untouchable unresistable
憲兵。
その言葉に、ギルバートは目を見開いた。
それも当然だろう。
憲兵が自分たちの尻尾を掴むということなど、出来やしないと思っていたのだから。
憲兵と名乗った男性は、その鋭い眼光でギルバートに睨みを効かせている。
たらりと汗を額に滲ませたギルバートだが、繕うようににこやかな笑顔を浮かべた。
「け、憲兵の方がこんな遅くに何の御用ですか?俺たちに用なんて言われても、全然心当たりが……。」
「しらばっくれんじゃないよ。」
惚けてやり過ごそうと口に出した途端、フードの中から覗く眼光がギルバートに向く。
声は低いが女性の声だ。
しかし、その女性の眼力は、ギルバートを萎縮させるには十分だった。
(な……!?なんだこの婆!?)
ピリピリとヒリつくような肌の感覚が、ギルバートに警鐘を鳴らしていた。
それは、魔獣などとは比べものにならない。
目を引き攣らせ、ギルバートはごくりと息を呑んだ。
「な、何の話だい?俺たちが一体何を……。」
威圧感に、ギルバートの声が震える。
ローブの女性はふぅと息を吐き、口を開いた。
「おまえさんら……焦ったね?冒険者の盗品を売ったろう?売り先は闇市の商人共だろうが……そこは既に調べがついてるんだよ。」
「な……何を根拠に……。」
「……最近現れたダンジョンに入ったね?死人や行方不明者も多く出た、あのダンジョンに。」
「ああ。そりゃ俺が保証するぜ。こいつの顔は覚えてるからよ。」
ギルバートが答える前に、ローブの女性の言葉を厳しい顔の憲兵が追認する。
その時、ギルバートはその声とその姿を思い出していた。
(このオッサン……あの時の!?)
この厳しい顔の憲兵は、ダンジョンの入り口に立っていた警備兵の一人だと。
「アタシはそこで大量の冒険者の死体を見たさね。魔獣の仕業かとも思ったが……ありゃみんな剣の傷だね。魔獣で剣を使う奴も居ないことは無い。だが……それにしては数が多すぎたからねぇ。不審に思ったのさ。だが、このカードが全てを教えてくれたよ。」
ギルバートが言い返す暇も与えないように、ローブの女性が一枚のカードを取り出す。
それは、冒険者ギルドのステータスカード。
名前の欄には、「キュエン」と記されていた。
それを目の当たりにした瞬間、ギルバートは目を大きく見開く。
「そ、そのステータスカードが一体何だって……。」
「「風の旅団」のキュエンというらしいね。馴染みだっていう受付嬢が嗚咽混じりに教えてくれたよ。……何でも、お前さん、「風の旅団」に声をかけていたそうじゃないか。その子が見てたって証言したからねぇ。」
ぽつりぽつりとローブの女性が話す言葉に、ギルバートは焦りを大きくしていた。
奥歯を噛み締め、口元が勝手に引き攣る。
だんだんと追い詰められていくその感覚は、逃げられないと悟るには時間はかからなかった。
「それが……何だって言うんだ!俺はそのパーティを誘って断られているんだぞ!?言いがかりも大概に……!」
「話は途中だよ。そのキュエンという娘の武器は、かなり特殊なものだったそうさね。”握りこむ剣”なんて武器はそうそうお目にかかれたもんじゃない。作った工房も特定が出来てるよ。「グラッパ工房」というドワーフの工房さ。そこの店主が言っていたよ。「一点物」だってねぇ。」
「そ、それに何の関わりが……。」
「まだ気が付かないのかい?アタシがこのカードを持っているということは……その娘は今、この世には居ない、ということになるねぇ。その武器が、何で持ち主も居ないのに、直ぐに闇市の商人に渡っているんだろうねぇ?」
ギルバートはひくひくと顔が痙攣し始めている。
それは、行きがけの駄賃として。
珍しい形であり、高値が付くだろう武器をギルバートが拾わないという選択肢は無かった。
突き詰めるような女性の口調と突き刺すような眼光に、ギルバートは完全に見抜かれていたのだと思い知る。
「な……何を言ってるんだ!?憲兵だからってそんな横暴なことが許されるとでも言うのかい!?」
それでもと、反論するようにギルバートは口を開く。
しかし、返ってきたのは淡々とした女性の声のみだった。
「アタシは憲兵じゃないけどね。ただの協力者さね。……闇市の商人が、お前さんから買ったと証言したよ。他の武器も含めてね。捌いたのは他のメンバーもさね?……しっかりと調べは付けた。観念することだねぇ、お前さんも。」
最後はため息混じりに呟かれた女性の言葉。
「ふ……ふざけるな!!そんなもんはでっち上げだ!!俺たちの名声を羨ましがった奴らや、商人の共謀だろう!!信じられるか!俺たちはSランクの「鉄の蛇」だぞ!」
焦りと怒りから声を荒げて噛み付くように叫ぶギルバート。
しかし、目の前の二人は全く動じていない。
それどころか鋭い視線はさらに強まったようだった。
「……まだわかんねぇのかよ。オメェ……もう《《詰み》》だ。」
「……は?」
厳つい顔の男性がため息混じりに放った言葉に、ギルバートは呆けたような声を上げる。
バトンを受け取ったように、女性が続けた。
「お前さんも諦めが悪いねぇ……。でっち上げどころじゃない程に、他にも証言が上がってるさね。……お前さん、今まで相当《《重ねて》》きたね?ウチで軽く調べても、「鉄の蛇」は不審な点が多すぎだよ。……いい加減にしな!」
女性の叱咤するような声が、帳の降りきった夜の空に響く。
その声は、震え上がるような龍の声にも等しい程に、屋敷の中にも響き渡った。
逃がしてなどくれない。
そう悟ったギルバートは奥歯を噛み締め、俯きながらも二人を睨みつける。
(こんな……こんな所で俺たちが終わる……?馬鹿な……そんなこと……あっていいわきゃ、ねえよなぁ!?)
ギルバートの中では、ふつふつと怒りの感情が湧き出ていた。
逆恨みであることに間違いはないのだが、当の本人はそんなことはどうでもいいのだ。
ただただ自身の目論見をここで壊されることが、ギルバートにとっては相当ショックだったのだから。
(許せねえ……許せねえ許せねえ許せねえ許せねえ許せねえ!なんでこんなことに……!どうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけねえんだよぉ!)
その不条理とも取れる怒りは、ギルバートの中で際限なく噴き上がる。
怒りの矛先を向ける相手は、目の前の二人だ。
(こいつらさえ……こいつらさえいなければ、誰も俺の罪を証明できねえ筈だ。……俺はSランク冒険者だぞ。俺らの腕ならこんなオッサンと婆なんざ、一捻りでバラせる筈だ……!……やるしかねえよなあ!!!)
自身に鋭い視線を向ける眼前の二人を睨み返しながら、ギルバートの口元が不敵に吊り上がった。
違和感を感じたのか、二人組はちらりと視線を交差させる。
瞬間、ギルバートは踵を返した。
そのまま一目散に、先ほどまで座っていたソファの場所を目指して駆ける。
そこに、ギルバートの相棒ともいえる蛇腹剣が立てかけてあるからだ。
「おい、こら!」
「待ちな!」
背後から二人の声が響く。
「お前らぁ!敵だ!」
ギルバートは叫んだ。
声に反応したグレイアとボギーが、室内に飛び込んできた二人組の前に立ちはだかる。
二人もここまで生き残った、Sランクの冒険者だ。
荒事など数多に経験してきた、ギルバートの腹心。
ギルバート程ではないが、彼らも手練れ。
二人組など、どうとでもなる。
彼らもそう思っていた事だろう。
「オカシラのためだ!ここで死んで貰うっすよ!」
「あーしもいるわよぉ。見惚れてる間に死になさぁい!」
目の色を変えて二人組の前に立ち塞がったグレイアとボギーは、それぞれ既に自分の得物を構えていた。
グレイアの手には鈍く光る太めの短い鉈が握られ、ボギーの方は肉厚の片手両刃斧。
ギルバートと二人が言い合っていた時から、グレイアとボギーは用意をしていたのだ。
ボギーはその筋骨隆々の体躯で大きく斧を振り上げる。
「剛力」。
己の力を高めるそのスキルは、ボギーの戦い方と組み合わせることでその破壊力を極限に高めていた。
振り抜けば全てを破壊するボギーの斧は、今までも多くの魔獣や冒険者たちを手に掛けてきた折り紙付きの威力だ。
狙いはローブをまとった女性。
脳天をかち割るように、勢いよく振り下ろそうとした。
その瞬間。
ボギーの目の前に、掌が突き出されていた。
「寝てな、ド阿呆。」
女性の声がボギーの耳に届いた時、ボギーの顔面はローブの女性の掌に鷲掴みにされていた。
所謂ベアクロー。
ボギーは目を見開く暇もない。
その細い腕の何処から出ているのかという胆力に、ボギーはなすすべなく引き倒される。
そのまま。
”ドガァァァァン”という爆発したような音と共に、身体を震わせる程の衝撃が、ボギーの脳天を直撃する。
「が………………………!?」
ボギーは女性によって、後頭部を木の床に思い切り叩きつけられていた。
その衝撃と同時にボギーは白目を剝き、ぶくぶくと泡を吹いて目の前を真っ黒に染める。
一方のグレイアも手に持った鉈を男性の顔目掛けて振り抜いていた。
グレイアも鉈を器用に使い熟す冒険者であり、男性の冒険者ですら息を巻く程の実力を持っている。
その鉈が刈り取った首の数も数え切れない。
この厳しい顔をした男性も、その中の一人になると。
グレイアはそう、思っていた。
美貌を歪ませ、凶暴な笑みを口元に浮かべたグレイア。
彼女の鉈が、部屋を血で染め上げる。
その筈だった。
「なっ……。」
絶句した。
厳つい顔の男性は、にやりと口の端を上げる。
鉈を振るう筈だった彼女の手首が、男性の腕で止められたのだ。
それだけではない。
男性が腕を弾くと、間髪入れずグレイアの顔面に肘鉄を打ち込まれた。
衝撃と激痛が走り、グレイアは反射的に目を閉じる。
ふらり、と。
グレイアの身体が揺れた。
グレイアの足元から、感覚が消える。
足元を払われたのだと悟るには、時間はかからなかった。
倒れこむ瞬間に、鉈を持った手を強く掴まれる。
倒れる勢いのまま、ぐりんと腕を背中に回された。
背中を押され、腕を背に回されたグレイアは前から勢いよく床に倒れ込んだ。
「かはっ」と、衝撃で肺の空気が漏れ出る。
するとグレイアの身体を押しつぶすかのように、圧がかかった。
「……観念しな、阿婆擦れがよ。」
渋い声が、グレイアの耳に届く。
憲兵の男性が、グレイアの背中にのしかかったのだ。
グレイアが鉈を振るってから、その時間は僅かなもの。
両手首を合わされ、ガチャリと金属音が鳴る。
グレイアはいとも簡単に手錠をその手に掛けられたのだった。
「あ、あ、あああああああああああああああああ!」
絶望、醜態、無力感にプライド。
全てを綯い交ぜにした叫びは、グレイアの白い喉を震わせるだけだった。
蛇腹剣を取り、振り返って一部始終を見ていたギルバートは、あまりの驚愕に目を見張る。
(ボギーとグレイアが……呆気なくやられた……?嘘だろ……!?)
腹心たちがあっさりと、僅かな時間で叩きのめされた事実に焦りを隠せない。
威圧する双眸の輝きが、ギルバートの身を竦ませる。
身体が勝手に震えていた。
「さあ、大人しく捕まれや。本当、オメェもいい加減にしやがれ。……抵抗するなら、命の保証は出来ねえからよ。」
「……Sランクだか何だか知らないけどねぇ、お前さんはもう、娑婆には戻ってこれないだろうね。抵抗は無駄だよ。」
近づく二人組の姿が、ギルバートの目には死神のように映っていた。
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