絡み合う絲
「……カーク、それは……。」
カークのはっきりとした声に、レクスは驚きを隠せず目を見開く。
カークの眼差しからは嘘や冗談という雰囲気はレクスには読み取れなかった。
「おれは……にいちゃんみたいになりたいっておもったんだ。……でも、まもりたいものがみつからないんだ。だからにいちゃん。……おれに、おしえてくれ。……つよく、なりたいんだ。」
カークの瑠璃色の瞳は、レクスの瞳を真っ直ぐ見ている。
カークの真剣な気持ちは、ひしひしとレクスに伝わってきていた。
その目を見て、レクスは思い悩む。
だが何の汚れもないカークの目を見たレクスは、観念したように小さく微笑んだ。
「……そうだな、カーク。なら、カークは俺の弟子第一号だ。」
「ほんと!?」
「ああ。だけどよ……、今は無理だ。」
「えっ……!?なんで……?」
カークの瞳がショックを受けたように揺れる。
「……カレンの事もあるからな。今すぐにって訳にはいかねぇ。……だからカークがもう少し大きくなって立派になったら、俺が稽古を付ける。……約束だ。」
カークの瞳を覗き込み、レクスは諭すように口に出した。
「ほんと……?レクスにいちゃん。」
「ああ、本当だ。むしろ俺なんかで良いのかって言いてぇぐれぇだ。」
「にいちゃん……うん!ありがとう!」
その微笑んだレクスの顔つきに、カークはぱぁっと顔をほころばせると、首を縦に下ろした。
その顔を見たレクスは頬を緩めて腰を上げる。
「……それによ、カーク。……多分、身近に守るものは出来てんだと思うぞ。……気付かねぇうちによ。」
「え?にいちゃん、どういうこと……?」
カークがレクスの言葉に首を傾げたその時だった。
「カークさまぁ!」
突然聞こえた大声に、レクスとカークは振り向く。
そこに駆けてきていたのは、紅い髪を靡かせて嬉しそうに紅の瞳を光らせるマインだった。
マインはカークへ向かってとことこと歩み寄る。
「カークさま、おみおくりにきてくださったのですね!……マイン、うれしくおもいますの。」
「な、なんだよ……おれはレクスにいちゃんにあいに……。」
「……カークさま。わたしはあなたにおわびとおれいをしなくてはなりませんの。……きけんなめにあわせてしまって、ごめんなさいですの。」
マインが申し訳なさそうに目を伏せて頭を下げる。
紅色の髪がふわりと舞い、その仕草は貴族らしく丁寧だ。
カークは少し気恥ずかしそうに頬を染めがらも、マインを見つめながら、首を静かに横に振った。
「……おまえがつれてけっていったからつれてっただけだし、おまえのせいじゃないだろ。」
「カークさま……。」
マインはそう言われるのが意外だったようで、目を丸くしてカークの瞳を見つめた。
「……あれは、おれがつれてっただけだ。おまえはわるくない。」
つっけんどんに言い放つカークだが、その頬は何処か紅い。
視線もマインから逸らし、もじもじと何処かこそばゆいように、レクスには見えた。
「カークさま……。では、わたしのおれい、うけとっていただけますか……?」
「ん……なん……!?」
カークがマインに目を向けた、その時。
ちゅ、と。
マインは、カークの唇に軽く口付けを落としていた。
急なことでカークの顔は沸騰したように一気に染まる。
それを見ていた周囲のレクスたちでさえ、目を見張った。
「おおおおおおお……おま………おま……え………!?」
あまりのことに目を白黒させて慌てふためくカークに、マインは顔を離してくすりと微笑む。
その頬も、赤く染まっていた。
「わたしのおれい、きにいっていただけましたの?……わたし、あなたをおむこさまにいただきたいですわ。」
突然の爆弾発言に、周囲の村人は慄りつく。
近くにいたブラックとシアンはくすくすと微笑み、コーラルははぁと呆れたようにため息を吐いていた。
そんな視線をよそに、マインはカークの手を取る。
「おへんじは、いまでなくていいです。おおきくなって、がくえんにはいられるときでけっこうですわ。……わたし、わすれませんから。」
そう呟いて、マインはカークの手を軽く握ったのち、たたたっと馬車の中へと駆け込む。
カークはただ、ぽけっとした顔で、見ていることしかできず固まっていた。
「……コーラル。良いのか、あれは……?」
レクスは隣にいたコーラルに話しかけると、コーラルは再び深いため息を吐いた。
「……ああ見えて、マインも強情なところがあるからね。……家に帰ったら、父さんになんて言ったものか……。」
どうやら本当にマインの独断らしい。
おそらく、帰ったら帰ったで報告が待っているであろうコーラルに、レクスは苦笑を浮かべる他なかった。
おそらく、両親からは詰められることにはなるだろうが。
(……いたじゃねぇか。カーク。それが、お前が守ったもんだ。)
今だに惚けているカークに目を向け、レクスは小さく口元を上げた。
そんな中、ブラックとシアンは軽く能天気な笑みを浮かべたレッドの眼前に立つ。
二人が目の前に立つと、レッドは少し、頬を緩めた。
ふぅと息を吐いたブラックが、おずおずと口を開く。
「……レッド。お前と酒が飲めて良かった。また、飲みたいものだ。偶には王都に顔を見せろ。……最高の一杯を、仕入れておく。」
「ああ。……ありがとう、父さん。僕も……父さんと話が出来て良かった。」
「レッド、元気でいなさい。……また、お話をしましょう。もちろん、マオさんと、シルフィさんも一緒に。今回は、時間がなかったものだから。」
シアンは視線をマオとシルフィに向け、やわらかな微笑みを浮かべる。
二人もシアンを見つめ返し、にこやかに頷いた。
「お義母さまもーお義父さまもー。またー、お話しましょうねー。」
「レッドの面倒なら任せておけ。義母上殿。義父上殿。」
二人の言葉にシアンは満足げに目を細める。
そんなシアンの腕をブラックが優しく掴むと、目配せをして再びレッドに目を向けた。
そして空いた片手でレッドを抱き寄せると、ポンポンと背中を叩く。
「……達者でな。レッド。……また会おう。」
父親の小さな呟きに、レッドは小さく頭を縦に振った。
「……ああ。父さんこそ。長生きしてくれ。」
「……息子に言われるとはな。……そのつもりだ。」
皺の目立つ顔がさらにしわくちゃになるように、ブラックは笑顔を覗かせる。
その言葉は本心から嬉しかったものであり、過去の軋轢など、何もなかったかのようだった。
そうして、ブラックはレッドから離れると、くるりと身体を翻し、馬車に乗り込む。
その口元は何処となく上がっているように見え、頬にはきらりと光るものが伝っていた。
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