因果
シルフィが奴隷商へと売り払われた翌日。
陽も沈み、漆黒の闇夜が支配する時間帯。
ギルバートの姿は王都の中に佇む木造の屋敷にあった。
その屋敷のだだっ広い大部屋に、煌々と魔導灯の光が灯る。
そこは、「鉄の蛇」のパーティ拠点であり、ギルバートの所有している建物だ。
王都の中でも閑静な住宅街に位置するその黒い屋敷は、「鉄の蛇」の象徴である蛇をモチーフとした装飾品が多くあしらわれた、ギルバートの理想を色濃く示したものだ。
そんなパーティの拠点を、ギルバートたちは自身の金儲けの拠点としても使い、違法行為の温床ともなっていた。
煌々と輝くシャンデリアの下でギルバートは本革の黒いソファに身体を沈めこむ。
シルフィを売り払った際に貰った金貨の大袋をテーブルに置き、見つめる顔はニヤニヤと愉しげだ。
テーブルの横のソファには、鉄の蛇で残ったパーティメンバーである男女が腰掛けていた。
「……やっぱりエルフって、金になるんすねぇ。あんな傷だらけの小汚い娘一人で二千万Gなんて、考えられないっすよ。」
筋骨隆々の角刈りをした茶色い目の男の言葉に、ギルバートは歯を出しながら肯く。
「まあな、ボギー。エルフってのは希少だからよ。好事家ってやつは何処にでも居るもんだ。……処女だったら、もう少し高かったがよ。俺らが使っちまったし。ま、楽しませて貰った分でチャラだろ。本当……ボロい商売だぜ。」
ボギーと呼ばれたその男性は、ギルバートにつられるように「そっすね、オカシラ。」と口元を吊り上げた。
面白いようにカカカと大口を開けて笑うギルバートの声を遮るように、側に座っていた女性の悩ましげなため息が溢れる。
その灰色の髪を腰まで下ろした女性は胸元を大きく開けたドレスを纏い、すらりとした肢体を惜しげもなくさらけだしていた。
胸はそれほど大きくないものの、その肢体とはバランスの取れた端正なスタイル。
美女と言って差し支えない風貌の女性の仕草に、ギルバートは不満そうに唇を尖らせた。
「なんだよ、グレイア。金が儲かったから良いだろうが?何がそんなに不満なんだ?」
「はぁ……金が儲かったのはいいけど、パーティの半数が居なくなったわ。……あのクソ女の被害は相当なもんよぉ?何でああなったのかは知らないけど。」
グレイアと呼ばれた美女は苦々しく唇を噛む。
事実として六人パーティだった「鉄の蛇」は、魔獣の大量の襲撃でギルバートを含め三人に減ってしまっていたのだ。
そんなグレイアの不満な口調に、ギルバートは口元を上げる。
「ま、仕方ねえよ。……彼奴等も煩かったじゃねえか。自分たちの金の取り分のことばっか言ってた奴らだ。……居なくなりゃ、その分だけ取り分が増える。違わねえだろう?」
「……まぁ、そうねぇ。所詮、あーしらに着いてきただけの金魚の糞みたいな連中よねぇ。」
「そうっすよ、オカシラ。死んだやつに、喋る口はありやせん。」
ギルバートの言葉に、グレイアもボギーも口元をニヤつかせる。
「鉄の蛇」の最古参がその三人であり、彼らが今まで組んで来た面々は金や威光に目が眩んで着いてきた面々か、ギルバートたちが金儲けをするために甘言で誘い込んだ冒険者たちだった。
前者の場合はギルバートたちの囮として利用される。
後者の場合は、死んだことにして奴隷商に売り払うか、はたまたギルバートたちの手によって骨の髄まで毟り取られるか。
そうして、数々の高難度と言われる依頼を熟し、冒険者パーティのランクを上げていく。
発起人であるギルバート、グレイア、ボギーの三人は、戦闘能力がずば抜けて高かった事がランクを押し上げた部分もあるだろう。
そうして、「鉄の蛇」はSランクにまで押し上がったのだ。
Sランクとあらば、グランドキングダム王家からも覚えられ、名に泊が付く。
さらには冒険者ギルドでSランク冒険者ともなれば、疑いの目が向けられる心配も低くなる、と彼らにとっては良いことずくめだ。
違法行為を繰り返し、金のためならば”何でも”する。
それがSランクパーティである「鉄の蛇」の”死人が多い”真実だった。
ギルバートは「はははっ」と声高に嗤う。
「足りない面々はどっかから取ってくりゃいい。若い冒険者でも俺が声をかけりゃのこのこ着いてくんだろ。」
「そーねぇ。女の子がいいわぁ。あーしの手腕で泣き喚く姿はたまらないのぉ。」
「そーっすねぇ、オカシラ。骨をへし折られて泣き叫ぶ声も、堪らないっすよ。」
欲望丸出しの二人の言葉に、ギルバートは困ったように苦笑する。
「また壊すなよ、グレイア。ボギー。売りもんにならなくなるじゃねえか。……それはそうと、ようやく王家への顔見せが近えんだ。ぬかるんじゃねえぞ。」
一瞬で表情を変えたギルバートの真面目な発言に、二人はにやつきながら頷く。
Sランクとなった「鉄の蛇」は、王家との顔見せを近々控えていたのだ。
王家への顔見せで王家にパイプを作ることで、「鉄の蛇」はさらに動き易くなる。
そうなれば、「鉄の蛇」を止められるものは居ない。
近衛騎士団も信用するだろうし、いつも人手不足の憲兵隊に尻尾を掴まれることもあるわけがなく、掴まれても言い逃れが出来る、と。
ギルバートはそう思っていたのだ。
だからこそ、ギルバートたち「鉄の蛇」にとって、王家との顔見せは躍進の足掛かりになる、重要な機会だった。
「……それにしてもオカシラ、ダンジョンっていいもんっすね。お宝も売れるし、万々歳じゃないっすか。」
ぽつりと口に出したボギーの言葉に、ギルバートは「ああ」と歯を出して肯く。
事実として、「鉄の蛇」はダンジョンで回収した魔石や宝物、自身が他の冒険者に手を掛けて回収した装備品、今回に至ってはエルフの奴隷まで手に入れていた。
おかげで、「鉄の蛇」はこの一件で莫大な富を稼ぐことができていたのだ。
「ダンジョン……ありゃ宝の山だ。……金が、どんどん湧き出てきやがる。……楽園みてえなとこだ……。」
ソファに背中を預け、譫言のようにギルバートは呟く。
その瞳は、焦点が合わないようにゆらゆらと揺らめいていた。
まるで、ダンジョンという場所に取り憑かれてしまったかのように。
「オカシラ?」
「ん……?ああ、悪い。ちょっとぼーっとしちまった。」
ボギーの声にはっとしたギルバートは、薄笑いを浮かべながら、黒いソファから立ち上がろうとした。
その時だった。
コンコン、と。
遅くにドアを叩く音が、室内に響く。
夜も遅いこの時間帯、「鉄の蛇」を訪ねてくるものなど、三人に心当たりなどなかった。
「……誰だ?こんな時間に。」
「オカシラ、追い払いますかい?」
「いいや、どうせ俺に用だろ。軽く追い返すだけなら俺だけでいい。」
ボギーの声を軽くあしらい、ギルバートは玄関へと歩いて向かう。
ノックの音は一旦止んだものの、今だに続いていた。
ギルバートはふぅと息を吐くと、咳払いをして”よそ行き”の声に変える。
「はい、どちらさまで……。」
ガチャリとギルバートがドアを開けると、そこに立っていたのは一人の焦茶の髪をした厳つい顔の男性と、ローブのフードを目深に被った人物の二人組。
ローブの人物はフードから薄桃色の髪が覗き、その背中には巨大な鉄塊が背負われていた。
訝しむように目を細めたギルバートに対し、厳つい顔の男が静かに口を開く。
「……「鉄の蛇」のギルバートだな?」
「え……ああ……。」
肯いたギルバートに、男性は自身の胸元についた金色のバッジを指し示した。
「憲兵だ。ちょいと話を聞かせてくんな。」
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