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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
間章 かえるもの編

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紅く染まる大地

 そこは、この世の地獄のようにも見えたことだろう。


 数多くの魔獣たちが、息絶えた亡骸たちの死肉を貪り食らう。


 青かったであろう草の絨毯は、流れ出る血液で赤く染まりきり、肉片すらも転がっていた。


 一般人ならば顔を顰めるような死臭や鉄の匂い、饐えた悪臭の漂うその拓けた森の一区画。


 魔獣たちの酒池肉林が広がるその場所に、一人訪れた人間の姿があった。


 壮絶な光景と悪臭に、その人物は顔を僅かに顰める。


「……全く、こりゃ酷いもんさねぇ。」


 呆れたようなため息混じりに呟かれた言葉は、歳のせいか疲れのせいか、少し掠れた女性の声だ。


 女性は背中に背負っていた自身の得物を右手で引き抜く。


 フードからちらりと覗く薄桃色の髪を、ふわりと舞わせながら引き抜かれたそれは、その女性の身長を超えた黒い片刃の剣。


 否、剣と呼ぶには分厚く重いそれは、鉄塊と呼ぶのが相応しいだろう。


 鉄塊を、女性は軽々と片手に構える。


 その女性は、冒険者にしては異常に見えた。


 鎧の類は一切付けていない。


 普段着の上に黒いローブを羽織っただけのようにも見え、そこにいるには明らかな軽装だった。


 魔獣たちは数多の骸を貪り食らうのに夢中で、女性の存在には全く気がついていない。


 女性は屈みこみ、腿に力を貯める。


「……弔いくらいは、やってやるとしようかねぇ…。」


 呟きとともに、女性は地を蹴りぬく。


 ドン、という衝撃が地面を走り、女性は勢いのままに鉄塊を片手で大きく振り回した。


 ごう、という風を斬る音がした瞬間。


 死体を貪り食らう赤鬼の胴と下半身がその重量により真っ二つに圧し斬られる。


 突如として魔獣がひしめくど真ん中に降り立った女性に、魔獣たちはその血に塗れ赤く染まった顔を上げた。


 女性はローブの下で、口元を下げる。


「……肉になりたい奴は来な。」


 ぽつりと呟いた女性のローブから覗くのは、修羅の如き鋭く研ぎ澄まされた眼光。


 一般人や普段の魔獣であれば恐れ慄くその眼光を、興奮しきった魔獣たちは恐れない。


 ”ガウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!”


 ”ギャジャァァァァァァァァァァァァァァァァ!”


 まるで、新たな餌が来たと言わんばかりに、魔獣たちが雄叫びを上げる。


 しかし、女性はそれに動じないどころか、呆れたように嘆息するだけだ。


「……うるさいもんさねぇ。レディは労るもんだよ。」


 血に飢えた魔獣たちは、女性を狙い澄ましたかのように骸を貪り食らうのを止め、じりじりと近寄る。


 女性は鉄塊を肩に乗せ、その視線で周囲をざっと見渡していた。


 刹那。


 ”ギャアウ!”


 ”バァウ!”


 ”ガジャアァァァァァ!”


 咆哮とともに、魔獣たちが一斉に女性の元へ殺到し、飛びかかる。


 このままでは惨劇の犠牲者が一人増える、そんな状況の中。


 女性は肩にかけた鉄塊のような大剣を、片手で支えながら身体ごと回し、反時計回りに振り抜いた。


 瞬間。


 緑色の血の花が、一斉に咲き誇る。


 女性の豪快な胆力で振り抜かれた鉄剣は、いとも容易く魔獣たちの身体を一気に圧し斬っていた。


 ぼとぼとと落ちる肉塊と、雨のように降りしきる緑の血液。


 それは、圧倒的な「暴」と表すのが相応しいだろう。


 同類が斃れ臥しても、魔獣たちは波のように襲いくる。


 しかし、その女性の嵐の前に、魔獣たちはただただ飲み込まれるだけ。


 魔獣たちの猛攻を、顔色一つ変えずその鉄塊を片手で振り抜き、驚異的な質量と胆力で次から次に潰し斬っていた。


 魔獣は骨を砕かれると同時に、その勢いで上下が頒かたれる。


 飛びかかった瞬間に、その魔獣は物言わぬ肉塊に変貌し、魔核を遺して消え去るのだから。


 嵐が去りきった後、そこに残っていたのは大量の魔核と冒険者たちの無惨に食い荒らされた骸のみ。


 文字通り死屍累々の状態のまっただ中で、女性はただ一人、無傷で鉄塊を肩に担いでいた。


 ふぅと女性は息を吐くと、鉄塊を地面に突き立てる。


 ドスンと重量の響く音が響き渡る中、女性は懐から少し先の曲がった筒のようなものを取り出した。


 真っ黒に塗られたそれは、煙管。


 一緒にごく小さな紙袋も取り出すと、入っていたのは髪の毛の如く細い刻み煙草葉だ。


 手で丸めると、煙管の先端に押し込む。


 さらに腕に巻き付けていた小瓶のコルク蓋を開け、中の火打石と小さな打鉄を取り出す。


 手に持った煙管の先端に石を押し付けると器用に打鉄を叩き、女性は煙草に火を付けた。


 真っ赤になる煙草を見つめ、女性は煙管を咥えなおす。


 煙管から流れ出る甘い煙を軽く吸い、女性はふぅと白い煙を吐き出した。


「……本当、酷いもんさねぇ。……お宝なんざ、高く売れるだけだろうに。……手前の命ほど、高いもんはないさね。」


 女性は寂しげにぽつりと呟くと、薄桃色の瞳で無惨な光景をその目に映す。


 煙管を咥え、無惨な姿に変わり果てた亡骸の間を縫うようにその状態を目にして回る。


 正常な感覚の人間ならば顔を背け、吐き気を催すであろうその光景。


 女性は一人一人に目を凝らすように、薄桃色の瞳に焼き付けていった。


 幾多もの無惨な骸が広がるその中で、女性がふと目にしたのは、その一人だけ穏やかな表情で、眠っているかのような物言わぬ女冒険者の骸だ。


 女性は無言で、その女冒険者の骸へと歩を進める。


 その女冒険者の骸は、壮絶な表情をした他の骸に比べ、奇跡的に状態も良かった。


 腕を切り落とされ、腹部を深く斬り裂かれている程度で、あとは血の汚れが目立つだけの女冒険者。


 しかしその顔は、何処かやりきったように、満足したような表情を浮かべて事切れている。


 その浅葱色の髪とその顔に、女性は微かに見覚えがあった。


 何処で見たかと首を傾げた女性の中に、自身の若い頃の記憶がちらつく。


「……ああ、あの時の女の子かい。」


 女性が思い出したのは、女性の受けた依頼で度々訪れた孤児院にいた、活発な笑顔を浮かべる果実のような黄色い瞳の少女の顔。


 その少女は女性によく懐いており、女性が孤児院に出向く度にちょろちょろと付いて回る少女だった。


 そんな少女は溌剌とした果実のような黄色い目を輝かせて、よく女性に口にしていた言葉がある。


『ぼくね!大きくなったら冒険者になるんだ!それでね、お姉さんみたいに、色んなところを回ってみたいんだ!……ぼくにも、なれるかな?』


 そんな少女に、女性は決まってこう返していた。


『……止めときな。碌なことにならないよ。……それに、あたしゃ冒険者じゃないからねぇ。』


『えー!?お姉さんの嘘つき!ぼく、知ってるんだ!お姉さんみたいな人が冒険者だって。』


『……まあ、似たようなことはしてるけどね。……お前さんには似合わないよ。お前さんみたいなのは、普通に生きるのが一番だね。諦めな。』


 そう女性が口にすると、何時も拗ねたように口を尖らせていた少女。


 その少女が面影を残したままで可愛らしく成長し、今、女性の目の前で物言わぬ骸へと成り果てていた。


「……だから言ったじゃないか。碌なことにならない……ってねぇ。全く……莫迦な子だよ。」


 女性は目を伏せ、うら悲しさを孕んだため息混じりに呟く。


 その女性には、視えていたのだ。


「少女が冒険者になれば、誰かにその命を絶たれる。」と。


 それが、女性の「スキル」だった。


「……本当に、碌なもんじゃないねぇ。「スキル」なんてもんは。」


 女性は吐き捨てるように呟く。


「スキル」を使って調子に乗り、止まらずにその身を自滅させた人物を何人も知っていたから。


 血が激しく舞う戦場で生き残ったのは、「スキル」を上手く活用できた人物か、そもそも「スキル」に頼らない人物か。


 その現実を、女性は幾度となく目にしていた。


 女冒険者の服のポケットに手を入れ、あるものを抜き取る。


 ”それ”を眺めてから、女冒険者の場違いな程に安らかな顔をまじまじと見つめた。


「……お前さんは、最期に何を想ったんだい?」


 やりきったような顔を浮かべる骸を見つめ、問いかけるように女性は呟く。


 返事が返ってくることはない。


 遺体に手を合わせてから”それ”を自身の服へと仕舞い込むと、女性はおもむろに立ち上がった。


 女性は煙管を叩いて灰を地面に落とす。


 くるりと踵を返し、自身の剣を拾い上げると、再び森へと歩いていく。


 そうして、森に入る寸前。


 剣先を後ろへと向け、ぽつりと呟く。


「……フレイムバースト。クインテットフォルテシシモ。」


 女性の携えた剣の先から、大きな五つの球体が飛び出し、その拓けた地の真ん中で大きく爆ぜた。


 灼熱の熱波が弾け、余波が女性の頬を掠める。


 女性は、振り返らず無言で足を進めた。


 「……すまないね。アタシに出来ることは、このぐらいだよ。」


 それが彼女に出来る唯一の、死者への手向けだからだ。


 ダンジョンの中で息絶えた魂やダンジョンに魅入ってしまった魂は、肉体が滅びてもダンジョンの中に留まり続けるという。

 

 魔核に取り込まれた魂が魔獣に転生しながら永遠にダンジョンを彷徨い続けるという、伝承があった。


 燃え盛る紅い爆炎が、冒険者たちの骸と紅い絨毯の拡がった大地を包み込む。


 パチパチと炎が弾ける音を背に受けて、女性は目を伏せる。


 女性には、ここで尽きた命がどうか安らかに眠ることを、祈るしかなかった。


(……せめて、静かに寝てな。……莫迦共。)


 そうして唇を噛み締めながら鉄塊を背負い直すと、女性は歩みを止めずに、森の中を一歩一歩探るように進み続けた。


 ◆

 その日、多くの犠牲者を出しながらも、王都の近くで出現したダンジョンはいとも容易く踏破されたという報告が、冒険者ギルドを駆け巡った。


 踏破した者は、ただ一人の女性。


 その女性は、ダンジョンの宝物を持ち帰ったが、全て犠牲者の親族や仲間に流し、名も名乗らず冒険者ギルドから立ち去る。


 冒険者ギルドでもその正体が囁かれたが、ギルドマスター直々の「口外厳禁」という御達しによって、その正体を噂するものは居なくなった。


 ただ一つ、わかっていたのは、その女性は冒険者でないという事実のみ。


 その出来事は、シルフィがギルバートによってダンジョンから連れ去られ、一日も経たない頃の出来事だった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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