第11−1話
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皇暦1405年4の月1分目。
レクスはその日、朝から宿の部屋でソワソワして、落ち着かなかった。
その日、レクスには非常に大事な事柄があるのだ。
「よし、親父も大丈夫だって言ってたし、クロウ師匠も問題無いって言ってた。…後は、緊張しなきゃ大丈夫…だよな?」
レクスは満足亭のベッドの上でブツブツと呟く。
そうしてレクスは、自身の魔導時計を取り出し、蓋を開けた。
魔導時計は8時50分を示している。
「時間だな。行くか。」
レクスは呟くと、最低限の荷物を持って立ち上がり、宿の部屋から出る。
今日は4の月の始め。
王立学園の入学試験が行われる日だ。
王立学園の入学試験は9時半からとなっている。
レクスはそれよりも早く、現地に到着していた。
少し曇りがかった青空の下、レクスは校門から少し離れたところに立っている。
レクスの手には満足亭の主人に書いてもらった学園への道筋が描かれていた。
満足亭の主人はレクスが学園の試験を受けると聞くや否やすぐに地図を書いてくれたのだった。
その時の「頑張ってきな!」と言った恰幅のいい主人の破顔した様子をレクスはよく覚えている。
「はぇ~。ここが王立学園かよ。思ったよりでけぇじゃねぇか。」
レクスの口から思わずそう漏れる程に、王立学園の規模は大きかった。
立派な大門に広い校内の敷地、大きい校舎に男女別の学生寮を持つ王立学園はレクスの想像していた何倍もの衝撃を田舎育ちのレクスに与えたのだ。
その広大な敷地には訓練場やプールといった設備まであるのだが、レクスは今のところわかっていない。
レクスが少し離れてぼーっと敷地を眺めていると、何人かのレクスと同じ位の年齢をした青年や少女がゾロゾロと門の中へ入って行くのが見えた。
見た目もバラバラだが、全員ぴしっと整った高そうな服装を身に纏っている。
全員緊張した面持ちなのがレクスには見えた。
(俺と同じように試験を受ける受験生か。色んな奴が居るもんだ。)
そんなことを思いながらレクスがふと眼をやると、見覚えのある大きな馬車がガラガラと音を立てながらやってくる。
(あいつらか…、見つかったら面倒だ。)
その馬車はレクスがアルス村で見たスキル鑑定の時と同じ馬車であった。
レクスはそのまま建物の陰に隠れ、様子を伺う。
すると、意外にもその馬車から降りてきた人物はリュウジやリナたちではなかった。
レクスは目を奪われた。
その人物が馬車から降りると透き通るようなプラチナブロンドの膝まである髪がふわりと風に靡く。
髪をかき上げる仕草も何処か様になっていた。
一瞬見えたアイスブルーの瞳は、何処か神秘的な雰囲気を纏っている。
鼻筋が通り、ぷるんとしたピンク色の唇が艶めいているが、どことなく幼さも感じられるような顔つきだ。
身につけている衣服は白い王家の紋章がついた服のように見えた。
さらに服を大きく押し上げる胸の膨らみや少し張り出した臀部、それでいてくびれた腰つきは男好きさせる身体でありながら、下品ではない奇跡的なバランスを体現していた。
レクスにはその少女が、リナたちに勝るとも劣らない美少女だと思えた。
そんな美少女が馬車から降りると、馬車の傍にいる老執事と話し、そのまま門の中へ入って行く。
レクスはその少女についポーッと見惚れてしまっていた。
(すっげぇ…めちゃくちゃ美人…あんな綺麗な女の子も試験を受けるのか…って違う違う!何見とれてんだ俺は…!)
少女に見惚れていたレクスはブンブンと首を振りつつ、ついドキドキしてしまった自分に深呼吸をして心を落ち着ける。
その間にガラガラと馬車の走る音が響き、レクスの前を先ほどの馬車が走り去っていった。
レクスが物陰からもう一度様子を伺うと、先ほどの少女はもうおらず、ちらほらと受験生が集まっている様子だった。
「…俺も行くか。あいつらと鉢合わせしたら厄介だし。」
レクスは一人呟くと、学園の門に向かって歩き出した。
校門を潜ると、レクスはやはりその大きさに圧倒される。
(アルス村の入り口からうちの家より門から学校が遠いじゃねぇか…。というかほんとにアルス村より広いな。すっげぇ…。)
レクスは門の傍からキョロキョロと周りを伺う。
校舎の入り口の前には大きめの机が置かれ、そこで受付をするようだ。
レクスは受付に向かい、ゆっくり歩く。
その途中、あとから来た受験生何人かにレクスは追い抜かれるが、皆ちらちらとレクスを見ては受付に行くのだった。
レクスはその理由に心当たりがあった。
(服がどう見ても場違いだよなぁ。服装自由とは聞いて、身なりは一応整えて来たつもりだったけどよぉ。)
学園は貴族の子息や令嬢が通う事が多く、受験には貴族の服で来るのが当然のような風潮があったのだ。
勿論貴族ではない一般の受験生も居るのだが、そういった受験生は貴族より後に来るのが一般的だった。
そんなことをレクスは知るはずもない。
他の受験生が着ている衣服はどれも貴族が着るドレスコードを守ったような洋装を着たものばかりだった。
対してレクスは布製の茶色い長ズボンと白いシャツの上に軽く黒い上着を羽織っただけだ。
奇異なものを見る視線がレクスには痛かった。
そんな居心地の悪さを感じながらレクスは受付に行くと、何人かの大人が横に並び、机を挟んで何かを渡している。
並んでいる大人たちは教職員だ。
レクスは適当に選んだ、そのうちの一人で禿頭の男性の元へと向かう。
この男性はリュウジたちにスキルを解説していたサマンであった。
「入学希望の方ですかな?」
「ああ。受付ってここであってるのか?」
少し慣れない場所に戸惑っていたレクスに、サマンはコクリと頷く。
「間違いないですぞ。お名前をいただけますかな?」
「レクス。アルス村のレクスだ。」
「レクスさんですな。名字無し…となると貴族の方ではありませんな。身分の確認が出来るものをお持ちですか?」
レクスは自身のポケットに入れていた金属製のカード「傭兵ライセンス」を取り出すと、それを机に置いた。
「これで…いいか?」
「少々確認しますぞ。…ほぉ、傭兵の方でしたか。」
サマンはレクスの提示した傭兵ライセンスを珍しそうに眺め、レクスと傭兵ライセンスを交互に見た。
ひとしきり確認したのち、サマンはレクスに傭兵ライセンスを返す。
「すみませんな。少々珍かったもので。ありがとう御座いました。」
レクスはサマンから差し出された傭兵ライセンスを受け取る。
サマンは学校の入り口を手で指し示した。
「それでは学識試験は午前中、実技試験は昼からになります。午前中の学識試験は時間になり次第行われますぞ。教室は2階になっていますぞ。こちらが案内になります。」
「ああ、助かる。ありがとな。」
レクスはサマンから紙を受け取ると手を挙げ、校舎の中へと足を踏み入れる。
そんなレクスの姿を興味本位でサマンは見送る。
「…傭兵ライセンスとは。ある意味では勇者殿や伝説のスキルを持った方々よりも驚きですな。傭兵ギルドマスターのヴィオナ殿が許可した人物とは一体どのような方なのでしょう?」
傭兵ギルドは古くからグランドキングダム内にあるギルドで、その歴史は冒険者ギルドよりも古い。
中でも現ギルドマスターのヴィオナ・ハウゼンは一部の古くから王家に仕える貴族や、王族の中では有名な人物だ。
そんなヴィオナの認可が無いと傭兵になれないのは知る人ぞ知る事実であり、なおかつそんな傭兵ギルドは猛者の集まりという噂があるのだ。
そんな傭兵ギルドから王立学園に通ったものは今までいなかった。
レクスはその傭兵ギルドからの初めての志願者だったという訳だ。
「どんな風を起こし、何を成すのか…期待しても良いのでしょうかな。」
レクスは学園で新しい風を吹かせてくれるかも知れないと、サマンは期待してしまっていた。
そんなサマンをよそに、試験会場へ進むレクスの姿は既にサマンからは見えなくなっていた。
校舎へ入ったレクスは、学園の2階で辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていた。
(やっぱり校舎ってのは広いな。迷いはしないがスケールがでけぇ。)
レクスは今まで、学校というものをよくわかっていなかった。
しかし、こうして来てみるとそのスケールの大きさに圧倒されっぱなしだった。
広い廊下や広い教室は全てレクスにとっては見慣れない新鮮なものだったのだ。
「おっ、ここか。」
レクスの目線の先には装飾の入った服を着た男性が教室の前に立って教室に案内をしていた。
緑の髪をして、緑の瞳が光る、尖った耳の男性だ。
(シルフィ母さん以外にエルフって初めて見たな…)
エルフの男性はレクスを見つけると睨みつけるような視線を飛ばしながら声をかけた。
「貴様は平民の受験生か?」
「あ…ああ。ここであってんのか?」
「そうか。ならばこちらの教室で試験を行う。この番号と同じ席に座れ。」
少し高圧的にも聞こえるエルフの男性に従い、レクスは番号が書かれた木札を受け取った。
エルフの男性はレクスが札を受け取った後も若干威圧感をレクスは感じていた。
「何をしている。早く入れ。」
「あ、ああ。ごめん。」
レクスはエルフの男性から眼を逸らすと、素速く教室へと入った。
(感じ悪ぃなぁ。まあそんな人もいるだろ。)
教室の中は、一番前に大きな黒板があり、一番前に木でできた教卓が一つ、あとは同じ素材の一回り小さな机と椅子のセットが30セット並んでいた。
机がずらりと並ぶ光景すら、レクスには新鮮に映る。
レクスは自身がもらった札をちらりと確認した。
手の上にある木札には「1」という数字が彫られていた。
教室の中を見渡すと、机の上にレクスのもらった木札と同じ木札が置いてあった。どうやらレクスの番号と同じ木札のところに座れば良いらしい。
レクスの席は左端の一番前だ。
この教室には人が居らず、レクス以外まだ誰も来ていなかった。
(すれ違った奴らもあの綺麗な人も居ないってことは、会場が違うのか。)
どうやら平民と貴族階級の生徒で教室は異なるらしいということにレクスは気が付く。
しかし特に深くは考えず、レクスは「1」と書いてある数字を探し、席に座る。
座った席の机の上には、羽根ペンとインクが備え付けられていた。
(学識試験で落ちることは無いって親父は言ってたけど、全く何も勉強してないぞ…?そもそも学識って何が問われるんだ?)
少しづつドキドキと心臓の音が高鳴り緊張感が高まっていく。
レクスは眼を閉じ、ふぅと軽く深呼吸をして心を落ち着ける。
(大丈夫だよな。多分。落ちたらしょうがねぇ。その時はその時だ。)
レクスは眼を開け、試験開始の時間を待った。
しばらくすると、ポツポツと教室に人が入ってくる。
他の受験生のようだ。
レクスがちらりと見やると、その服装はレクスと特に変わり無いようにレクスには見えた。
自身の服装と変わり無い様子に、レクスは少々ほっとしていた。
受験生はその後もちらほらと教室に入って来ていた。
受験生の姿も様々で、レクスのような服の少年や何処かの貴族のお付らしい執事服またはメイド服を着た少年少女、さらには背が低く、胸の大きいドワーフ族の少女など多種多様だ。
(色んな人が来るもんだな。これが学校ってやつなのかね?)
レクスがふとそう思っていると、教室前の引き戸が音を立てて開く。
入って来たのは先ほどレクスを案内したエルフの男性だ。
エルフの男性は教卓に立つと、手に持っていた紙束をトントンと教卓の上で叩く。
そして教室内の受験生を睨みつけるように見渡した。
「これから学識試験を始める。試験時間は1時間だ。今から用紙を配り、各机に備え付けられたペンとインクで回答するように。不正をしたものは即刻失格とみなす。まあ貴様らに不正なぞ出来るはずも無かろうがな。それでは吾輩が配り終わるまでしばし待て。」
エルフの男性は1枚1枚、裏にした紙を配っていく。
全て配り終えると、エルフの男性は再び教卓に立つ。
「紹介が遅れた。吾輩の名はアリー・ゾージア。貴様らの学識試験の試験官を担当する。それではこれから学識試験を執り行う。…用紙を裏返して始めろ。」
エルフの男性もといアリーの言葉を契機にレクスは試験用紙を裏返す。
ペンにインクを浸し、レクスの準備は万全だ。
(さあどんな学識試験でも来やがれ!出たとこ勝負だ…!)
そんな心意気で試験問題を眺めたレクス。
(…何だこりゃ…?)
その試験問題に、レクスは眼を丸くしていた。
お読みいただきありがとうございます。