布が全て解かれたとき、”それ”は黒い輝きとともに、その姿を現した。
その姿に、レクスもエミリーも目を見開く。
共にごくりと、息を呑んだ。
してやったりというグラッパの顔は、レクスの目には入らない。
二人共に、そのものに目が釘付けになっていた。
「おやっさん……こいつは……。」
「すごい……のだ……。」
敷かれた白布の上に置かれた”それ”は、一言で言うなれば「異形の鉄塊」。
直線的なフォルムで構成された「X」字状の黒光りするそれは、一目見るだけではその用途は推察出来ないだろう。
その身体を縁取るような銀色のラインと、以前とは異なる大きめなサイズ。
拳銃と言うにはいささか大きすぎる代物だ。
今まで使っていたホルスターには絶対に収まりそうもないその拳銃を、レクスは隅々まで眺める。
そして、グラッパはその「銘」を呼んだ。
「こいつは、「黒嵐」。俺自身が言うのも変な話だが……こいつは俺自身の現時点での集大成だ。」
「黒……嵐……。」
レクスはその銘を静かに呟く。
レクスと共に吹いていた疾風は今、嵐となって蘇った。
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