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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
間章 かえるもの編

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応報

 威圧感を放ちながらギルバートの元へと歩む二人組。


 ギルバートは、恐れていた。


 腹心ともいえる二人があまりにも容易く制圧されたのは、ギルバートにとって衝撃以外の何物でもない。


 王都のSランク冒険者というものは、ある程度の強さがなければ認められないのだ。


 上級の討伐依頼を幾つもこなさなければ認められないその「ランク」は、ソロで取るものは皆無と言っていい。


 パーティメンバーが多いほど依頼を熟しやすくなるからだ。


 そして、「鉄の蛇」は囮などを使っていたとはいえ、その強さを冒険者ギルドが認めたからこそ「Sランク」という称号を得ている。


 Sランク冒険者は王都の近衛騎士団と比べても遜色無いと言われる程で、多くの冒険者の憧れを体現した名声ともいえるだろう。


 そんなSランクの冒険者が、ただ一人の憲兵とよくわからないローブの女性に制圧されたのだ。


 あまりの呆気なさに、ギルバートは訳が分からなかった。


(なんなんだ……?なんなんだよ此奴ら……?)


 居ても立ってもいられず、ギルバートは声を張り上げて叫んだ。


「な、なんなんだよ!なんなんだよお前らは!」


 恐れの混じった上擦った声に、目の前の二人はため息を吐く。


「……言ってんだろ。憲兵だ。……俺たちも舐められたもんだ。オメェら、甘く見たろ?……バレねぇとでも思ってんなら、そりゃお門違いだ。」


 ドスの効いた渋く、荒々しい声がギルバートに近寄る。


 もう一人の女性も、つかつかとギルバートへと追い詰めるように歩を進めた。


「……あんたたちは……やっちゃいけないことをしたのさ。人としての道を外れて、欲望のままに生きてたんだろう?……今が年貢の納め時さね。お前さんらのやったことは……アタシとしても、お前さんらは許せたもんじゃないからねぇ。」


 踏み込んでくる死神たちに、ギルバートは奥歯をぎりぎりと噛み締める。


 それでもギルバートは、生き汚かった。


 二人に睨みを効かせながら、相棒である蛇腹剣を構え、刃先を二人組に向ける。


 二人組はその場に立ち止まり、ギルバートを見据えた。


(じょ……冗談じゃねえぞ……!俺が……俺がようやく手に入れた金と名声だ……!こんなとこで終わってたまるかよ!木瓜が!許さねえ……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!)


 ギルバートの口元が、僅かに吊り上がった。


「……いい気になって聞いてりゃあよお!巫山戯てんのはお前らだ!俺の金を奪おうってんならそうはいかねえ。お前ら……皆殺しにしてやるよぉぉ!」


 紅く血走った目で、ギルバートは吼える。


 その瞬間、ギルバートの姿は掻き消えた。


 一瞬の出来事に憲兵の男性はきょろきょろと当たりを見回す。


「透身」。


 ギルバートは自身のスキルに、絶対の信頼を置いている。


 透明になってしまえば、どんな冒険者だろうとギルバートをその目で捉えることは出来ないからだ。


「ちっ……!!スキルか!どこ行きやがった!」


 憲兵の男が叫び、忙しなく首を動かすその様を、ギルバートはほくそ笑むように目元を吊り上げ、歯を出した。


(……莫迦が!俺を捉えることはできねえ!……死に晒せえ!)


 ギルバートの得物である蛇腹剣は、鞭のように撓り延びる為に、使用者の技量を問うものの縦横無尽に斬撃を浴びせることの出来る剣だ。


 それがギルバートのスキルと合わさることにより、見えない場所からの見えない斬撃という理不尽な攻撃に早変わりする。


 ギルバートが生きてきた今までで、その斬撃を見切ったものはいなかった。


 ギルバートは透明になったまま、手首を捻らせて剣を横に振り抜く。


 遠心力によって剣が伸び、ロープによって固定される。


 音も無い不可視の斬撃が、二人を切り裂く。


 そう、ギルバートは確信していた。


 事実として、憲兵の男だけであれば無抵抗に切り裂かれていたであろうその剣。


 動いたのは、ローブを纏った女性だった。


 刹那。


 女性が背中から片手で鉄塊を引き抜く。


 引き抜いた勢いで、伸び切った蛇腹剣をそのまま打ち据えた。


 ”ガキィ”という金属音のぶつかり合う高い音が部屋に木霊する。


(なぁっ…………!?)


 ギルバートは己が目を疑った。


 蛇腹剣は縦横無尽に斬撃を繰り出せる剣ではあるが、欠点として伸ばすとその分使用者の力がかかりにくくなる。


 遠心力を利用して斬り抜くのだ。


 だからこそ、剣戟戦などでの打ち合いには滅法弱い。


 一方的に斬りつける剣なのだ。


 ギルバートもそれを何となく理解しており、剣の打ち合いなどは避けてきた経緯がある。


 刀身は厚く、幅広い為に細身の剣とであれば接近して剣を交わすことなども出来ただろう。


 だが、ギルバートは透明になれた為に、そういったことはする必要すらなかった。


 それが太刀筋を見抜かれ、打ち据えられたことなど初めてだったのだ。


 弾かれた蛇腹剣は、その勢いで天井へと打ち込まれる。


 バキリ、と。


 天井の木が砕けた。


 唖然とするギルバート。


 女性の声が、ぽつりと響く。


「……マルクス。……良いさね?」


「……ああ。……仕方がねぇ。」


 渋い声に、女性はこくんと小さく肯いた。


 ドン、と。


 地響きのような衝撃とともに、女性が跳ぶ。


 その手には、鉄塊ともいえるような黒い片刃の大剣。


 龍が如き威圧感を放つ双眸の眼光は、見えていない筈のギルバートを迷いなく見据えていた。


「ちぃぃぃ!」


 忌々しく舌を打ち付けながら、ギルバートは蛇腹剣を再び焦るように振り抜く。


 守るという選択肢はなかったからだ。


 弾き飛ばされた蛇腹剣が、再び撓りながら女性へとうねり動く。


 蛇が如く、蛇腹剣の刃先が女性に迫る。


 女性が動けないと睨んだギルバート。


 しかしギルバートの予想を裏切るように、女性は動いた。


 身体を捻らせ、床に足を着いた瞬間。


 大剣が、蛇腹剣を迎え打った。


 カキンとなる高い金属音。


 そしてそのまま。


 ブツリ、と。


 鉄塊のような大剣に打ち負けた蛇腹剣は、呆気なく引き千切られた。


 ギルバートには目を見張る暇など無い。


 不可視の筈のギルバートに向け、女性は再び跳び上がる。


 その時初めて、ギルバートはようやく思い知ったのだ。


 絶望という、その感情を。


 それでもギルバートにはプライドがあった。


「Sランク冒険者」という、その肩書きが。


 蛇腹剣は引き千切られたが、その刀身はまだ残っている。


 短くなった分、質量も軽い。


 ギルバートは素早く蛇腹剣を引き戻す。


(この……クソアマがァァァァ!)


 女性がその鉄塊を振るうのに合わせ、一太刀を加えようと。


 カウンターで手足を切り落とすのは、ギルバートの十八番だった。


 キュエンを葬ったその刃を閃かせようと、刃を後ろに引く。


 女性がギルバートの間合いに入る。


 ギルバートは女性の腕を切り落とそうと刃を振るったその瞬間。


 ドン、という衝撃がギルバートの身体を貫いた。


「が………はぁ………!?」


 その衝撃にギルバートは目を大きく見開き、天井を仰ぐ。


 「透身」が、解ける。


 振り抜いた筈の剣は、女性に届く手前で止まっていた。


 ギルバートの足を、生暖かい液体が滴り落ちる。


 女性は剣を振るってなどいない。


 勢いと胆力だけで、突きを放っていた。


 その鉄塊のような刀身が、ギルバートの胴体を串刺しに貫いていたのだ。


 振り上げる動作もなく、カウンターすら見抜かれていたという事実は、死をもってギルバートに”負け”を突きつけられていた。


 口の端から、逆流した赤い血が線を描いて垂れる。


 頭に血が回らず、徐々にギルバートの意識は朦朧と霞がかっていく。


 腕の力が抜け、ぽろりと力なく剣を取り落とした。


「……ば…か……な。」


「……莫迦はお前さんさね。殺意がダダ漏れだよ。」


 目の前から、ゆっくりと色が喪われていく光景を、ギルバートはただただ受け入れることしか出来ない。


 金銭への異常な欲望が。


 冒険者としてのプライドが。


 絶望を伴って、泡のようにボロボロと崩れ落ちていく。


「お……わ……り……たく……ね………え……………。」


 薄れゆく意識の中で、ギルバートは口を動かす。


「……終わりだよ。……あの世であの子に詫びでも入れてくるんだね。」


 崩れ落ちる寸前。


 怒りを孕みドスのきいた女性の言葉が、ギルバートが聞いた、この世で最期の言葉となった。


 その日を最後に、「鉄の蛇」はグランドキングダムから姿を消した。



お読みいただき、ありがとうございます。

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